第14話 奴隷だった私と魔法の本

翌日、イーラは服を着替えて、食事が終わるとヘンリーにおやつをもらうと、すぐに図書室に向かった。今日は屋敷内で過ごす予定なのでお弁当はない。


「やっぱり、すごい量だな……」


図書室に入って、本棚を見上げる。イーラが小さいせいもあるが、本棚は巨大でそこに入っている本は気が遠くなるほど沢山あった。

それでも、この中に他のお話しがあるんだと思うとイーラは嬉しくなった。


「どんな、おはなしがあるのかな……」


早速、イーラはピアーズに教えてもらった辞書とやらを探す。

しかし、量が膨大で探すのに手間取った。

辞書がどんなものなのかも分からないので、どう探していいかも分からなかったのだ。

結局通りかかった使用人に聞いてやっと見つけた。

わくわくしながら、やたらと分厚い本を開く。


「全然、読めない……」


本を開くと、中はびっしり文字が並んでいた。絵も無くて全く意味がわからない。言葉の意味が分かると言っていたが、調べ方も分からなかった。

それでも、根気強くページをめくっていくと知っている言葉も出てきた。そこから、なんとなく辞書の読み方もわかってくる。

ピアーズが言っていたように、こうなると新しい言葉もわかってきた。

イーラは辞書を片手に絵本にある言葉をなぞっていく。


「あれ?外が暗くなってきてる……」


夢中になって文字を調べていると、いつのまにか夕方になっていた。


「ヘンリーに怒られる……」


夢中になりすぎて昼食を食べるのを忘れていた。おやつも手付かずだ。思い出したらお腹が減ってきた。

イーラは慌ててキッチンに向かう。案の定、ヘンリーには怒られた。おやつも食べてなかったとことも言ったらその後、いかに規則正しい食事が大切か長々と説教されてしまった。

その後、苦しくなるくらい料理を食べさせられる羽目になり、部屋に戻ると疲れていたのか、ピアーズが戻る前にベッドで眠ってしまった。

その日からイーラはほとんど毎日、図書室に通うようになった。

天気のいい日やカイと遊べる日は外で遊んだが、それ以外は図書室にこもりきりになる。

辞書が読めるようになると、子供用の絵本はあっという間に読めるようになった。

そうなると、読める本の種類も増えた。ピアーズが言うように長くて面白い話もたくさんあった。

それでも、イーラが一番お気に入りの本は、ピアーズが初めて読んでくれた魔法使いと騎士のお話しだった。

毎日一度は読み返して、空で読めるようになっても、夜になるとピアーズに読んでくれとお願いしていた。

ピアーズは呆れつつも頼むと何度でも読んでくれる。

そんなある日、イーラはいつも通り図書室で本を探していると、「○※*の魔法」という本を見つけた。タイトルは難しい言葉で書かれていてイーラに読めない。

図書室には面白い物語が書かれた本の他に、歴史や料理の本。タイトルの意味さえよくわからない専門的な本もたくさんあった。

それらは、まだイーラにはまだ難しすぎて読むことは出来なかったが、魔法という言葉に誘われて手に取ってみた。イーラに関係がないとは思ったものの魔法を使うという事がどんなものなのか知りたかった。

その本は、随分古いものみたいで表紙がボロボロだった。

パラパラとページをめくる。中もわからない言葉で埋め尽くされている。分かる言葉もあるが、それを繋げても意味のある文章にならない。


「この……は……風…………呪文……?」


なんとか読み取ってみると、どうやら風の魔法の事について書かれているようだ。でも、どういう意味なのかどんな魔法なのかも分からない。

イーラはそれでも分からないなりにページをめくる。絵本に出てくる魔法使いが使うような魔法の事が書かれていると思うと、意味が分からなくてもなんだかわくわくした。


「ん?何だろうこの文字……」


分からないなりにページをめくっていると、突然今まで見たことのない文字が出て来た。


「こんな文字があるんだ、初めて見た……ん?」


そこに書かれている文字はいつも見ている文字と違う、初めて見た文字だった。


「……なんでだろう読める……」


それなのに、不思議とイーラはその言葉を読むことができたのだ。


「えーっと『風よ我は命ずる、天空のパルスよ疾く走れ』……かな?」


意味はよく分からなかったが、書かれている文字を読んだ。

すると突然、イーラの周りで凄い勢いの風が渦巻くように吹いた。


「なに?きゃあ!!」


それは、あまりにも突然で爆発的に起こったのでイーラは吹き飛ばされそうになった。

イーラはうずくまり伏せる。

本棚がガタガタ揺れて何冊も本が落ちて、窓ガラスが割れる音までした。

イーラはギュッと目をつむって嵐のような風をやり過ごす。

そうして突風は、始まった時と同じように突然やんだ。

イーラが恐る恐る顔を上げる。

図書室は、無残にも滅茶苦茶になっていた。

何故、こんな事になったのかわからないがイーラの周りは棚から落ちた本が散らばり、高いところにあった窓は数枚割れている。

イーラは唖然と座り込み見ていることしか出来ない。


「どうしたんですか?何があったんですか?」


呆然としていると、音を聞きつけたのかコンラートが部屋に入ってきた。

入ってきた、コンラートは部屋の様子を見て驚く。


「本当に何が……?そこにいるのはイーラですか?」

「コンラート……あの……」


コンラートはイーラがいることに気が付いた。イーラは何て説明したらいいかわからず口ごもる。


「何があったんですか?」


相変わらずイーラも訳がわからなかったが、なんとか始めから説明する。


「本を探して読んでいたら、突然凄い風が吹いて。それで……初めて見た言葉を読めて、言葉にして読んだらこうなったと……」


改めてそう言われるとあまりにも意味が分からなくて、イーラも自信がなくなってきた。もしかしたら、イーラがしたこととこの風の事は関係ないのかもしれない。

イーラはそれでもおずおずと頷いて、読んでいた本をコンラートに渡す。


「これを声を出して読んだのですか?……」


コンラートはそれを見て眉をひそめた。イーラは何だか嫌な予感がし始める、もしかしたら何かとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

イーラは黙って、また頷いた。


「この本は……しかし、そんな事が……」


コンラートは何かを考え込むように顎に手をそえる。やはり何かしてしまったのか。


「これは、ピアーズ様に知らせた方がよさそうですね……」


コンラートはそう言って、イーラに付いてくるように言った。イーラは絶望的な気持でコンラートに付いていく。

最悪ここを追い出されるかもしれない。そうでなくても部屋が滅茶苦茶になってしまったのだ。何があったかいまだに分からないが、イーラは屋敷を追い出されてもいいように覚悟を決める。

それでも、イーラの顔は真っ青になっていた。

コンラートはイーラを連れて、今まで入った事のない建物に連れて行った。そこは、ピアーズの仕事をする建物で、邪魔になるので入ってはいけないと言われている場所だった。

こんなところに連れられるなんて、本格的にやってはいけない事をやってしまったんじゃないかと、イーラは恐ろしくなる。

コンラートはその建物の中でも一番豪華な部屋に入っていく。

中には大きな机があり、周りには何かよくわからない道具や書類がところ狭しと並んでいる。

そして、そこでピアーズが忙しそうに仕事をしていた。


「コンラートと……イーラ?何かあったのか?」


滅多にない状況にピアーズは不思議そうな表情になった。


「実は、少し不可解な事が……」


そう言ってコンラートがさっきあった事を説明し始めた。


「読んだだけで……?」

「はい、この本を読んでいたようです」


コンラートがそう言って例の本をピアーズに渡す。

ピアーズはその本を手に取り、内容を確認した。


「本当にイーラがこれを?」

「状況から見てそのようです」


二人には、大体だがなんでこうなったのか分かっているようだ。


「あ、あの、ピアーズ。いったい何があったの?」


イーラは恐る恐る聞いてみる。


「まだ、ハッキリとしたことは分からない。しかし、おそらくイーラは魔法を使ったのだろう。しかも使ったのはかなり特殊な魔法だ」

「え?魔法?」


イーラは唖然として聞き返した。

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