第35話 奴隷だった私とお兄ちゃん

その後、イーラはしばらく透真のそばにいた。そうして欲しいと言われたわけではないが、イーラはそうしたかった。

何を言っていいか分からなかったが、何も言わず隣にすわり寄り添う。

また色々な感情が頭の中で渦巻いて、泣きそうになる。

多くは悲しみだが、透真を心配する気持ちも沢山流れてきた。これは沙知の魂が感じさせているのだろうか。

沙知はきっと透真の事が大好きだった。だから死んでいて悲しいという気持ちより透真に悲しんで欲しくないという気持ちの方が大きい。

しばらくそうしていると夜になった。

時間も遅くなったので三人は休むことにする。透真はまだ元気はない。仕方がない、心の整理をする時間が必要だろう。


「悪いな、お前らを泊める部屋はない。全て物で埋められてるからな。この周りはモンスターが来ないように結界をはっているから、適当にテントでも張ってくれ」


イェンセンは何も無かったように言う。


「ああ、大丈夫だ。元々、森で過ごすことを前提で来たからな」


ピアーズは呆れた顔をしつつも言った。

そうして三人はテントを張り休む。その後も、イーラはずっと透真の側にいた。

次の日、目を覚ますと透真は疲れた顔をしていたが、少しは落ち着いたようだ。

透真はイーラを見て微笑む。


「ありがとうイーラ。一緒にいてくれて……」


透真はそう言ってイーラの手を握る。


「透真、もう大丈夫?」

「うん。……まあ、こんな事もあるんじゃないかと、思ってたんだ」


透真は悲しそうに言った。


「イーラに会って、もしかしたらと頭の隅にあったんだ。だけど認めるのが怖くて言えなかった。はっきりわかって良かったのかも……」


少し寂しそうだが透真はぎこちなく微笑んだ。イーラは複雑な気持ちになる。

透真はこちらの世界に呼ばれなければ、こんな事にならなかったし、こんなことで自分を納得させる必要はなかった。

しかし、もう時間は戻せないのも事実だ。

やるせない気持ちで、イーラはうなずいた。

透真が落ち着いたので、ピアーズと三人で食事を作り。食事を済ますと、イェンセンのところに戻った。

聞きたい事は他にもあるのだ。


「まだ、聞きたい事があるのか?」


三人でイェンセンのところに行くと、イェンセンは何か本を読みながら、面倒臭そうに言った。


「ああ、頼みたい。……何を聞いても答えるんだろう?」


ピアーズが皮肉交じりに言うと、イェンセンはおかしそうに笑う。


「ああ、そうだな。私が知っている事なら教えてやろう」


イェンセンはそう言って読んでいた本を閉じた。すると透真が口を開いた。


「じゃあ、まず聞きたいのは。このチョーカーの外し方だ、なんとか爆発させずに取りたい。できるか?」


透真はそう言って、首に巻きついているチョーカーを見せる。


「ああ、それか。かなり難しいが出来るぞ」

「本当か?」


酷な情報ばかりだったが、これはいい情報だ。


「ただ、それを取るために素材が必要だ。それを取ってくれば取ってやろう」

「素材?」

「ここから、北にずっと行ったところにある。険しい雪山を越えてさらに奥だ。モンスターもいて危険だから、なかなか手に入らない」


危険と聞いたが、透真は明るい顔になる。


「モンスターぐらいなら問題ない。旅にも慣れてるし。大丈夫だ」

「まあ、その選択は好きにすればいい。質問はこれだけか?」

「じゃあ、もう一つ……このチョーカーが外せたら。元の世界に帰りたい……本当は沙知と帰りたかったけど……帰れるか?」


透真は少し悔しそうな顔をしつつ、そう言った。


「ふむ、元の世界ね……結論から言うと。帰る事は出来る」

「本当か?」

「 ただ、お前が住んでいた場所や同じ時代にはおそらく戻れない。それでもいいなら、教えるぞ」

「え?どういうことだ?」


透真は驚いて言った。


「昨日言っただろう。お前の妹がこの世界に落ちた時、場所も時間も全く違うところに落ちたと。この世界から、あちらに帰る時も同じ事が起きる。しかも、向こうからこちらに帰る事はできない」

「そんな……」

「運が良ければ同じ国に行けて時間の誤差も数年で済むかもしれないが、お勧めはしない。逆にに向こうから召喚の魔法を使って呼べばそこに行けるが、そもそも、向こうの世界に召喚の魔法を使える奴がいないと意味がない。だから実質的に不可能だ」


透真はがっくり肩を落とす。時代も場所も違うなら、ここからまた違う世界に行くのと変わらない。


「透真……」


落ち込んでしまった透真をイーラは心配そうに見る。昨日から透真にとっては酷な話しばかりだ。

透真はイーラが心配そうなのに気が付いたのか、無理をして笑う。


「あー大丈夫だよ。でも、ちょっと立ち直るのはまだ時間がかかりそうだけど……」

「それで?質問はこれだけか?」


イェンセンがそう言うと、イーラが聞いた。


「そう言えばピアーズ様も聞きたいことがあるって言ってませんでしたっけ?」

「ああ、そうなんだ」


ピアーズが頷く。その話はイーラとはあまり関係がない魔法技術のことだったので、イーラと透真は部屋の外に出て少し休むことにした。

ピアーズが聞くことが終わったら、すぐに帰ると言っていたのでテントなどをのんびり片づけて、時間を潰す。

しばらくするとピアーズが戻ってきた。話が終わったようだ。

イーラ達は一応イェンセンに別れの挨拶をしに行く。


「じゃあ、俺達は帰るよ」

「そうか、なかなか面白かったぞ。また、機会があれば来い。透真はどちらにしても来ることになるだろうが」


イェンセンは相変わらずクスクス笑いながら言った。

もう大丈夫と言っていたが、その態度に透真は腹が立っているのかムスッとした表情になる。


「正直、もう顔も見たくないけどな」

「まあ、来なくても俺は困らないからな。好きにすればいい」


透真はまたここに来て、チョーカーを外してもらわないといけないことを分かっているのに、そう言った。


「っくそ……」


透真は悔しそうな表情になる。


「まそれじゃあ行こう」


ピアーズが取りなすように言った。


「面白かったのは本当だぞ。あ、そうだ……イーラ」

「なに?」


イェンセンが何か思い付いたように言って、イーラを引き留めた。


「楽しませてもらった礼と言ったらなんだが、面白いことを教えてやろう」

「面白いこと?」


イーラは首をかしげて聞く。ピアーズもなんだろうおとイェンセンを見る。


「そう。異世界から魂が落ちてきて、こちらの魂と混ざることがあると言っただろう」

「はい……」

「そうなった人物は、変な記憶が混ざっているなどの特徴の他に、わかりやすい特徴がもう一つある」

「特徴?」

「そう、魂が二つ混ざっているからか両目の色が違っているんだ」


本当に楽しそうにイェンセンは言った。


「え?両目の色が違うって……」


イーラは言葉を失い、思わずピアーズを見る。ピアーズは何も言わずイェンセンを見ていた。


「まあ、うすうすは気付いていたんだろ?」


イェンセンは相変わらず楽しそうに笑いながらピアーズの方を向いて言った。


「で、でもピアーズ様は別に変な記憶なんてないですよね?」

「記憶のあるなしは個人差がある。一生思い出すこともないなんてこともある。むしろ、イーラはよく思い出しているほうだろ」

「でも、ピアーズ様は日本語は読めなかったんでしょ?」


イーラはそう言った。日本語が書いてあるあの本はピアーズは難しくて諦めたと言っていた。


「おそらく違う国の人間何だろう」


イェンセンはあっさりそう言った。


「……俺もその可能性は考えていた。両目の色が違う以外にもイーラとは共通点があったからな」


ピアーズが静かに頷き言った。


「え?他にも?」

「俺も、イーラも平均より魔力が高いだろう。それが関係しているんじゃないかと思った」

「た、確かに……」


言われてみればピアーズも魔族の中では飛びぬけて魔力が高いし、イーラも何故か高い。

二つしか共通点はないが、どちらも滅多にないことだ。


「その通り。異世界の魂はそもそも魔力が強い、魂だけになっても、こちらのものより強いんだ。だからこちらの魂と混ざると、単純に加算されて魔力が高くなるんだ」


イェンセンが頷きつつ説明した。


「やはりな……」

「ピアーズ様……」

「魔族の国で両目の違うものが世界を滅ぼすという逸話があるだろ?それはイーラと同じく異世界の魂が混ざっていて、魔力が高く、生まれる前の知識も使って名を残すような人物がいたからだ」


イェンセンは楽しそう笑いながら、さらに付け加えた。


「勿論その力を世のために使うものもいるが。中には世を乱す者もいたんだ」

「だから……」

「そういった者が何人もいて目立ったから、そんな逸話が出来たんだろう」

「なるほどね……」


ピアーズが力なく言った。イェンセンは「な、面白いだろ?」とまた笑った。

イェンセンが何で笑うのかいまいち分からないが、話は終わった。

そんな会話をしたした後、三人はエルフの家から出た。


「あいつは結局何が言いたかったんだ?まあ、性格悪いのはわかった……」


透真がぼそりと言うと、ピアーズは苦笑する。


「俺は特に気にしてないから大丈夫だ」

「本当か?」

「本当だよ。そういえば、透真。イェンセンに詳しい素材の場所聞いたのか?」

「あ!イライラしてて聞き忘れた。っくそ。またあいつの顔見るのか……嫌だけど聞いてくるちょっと待っててくれ」

「急いでないから、大丈夫だ」


透真はそう言って戻った。

出発する準備は出来ていたので、近くの倒れた木に座って待つことにした。


「イーラ、準備は終わったのか?」

「はい」

「そうか……」

「あの……ピアーズ様本当に大丈夫ですか?」


イーラはピアーズの顔を覗き込んで言った。透真は納得していたが、ずっと近くにいたイーラにはピアーズがいつもと違うのはわかっていた。


「大丈夫だよ」

「でも、いつもと違う。本当に?」

「イーラには隠せなかったか……」


ピアーズは少し困った顔をして話始めた。


「昔の事を思い出した……」

「昔のことですか」


ピアーズは遠くを見ながら話始める。


「俺の母親はとても優しい人だった」

「ピアーズのお母さん……」


ピアーズにも親がいるのは当然なのだが、母親の話しは初めて聞いた。


「優しい人だったが、同時にとても弱い人だった。だから自分の息子が呪われた子だと、周りから言われ、指をさされることに耐えられなかった……」


そう言って辛そうな表情で俯き、さらに続けた。


「母親はだんだん心を病んで、俺が十才の冬に死んだ」

「そんな……」


なるほど、母親の話を聞いたことがないのは亡くなっていたからなのか。


「母の部屋に入ったら辺りは血の海で、母はその中心で倒れていた。どうやらナイフで自分を切って死のうとしたらしい。しかし、死にきれずのたうち回って血がそこら中に広がっていた。そして俺に殺してくれと言った」

「え……?」


そう言ったピアーズの顔にはなんの表情も無かった。


「まさか、初めて殺すのが母親になるとは思わなかった……」

「ピアーズ様……」


あまりのことにイーラは言葉を失う。

しかし、ピアーズはすぐにいつもの表情に戻して言った。


「もう、昔の話だ……悪いな、暗い話をしてしまった」


ピアーズはそう言ってイーラの頭を撫でた。


「いいえ」


結局イーラはそれ以上何も言えなくなる。ピアーズにそんな過去があるとは思わなかった。


「不思議だな」

「何がですか?」

「いや、こんな話をイーラにするとは思わなかった。でもイーラには話したくなった。不思議だな……今まで誰にも話したこともなかったのに」

「ピアーズ様……」

「悪いな、こんな話聞きたくなかっただろう」

「いいえ、私でよければいつでも聞きます」


イーラがそう言うとピアーズは微笑み、イーラの頭を撫でた。


「ありがとう」


そうしているうちに透真が戻ってきた。


「お待たせ。どうしたんだ?」

「何でもない。それより早く帰ろう」

「そうだな」


いつもと違う雰囲気を察したのか透真が聞いたが、明るい表情で答えるピアーズの言葉に一応納得したようだ。

そうしてまたモンスターと戦いつつも森を抜け、三人は屋敷に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る