第50話 奴隷だった私と戦争
魔族と人間の戦いは、大小はあれどずっと昔から続いていた。
大陸のどこかで人間と魔族は衝突し、争っている。
それでも、どちらかが負けるほどの大規模な戦いにならなかったのは、力の差があったからだ。
しかし、勇者が現れたことでそれが変わった。
力が拮抗し、戦いが過激になりお互い引くことも出来なくなった。
最初は魔族もそれなりに対処できた。
勇者の力は確かに強いが扱いが難しく、人間側も上手く力を利用できなかったのだ。
透真のように、あっさりと逃げられたり、戦いで失敗して死んでしまうこともある。そうすれば、また召喚からやり直しになる。
しかし、今の勇者、暁斗は魔族にとってかなりの脅威になっていた。
イーラと初めて出会った時の暁斗は、高い魔力を使い切れてなかったが、あれから年数が経って経験と技術をつけたのだ。
確実に強くなって、占領していた土地が奪われ、魔族はじわじわと迫い詰められていた。
勿論魔族側も対処はしているが、少しずつ退行しているのが現状だ。
「……それで、それに対抗するために大きな作戦が計画されたんですね」
イーラは言った。
今はピアーズの執務室だ。国から人間との戦いで大きな作戦を実行すると通達があり、イーラはその準備を手伝うことになった。
「それに、俺はその作戦で重要な役割を任されることになった」
しかも、かなり重要で危険な役割らしい。イーラが関わるのはこの準備になる。
「例の兵器はそんなに強力なんですか?」
イーラは少し心配そうに聞いた。ピアーズのことだから大丈夫だと思うが、勇者が絡むとなるとやはり心配になった。
その作戦というのは、最近王都で開発された兵器が使うというものだ。それは特殊な技術で作られた兵器で、これがあれば戦況を一気に変えられると言われている。
「エルフのイェンセンの事を覚えているだろう?あいつに教えてもらった技術を使っているんだ」
「あ、そういえばあの時、何か聞きたいことがあるって言って話をされてましたね」
あの時は、透真の事や自分の魂の半分は、透真の妹の魂が混ざっていたという事実に頭が一杯で、それどころじゃなかった。だから詳しく聞くこともなかった。
イェンセンは意地悪な性格だったが、持っている知識は本物だ。おかげで人間との戦いに勝てる技術を得られたのだ。
その特殊な技術とは、それぞれに個人が保有している魔力を合わせて攻撃として使えるというものだ。
普通、魔力とは個々が持っているものを、それぞれを魔法という形で使うことしか出来ない。
しかし、その技術は個々の魔力を集めて一つの力として使えるようにするのだ。だから例え個々の魔力が少なくても、魔族百人から魔力を集めれば。巨大な魔力になる。
勇者にも簡単に勝てるだろう。
その技術は兵器として開発され。そして、最近やっとなんとか実践で使えるようになったのだ。
「ああ、おそらく勇者も一撃で倒せるぐらい強力なものだ」
「一撃……凄いですね」
これは透真に貰った手紙にも書いてあったのだが、暁斗はかなり厄介な存在になっているようだ。巧に魔法を使いこなしていて、歴代勇者の中でも魔力がかなり高い。
透真は、戦いたくはないから本気でぶつかった事はないらしいが、純粋に魔力だけなら負けていると言っていた。
だから、この兵器が開発された意味は大きい。
話だけ聞くとかなり強力な兵器のようだし。これならばなんとかなりそうではある。
「ただ、例の兵器は簡単に持ち運びが出来ないのが難点なんだ」
苦笑しながらピアーズが言った。
その兵器は強力だが大きくて複雑で、開発したてなので軽量化まではいたらなかった。
「それじゃあ、どうやって攻撃するんですか?」
「それで、俺が駆り出されることになったんだ」
そう言ってピアーズは作戦の概要を話し始めた。
兵器は王宮の高い塔に設置されるそうだ。そこから遥か遠くにある見晴しのいい場所に、勇者をおびき出し攻撃する。
今もどこかしらで戦いは起こっている。
ピアーズはその中に攻め入り、勇者の気を引き付ける。引き付けられたら今度は後退して、例の兵器の射程範囲まで誘い出す。これが簡単な概要になる。
そして射程内に入ったら、そこに勇者を足止めし、ピアーズ達はそこから撤退して味方に合図し、攻撃して一網打尽にするのだ。
「かなり難しそうですね」
「まあな、だからこそ俺がその役割を与えられたわけだ」
「一応、顔を合わせたこともありますもんね」
イーラは初めて勇者と出会った時の事を思い出す。
あの時、ピアーズは勇者と戦ったが、戦いにおいてはピアーズの方がまだ強かった。
だから魔族の中で一番強いピアーズ以上に最適な人物は他にいないのだ。
しかし、話しを聞く限りでは以前よりも戦いに慣れて、技術も上がってきている。
油断すればやられてしまう可能性もある。そうなったら作戦は失敗だ。
この作戦の難しいところは、相手が誘いに乗ってくれるかどうかだ。途中で作戦がばれたらまたやり直しになる。
「本当に上手くいきますかね……」
イーラは心配そうに聞いた。その作戦は他にも心配な点がある。それは誘い出した後のことだ。射程内に勇者が入ってきたら攻撃するわけだが、その近くにはピアーズもいるのだ。その攻撃のタイミングがずれたら危ないのではないかと思った。
「大丈夫だ。そこら辺は綿密な計画をたてている。なんとかなるだろう」
イーラはモンスターを狩ったことはあるが、本格的な戦いの経験はない。
しかし、ピアーズはその点ではベテランだ、それを聞いてイーラはとりあえずホッとする。イーラには分からないこともあるだろう。
「そうですか」
「それじゃあ、その予定で準備をしておいてくれ」
そうしてイーラ含めて秘書達は準備をすることになった。
戦いの準備は今までも何度もしているので慣れたものだ。
作戦の決行は一週間後。
準備をするには充分な時間があったが、それでもそこそこ忙しい日々が過ぎていった。
「いよいよ明日だな」
カイがぽつりと言った。
今イーラとカイは出撃の準備を終えて、備品の不備がないかチェックをしているところだ。
今回は特殊な戦いだから、少数精鋭で挑むことになった。大人数で挑んでも動きが緩慢になるだけだ。
おびき出すのには身軽な方がいい。
それを念頭に部隊を編成したわけだが、そのメンバーの中にカイも選ばれた。
今やカイはピアーズの右腕と言っていいほど認められ、腕を上げている。今回の作戦が成功すればカイの父親であるルカスの跡を継ぐ予定にまでなっている。
カイが強くなってルカスは喜んでいた。
因みにルカスはカイに席を譲ったあとは兵の指導とデスクワーク中心の仕事に就くことになっているそうだ。
「気を付けてね」
イーラも作業を手伝いながら言った。
「まあ、作戦を聞く限りはそこまで危険はないと思うよ。それよりも作戦通りに進められるかの方が難しそうだな」
カイは馬具の金具をチェックしながら言った。イーラは書類を見合わせながら忘れている物がないかチェックする。
ギリギリまで荷物は少なくしたが、あまり少なすぎると後に響く。かと言って多くし過ぎると移動が困難になる。バランスはヴィゴやピアーズと入念に話し合って決まった。
「無理はしないでね。もし失敗しそうになっても、生き残る方を選んでね」
イーラがそう言うとカイは苦笑する。
「心配しすぎだって。そう簡単には失敗しないよ」
「もう、そうやって油断すると本当に何かあるだから、本当に気をつけてよ」
イーラはチェックの手を止めて真面目な顔をして言う。
ピアーズの仕事を手伝うようになると、戦いの中で死亡してしまう兵士に関わることが何度かあった。
最近はその数も徐々に増えていって、それだけで人間との戦いが苛烈なのか分かる。
それに、ピアーズが率いる軍はまだ死亡者は少ないが、他部隊や他の国境辺りを守る州ではもっと死傷者が出ているらしい。
それだけ勇者が油断ならないということだ。
「わかってるって。でも、心配してくれてありがとう」
「まあ、カイは強くなっているのは知っているから大丈夫だと思うけど。用心はしておいてね」
そんな会話をしながらしばらく作業を進める。
「よし、こんなものかな……」
一通りチェックは出来た。あとは出発するだけだ。
「うわ!」
その時、イーラはうっかり荷物に蹴躓いて転けそうになった。
「大丈夫か!」
しかし、とっさにカイが抱きとめる。
「あ、ありがとう」
「……」
何故かカイはイーラを抱き止めたまま固まってしまった。しかも、またさらに強く抱きしめられた。
「カイ?どうしたの?」
イーラが不思議そうに聞く。
「っあ、ごめん。なんでもない……」
そう言ってカイは慌てたように体を離した。
カイは顔を赤くさせて目を泳がせる。
「本当にどうしたの?」
明らかにいつもと違うので、イーラは不思議そうに顔を覗き込む。すると、カイは何かを決意したように言った。
「イーラあの……この機会だから言いたいことがある……」
しかし、その後の言葉が続かない。
イーラは何だろうと言葉を待つ。
カイは何度か言おうとするが口を開いては何も言わずに閉じる。
「あの、言いにくかったら今度でもいいよ?」
「……前に、俺の好きな人が誰かって話になっただろ?」
やっとカイがそう言った。
「ああ、そうだったね」
イーラは思い出して頷いた。
「好きな人は……イーラ、お前だよ」
カイはやたらと真面目な顔で言った。
「……え?」
予想もしてなかった言葉にイーラは固まる。
魔族のカイがハーフのイーラをそんな風に思っているとは思わなかった。
そもそもイーラは自分が誰かにそんな対象に見られていることも、想像してなかったのだ。
「返事は今すぐじゃなくていい。この戦いから帰ってきたら、また聞くから」
驚いて何も言えないと、カイがそう言った。
そうして、驚くイーラを残して翌日ピアーズ達は屋敷を出て、戦いに向かった。
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