第16話 奴隷だった私と家庭教師
「……へ?」
なんでこんなことになったのか分からず、イーラは変な声が出た。
「イーラの魔力の高さは興味深い。これを有効に使わない手はない。家庭教師はそのための教育だ」
ヴィゴは上司の命令だからか、反対はしていないが全面的には賛成していないようだ。浮かない表情をしている。
「こんなハーフの子供に、教育を施すなんて前例がありませんよ。周りからなんて言われるかわからない」
ヴィゴが心配するのは当然だ。ハーフは奴隷で、物と同じ扱いが普通だ。それなのに、貴族の子供と同じように扱うなんて、頭がおかしいと思われてもおかしくない。
いくらピアーズが王子でも変な目で見られてしまう。
「そんなこと今更だ。気にするな。それよりハーフの能力に関しては以前から興味があったし。あの言葉がなんで読めたのかも分かるかもしれない……なにより、面白い」
ピアーズはどこまでも楽しそうに答える。なにより、こういう表情をした時のピアーズが誰も止められないのは、ヴィゴが一番知っていた。
諦めたようため息をつくと、わかりましたと頷く。
「ピアーズ、私は何をするの?」
「とりあえず、一般教養と基本的な魔法学。それ以降は様子見だな」
「私、魔法使いになれるの?」
「それは、イーラの頑張り次第だな」
ピアーズは相変わらず楽しそうに言う。
「勉強……」
次にピアーズはその家庭教師と言った人を紹介する。
「彼女は、俺が子供の頃にも家庭教師をしてくれてた人だ。教師としての腕は確かだぞ。名前はカーラ」
イーラはピアーズの言う、家庭教師と思われる人物を見る。その人物は四十代くらいの女性でシンプルな服を着ている。髪は赤色で後ろにぴしりとまとめられていてなんの乱れもなくまとめられていた。
背筋もピンとしていて隙がない。コンラートみたいに厳めしい表情で、間違ったことをしたら、すぐ怒られそうな感じだ。
「お褒め頂き、光栄です」
カーラは光栄ですと言いつつ、表情一つ変えずに言った。しかし、少し戸惑ったように続けて言う。
「しかし、教師の腕がいいと言って頂きましたがそれはピアーズ様が優秀だっただけです。買い被りすぎだと思います。……それに、私はハーフの子供は教育したことはありません。あまり自信はありませんが……」
カーラも少し困っているのかもしれない。
「大丈夫だ。イーラは魔力は高いが、それ以外は魔族の子供と変わりはない」
ピアーズはそう言ってイーラの頭を撫でる。
カーラは小さくため息をつき、諦めたように言った。
「ピアーズ様にはご恩もあります。私に出来ることならさせて頂きます」
「よろしく頼む」
そうして、カーラは改めてイーラに向き直った。
「はじめまして、イーラ。今日から家庭教師としてあなたを教えることになりました。よろしくお願いします」
「よ、よろしく……カーラ」
すると、カーラは眉を潜め、呆れたように言った。
「……これは、言葉遣いから教えなくてはいけませんね……。イーラ、これから私のことは先生と呼ぶように」
カーラは早速厳しい表情で言う。
こうして、イーラに家庭教師が付くことになった。
それから数日後——
「それでは授業を始めます」
カーラ先生がそう言って授業が始まった。場所は図書室だ。
授業を受ける場所は図書室になった。ピアーズの部屋でするわけにもいかず、イーラには部屋もないのでここになったのだ。色々な文献があるので丁度いい。
因みに割れた窓や倒れた本棚はもう直されている。幸いにも破壊されたのは窓だけで本も本棚も破損は免れた。
イーラはやや緊張しながら、椅子に座った。
カーラ先生は初めて会った時と同じく、シンプルな服をびしりと着こなしていて隙がない。
「よろしく。カーラ先生」
「『よろしくお願いします』です、もう一度」
いきなり怒られてしまった。
「……よろしくお願いします。カーラ先生」
「仕方のない事ですが、正しい言葉遣いもちょっとずつ覚えましょうね」
「はい」
硬い言葉遣いではあったが、今の言葉には少し優しさがあって、イーラは少しホッとする。
どうなるかわからないが、ピアーズは頑張れば絵本に出てくる魔法使いになれると言った。
もしそうならなってみたい、なれるかどうかわからないが、イーラは取り敢えず頑張ろうと思う。
そんな事を思っていると、カーラ先生はイーラの前に立ち話し始めた。
「それでは、今日は魔法の授業から行おうと思います」
その言葉にイーラはわくわくする。
「やった!どうやったら、使える?ピアーズがやったみたいに水を動かすのってどうやるの?」
キラキラした目でそう尋ねるとカーラ先生はため息を吐いて、眉をひそめた。
「本当に教えることが多いようですね。魔法を本格的に使うのはまだ早いです。まずは座学を終えてから実践が基本です」
そう言ってカーラ先生は何か本を出した。本には『魔法の基本』と書かれている。
「ざがく?」
「魔法は便利な一面、使い方を間違えれば、危険を及ぼす可能性もあります。特に魔力が強いのなら余計それはキチンと勉強しなければなりません」
カーラ先生は真面目な表情で言った。そして続けて言う。
「イーラは確か、間違って魔法を発動させてこの部屋を滅茶苦茶にしてしまったのでしょ?」
「……はい」
イーラは頷く。確かにあれは危なかった。あの時、イーラが一人だったから物が壊れただけで済んだが、他に人がいたとしたら恐ろしいことになっていたかもしれない。
「魔法の座学はそれが起こらないように。何が危険で、どうすれば使いこなせるかを教えます」
「なるほど……」
「わかりましたか?」
「はい」
「じゃあ、ここまでで何か質問はありますか?」
「ないよ……です」
うっかり雑な感じで話してしまいカーラ先生に睨まれた。イーラは、慌てて言い直す。
カーラ先生は呆れた表情をしつつ、本をイーラに見せる。
「それでは魔法の基本的な仕組みを教えます」
そう言ってカーラ先生は話し始めた。
「まず、魔力というは力そのもののことです。そのままでは使えないので呪文によって形を変えたり、力の方向を変えることで利用できるようにするのです」
イーラはそれを興味深く聞く。
「あの……人によって魔力の量が違うのはなんでですか?」
「それは、人によって背の高さや足の速さに違いがあるのと同じです。人にはそれぞれ魔力を貯めておける器というものがあって、その大きさが違うので使える魔力にも差ができるのです」
「なるほど。じゃあ、私やピアーズはたまたまその器が大きかったってことですか」
「そうなりますね、そして気をつけなければならないのは。一度に使いすぎると、魔力切れが起こると言うことです」
「え?もう、魔法は使えなくなるんですか?」
「ええ、でもしばらく休めば使えます。しかし、無理に使いすぎるのは体にも負担があるので、そこも注意してください」
イーラはなるほどと頷く。
「無理して使い過ぎたらダメなんですね」
「その通りです。そして自分の限界を知ることも大切です。そのために訓練や練習が必要になるんです」
それを聞いてハーフが魔法を使えないのもわかった。こんなに手間や知識がいるのなら使えるなんて思えないだろう。
「魔法は呪文を唱える以外では使えないんですか?」
「いい質問ですね。基本的には使えません。でも、自分の体や直接触れているものには魔力を送り込んで変化させる事が出来ます」
カーラ先生はそう言って、置いてあった水差しからコップに水を注いだ。
そうしてコップを持ってじっとみつめる。するとコップの中の水がぐるぐると渦を作り盛り上がって、小さな竜巻のようになった。きっとピアーズはこれと同じことをしたのだろう。でもピアーズは事もなげになっていた。
「すごい……」
「ただ、これは自分の魔力を感じ、操らないといけないのでとても難しいんです。それこそ無意識には出来ない。しかし、呪文を使えばそれをする必要がなくなるので、みんな呪文を使うのです」
「なるほど」
「でも、これを使えるようになれば、魔法を使う幅はさらに広がります。例えば、自分の体に使えば肉体の強化にもなる」
「強化?」
「ええ、例えば足が早くなったり、力が強くなったり。魔力が強ければ強いほどそれは強力になります。魔力で防御出来れば剣で切られても生身でも怪我も負わないなんてことができるくらいです」
「そんな事も出来るんですね」
「そうなんです。ピアーズ様が戦いにおいてお強いのはそれもあります。勿論剣の技術もあるのでしょうが、魔力が高いので剣で切られても負傷しないしそし剣自体に力を注げるので攻撃にも利用できるです」
ピアーズは魔族の中でも魔力が一番高いと言っていた。それなら強いのも納得出来る。
「私も出来るかな?」
「そうですね。さっきも言った通りこれには相当な訓練と練習が必要なんです。基本を忘れず常に努力を怠らなければできるでしょう。要するに、あなたが頑張ればいずれは出来ると言うことです」
難しい言葉にイーラが思わず首を傾げていると、カーラはそう言い直してくれた。
「わかりました。頑張ります」
本当に魔法を使うのは沢山勉強が必要なようだ。それでももし魔法を使えるのならイーラは頑張ろうと思った。
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