第54話 奴隷だった私は勇者から逃げる
「透真!どうしてここに?」
現れたのは透真だった。まさかこんなところで会えるとは思っていなくてイーラは驚く。
「ピアーズが勇者達と戦うって聞いて、気になって様子を見てたんだ。暁斗とは色々あったから……」
透真は少し複雑な表情で言った。透真は暁斗のことは同郷だからと、人間側の思惑を話して騙されている事を伝えようとしていた。結果は失敗に終わったらしいが。
どうしてここにいるのだろうか。
透真は眉をひそめながらさらに言った。
「説得出来なかったのは、しょうがないって諦めは付いたんだ。でも、ピアーズから今回の戦いの事を聞いて、一応最後くらい見届けようかと思って。っていうかイーラこそなんでここにいるんだ?しかもこんな危険なところに……」
「実は屋敷が襲われて……」
「おい!何者だ?って、またお前か!」
話そうとしたら、暁斗が起き上がって透真に気が付き怒鳴った。
「何があったかわからないが、危険だ下がってて」
透真はそう言ってイーラをかばうように立つ。それを見て暁斗は苛立ったような表情になる。
「あのさぁ、何回来てもらって悪いんだけど。僕はお前の御託になんか騙されないからな。っていうか何イーラちゃんと話してるんだよ。イーラちゃんは今日から僕と暮らすんだから邪魔するなよ」
「お前を説得するのはもう諦めた。っていうか、イーラと暮らすってなんだよ。何の事だ?」
透真は驚いて、そう言ってイーラの方を見る。イーラは慌てて首を横に振って「そんな約束してない」と言った。そんなこと言った覚えもない。
「ああ、わかった。お前は自分が勇者に選ばれなかったからって、僕に嫉妬してるんだろ?それでイーラちゃんにちょっかい出して。こんな風に邪魔しにきたんだな」
暁斗がそう言うと、透真はがっくりしながらつぶやく。
「相変わらず、人の話を聞かない奴だな……しかも、自分の都合のいいようにしか解釈しないし……」
「何ごちゃごちゃ言ってるんだ?お前の妄想はこりごりだ。いいから、退け。これからイーラちゃんと初めての夜を過ごすんだから」
「っ何言って……イーラ、服が破けてるじゃないか!……なにかされたのか?」
イーラはさっきより激しく首を振る。
「まだなにも……」
それを聞いて透真の表情が険しくなる。
「まだって事はされそうになったってことか……あいつ!」
「なに?文句でもあるの?もう、そろそろ本当に邪魔なんだけど。ほら、イーラちゃん行こう」
そう言って暁斗は近づき、またイーラの手を取ろうとした。
「嫌!」
「止めろ!」
透真はそう言って、暁斗を殴った。
「痛って!何するんだよ」
「嫌がってるだろ。お前こそいい加減にしろよ」
透真と暁斗はにらみ合う。
「イーラちゃんが嫌がるわけないだろ。お前こそ偽物なら偽物らしく、そろそろあきらめろ」
暁斗はそう言って近づいて来る。
「イーラ、とりあえずここから逃げろ。こいつは俺が何とかする」
透真は後退りしながら言った。
「で、でも……」
イーラは躊躇する。暁斗はあんなんだが魔力が高く実際に強いと聞いている。イーラがいたとして役に立つとは思えないが、置いて行くのは相手が悪すぎる。
「大丈夫。っていうかいい機会だ、いつか思いっきり殴ってやりたいと思ってたんだ」
暁斗は拳を握りしめ透真をにらみつける。どうやら、相当鬱憤がたまっていたようだ。
「だから、とりあえずここから離れて」
「わかった。気を付けて……」
イーラにはこれ以上どうすることもできない。しかたなくはそう言って、後ずさりその場を離れた。その後、すぐに戦闘音が背後から聞こえる。相当激しい音で、イーラがいてもきっと邪魔になっただろう。
透真の事は心配だが、早くピアーズのところに行かないと。
イーラはまた魔法で風を起こし空に飛び上がった。また乗るものがないので不安定だが今はそんなことを言っている場合ではない。
ピアーズのいる方向はわかった。人間達はピアーズを追っている。だから兵が向かっている方がピアーズ達のいる方だ。
イーラはできうる限りのスピードで飛ぶ。
「ピアーズ様……どこ?」
できる限りのスピードで進んでいくと、人間達の軍はあっという間に後ろに消えていく。
しかし、方向は合っているはずだが、なかなかピアーズ達が見つからない。明かりは薄っすらと月の光があるだけだ。
だんだん、どこかで見逃してしまったのではないかと不安になってくる。
「っあ……!いた!」
しばらくすると星の光とは違うポツポツとした光が見え始める。次いで、魔族軍の旗も見えた。
ピアーズの軍だ。その光に思わずホッとした。こちらもテントを張って野営をしているようだ。
「ピアーズ様!!」
ピアーズはその中でも目立つ鎧を着て、人に囲まれているので直ぐにわかった。大声で呼ぶと、その声が聞こえたのかピアーズがキョロキョロ見回す。
「こっちです。受け止めて下さい!」
「イーラ?うわ!」
優雅に降りている暇なんてない。イーラは勢いのままにピアーズの上に落ちた。
ピアーズは突然現れたイーラに驚いたがなんとか受け止めてくれた。
ピアーズの乗っていた馬が驚いて嘶く。
「何だ?敵か?」
「分からん」
「何だ」
「イーラ!どうしたんだ?」
周りの兵達も突然の事に混乱しているようだ。近くにいたカイが気が付いて驚いたように近く。
しかし、何があったかゆっくり説明している暇はない。イーラは挨拶も無く言った。
「ピアーズ様大変です。屋敷が襲われました!」
「何!?何があった?」
ピアーズは驚いた表情になる。
「襲ったのはカリスト・ミュリエル。それで……」
イーラは手短に、何があったか話す。屋敷が突然兵に襲われたこと、攫われ、ミュリエルがピアーズをはめようとしていることも話した。
周りにいたカイやルカスはそれを聞いて驚く。
「本当なのか?」
「まさか、そんなことが……」
みんな戸惑った表情でそう言った。
それはそうだろう。人間と戦っていたのに、突然背後から味方に攻撃されたようなものだ。
ミュリエルには恨みがあるのはわかるが、それでも、まさかこんな大それたことをするとは誰も予想が出来なかっただろう。信じられないのもわかる。
イーラも言っていて無茶苦茶だと思ったし、ミュリエルが言ったことが本当である確証もない。
しかし、もしもの事があれば取り返しがつかない。
話を聞いたピアーズは黙り込み、深刻な表情をする。
「お願いします。すぐに撤退して下さい!」
イーラは必死で言う。屋敷は完全にめちゃくちゃになってしまった。それでも、ピアーズさえいれば元に戻る。ミュリエル達も捕まえられる。
「撤退?ここまで来て?」
「そもそも、その話は本当なのか?」
周りの兵達は困惑したようにそう言い合った。それはそうだ。ここまで作戦を立るのに、時間もお金もかかっている。しかも国から命令された作戦だ。
そう簡単に決断出来ることでもない。
それでも早くしないと、勇者が来てしまったら終わりだ。
「ピアーズ様。お願いします……」
これ以上最悪な事は起きて欲しくない。イーラは必死に言う。
「……わかった。撤退する」
難しい顔をしていたピアーズだったがそう言った。
「ピアーズ様!」
「本当にするんですか?」
カイが驚いたように言った。
「ああ、すぐだ。撤退の準備をしろ」
ピアーズははっきりとそう言った。トップがそう決めたらそれは絶対だ。まだ戸惑った表情の兵もすぐに撤退の準備に入る。
「カイお前が先頭になって指揮を取れ」
「え?ピアーズ様はどうされるのですか?」
「俺はしんがりを務める」
「し、しかし……」
カイは流石に躊躇する。一番守らなくてはないらない人物を危険に晒すなんて有り得ないことだ。
「俺は大丈夫だ。それに勇者は俺を目指して来る。何かあったとき、引きつけて時間を稼げる。それより時間がない。早くしろ!」
ピアーズがそう言うと、カイはまだ納得出来ていなさそうではあったが、返事をして準備に入る。
ここに来ているのは、ピアーズの兵の中でも精鋭の兵だ。
数が少ない事もあってあっという間に準備が終わり、撤退し始めた。
どんどん兵が離れて行くのを見てイーラはホッとする。
「イーラ。お前も誰かの馬に乗って先に行け」
「あ、そうですね」
イーラはピアーズの上に落ちてから、ピアーズの馬に乗ったままだった。
もし戦いにでもなれば、邪魔になってしまう。
ピアーズがイーラを抱き上げ、降ろそうとした。
その時、ものすごい勢いで何かが飛んできた。
「まてぇ!!」
「きゃあ!」
イーラとピアーズはその突撃で馬から落とされる。
「イーラちゃんお待たせ」
そう言って現れたのは暁斗だった。
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