第53話 奴隷だった私は勇者と再会する

強い風が、イーラの体に刺すように吹いた。


「っ寒い……」


イーラは空を飛びながら、ブルブル震える。

あれから、流石に単体で飛ぶのは不安定だと思い。ほうきのように、葉っぱの付いた枝を森から探しだして飛んでいる。

いつも乗り慣れているほうきと違っていて少し乗りにくいが、単体で飛ぶよりスピードも出た。

しかし、時間が経つと、深刻な問題が発生した。

今は冬だ。そして、夜の空はとても寒い。

ミュリエルに捕まった時にローブは武器と一緒に取り上げられていた。馬車から飛び出た時はそんな事を気にする余裕もなかったのだ。


「手の感覚が無くなってきた……」


なんとか息を吹きかけて温めてみるがあまり意味がなかった。


「でも、急がなきゃ……」


今さら戻ることも出来ないし、探しに行く時間もない。

風の魔法で冷たい風を防ぐことは出来るが、そうすると今度はスピードを落さないといけない。

今は、ピアーズの元に向かうのが最優先だ。

ピアーズと勇者がかち合うのがいつかはわからない。攫われてどれくらいたったかも分からないが、ミュリエルの言い方だとまだのはずだ。

でも早いに越したことはない。

イーラは体を出来るだけ丸めて飛ぶ。こうすれば風の抵抗も少なくてすむ。

方角も合っているのかも不確かな今、休んでいる暇はない。

その時、ひと際強い風が吹いた。


「っ……」


風にあおられて吹き飛ばされる。イーラは必死に木の枝にしがみつく。

呪文を唱えようとしたが、寒くて上手く唱えられない。


「きゃあ!」


そうこうしているうちに、また突風が吹いて体を叩く。

もう、枝から落ちないようにするのが精一杯だ。


「っ……もう一回」


なんとか風が緩んだ、イーラはもう一度呪文を唱える。

今度は上手くいった。

ふらふらしつつなんとか体勢を整える。


「ここ、どこだろ……」


大分風に流されてしまった。

一度方向を確認するために、高度を下げる。地表に近い方が風は少ない。

急がなければいけないが、方向を間違えたら余計に時間が掛かってしまう。

イーラはもう一度山の位置と星の方向を見る。

その時、下から人の声がした。


「おい、なんだあれ」

「うん?なんだ?」

「怪しいぞ、撃って!」


どうやら下に誰かいたようだ。しかも、矢を射られた。


「え?何?きゃあ!」


イーラはなんとか避けたが、運悪く木にぶつかった。そうしてバランスを崩し、今度こそ地面に落ちてしまった。


「落ちたぞ!」

「探せ!」

「っ……まずい」


イーラは慌てて立ち上がろうとしたが、すぐに囲まれてしまう。しかも、矢を射てきたのは人間の兵士だった。


「ハーフの女?」

「なんで、こんなところに?」


兵士たちはイーラを見て訝しい表情になる。


「どうした?何があった?」


その時、騒ぎを聞きつけたのか兵士達の後から誰かがやってきた。


「あ、勇者様」

「っ……あ、暁斗……」


イーラは硬直する。よりにもよって現れたのは勇者の暁斗だったのだ。


「あれ?イーラちゃん?」

「え、えっと……」


まさかこんな状況で会うとは思っていなかった。イーラは狼狽える。

ジリジリと後退しながら、なんとか逃げようとした。

しかし、暁斗は一気に明るい顔になって近づき、言った。


「もしかして逃げて、僕のところに戻ってくれたんだね」

「え?」

「あ、寒いよね。話は後だおいでよ。顔も真っ青じゃん」

「い、いや……これは」

「可哀想に……きっと酷い目にあったんだね……」


暁斗はそう言って、強引にイーラの手を掴んだ。


「お知り合いですか?」


人間の兵士が戸惑ったように言った。


「そう。一度、魔族に攫われたけど、僕のところに戻ってくれたんだよ。僕が責任持って連れて行くから、君達はこのまま見張りを頼む」


そう言うと、暁斗は他の兵士に下がるように命令し。イーラの手を掴んだままどこかに連れていく。

暁斗は三年前とあまり変わっていなかった。三年も経ったので外見は少し大人っぽくはなっているが言動が同じだ。

それでも、イーラは暁斗の中に微かな変化を感じた。それが何なのかわからないが、何故か恐怖を感じた。

向かった場所は野営のテントだった。周りには沢山の兵がいて、周りを見張ったり、テントで休んだりしている。

今は夜なので一時的に休憩か待機しているのかもしれない。

ここがどこか分からないが、ピアーズが勇者達をおびき出そうとしていた場所にかなり近いはず。

勇者達がここで野営をしていると言うことは、ピアーズの作戦通り勇者達を誘導出来ているということだ。

暁斗はそのまま一番大きなテントに入った。テントは広く、机や椅子、木箱が置いてあった。その机の上には作戦を立てるためなのか、色々な資料が置いてある。


「あ、あの暁斗、私……」

「震えてるじゃん。もう大丈夫だよ、安心して僕が守ってあげるよ」


イーラの言葉を遮るように暁斗はそう言って、前みたいにイーラの手をギュッと握る。暖かいテントに入ったのに、イーラはまたゾワゾワ鳥肌が立った。

言われるがまま来てしまったが、早くここから逃げないと。

しかし、暁斗は相当強くなっていると聞いている。

変に疑われて追いかけられでもしたら、逃げられないだろう。下手に逃げてピアーズのとこに誘導してしまったら、それこそ目も当てられない。


「あれ?勇者様その方は?」


テントに誰かが入って来た。確かドナートという名前の男だ、三年前にもいた。


「ああ、覚えているだろ?イーラちゃんだよ。ピアーズから酷い目にあわされて逃げて来たんだ」


どうやら暁斗の中では、イーラは暁斗を頼ってここに来た事になっているようだ。

全く違うがイーラは黙っていることにした。


「逃げてきた……?」


ドナートはイーラを見て疑わしそうな顔になる。すると、暁斗がイーラをかばうように前に立つ。


「なに?なんか疑ってるのか?」

「いえ……そういうわけではないのですが……」

「まあ、いいよ。次からは気を付けてね」


なんとなく空気が固くなった。やっぱり暁斗は昔とはなにか変わったような感じがする。

イーラは疑いが晴れたのに、何かうすら寒いものを感じた。

その時、また誰かがテントに入って来た。入って来たのは、武装したとても美しい女性だった。


「報告します。魔族の部隊はいまだ後退。このままいくと、ここに向かうと思われます」


女性は机に置いてある地図を指さして、きびきびとした口調で言った。そういえば三年前、いきなり連れてこられた時にも勇者は美人の女性に囲まれていた。

相変わらず、それは変わらないようだ。

しかし、この人はあの時見た人の中には見なかった顔だ。人を増やしたのだろうか。


「そうか、順調に追い込めているみたいだな。このままいけば確実に勝てる」


暁斗は嬉しそうな表情で言った。どうやらピアーズの作戦は上手くいっているようだ。

すると、報告をした女性が遠慮がちに口を開いた。


「あの……やっぱり、何かおかしいです。これは陽動なのでは?このまま進むのは危険な気がします」


イーラはギクリとする。まさにその通りだからだ。

同時に、イーラは気が付いた。

ミュリエルの言っていたことが本当だとしたら、このまま勇者がピアーズを追うのは、ピアーズにとっても危険だ。

ミュリエルは勇者が到着したすぐに攻撃させると言っていた。逆に言えば、勇者が行かなければ攻撃は引き延ばせる。


「暁斗、あの……」

「何言ってるの?」


イーラがいっその事作戦を話してしまおうと思ったら、暁斗がその女性に言った。

しかも、あからさまに雰囲気が変わっていて声も低い。イーラはその声に思わず口をつぐむ。


「あ……あの……」


相手の女性もそれに気が付いたんだろう、たじろいだ表情になる。


「それ、僕が間違ってるって言いたいの?」

「い、いえ……そういうわけでは……」

「そういうことだろ?僕の考えとは違うって事は」

「で、ですから……その」

「はっきり言えよ。お前は僕が間違った事をしている間抜けだって言いたいんだろ!」


暁斗はそう言って机を蹴った。


「っ……も、申し訳ありません。そんなつもりは……」

「うるさい!言い訳は聞きたくない!」


怒鳴られて女性は真っ青になっている。

しかし、暁斗はさらに続ける。


「僕はお前らが弱いから手を貸してやってるんだろう?」

「っ……はい」

「それなのに、なんでこんな侮辱を受けなきゃダメなんだ?」

「で、ですから、それは……」

「答えろよ!」


そう怒鳴って、暁斗はまた机を蹴る。上に乗っていた書類が落ちた。

女性は固まってしまって、なにも言えなくなっている。

暁斗はそれを見て、わざとらしく溜息をはく。


「もういいよ、お前が使えないのはわかった。とりあえず僕の命令通りにして。この後の事はまた考えるから」

「あ、あの……」

「返事は?」

「……っはい」


女性は何かを堪えるような表情でそう言って、そのままテントを出て行った。


「暁斗様、申し訳ありません。彼女を推薦した私の責任でもあります」


ドナートがかしこまった表情で言った。

暁斗は面倒臭そうにまた溜息をはく。


「もういいよ。でもあいつはもう使えない。他と替えて」

「はい。承知しました」

「まったく……使えないやつばっかりで参るよ。あいつ夜も、せっかく僕が相手してやってるのになんかノリが悪いしさ……」


暁斗はぶつぶつとそう言った後、思い出したようにイーラの方を向いた。


「あ、ごめんね。今ちょっと立て込んでてさ。もう終わったよ」


イーラは何も答えられなかった。暁斗はさっきイーラと喋っていた時と同じように笑っている。でも、それが何よりも怖かった。

魔族側の作戦を話してしまおうと思っていたが、そんな考えは吹っ飛んだ。

早くここから逃げたい。

しかし、暁斗はそんなイーラの心情には気が付きもしていないようだ。

イーラの手をまた取ると、どこかに連れて行く。


「あ、あの……」


逃げたいのに、暁斗の力は強くてイーラは付いていくしか出来ない。

暁斗は優しく微笑みながら言った。


「安心して。さっきも言ったけど、僕が守ってあげるから。だから、なにも心配いらないよ」


暁斗がそう言って連れて来たのは寝室のようだ。大きめの簡易ベッドが置いてある。

そうしてイーラと向かい合わせになると、両手をぎゅっと握った。

これから何が起こるのか、考えたくない。

イーラは真っ青になって固まった。


「もしかして、緊張してる?」

「え?な、なにが……」

「大丈夫だよ。すぐにピアーズのことなんて忘れさせてやるから……それにしても、イーラちゃん相変わらずかわいい、昔より体つきもよくなったし本当、最高……」


そう言って暁斗は、イーラの体を下から上に舐めるように見た。

さらに、握られた手をさわさわと撫でられて鳥肌が立つ。


「あ、あの。忙しい時なのにごめんなさい……そ、その、久しぶりですね」


イーラは、なんとか話を逸らそうとそう言った。


「そんなの、気にしないで。久しぶり、僕も会えて嬉しい。さあ、こっちおいで」


そう言って、暁斗は当然のようにベッドに連れて行こうとする。

イーラはそれだけは嫌で、なんとか暁斗の気をそらすために、さらに話題を振った。


「あ、あの。三年前に会った他の人たちは元気ですか?また、会いたいな……あ、そ、そう言えばユキはどうしたんですか?今も元気ですか?」


話ながら、イーラは同じハーフだったユキの事を思い出した。

彼女の事はよく覚えている。色々親切に教えてくれたし、同じハーフの仲間が出来て嬉しいとも言ってくれた。

結局、イーラはピアーズの元に戻ったから仲間にはなれなかったが、ユキの事はあの後も気になっていた。


「ああ、ユキね。あいつも僕に逆らったから出てってもらった」


暁斗はサラリとなんでもないことのようにそう言った。


「……え?出てって……」


あんまりにも簡単に言うからイーラは言葉に詰まる。

しかし、言っていることはそんなに簡単に済ませられるようなことじゃない。

人間や魔族ならまだしも、ハーフがなんの後ろ盾もない状態で放り出されて、この世界でまともに生きて行くのは難しい。

仕事につくことはおろか、宿にすら泊まれない。そもそもお金は持たせてもらっていたのだろうか。いや、もし持たせて貰っていてもどこかで盗んだと疑われるのが落ちだ。

本当に暁斗はユキを追い出したのだろうか。


「本当に最悪だよ。元奴隷だからもっと従順だと思ったのに……まあ、今はイーラちゃんががいるからいいよね。イーラちゃんの方がかわいいし、キャラかぶりしてるとややこしいし……」


暁斗は笑顔でまたサラリと言った。最後の方は意味がよくわからなかったがまた鳥肌がぞわぞわと立つ。

そうして、そのまま引き寄せるように肩を抱かれた。


「い、嫌!」


そこで、限界が来た。

なりふりかまっていられなくなって、イーラは思いっきり暁斗を突き飛ばし、逃げる。


「ま、待て!」


暁斗はそう言って、イーラの服をつかむ。


「きゃあ!っ……」


イーラは倒れそうになるがそれでも逃げる。ビリビリと服が破ける音がした。

しかし、そんなことにかまってる暇はない。

なんとかイーラは、よろけながらもテントから出て走った。


「くそ!待て!なんで逃げるんだ」


暁斗はしつこく追いかけて来る。

イーラはなんとか逃げる道を探す。しかし、切迫した状況で頭は回らない。

女の足じゃあ、すぐにつかまってしまうし、空を飛ぼうかと思ったがこんな状況で上手く呪文が唱えられるが自信もない。

そもそも魔力は向こうが上だ。飛んでも、すぐに追いつかれてしまう。

迷っているうちに暁斗との距離もすぐに縮まって来る。

すぐ後ろに足跡が聞こえる。


「っ……!」


もうダメだと思ったその時。


「止めろ!」


そんな声がしたかと思うと、誰かがイーラと暁斗の間に割り込み、暁斗を殴ると吹き飛ばした。


「っ!……誰だ!」

「イーラ。大丈夫か?」

「透真!」

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