第7話 奴隷だった私の初めての友達

「ぎゃーーー!」

「わぁ!」


突然大きい声に、イーラも驚く。相手は驚きすぎたのか尻もちをついていた。

二人はびっくりした表情で、しばし見つめ合う。


「あ、あれ?お化けじゃない?」

「え?違うよ」


男の子はやっと気がついて言った。どうやら、薄暗い廊下と痩せてガリガリのイーラを見てお化けと見間違ったようだ。確かにこんな状況だと驚くのも無理はない。イーラは申し訳なくなった。

男の子はちょっと恥ずかしそうな顔をして、何もなかったかのように立ち上がる。


「い、いや分かってたけどね。こけたのはちょっと足がもつれただけだし……」

「そっか。ごめんね」


あきらかに強がっていたが、イーラは特に追及はしなかった。


「それより、君誰?」

「私はイーラだよ。ピアーズにひろわれたの」

「ああ、聞いたことある。父上が言ってたハーフの子供か」

「父上?」

「俺の父上はピアーズ様の部下なんだよ。名前はルカス・ギルフォード、俺はその息子でカイっていうんだ。父上は君を拾った時いたから知ってるんじゃないか?」


そう言われて、イーラは思い出す。おそらくカイが言っている父上は、イーラの首根っこを掴んで持ち上げた兵だ。確か、ピアーズがその人をルカスと呼んでいたのを聞いた。


「あ、あの人か。ピアーズ様の近くにいたひとだ」


そう言うと、カイは自慢げな顔で頷いて「僕の父上はすごいんだ。貴族で騎士なんだ」と言った。

カイは魔族だから肌は黒く、髪は茶色に近い金色で綺麗な青い目をしている。

角は子供だからまだ小さめだがしっかりしてる。幼さは残っているものの顔は整っていて、確かに親子なんだろうルカスに似ていた。


「そう言えば、イーラはここで何してるんだ?」

「それが……散歩してたんだけど、迷っちゃったんだ。カイはここがどこかわかる?」


そう言うと、カイは目を泳がせる。


「も、もちろん……わかってるよ」

「本当?すごい」



 

「まかせて。僕は将来父上の跡をつぐんだもん。今日もしごとを手伝ったりしたし。当然だよ。よし、ついてきて、案内するよ」


カイはそう言うと、イーラの手を取って自信満々に歩き始めた。


「そう言えば、カイはここで何をしてたの?」

「え?ぼ、僕?」

「何かようじの途中だったら、悪いなって思って」

「あ、ああ。べ、別になんでもないよ。僕は、なんていうか……ちょっとしたたんれんの途中だっんだけど。立派な騎士は、困っている人を助けるものなんだ、だから当然だよ」

「カイは騎士なの?凄いね」


イーラは目を丸くして驚く。魔族とはいえ同じくらいの子供なのにすごい。


「あ、ああ。正確に言うとまだ違うけど、将来は父上の跡をついで騎士になるから、変わりない」

「なるほど。じゃあ、きっと立派な騎士になれるね」

「と、当然だよ……」


そんな会話をしながら、二人はしばらく歩く。しかし、しばらくぐるぐる歩いたが、なんだか見覚えのある風景に戻ってきてしまった。


「あれ?ここ、さっきも通らなかったっけ?」


イーラはそう言った。


「え?そ、そうか?おかしーな」

「もしかして、迷ってる?」

「え?ち、違うよ。ちょっと似た場所に来ただけだって。大丈夫だよ」


さっきより、ちょっと自信なさげではあるが、カイはそう言いはってまた歩き始めた。

イーラは一抹の不安を覚えつつも、カイがそう言っているなら大丈夫かなと思いながら付いていく。

それから、しばらく歩いたがやはり迷ったままだった。

イーラはちらりとカイを見てみる。

カイはきりっと前を見て歩いているものの、少し焦っているように見えた。

イーラは少し気の毒になってくる。もしかしたら、無理をさせてしまったのかもしれない。

その時、カイのお腹からぐうーという音が聞こえてきた。

二人はお互い顔を見合わせ立ち止まる。なんとも言えず変な空気が流れた。

その時、二人は少し開けた場所に出た。丁度、中庭のような所に出たようだ。

そこは建物の隙間のような場所で、ちいさな庭のようになっていた。小さな木や花が植えられていてベンチも置いてあった。

しかし、空が見えるものの周りは回廊になっていて、やっぱり建物からは出られそうにない。


「えーっと、ちょっと休憩しようか」

「……うん」


イーラが言うと、カイはさっきの勢いもどこへやら、しょんぼりとした表情で頷いた。

二人は中庭にある小さなベンチに座り、ヘンリーが持たせてくれた水筒で順番に水を飲む。


「飴も食べる?」

「ありがと……」


カイがあんまりに静かになってしまい、イーラはなんだか心配になってくる。

イーラは口に飴を入れて、コロコロ転がす。甘味がじんわり口に広がって、歩き回って疲れていた体が少し癒される。


「美味しい……」


カイが横で呟いた。


「美味しいよね。ヘンリーが作ってくれたんだよ」

「ヘンリーって?」

「私の食事を作ってくれてるんだ。世界一の料理を作るんだ」

「そっか……」


まだ、完全に迷子のままだが口の中が甘くなったおかげか空気が少しなごんだ。


「でも、お昼ごはん食べに行かないと怒られちゃうな……」


イーラはヘンリーの事を思い出して呟く。


「ごめん……」

「え?」

「実は僕も迷ってたんだ……」


カイが少し恥ずかしそうに言った。


「うん、そうじゃないかなとは思ってた」

「本当、ごめん……僕、本当ダメだよな。こんなんじゃ、騎士にもなれないよ……」


カイはそう言って、またしょんぼりしてしまった。


「そんなことないと思うよ。一人で迷ってた時、ちょっと怖かったけど、カイと一緒に歩いてた時は怖くなくなったもん。カイは凄いよ」


本当は薄暗い廊下で一人でいるのは不安だった

だから、カイが手を繋いでくれたのは本当に心強かった。それに、なんだか探検をしているようで楽しかったのもある。

イーラがそう言うと、それを聞いたカイはみるみる顔を真っ赤にさせた。


「……ありがとう」


カイは俯きつつもそう言った。


「それに、まだ見習いなんだったら失敗してもいいんだよ。今のうち失敗しとけば、本当に騎士になった時に失敗しなくなるよ」


イーラは奴隷だった時、失敗ばかりして起こられていた、そしてご主人様はお前はダメな奴だって何度も言われていた。

だから、この言葉はイーラが言って欲しかった言葉でもあった。


「だから、大丈夫だよ。カイは立派な騎士になるんでしょ?」


イーラがそう言うと、カイは少し明るい顔になってきた。


「うん、そうだよな。俺はピアーズ様みたいになるんだ。だから頑張るよ」


カイはそう言って、最初に会った時のように元気になった。イーラはそれを見てホッとする。


「そういえば、私はあんまり知らないんだけど、そんなにピアーズって凄いの?」


肩書きが凄いのはわかるが、具体的に何をしたのかはよく噂程度しか知らない。

ピアーズは毎晩、部屋でイーラの話を聞いてくれる。

最初に出会った時鎧姿で少し怖かったが、ベッドでくつろいだ姿の時は気安くて優しげなのでどれくらいすごいのかよくわからない。


「当然だろ?なんだ、イーラは知らないのか?」

「うん、エミリーがちょっと教えてくれたけど、具体的にはあんまり知らない」


イーラがそう言うと、カイは自分のことのように自慢気に説明し始めた。


「ピアーズ様は子供のころから”しんどう”って言われてて、文武両道で魔力も魔族の中でも一番だったんだ。しかも十代で竜騎士団の隊長になって戦いでもモンスター討伐でも負けなし、あまりに強いから軍では四天王の一人と認められたんだ。その後その功績もあって、今の領地を与えられて、あんなに若くして領主様にもなれたんだ」

「凄い……」

「そうだろ?」


カイは嬉しそうに言った。


「でも、ピアーズは王様の息子なんでしょ?だからある程度とくべつ扱いされてるんじゃないの?」


やっぱり王族の血が入っているのは大きい気がする、しかも王子だ。将来王様になる可能性もあるなら、特別扱いされててもおかしくない。


「何言ってんだよ。そんな訳ないだろ!ピアーズ様の実力は本物だ。息子っていっても兄弟の中でも五番目だから“けいしょうけん”ってのは低いし、竜騎士団は実力がないとはいれない完全実力主義だから王族だからってそんなに簡単になれるものじゃないんだ」


カイは怒ったように力説する。


「それに、容姿のせいでいわれのないことを言われてて、むしろ不利だったのにここまで来れたのは凄いことなんだからな」

「容姿のせいって?」


イーラは初めて聞いた話に聞き返す。ピアーズの容姿は整っていて迫力はあるが特別変なところはないはずだ。


「ああ、ピアーズ様って両目の色が違うだろ?なんでも昔の“でんしょう”で色の違う者はいずれ全てを滅ぼすって言い伝えがあって……」

「え?そんな言い伝えがあったの?」


イーラは目を丸くさせる。カイは眉を潜めて言う。


「うん。でも言い伝えって言ってもかなり古い“でんしょう”で、誰が言ったのかも信憑性があるのかもわからないんだ。それなのに、一部の奴が不吉だ不吉だって騒ぎ出して、みんなピアーズ様のこと忌御とか呪い子って言い始めたんだ」

「そんな事があったんだ」

「でも俺はそんな事信じない。父上も嘘だって言ってた。ピアーズ様は強いけど優しいし賢いんだ。だから絶対大丈夫だよ」

「そっか、そんな状況なのに今の立場になったってのは本当に凄いんだね」

「そうだよ。だから俺も、いつかピアーズ様みたいな強い騎士になって四天王になる……あれ?っていうかイーラも目の色違うじゃん!」


カイがイーラの目を覗き込んでそう言った。


「あ、そう言えばそうだった」


イーラは自分がオッドアイだという事を最近知ったので、すっかり忘れていた。

そう言うとカイは可笑しそうに笑う。


「やっぱり、“でんしょう”ってやつはでたらめだったんだな」

「なんで?」

「だって、イーラも両目の色が違うのにまだ何も滅びてないじゃん、しかも、こんなに小さい子供にそんな事出来るわけないし。イーラだってそんな事するつもりないよな?」

「うん、ないよ」


イーラは慌ててそう言った。


「当然だよな?」

「うん、だってそんなことしたら美味しいごはんも食べられなくなるもん」


今日の夕食に出るはずのケーキは絶対に食べたいし、これからも沢山食べたい。


「うん、俺もこまる」


カイはそう言って、また笑った。

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