第41話 奴隷だった私は四天王の婚約者になる3

「んー、久しぶりの外だ……」


イーラはそう言って伸びをした。今日はカイと街に遊びに来ている。


「最近忙しかったもんな」


隣にいるカイがそう言った。カイは当然イーラが今マナーの勉強で忙しいのを知っているのだ。そして、気遣うようにさらに言った。


「でも、誘っておいてなんだけど、休みなんだから屋敷でゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?」


以前約束していたものだが、急にピアーズの婚約者になってしまい、そのための準備で忙しくなったので予定が伸びていたのだ。

流石に詰め込みすぎということで、今日休みをもらえた。

それで、今日カイと街に遊びに来たのだ。


「体が疲れてるわけじゃないから、むしろ気晴らしになるからいいの。それより、カイも今日は休みの日じゃなかったのに、いいの?無理してない?」


どうやらカイは急遽、休みを取って一緒に来てくれたようなのだ。


「大丈夫、大丈夫。以前、中止になった休みがこっちに移っただけだから。それより、今日はどこに行く?」


カイは軽く言った。


「そうだな……、前に言ってた演劇ってまだやってるのかな?行きたいな」


よくわからないが、エミリーが勉強になるって言っていた。それに、演劇は基本的に好きだ。


「それじゃあ、それにしようか」


カイも同意して、二人は街の演劇場に向かう。

演劇場は街の中心辺りにある。

街の中心は人も多く賑わっていた。

ピアーズが治めるこの州、グズート州は国の中でも端にある。

普通はここまで端だと寂れるものなのだが、ここは真逆だ。それも、これもピアーズのお陰だ。

イーラは聞いた話しか知らないが、以前は当然のように寂れていたそうだ。しかし、ピアーズがここの領主として来てからここまで発展させたらしい。

最近も、新しく学校が出来てさらに人も増えている。人間との戦いがなければさらに賑やかになっていただろう。

演劇場に入る。ここも人が多く、賑わっていた。


「楽しみだな」

「うん」


二人はウキウキと場内に入っていった。

——しかし見終わった後。


「カイごめんね……」


劇が終わり、劇場から出てきたイーラは、申し訳なさそうに言った。


「いや、疲れてたんだろうし。眠かったんだろ?仕方ないよ」


カイは苦笑しながら言った。そう、イーラは劇の途中でいつの間にやら眠ってしまったのだ。

聞いていた通り内容は甘い恋愛がテーマで、若い男女が喧嘩したりすれ違ったりする話しだった。

しかし、気が付いたら終わっていた。


「主人公が他の男と会ったあたりから記憶がない……」


思い出しながらイーラは言った。

たしか、何かを誤解した主人公の女性が相手の男性とすれ違ってしまい。他の男と結婚しそうになったシーンだ。

イーラはなんでキチンと話し合いをしないんだろう、とぼんやり思っていたら寝てしまった。

エミリーに勉強になると言われたが、結局なにも分からなかった。

イーラが申し訳なさに苦笑していると、カイは気にしてないからと言って笑う。

そうして気を取り直すように言った。


「とりあえず、食事にでも行こう」

「うん」


そうして、二人は近くの食堂に向かう。そこは、イーラとカイが街に来るとよく来る大衆食堂だ。


「それにしても、いつもこの店でいいのか?もっとお洒落なところもあるのに……」

「いや、ここでいいよ。料理も美味しいし。……それに私はハーフだから、あんまり目立つのはね……」


イーラは苦笑いしながら、ちょっと顔を伏せた。

ここは、ピアーズの治める街だが魔族の国だ。ハーフは奴隷として扱われるのが同然でイーラのように屋敷で普通に扱われることが異常なのだ。

街にも一人では行けない。

ここの食堂もカイが隣にいてくれるから入れている。

カイが言ったようなお洒落な店は入ることも出来ないだろう。

まあ、それでも他の奴隷より身なりもいいので、結局は変な目で見られてしまうのだが。

劇場に入る時も顔をしかめられた。

食堂は何度も来ているからか変な顔はされなくはなった。しかし、一人で入る事は出来ないだろう。

イーラはそれ自体は気にしていないのだが、カイに迷惑をかけてしまうのが嫌だった。


「そんな事気にすることないのに。俺がいれば問題ないだろ?」

「そういうわけにもいかないよ。カイも変な目で見られるよ?」

「俺は気にしないよ。そもそも、ちゃんと稼いだ金を使うだけなのに、おかしいよ……」


カイは憮然とした表情で言った。


「本当に私は大丈夫だから。それより食べよう」


そうして、早速二人は料理を注文する。ここの料理は安く量が多いのにとても美味しい。

一人分じゃ多すぎるくらいなので、カイと分けつつ食べた。


「そういえば、カイは劇は面白かった?」


食べながらイーラは聞いた。寝てしまったので結末を見逃した。


「うーん。面白かったよ。最後は誤解が解けて幸せになりましたって感じだよ。まあ、ストーリーはよくある感じだったかな……」


カイは思い出しつつ言う。


「そっか……ねえ、カイは好きな人とかいる?」

「ッ!ゲホ、ゲホ……な、何だよ突然」


カイは突然、顔を赤くさせてむせた。


「あ、ごめん。恋とかよくわからなくて。っていうかエミリーが私は恋について分かってなさすぎだから、この劇を見たらいいって言ってたの。結局よくわからなかったけど」

「あ……なるほど」

「だから、カイはどうなのかなって思って……」


そう言いながら、イーラはカイに水を渡す。


「……まあ、いるよ」

「え!?本当?それって、どんな感じ?っていうか、それ誰?私も知ってる人?」


まさか、カイに好きな人がいるとは思わなくてイーラは驚いて矢継ぎ早に質問する。

すると、カイは微妙な顔をした。


「……今はちょっと言えない」

「え?なんで?」


イーラが首を傾げそう言うと、カイは少し迷いながらも言った。


「いつかちゃんと言う……」

「……そっか」


カイがそう言うならと思って、しょんぼりしつつイーラは頷いた。

でも、好きな人がいるのは当然かもしれない。カイは子供のころから整った容姿をしていたが、成長して精悍になって、さらに恰好よさも加わった。当然のように女性にモテているらしい。

騎士としても名前を上げているのでそんなカイがモテないわけがない。今日も街ですれ違う女の子がチラチラカイを見ていた。

イーラは直接は知らないが噂では貴族の令嬢から色々お誘いもあるらしい。

カイはイーラと同じく十八歳だ。

それなのにいまだに浮いた話が無い方がおかしいのだ。

食事が終わると、カイとイーラは街に買い物に出た。

向かった先は武器屋だ。

イーラが行きたいと言ったらカイは「相変わらず色気が無いな……まあ、趣味が合うのはいいんだけどね」とブツブツ言っていた。


「よお、いらっしゃい」


いかつい顔の武器屋の店主がそう言って出迎えてくれた。

この店は街に来ると必ず来る店だ。カイは当然仕事に使うし、イーラも何か魔法と併用できる武器はないか探しに来ていた。

だから、店主ともとっくに顔見知りだ。

例のごとく最初はハーフのイーラに変な顔をしたが、今はもう慣れたのか普通に対応してくれるようになった。

屋敷でもそうだが、会って何度も会話していれば人間だろうとハーフだろうと普通に接することが出来る。

劇中の恋人達もそうすればよかったのに。

そんな事を考えながら、イーラは店をブラブラカイと喋りながら歩く。毎回必ず何かを買う訳ではないが、見て回るだけで楽しい。


「あ、この武器面白い。腕に付けておいて、服の下に隠せるんだ」


イーラは特に仕掛け武器が好きだ。

カイと訓練していくうちに、色々な武器を試していて、今ではすっかり武器にハマってしまった。

仕掛け武器は体のどこかに隠し持っておいて、相手が油断したところで出せるものだった。特にイーラは力は弱いのでこう言った軽くて小さな武器の方が扱いやすい。

この武器は魔力を込めると、ナイフが飛び出る仕掛けになっているようだ。


「本当だ、面白いな」

「それ、いいだろ?新作だ。イーラが好きそうだからと思って開発したんだぜ」


店主が嬉しそうにそう言った。


「本当?そう言われると買うしかないな……」

「決めるのが早いな……」


カイは呆れたように苦笑して言った。


「だって、最近お金を使う暇もなかったんだもん」

「毎度あり。いつも悪いね、値段負けとくよ」


店主はそう言うと商品を包んでくれた。


「ありがとう」

「そう言えば、ピアーズ様のお屋敷が随分賑やかみたいだな。結婚がどうとか婚約がどうとかって噂だが何があったんだ?」


店主がそう言った。カイとイーラは顔を見合わせた。店主はカイとイーラが屋敷で働いている事も知っている。

まさか、イーラがその中心にいるとは言いにくい。

店主にはその貴族との婚約はデタラメで婚約者は他にいるらしいと話しておいて、店を出た。


「話しに聞いてたけど、噂はこんなところまで浸透してたんだね」


武器屋の店主まで知っているとは驚きだ。これは、早く誤解を解かないともっと面倒な事になりそうだ。


「本当だな。それにしてもイーラも大変だな」

「私もまさかこんな事になるとは思ってなかったよ……」


イーラは苦笑いをしながら言った。婚約者になるのは毎日慣れない事の連続だった。

ふと昔読んだ絵本を思い出した。絵本に出てくるお姫様はいつもきれいに着飾っていたが、もしかしたら裏ではこんな苦労をしていたのかもしれない。

その時、カイが少し暗い声で言った。


「イーラがピアーズ様と婚約するのって、振りなんだよな?」

「うん、そうだよ」


イーラは何でそんな当たり前の事を、今更聞くんだろうと思った。

変なのと思いつつ、イーラはその言葉に何故か胸の奥がズキっと痛んだ。

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