第52話 奴隷だった私と企み

体がゆらゆら揺れる感覚で、イーラは意識を取り戻した。

ぼんやりとした意識の中、自分が今馬車に乗っていることに気付く。

しかし、何故馬車に乗っているのかは思い出せない。


「っ痛……ここは?」


イーラはなんとか起き上がろうとした。しかし、ロープか何かで縛られているようで身動きも出来なかった。

次いで、屋敷が何者かに襲われた事を思い出した。ほうきから落ちた時に痛めたのかそこら中が痛い。


「あら、起きたみたいね」


頭上から誰かの声がした。イーラはそちらに目を向ける。


「っ!あなたはミュリエル!」


その人物は、ピアーズの婚約者だと偽って噂を流していた、あのカリスト・ミュリエルだった。

イーラは慌てて周りを見回す。どうやらイーラは、縛られて馬車の床に転がされているようだ。イーラはもがくがやはり身動きは取れない。

持っていたほうきや武器は取り上げられたようだ。そもそも、縛られているのであったとしても何も出来ない。

ミュリエルは優雅に座りながら、イーラを見下ろして言った。


「ミュリエル様でしょ!下品なハーフ風情が私を呼び捨てなんて無礼よ」

「うぐ!」


ミュリエルは顔を歪め、思い切りイーラを蹴った。

痛みでイーラは体を丸める。


「奴隷は奴隷らしく、そうやって地面にはいつくばっているのがお似合いよ。そして無駄な口は叩かない事ね」


イーラの苦しそうな表情を見て満足したのか、ミュリエルは嬉しそうにクスクス笑う。


「もしかして、屋敷を襲ったのはあなたの命令だったの?どうしてこんな事を」


イーラを連れ去った兵士は明らかにイーラと分かって狙っていた。そして、ここにミュリエルがいるということは、彼女が兵に命令したということだ。


「さあね?」


そう言ってミュリエルは馬鹿にしたように笑いながら、首を傾げた。

そうしてさらに言う。


「まあ、どちらにしてもあなたは知らなくていいし、知ったところでもうどうにもならないわ」

「どうにもならないって……」

「もう、二度と屋敷には帰れないってことよ。ああ、でももう帰れる屋敷もなくなってしまったから、どちらにしても無理ね」


ミュリエルは本当に嬉しそうに言った。


「なんでこんな事……」


イーラは壊された屋敷を思い出した。美しかった屋敷は火を付けられて、見る影もなくなってしまった。


「わたくしを馬鹿にしたんだから当然でしょう?」

「そ、そんなことで……」


そもそも、あの婚約者騒動はミュリエルが自分勝手な考えで、嘘を広めた結果だ。完全に自業自得なのに、なんでこんな事が言えるのか分からない。


「本当にいい気味」

「こ、こんなことしても……いずれは国にばれるし、ピアーズ様が知ったらあなたも無事には済まないわよ」


これは、ピアーズが怒るどころじゃすまない。曲がりなりにも王族の住んでいる屋敷を襲ったのだ。

最悪、国に対して謀反を企てたとして処刑されても文句は言えない。

しかし、ミュリエルは余裕の表情で言う。


「関係ないわ。だってもうピアーズは戻ってこないもの」

「……帰って来ないって、なんのこと?」


イーラは、ミュリエルが何を言っているのか分からない。なんでそんな事がわかるのか。


「言葉通りよ。今、ピアーズは勇者討伐の作戦を決行してるでしょ?」


ミュリエルは、何が面白いのかケラケラ笑いながら言った。


「それがなんの関係が?」

「たしか、勇者をおびき出して最新の大規模兵器で一網打尽にする計画だったわよね?」

「……そうよ」


なんで今、ミュリエルがこんな事を言い始めたのか分からない。なんの関係があるのか。イーラは嫌な予感がした。


「その兵器は、勇者たちを足止めしピアーズ達が撤退した後、発射される予定なのも知っているわね?」

「……何が言いたいの?」


ニヤニヤ笑いながらミュリエルはもったいぶりながら言う。


「でも、ピアーズ達が撤退する前にその兵器が発射されたらどうなるかしら?」

「そんなこと……」


本当にそんな事をしたら勇者だけではなくピアーズも巻き添えになってしまう。

言葉を失ったイーラを見てミュリエルはまた楽しそうに笑う。


「兵器を発射する合図は、近くに潜んでいる兵士が行う予定なの。でも、その兵士が他の人物と入れ替わっていたら?」

「まさか……」

「後はその兵士が偽の合図を出せば、兵器が何もかも消してくれる」

「なんてことを……」

「後は、私が関係した証拠を残さなければ何も問題はなくなるわ」


ミュリエルは満足そうな表情で、そう締めくくった。


「や、やめて、そんなこと……ぐ!」


イーラがそう言うとミュリエルがまた思いっきりイーラを蹴りつけ、さらに踏みつけた。


「やめて下さいでしょ、これだから野蛮で教養のない奴隷は嫌なのよ。この馬車に乗せるのだって本当は嫌だったのよね。帰ったら燃やして処分しなくちゃ」


ミュリエルは扇子を口にあて、汚い物を見るように言った。


「どうしてそこまで……」

「あんな大勢の前で私に恥をかかせたんですもの。それなりの報いを受けてもらうのは当然でしょ?」


ミュリエルは悦に入ったように続ける。


「ピアーズも、何も知らずに死地に向かっているんだと思うと、本当にいい気味」


楽しそうに喋るミュリエル。ミュリエルはさらに喋り続ける。


「ピアーズも、素直に私と婚約していればよかったのよ。可哀想な見た目だから私が親切で相手になってあげようと思ったのに、こんな仕打ちを受けるなんて……恩を仇で返されたようなものよ」


そして、憎々し気にイーラを睨んで言った。


「あなたも相応の報いは受けてもらうわ。まず手始めに顔を潰して。男達にでも襲わせようかしら……死ぬまで家畜みたいに馬小屋で暮らせばいいわ。嬉しいでしょ?とても似合っているもの」


ミュリエルはそう言ってイーラの髪を掴み持ち上げた。イーラは痛みで顔を歪める。


「う……」

「まあ、どちらにせよ楽に死ねるとは思わないでね」


その時、ガタガタと馬車が揺れた。随分悪い道を通っているようだ。森の中でも走っているのだろうか。


「ど、どこに向かってるの?」

「勿論、ピアーズが無様に死ぬところを見に行くのよ。近くで見れないのは残念だけど……ああ、安心してその後にあなたの処分方法を具体的に決めてあげるから」


ミュリエルはそう言って乱暴に髪から手を離す。


「っ!……」


その拍子に、イーラは床に頭を打った。

痛みで顔を歪めながら、それでもイーラはミュリエルを睨みつけた。頭はクラクラするが、こんな事に時間を使っている場合ではない。


「なに?まだ何か言いたいの?本当に生意気ね」

「あ……」

「なに?」

「あなたの勝手にはさせない!」


イーラはそう言うと腕に魔力を込める。その途端イーラを縛っていたロープが切れた。

何かの時のためにと身に着けていた隠し武器を使ったのだ。

小さなナイフだがロープを切るには充分な鋭さがあった。

身に付けていた武器や荷物は取られたが、ラッキーな事にこれには気付かれていなかったのだ。


「っな!何を……きゃあ!」


飛び出したナイフでイーラはロープを切る。そして、そのままに立ち上がると、そのままミュリエルに切りつける。

持っていた扇子に当たり折れて落ちた。驚いた、ミュリエルも床に倒れこむ。


「っ……」


イーラはミュリエルを見下ろす。出来ればこのままナイフで切り刻んでやりたいくらい腹が立っていた。しかし、そんな事をしている場合じゃない。


「なんてことをするの!この野蛮人!誰か!誰か来て」


こんな事になると思っていなかったのだろう。ミュリエルは動揺して何かを叫んでいる。


「行かなきゃ」


さっきミュリエルが言っていた事をピアーズに知らせないと。

イーラは、そのまま馬車から飛び出した。


「きゃっ!『風よ……』」


馬車は予想通り森の中を走っていた。真っ暗な森に飛び出す形になって、イーラは慌てて自分の周りに突風を起こして体を浮かす。葉や木の枝にぶつかったがなんとか擦り傷程度ですんだ。


「うっく……な、なんとかなった……?」


なんとか空に舞い上がった。下を見るとイーラの起こした風のせいなのか、ミュリエルの馬車がひっくり返っていた。ミュリエルがまた何か喚いているのが聞こえる。

しかし、イーラはそんな事を気にしている場合では無い。


「間に合うかな……」


ここからピアーズがいるところまでどれくらいかかるかわからない。

しかも、今はいつも使っているほうきがない。だから、体一つで飛ぶしかないのだ、しかも気を失っているうちにいつの間にか夜になっていた。

あれから、どれくらい時間が経っているのか分からない。

イーラはぐるりと周りを見渡す。

暗くて方角すらよくわからないが、山の場所と星の位置で何となく場所は分かった。

もう一度呪文を唱えて風を起こすと、イーラはピアーズがいる方向に向かった。

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