【2】つくづく都合のいい舞台
そこはいつものように中世の街並だった。なろう作家は中世の設定が好きらしい。もちろん史実に沿った世界ではなく、魔法とかレベルという概念があり、明らかにゲームの設定がまじった安っぽい舞台だった。文明の遅れた愚民を、現代社会の落ちこぼれが啓蒙するのに都合がいいからだろう。
今日も古いアパートには一人きりだ。
いつものマットレスを蹴飛ばして、眠る前に斜め読みした小説の世界に、恢復は入り込んでいた。
草原では、冒険者のパーティが一人の男を取り囲んでいた。
「俺たちのパーティは魔王打倒のために、より強力な仲間を求めている」
「なのにお前はどうよ」
「攻撃力もない。防御力もない。強力な呪文が使えるわけではない」
「そういうのを何て言うか知ってる?」
役立たず。
「それは酷いだろ。穀潰しって言ってやれよ」
パーティは爆笑だ。
「というわけでお前にはパーティを出て行ってもらう」
「これは退職金がわりだ」
金貨十枚でそいつはクビになった。
「あいつら……覚えてろよ」
その男は恨みながら去っていった。
――――――――
勇者御一行様に新しい仲間が入った。凄腕の魔法使いという触れ込みだった。
しかし戦闘を重ねるにつれ、パーティの顔が曇ってゆく。
「どうしてそのくらいの敵が倒せないんだ」
「前なら簡単に倒せたモンスターなのに、今は逃げるしかない」
「こんな苦戦は初めてよ」
焚火を囲む男女のパーティは疲労困憊していた。
「いったいどうして……」
夜闇の炎に照らされるのは、新入りの凄腕魔法使いだった。
「あのさあ。強敵を察知出来る魔法とか使えないの?」
「経験値の多い敵を見抜くくらい当たり前でしょ」
「戦闘のときに攻撃をかわす防御魔法くらい使えるよな」
しかし魔法使いはおどおどするばかりだ。
「そ、そんなこと、普通の魔法使いに出来るわけないよ」
驚く一行。
「移動しながら敵を察知するなんて無理だ。一か所に留まって何時間も瞑想しないと。ましてや戦闘中に経験値とか防御だなんて。そんなの超人でなければ不可能だ」
「……だったら、いままでうまくいっていたのは」
全員が青い顔をする。
「あいつは、もしかして」
常に強敵を避けながら、経験値の高い『おいしい』敵を探し、パーティのレベルアップに貢献していたのは、あの魔法使いだったことに、いまさら気がついた。
絶望の勇者たちが周囲の異様な気配に気づいた。
いつの間にか、夜闇をモンスターたちが取り囲んでいた。
炎に照らされるのは、適うはずのない強敵ばかりだ。
「こんなことって」
奴らは牙をむき、パーティに襲い掛かってきたのだ。
慌てて彼らは逃げ出した。
――――――――
周囲でそれを観戦する連中――数万人の読者が歓喜に沸いた。
「いままであいつを蔑ろにしてきた罰だ!」
「見る目のなさを思い知れ!」
「全滅しろ!」
パーティがモンスターに襲わる。
真っ先にあの魔法使いがモンスターの牙に体を突き刺された。
「助けて! 助けて」
「お前が囮になれ!」
二人の女性パーティを勇者たちは捕まえ、手足を縛って放置する。
これで時間稼ぎが出来ると、勇者たち男どもがほくそ笑んだ。
「女なんかいくらでも補充出来る」
「俺たちは勇者だからな」
絶叫とともに惨殺される女性パーティ。その死にざまに溜飲を下し、絶頂を迎える読者があとを絶たなかった。おぞましい光景に恢復は驚愕した。
なろう小説では女性は都合のいい道具でしかなかった。従順で、我欲を捨て、ときには命がけで主人公を守る存在。もしその女性が悪役ならば、悲惨な目に逢うことを運命づけられた存在。
そこには夢も理想もなく、ただ女性は、文章の通りに行動するだけの人形だった。
ストーリーや人気取りのためだけに、どんな恥辱も受け入れることは、それを望む読者を含め、自らの評価を貶めることだと、恢復はかねてから小説投稿サイトで指摘していた。
だが、これは娯楽だ。どんな表現でも楽しければそれでいいという読者が、了見が狭いと恢復を攻撃した。
――――――――
辛うじて町にたどりつく勇者たち。ハリボテの壁だけの宿屋で、彼らは敵の襲来に震えた。すると、かつてクビにしたあの魔法使いが、ニヤニヤしながら部屋に入ってきた。
数万人の読者が、壁のような夜空に突き出した踊り場でその様子を鑑賞するのは、まるで劇場のようだった。
「お、お前がいないばっかりに、二人が死んだ」
「どうしてくれる!」
襟首を掴まれる魔法使い。しかし彼は平然と言い放った。
「さあ。僕はパーティをクビになったので、関係のない話です」
「なんだと!」
「いまなら二人を生き返らせることが出来る」
「行けよ。お前が行け!」
「それは人にものを頼む態度ですか」
そうクスクス笑うと、男は指一本で二人を弾き飛ばした。見えない力で壁に叩きつけられ、苦しみ倒れる勇者たち。
「お、お前のどこにこんな力が」
驚く二人が見上げるのは、別人のように不敵な魔法使いの男だった。
「あたたたちのような泡沫の勇者には解らないでしょうね。僕は本物の、伝説の勇者に実力を認められ、そのパーティで活躍しています。一流の勇者は僕の能力を最大限に活かしてくれて、すぐに魔法レベルはカンストしましたよ」
「お前のような奴が」
「信じられない! どんな裏技を使った」
「まだバカにしているようですね。だったら言いましょう。一か月前に廃墟の城のドラゴンを倒したのは、僕と、勇者のパーティですよ」
「まさか!」
泡沫勇者たちが声を上げる。どうにか上半身だけ起き上がると、自分たちレベルの低い勇者を、圧倒的な実力で見下す魔法使いがいて、二人は震えた。
「あなたたちが女性パーティを見捨てたこと。これから町中に言い触らしましょう」
そう軽く言うと、二人の男は土下座したのだ。
「パーティを見殺しにしたことがバレたら、どこに行っても除け者です」
「このままでは冒険が続けられません! お願いします! 女どもを助けてください! お願いします! お願いします」
「さあね」
「何でも言うことを聞きますから」
「さあね」
「お願いします!」
そこで魔法使いはニヤリと笑んだ。
「何でも言うことを聞くと言いましたよね」
まだ起き上がれない二人に、今度は魔法使いは掌を向けたのだ。
「二人にはこの場で死んでもらいます」
「なんだと!」
「泡沫の勇者など不要です。あなたたちが身代わりにした女性は生き返らせたあとに僕の奴隷にします」
たった指一本で倒されたのに、掌すべての攻撃ときたら、反撃する間もなく、勇者たちの腕を、足を、体をズタズタに切り刻む。そのたびに情けない悲鳴を上げる男たちを魔法使いは笑った。
「僕の奴隷になるなら助けてあげないこともないですよ。ははは」
――――――――
宿屋の中には血塗れの肉片が積み上げられていた。
オープンセットのような宿屋のすぐ外は、さっきの草原だった。
無残に死んだ女性たちを、魔法使いが蘇生魔法で生前の姿に戻してゆく。
一糸纏わぬ女性に、読者が歓喜に包まれる――魔法使いに成り切り、同じ姿にコスプレした読者は、その女性のもとに我も我もと突撃した。欲望の言いなりになる女性が、読者の数だけその姿を増やして、この世界の熱狂は頂点に達した。
「そこまでだ!」
服を脱ぎ始めた読者を恫喝するような声が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます