第46話 奴隷だった私は舞踏会に行く4
「そういえばピアーズ様は何で今まで結婚しなかったんですか?」
イーラはくるくると踊りながらふと疑問に思って聞いた。
ダンスはまだ続いている。
エミリーの事を話していて、そういえばと思って聞いた。
ピアーズは年齢的にも立場的にももうとっくに結婚して子供がいてもおかしくない。なんなら王のように、何人か妻を持っていてもおかしくないのだ。
兄であるエリオットも二人も妻がいるし子供もいる。
そうでなくても貴族は家同士のつながりのために早いうちに婚約を交わしたりする。特に女性は十六歳くらいで社交デビューして、相手を探すものだ。因みに二十歳を過ぎると行き遅れと言われてしまう。
「うーん、特に深い理由があるわけじゃないんだがな……」
ピアーズは少し困った表情で言った。
「そうなんですか?」
「仕事にかまけていたら、いつの間にか時間が経ってたって感じだな。まあ、コンラートには何度か言われてはいたが、条件に合う令嬢がいなかったり、合ったとしてもタイミングが合わなくて結局なくなったりしてこうなったんだ」
考えるような表情でピアーズは言う。
「ピアーズ様はいつも忙しそうですもんね」
「しようと思えば出来なくはなかったんだ。しかし、そこまでして結婚したいと思うような相手もいなくてな……」
イーラは気になって、さらに聞く。
「ピアーズ様は結婚するならどんな方がいいんですか?」
ピアーズは首を傾げて考えた後答えた。
「そうだな……美しい女は好きだが、そこに特にこだわりはない。結婚するなら、仕事も手伝えるくらい賢い女がいい。家柄は正直どうでもいいが高い教養と常識がある方がいい。それから、はいはいと何でも従うような意思のない女も困る。自立した考えを持っていて柔軟な者がいい」
「条件が厳しいですね……当てはまる人なんてほとんどいないんじゃないですか?」
イーラは呆れたように言った。
「そうだな」
ピアーズはそう言って苦笑した、が何か気がついたような表情になって、イーラの顔をじっと見つめた。
「どうしたんですか?」
「いや……案外近くにいるのかもしれんなと思ってな……」
「え?誰ですか?」
その時、音楽が終わり違う曲が流れ出した。周りを見ると、いつのまにか踊っている人も多くなっていた。
「イーラ疲れてないか?少し、休憩しよう」
「はい」
二人はダンスの輪から離れて一休みする事に。ピアーズは使用人に飲み物を持って来るように頼む。
すると、早速ワラワラと人が集まってきた。みんな噂の真相が気になるのだろうイーラをチラチラ見ながら話しかけてくる。
「ピアーズ殿下、初めまして。お会いできて光栄です」
「殿下、お久しぶりです。ご機嫌いかがでしょうか?」
「ピアーズ殿下ダンス流石でした」
ピアーズはまた一人一人に丁寧に応えていく。
みんな、最初は他愛のない事を聞くが、最後はイーラの事を聞いてくる。
ピアーズはそれにも、一回一回丁寧にイーラが婚約者だと話していく。
今日はそれを広めにきたのだから当然なのだが、流石に同じ話しを何度も聞いたり話したりしているとイーラも飽きてきた。
なんとか表情を崩さずに聞くのがやっとだ。
エミリーが社交は面倒だと言った理由がわかった。
「えっと……じゃあ、その子がピアーズ様の婚約者なんですか?」
「ええ、その通りです」
今日、何度目かわからない受け答えをピアーズはした。周りは同じように驚きまた同じような質問を繰り返す。
ピアーズは表情も変えず、答えていく。イーラは流石だなと思う。
「まあ……その方がお相手なんですね。その……可愛らしい……方ですわねぇ」
大抵はイーラがハーフである所為か、困惑したような表情でいう。
そして、イーラを見ると顔をしかめたり、嫌悪するような表情になる。
今話している相手もピアーズの手前もあるのか、決定的に嫌な事は言わないが少し馬鹿にするような言い方だ。とは言えもう何人もそんな感じでなのでイーラも慣れてきた。
ピアーズは何もないかのように答えていく。
「ええ、可愛いでしょう?お陰でいつも癒されていますよ。彼女がいないと夜も寝られないくらいです」
ピアーズは相変わらず臆面もなく歯の浮くような事を笑顔で言った。なんでこんな風にペラペラと嘘を付けるのか不思議だ。
「まあ……仲がいいですのね。イーラ?さんでいいのかしら?ピアーズ様はベッドではどんな感じなのかしら?」
ぼんやり考えていたら、突然イーラに話を振られてしまった。
イーラは他のことを考えていたので一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。とは言え、ここで動揺してしまったら変に思われてしまう。イーラは慌てて答えた。
「ベッドですか?いつも優しいです」
イーラはピアーズがベッドでどんな感じだったか、子供の時の事を思い出しながら言う。
「あら、まあ……」
何故か聞いた相手は、動揺したように顔を赤くさせた。何か変な事を言ってしまったのか。
「そうだったか?イーラはベッドではよく泣いていたけどな」
しかし、ピアーズはむしろ嬉しそうに答えた。
「そ、それは昔の話です。今は泣きませんから」
雷が怖くて泣いたのは少しの期間だけだし、そんなに泣いてない。イーラは慌てて言った。
しかし、周りの人達は何故か顔を赤くさせたり動揺している。
「ま、まあ……本当に仲がよろしいのね……」
しかも、聞いた本人が何故か一番動揺している。イーラがそう答えるとは思わなかったようだ。
イーラはなんでそんなに変な顔をするんだろうと少し考えて、やっと意味が分かって顔が真っ赤になってくる。
その時、使用人の一人が近づいてきて、こっそりとピアーズに何か耳打ちした。
イーラは会話が途切れてホッとする。
「ん?陛下が?わかったすぐに行く。すまない、呼び出しがあったようだ。私達はこれで失礼します」
どうやら、陛下から呼び出されたようだ。ピアーズはそう言ってイーラを連れてその場を離れる。
陛下の名前を出されたら何も言えないようで、引き留める者はいなかった。
周りに集まっていた者も離れていった。
「申し訳ございません。陛下はピアーズ様だけの呼び出されたので……その……」
使用人が付いてきたイーラをチラリと見ながら申し訳なさそうに言った。おそらく、イーラは連れていけないと言うことなんだろう。
まあ、当然だ。たとえ貴族であってもなかなか会える人ではないのだ。安全上の理由でも、ハーフであるイーラが会える人物ではない。
「すまない、イーラ。少し待っていてくれ」
「はい。わかりました」
「側仕えから離れるな」
ピアーズはそう言って、側仕えとして連れてきたエミリーを呼んだ。
そうして、呼び出しに来た使用人と陛下の元に向かった。因みに護衛は広場の外で待っている。
少し離れたところで控えていたエミリーが近くに来た。
「どう?なかなか上手くいってるみたいだけど。疲れてない?」
「少し緊張して疲れたけど、まだ大丈夫。それよりもダンスはどうだった?本当に上手く出来てた?」
ピアーズも大丈夫と言ってくれたが、自分ではわからないので気になった。何より、教えてくれたエミリーの意見を聞きたかった。
「技術としてはまあまあかな。でも今の状況を加味したら充分出来てるわよ」
「本当?」
「むしろみんなびっくりしてたわよ。ハーフのイーラがこんなに踊れるなんて思ってなかったんでしょうね」
エミリーは思い出して可笑しそうに笑った。その笑顔を見てイーラは少しホッとした。エミリーの笑顔は相変わらず可愛くて癒される。
「良かった……」
「そうだ、飲み物をもらってきたの。これでも飲んで一息ついて」
「ありがとう」
エミリーはそう言って、近くの給仕から受け取った飲み物を渡す。さっき受け取った飲み物はとっくに無くなっていたので助かる。
「今日やるべき事はもうほとんどないはずだから、後は終わるのを待つだけよ。頑張ってね」
励ますようにエミリーが言ったのでイーラは頷く。
「エミリーは大丈夫?お付きに来ただけなのに、なんか男の人に話しかけられてなかった?」
エミリーは二人のお付きとして来たので、ドレスもイーラを引き立たせるために質素で髪型もシンプルにしている。
しかし、素材がそもそもいいので、質素にしたところでエミリーの美しさが引き立っていて、むしろ目を引いていた。
「まあ、鬱陶しかったけど状況も読まずに話しかけてくる男なんて、相手になんないわよ」
エミリーは苦笑しながら言った。
流石だなと思いながらイーラも笑う。
「それに、エミリーはアーロンがいるもんね」
イーラはちょっとからかうように言ってみた。
「っう。ま、まあ、アーロンはマシなほうかもね」
エミリーはアーロンの名前を聞いた途端顔を赤くさせた。あんまりからかったりするのは良くないとは思うけど、動揺するエミリーはいつもと違って可愛らしさが増す。だからつい言いたくなってしまうのだ。
その時、誰かが二人に近づいてきた。
「ちょっと、そこのあなた……」
「はい?」
振り向くとそこにいたのは、イーラを憎々しげに睨むミュリエルが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます