第4話 奴隷だった私のペット生活

次の日。イーラは朝の光で目を覚ました。

イーラは慌てる。

いつもは夜明け前に起きて仕事を始めなければならない。こんなに寝ていたら、ご主人様にまた殴られてしまう。

しかし、自分がいつもと違う場所にいることに気が付いた。

ふかふかのベッドに豪華な部屋。

それで、昨日ピアーズに拾われて大きなお屋敷に来たことを思い出す。


「夢じゃなかったんだ……」


イーラはぼんやり呟く。

ピアーズはもう起きたのか、ベッドには誰もいなかった。部屋は大きな窓から朝日が差し込み、とても明るい。

目が覚めたはずなのに、相変わらず現実味を感じない。


「えっと……私は、なにしたらいいんだろう……」


起きたのはいいが、どうすればいいかわからない。

とりあえず分かっているのは、イーラはピアーズのペットとして拾われたということだ。

しかし、ペットが何をしたらいいのか知らない。そんな事考えたこともなかったし起き抜けの頭ではなにも考えられそうになかった。

ぼんやり考えていると、誰かが部屋に入ってきた。


「みんなー、ごはんだよ」


昨日、この部屋まで連れてきてくれたエミリーだ。

エミリーは部屋に入ってくると、お皿を床に置いて、動物達の餌を配りはじめた。

狼や猫はお行儀よく、お皿に餌が入れられるのを待っている。

それを見ていると、イーラのお腹が鳴った。


「そうだ……。みんながしていることを真似したらいいんだ」


昨日、ピアーズがあいつらと同じような事をしていればいいと、言っていたのを思い出す。

イーラは早速ベッドから降りると、動物達の真似をして餌の順番を待つ。

朝から何か食べられるなんて滅多になかったイーラは、なんだか嬉しくなってきた。どんな餌なんだろうとわくわくしてくる。

エミリーが順番に餌を入れていく。お皿には美味しそうな干し肉も入れられていて、期待が高まった。


「あ、そうか。あんたもいたんだね」


エミリーがイーラのことに気が付いて、そう言った。

エミリーの手には餌はもうない。どうやら、イーラの分は無いようだ。

イーラはがっかりする。やはり、朝から食事なんて贅沢すぎたのか。

仕方がない、イーラはまだペットとしては新入りだ。後回しになるのは当然かもしれない。

しょんぼりとしているとエミリーが言った。


「流石に動物達と同じ食事を出すわけにいかないわよね。付いて来て」


エミリーはそう言って部屋を出た。

イーラは慌ててエミリーの後についていく。

エミリーは、昨日行った食堂を通り過ぎてキッチンに入る。大きいお屋敷なだけあって、キッチンはとても大きかった。


「ジョセフ、いる?」


エミリーがそう言った。


「なんだ?」


するとそこから、恰幅のいいコック帽を被った男の人が出て来た。


「食事は余ってない?この子の朝食がまだなの」

「うん?どうしたんだこの子」

「昨日、ピアーズ様が拾ってきたのよ」

「ああ、またか。名前は?」


ジョセフと呼ばれたコックがそう言った。


「えーっと……」

「イーラだよ。昨日ピアーズが付けた」


イーラはそう答えた。


「ピアーズ様が付けたのか?いい名前じゃないか」


ジョセフはしゃがむと、そう言ってイーラの頭を撫でた。


「イーラか、良かったね」


エミリーもそう言った。


「それにしても、朝食か……」


ジョセフがそう言って、手を顎にあてて何か考え始めた。


「え?もう余り物もなかった?」


エミリーが驚いたように言う。


「いや、ちょっと考えがあってな……ヘンリー!ちょっと来い!」


ジョセフがそう言って誰かを呼んだ。


「何ですか?料理長。ん?どうしたんですか?この子」


すると奥から、十代くらいの若いコックが出てきた。


「ピアーズ様が拾ってきた新しいペットらしい。ヘンリー、それより。丁度いいから、この子の朝食を作ってやれ」


ジョセフがイーラを指差して言った。


「え?俺が?……まあ、いいですけど」


ヘンリーは少し不満そうな表情になりつつも、言われた通り朝食を作り始める。


「じゃあ、私はもう必要なさそうね。仕事があるから行くね」


エミリーはそう言って、仕事に戻った。

しばらく待っていると、ヘンリーが料理を持って戻ってきた。


「出来たぞ。まったく……俺はいずれこの国一番の料理人になる予定なのに、こんなペットの食事なんて……」


ヘンリーはブツブツと言いながらもイーラの前に置いた。


「わあ、美味しそう……」


お皿には焼きたてのパンとカリカリのベーコンや目玉焼き。小皿にサラダもついていた。

すると、ヘンリーは得意げな顔になる。


「まあ、これくらいは当然だよ。俺の目標は王城お抱えの料理人になって、世界一の料理を作ることだからな」


イーラはこんなに立派な料理を出された事がない。お腹が空いていた事もあって、飛びつくように手でつかんで口に詰め込む。


「うわっ、お前。そんな汚い食べ方するなよ」


ヘンリーが呆れたように言う。しかし、イーラは構わず口に詰め込む。

こんなに豪華な料理、この先もう食べられないかもしれないのだ。

それに、フォークとナイフなんて使い方もわからないから仕方がない。

何よりとてもお腹が空いていた。手で掴んだから料理は熱かったが、とても美味しかった。


「んぐ……ん……ぐ!」


なんとか全部口に詰め込んで飲み込んだ時、急に気持ち悪くなった。

しかも、さっき食べた物を吐きそうになる。


「お、おい大丈夫か?」

「だ、大丈……うえ……」


イーラは必死に口を抑えたが、どうしても吐きそうになる。


「おい、無理するな。ここに吐け」


二人の様子を見ていた、ジョセフがそう言ってバケツを持ってきた。イーラは我慢出来なくなってバケツに吐いてしまった。


「な、なんでだよ。俺はちゃんと作ったぞ。なんで吐くんだよ」


さっきまで自信ありげだったヘンリーが、イーラが吐くのを見てオロオロする。


「だから、お前は半人前だって言って言ってるんだ」


ジョセフは呆れたように言う。


「でも、なんで……」


ヘンリーは唖然としている。


「確かにお前はキチンと料理を作れてる。でも、料理っていうのは人に食べてもらって完成なんだ」

「食べて……」

「大事なのは知ることだ。よく見てみろ、この子はどう見てもガリガリだろ?ハーフってことは奴隷だった。しかも、昨日ピアーズ様が拾って来たってことは、昨日までろくなものを食べてなかったって事だ」


ジョセフはイーラを見ながら言う。そうしてさらに続ける。


「こんな状況で、あんな固形物を朝から食べても体は受け付けるわけない。吐いて当然だ」

「体が……受け付けない」


ヘンリーはハッとしたように言う。


「相手の体調、食べる時間。それから好み。それを知って状況に合わせて作れるのがいい料理人なんだ。お前がやってるのは独りよがりの自己満足だ」

「……」


ヘンリーはそれを聞いて、悔しそうに俯く。


「まあ、いい機会だ。これでよくわかっただろう。……そうだ、丁度いいから今日からイーラの食事はお前が作れ。いい勉強になるだろ」


ジョセフがそう言った。

昨日の夜も食事はしたが、具の少ない目のスープだった。だから何ともなかったのだ。イーラはわからなかったとは言え、なんだか申し訳なくなる。



「ごめんなさい……吐いちゃったけど、まだ食べれるよ」


とても美味しい料理だった、勿体ない。イーラは吐いたバケツを引き寄せようとした。


「ば、バカ!やめろ!」


吐いたものを食べようとするイーラを、ジョセフとヘンリーは慌てて止める。


「何考えてんだ、まったく……」


ジョセフは呆れたように言って、バケツをイーラから出来るだけ遠退けた。


「もったいない……」


イーラは残念そうに言う。


「もったいないって、今までどんなもん食べてきたんだよ……」


ヘンリーは呆れ顔になる。


「どうするんだ?やらないのか?」

「いや、やります……」


ジョセフがそう聞くと、苦い顔をしつつヘンリーはそう答える。

こうして、イーラに専属の餌係ができた。

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