第40話 奴隷だった私は四天王の婚約者になる2

「そうだ、イーラを婚約者という事にしよう」

「…………へ?」


突然、矛先が自分に向いて、イーラは変な声が出た。意味が分からない。

他の三人は驚いた表情で言った。


「何をおっしゃってるんですか?」

「流石にそれは無理があるのでは?」

「年齢的にはギリギリってところだけど、認められるか難しい気がするけど……」


みんな困惑した表情になる。

それはそうだろう、いくら魔法が使えたり教養を身に着けたと言ってもイーラはハーフだ。外に出れば、奴隷と思われても仕方がないし、昔王城に行った時も奴隷といわれて蔑まれ絡まれた。

あの時はピアーズがいたからどうにかなったが、それがなければイーラの立場では殺されても文句も言えなかった。

そんなイーラを婚約者にするなら、いっそのこと魔族の平民から選んだ方がましなくらいだ。

イーラは困惑しながらピアーズに言った。


「冗談ですか?」

「俺は本気だ」


ピアーズは迷いもなくそう言いきった。何だか楽しそうだ。こういう時のピアーズは危険だ。嫌な予感がする。大抵い、もう決めてしまっていて変えられない。

さらにピアーズは言った。


「イーラなら貴族同士の力関係なんか考えなくていいし、ここに住んでいるから身の危険も心配ない。一度王城に行って、俺が連れているのもよく知られているからな。不自然でもない」

「……まあ、その点は理解できますが……」


それ以前の問題な気がするが、ヴィゴがそう言った。


「何よりこれ以上のインパクトはないだろう」

「確かに、ピアーズ様がハーフを婚約者として連れていたら、今までの噂は完全に吹き飛ばせそうですね」


ヴィゴがそう言うとルカスも「言われてみれば……」と納得しはじめる。それに続くようにエミリーも言った。


「イーラは美人だし、着飾ればそれなりに見栄えはするもんね。……問題は、社交場でのマナーかな……」

「それなら、今から覚えればいい。基本のマナーはもう出来ているんだから、後はカーラに教えてもらえば大丈夫だ。エミリーにも手伝ってもらえれば完璧だな」

「まあ、イーラならすぐ覚えられるでしょうし……案外、正解なのかも……」


エミリーまで納得し始めている。


「しかし、流石に王家から何か言って来ないですか?周りの評判も悪くなりかねないのでは」


ルカスが心配そうに言った。


「そ、そうですよ、頭がおかしいと思われますよ」


イーラは慌てて言う。あまりの事に口を挟むことも出来なかった。

そもそもイーラはペットとしてここに来たのだ、そんなイーラを婚約者にするというのは、例えれば狼のサーシャと結婚すると言い出したのと変わらない。


「変人だと思われるのは今更だ。むしろ、変な女が近づかなってこなくなっていいかもしれない」

「夜会の誘いも多いですし、断るだけで一苦労ですしね」


そう言った。招待状の管理もしている、ヴィゴは苦笑しながら言った。


「思い付きで言ったが、案外いいな。今から新たな令嬢を選ぶ手間も省けるし、屋敷に一緒に住んでいるから、作戦も立てやすい」


ピアーズは自分で言って頷く。


「い、いや。それにしても……」


何だか、イーラ一人オロオロしているうちに、どんどん話が進んでいく。

そして、ピアーズは続けて言った。


「じゃあ、決まりだな。一応他も候補を探しておくが、基本的にこれで話をすすめよう」

「え?本当に……?」


ピアーズがやると言ってしまったら、もう決まりだ。ヴィゴやルカスが反対してもむだな事は今までの経験でわかる。

嫌な予感が的中した。

そうして、イーラはピアーズの婚約者になることになった。


「突然呼び出されたと思ったら、まさかこんなことになんて……」


久しぶりに屋敷に来たカーラ先生がそう言った。こんな困った顔を見るのは、イーラの家庭教師をしろと言われて以来だ。


「私も、何でこうなったのか分かりません」


イーラも困った表情で言った。

カーラ先生には、今日は社交のマナーを教えてもらうために来てもらっている。

イーラをピアーズの婚約者にするなんて、その場の思い付きみたいな案だ。だから、後からやっぱり止めると言われるかと思ったが話は想像以上に、そして具体的に進んでいた。

とりあえず必要になるのは、社交場での立ち振る舞いだ。まあ。ハーフがそんな場所にいるだけで大変なことだから、マナーが完璧でもあまり変わりなさそうだが形は整えておいた方がいいということになった。

カーラはため息を吐きつつ言った。


「ピアーズ様が決めたのでしたら仕方ありません。イーラの家庭教師になった時もそうでしたからね」


でもカーラ先生は懐かしそうな表情だ。


「でも、私にできるでしょうか?」


イーラは不安そうに言った。社交場なんて一生関わることなんて無いだろうと思っていた場所だ。そもそも何をするのか具体的なこともよくわからない。


「イーラは覚えも早いですし、それは問題ないでしょう。何をするかは色々ですが、ピアーズ様と同行するのであればピアーズ様に合わせておけばどうにかなります」


カーラはそう言った。


「合わせるですか……」

「まあ、少しずつでも進めていきましょう。幸い、エミリーも手伝ってくれるようですし」


そんなわけで、イーラはカーラ先生を家庭教師に、新たな勉強を始める事になった。

カーラは大丈夫と言ったがその社交場のマナーや作法は夜会や茶会、舞踏会などその場所によってで全て違っていて、立場によっても作法が変わるようだ。

かなりややこしくて複雑だ。

イーラはその知識を詰め込むために、秘書の仕事も減らして勉強をすることになる。

しかも、練習になるからと食事の時も食事のマナーを習う事にななった。


「貴族はみんなこんな事してるの?」


横でエミリーにマナーを注意されながら、イーラが言った。

習った通り、丁寧に切り分けた肉を口に運ぶ。

今は食堂で疑似的に夜会での食事の作法を練習している。ヘンリーの作った料理は相変わらず美味しいが見られながらの食事は落ち着かない。しかも、量も少ないのでなかなかお腹いっぱいにならない。

因みに、ヘンリーに今回の事を話すと「じゃあ、気合い入れて夜会ようの食事を作らないとな」と張り切っていた。

そういえばとイーラは思い出す。

ここに来た当時、イーラは手掴みで食べ物を口に詰め込んでいたので、ゆっくりとたべるようにヘンリーに見張られながら食べていた。

内容は少し違うが、また似たような事をするとは思わなかった。


「ある程度の年齢になったらみんなしてるわよ。でもイーラみたいに一気に習うなんて事はないからどうにかなってるけどね」


エミリーは少し気の毒そうに言った。


「でも、食事までこんなに気が抜けないなんて疲れそうだけど……」

「これも、慣れかな?でも気持はわかるよ。私もそういう堅苦しいのが苦手だったから」


そう言ってエミリーは苦笑した。エミリーでも大変ならやはり自分では無理なんじゃないかとイーラはまた不安になってくる。

こんな感じで勉強は進んでいった。

仕事は減らしてもらえたが、それ以外の時間はずっとマナーの勉強に変わった。


「あの……そろそろ腕を下げていい?」

「駄目、もうちょっと我慢して」


イーラは大きな広間で沢山の人に囲まれていた。今日はドレスの採寸をすることになったのだ。夜会ではマナーも必要だが、ドレスも重要になる。

ピアーズの婚約者として、その場に合わせて下品にならず、主催者に失礼にならず、それでいて目を引くドレスを作らなくてはならない。

しかも、夜会、茶会、舞踏会それぞれの場所と立場に合ったドレスを作らなくてはならないのだ。

ピアーズの婚約者として出ていくなら毎回違うドレスは当然で、それ以外にも予備として一・ニ枚作らなくてはならないらしい。

ドレスは布から仕立てないといけないので、早いうちに準備しているのだ。

広間にはイーラを中心にして、仕立てや装飾品を扱う商人、それからエミリーを始めとした貴族出身のメイド達も集められた。

こんなに人が集まっているを見るのは、イーラは初めてだった。ドレスを作るというのは女性には楽しいことのようで、イーラよりメイドたちの方が盛り上がっている。

周りでは仕立屋とエミリー達があーだこーだと言い合っている。イーラは下着姿で、されるがまま突っ立っていることしか出来ない。

どうやら、メイド達はシックで上品にまとめる派と、若さと可愛さを強調したい派で分かれていて、その間で仕立屋が右往左往しているような状況だ。

ファッションやマナーに詳しくないイーラは口を出すことも出来ない。



「こっちの色で組み合わせたら?」

「こっちだとイーラの肌の色と合わないわよ」

「お茶会で、このデザインは古いわよ、流行はこっち」


などと周りで会話をしているが、イーラにはちんぷんかんぷんだ。向うの方では、経理と商人が交渉をしていたり、装飾品の商人が順番待ちをしたりしていた。


「順調に進んでいるか?」

「あ、ピアーズ様」


しばらくすると、ピアーズが様子を見に来た。


「大分疲れているみたいだな。でも可愛くなったじゃないか」


ピアーズは、着せ替え人形のようになってぐったりしているイーラを見て言った。


「そうですよね。素材がいいし何でも似合うから助かります」


そう言ったエミリーは、いつもよりイキイキしているようにも見える。


「それにしても、社交に使うドレスは随分金が掛かるんですね……ちょっと予算が厳しいかも……」


商人と交渉していたヴィゴが、難しい顔で言った。


「それなら、この間浮いた予算があったろう、それから備蓄していた分も使っていい」

「え?いいんですか?」

「あんまりため込んでもしょうがないし、こういう時に使わないと」


ピアーズはそう言ってイーラのおでこにキスを落した。

イーラは固まる。婚約者は振りだと思っていたからそんな事をするとは思ってなかったのだ。

周りのメイド達はキャーキャー言っていて、ヴィゴは何もなかったかのような顔をしていた。

商人たちは少し驚いたみたいだが、平静を装っている。


「あの……ピアーズ様?」

「ドレスや装飾品は好きなだけ買っていい」


ピアーズは何もなかったように言った。


「は、はい……」

「じゃあ、俺は仕事があるから、ヴィゴ後は頼むぞ」


そう言ってピアーズは部屋を出て行った。

予算が多めにおりたと言うことで。

その後、ドレスの採寸はさらに盛り上がり、終わった後はイーラはいつもの仕事より疲れてしまった。

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