第43話 奴隷だった私は舞踏会に行く

そうして、数日が経った。

色々ありつつも、婚約者になる準備は進む。

ダンスも基本的な事が出来始めた頃。それを披露する機会が実際にやってきた。


「突然で悪いが、王宮で催される舞踏会にイーラを連れて行くことにした」


ピアーズに呼び出されたイーラはそう言われた。


「え?!い、いきなり王宮ですか?」


いつかは来ることは分かっていたが、最初の実践が王宮とは思って無かった。

びっくりしたイーラの表情を見て、ピアーズは申し訳なさそうに言った。


「王宮の催しは年に数回しかないし、人も集まる大規模なものだ、この機会を逃したくないんだ」

「分かりました……」


そう言われてしまったら無理だとは言えい。早く噂を打ち消さないといけないのだ。

そんな訳でイーラは舞踏会に向けて、突貫で準備をする事になった。

因みに王宮の舞踏会は開催日は一週間後だ。

発注していたドレスや装飾品を急がしたり、なにを着て行くか選定したりして。

イーラは秘書の仕事を完全に休み、作法やダンスの練習を追い込みにかける。

王宮に行くともなると、作法も複雑だ。

さらに、出席する貴族たちの名前も覚えておかないといけない。イーラは秘書の仕事で、ある程度は知っていたがピアーズが治める土地の中くらいしか知らないので、一度に大量の名前を覚えるのは大変だった。

しかも名前だけでなく、他の貴族との血縁関係やどんな事業をしているのかまで覚えなければならなくない。


「イーラ、今は寝ちゃ駄目よ」

「んあ、え?あ……ごめん」


バスタブでうとうとしていたイーラは、エミリーに注意された。

今、イーラは明日のために体の隅々まで磨かれているところだ。

連日夜遅くまで起きていた所為で、疲れが溜まったのかついうっかり眠そうになっていた。

寝不足に加え、温かいお湯に包まれていた所為でついうとうとしてしまった。

エミリーはイーラの髪を梳きながら苦笑する。


「まあ、仕方ないわよね。疲れてるだろうし……でもここで寝ると溺死するわよ」

「気を付ける……」


イーラはあくびをしつつそう言った。


「あんまり寝てないとお肌にも悪いから、今日は早く寝なさいよ」

「はーい」


明日は出発だ、今頑張ってももう手遅れに近いそれなら体調を整えた方がいい。

落ちてしまいそうな瞼を開きイーラは答える。しかし、そう答えたものの温かいお湯のお陰で眠気は覚めてくれない。


「そういえば、エミリー。最近アーロンとはどうなの?」


眠かったのもあって、イーラは思わず聞いてしまった。カーラ先生に余計な事をするなと言われていたが気になったのだ。

あれから、ダンスの練習をする時はアーロンも来てもらっている。

流石に最初の日のように二人で暴走するようなことはないし、真面目にダンスの練習に付き合ってくれている。お陰で、ダンスの練習は順調だ。

しかし、その後二人の関係がどうなったのか、イーラには分からなかった。詮索する時間もなかったのだ。

でも、一度だけ庭で二人が喋っているところを見た。それは、庭の片隅にある東屋だった。

遠くからしか見えなかったので何を話しているのかは分からなかったが、なんだか話しかけられるような雰囲気じゃなかったのだ。

エミリーの表情が今まで見たことがないくらい可愛くって、見ていたイーラが思わずドキドキしてしまった。


「っ!ど、どうって。な、何もないわよ……っあ、しまった……」


何故かエミリーは途端にどもって、バスタブに櫛を取り落とした。

急に動揺したエミリーにイーラは逆に驚いてしまう。こんなに動揺したエミリーを見るのは初めてだ。


「え?本当に何もないの……?」

「な、何もないわよ……アーロンはただの同僚だし……」


エミリーはもごもご言った。

ただという割りにエミリーの顔は赤い。


「でも、庭の東屋で二人っきりで話してたの見たから、仲いいんだなって……」

「え!?み、見たの?あ、あのキスはちょっと勢いで……」

「ええ!キスしたの!?」


エミリーが言った言葉に今度はイーラが驚く。二人が喋っているのは見かけたが、あまりジロジロ見ても悪いと思って、その時はすぐに離れたのだ。


「え?あ……そこは見てないの?ち、違う。う、嘘だよ嘘。そ、そんな事し、してないから」


エミリーがオロオロしながら言った。しかし、嘘をついているのは明らかだ。

イーラは思わぬ自白を引き出してしまったようだ。しかも、相当動揺しているようで、さっきまでイーラの髪を梳いていた櫛で、何故か自分の髪を梳きはじめた。


「えーっと……キスしたのに、ただの同僚なの?」

「だ、だからしてないって……か、仮にキスしてたとしても、それだけだから……」


エミリーは説明になっているのかいないのかよくわからない事を言った。顔は見たことがないくらい顔が真っ赤だ。


「それだけ……」

「ちょっと、一緒に街に買い物に行ったりもしたけど、本当にそれだけだから。友達ならそれくらい普通でしょ?」


明らかに目を泳がせながらエミリーは言う。

どうやら、エミリーとアーロンは街にデートに行って、キスもする仲になっていたようだ。

出来ればもっと詳しいことを聞きたかったが、完全に動揺しているエミリーを見ると、それ以上聞くのも悪い気がしてきた。


「友達なのね。なるほど……」

「そう!そうよ、なにもないから……って言うか、今はこんな話ししてる場合じゃないわよ。ほら、じっとして……」


エミリーは誤魔化すようにそう言って。またイーラの髪を梳き始めた。

ツッコミどころ満載だがイーラは言われた通りにじっとする事に。とはいえ、お陰で目はすっかり冴えてしまった。

なにか進展があったら聞きたいなと思っただけなのに、思わぬ事を聞けた。

それに、意外なエミリーの一面を見れたようでそれも驚く。

エミリーはイーラがここに来た時から大人なイメージだったが、顔を赤らめている姿はとても可愛らしい。

でも、そう言ったら怒られそうなので、イーラは口に出すのはやめておいた。

それに、エミリーの事は気になるがイーラはこれから大仕事が待っている。

そんなとことがあった翌日、イーラ達は馬車に荷物を積み込み出発の準備をしていた。


「舞踏会に行くだけなのに凄い荷物だね……」


イーラに必要な荷物だけで馬車が一つ埋まってしまった。

さらに、イーラの身支度を手伝ってくれるエミリーたちメイドや舞踏会のお付きや警護の人間も行くので馬車は5台にまでなった。しかも、どれも大きくて豪華な馬車でとても目立つ。

イーラが呆れていると、ピアーズが楽しそうに言った。


「王都でも買う予定だから、もっと増えるぞ」

「え?まだ買うんですか?」


イーラはなんだか嫌な予感がした。ピアーズがこういう顔をした時は何か突拍子もない事をすることが多いからだ。

とは言え、イーラには基本どうにもできない。準備が終わると、諦めて馬車に乗った。

そうして、二日かけてイーラ達は王都に向かう。

王都に着くと、前回と同じようにピアーズ目当てに人が集まった。ピアーズがこんな場に行くのは少ないので余計に盛り上がっていたのだ。

馬車はそのまま、王都でも一番大きなホテルの前に止まった。

イーラが何故なのか聞くと、ピアーズはイーラの準備があるから、城ではなく宿を取ったのだと言った。

しかも、一番大きな部屋が並ぶフロアを貸し切っていた。

荷物を運び込むと、ピアーズはイーラに着替えるように言った。

準備が終わるとまた馬車で出かけた。

そうして、御者に命令して一際賑やかな一角に馬車で向かう。

イーラが何だろうと思っていると、馬車は大きなお店の前に止まった。

その店はどうやら、女性物のドレスや装飾品を売っている店のようだ。煌びやかな店は外から見ても綺麗だった。

しかも、高級な店のようでお客さんの身分も高そうだ。

店の周りには大きな馬車も並んでる。

ピアーズが馬車から降りた。一際大きくて派手な馬車が止まったからか、道行く人達がこちらをチラチラ見ている。

イーラも後に続いて降りようとしたら、ピアーズが手を差し出す。


「お手をどうぞ」


ピアーズは今までこんなことはしたことはないイーラは少し戸惑う。

そもそも、主人であるピアーズにこんなされるなんてあり得ないのに。

戸惑っていると、ピアーズはそのままイーラの手を取り、馬車から降ろした。

しかも腰に手を沿えて優しく、まるで大切な物を扱うような手つきで何だかくすぐったい気持になった。

ピアーズはそのまま、イーラの肩を抱き寄せ店に入る。


「いらっしゃいませ。ああ!これはこれは、ピアーズ様。ようこそいらっしゃいませ」

「すまない、この娘のドレスを買いたい」

「え?……この娘の……のですか?」


出迎えた店主はイーラを見て顔をしかめた。


「ん?何か問題でもなるのか?」

「い、いえ。何も……すぐにドレスを持って来させます」


ピアーズが顔をしかめると、店主は慌ててそう言って他の店員に指示をし始めた。


「ピアーズ様?ドレスはもうありますよ?」


イーラは不思議そう言った。ドレスはもう何着も作ったし、沢山持ってきた。その上まだ買うのだろうか。


「ドレスは多くても困らないだろ。大丈夫だ。あ、そうだついでにドレスに合うアクセサリーも買おう」


ピアーズはイーラの疑問をよそにどんどん話を進める。そうして、エミリー達も入ってきてイーラを囲んでドレスを選ぶことに。


「あら、この色いいわね。デザインも見たことないし」


そう言ったのはエミリーだ。イーラのドレスは全てエミリーに任せきっているのでイーラは口を出すこともできない。とりあえず頷いておく。


「ええ、素晴らしいでしょう?これは今の流行デザインです」


店主がニコニコしながら言った。イーラの周りには沢山の煌びやかなドレスが並び、華やかさが増した。

それなのに、店の奥からはまたさらにドレスが運び出されている。


「似合うじゃないか。こっちも合いそうだな」

「流石、お目が高い。このドレスは人気のデザイナーが作った新作です」


ピアーズがそう言って、イーラを置いてどんどん話が進んで行く。


「そうだ、このイヤリングも合わせてみたらどうだ?」


ピアーズがそう言って、ひと際大きな宝石で作られたイヤリングを手に取る。


「いいですね。ドレスの色とも合います」


エミリーがそう言ってそれをイーラに付けた。


「うーん、ちょっとまだ違うな」


ピアーズはそう言って首を傾げ考える。

しばらく考えた後、ピアーズはイーラの顎を手で上げて少し上を向かせた。


「そうだ、宝石の色を瞳の色と合わせよう」


そう言って、店主に命じて形が同じで色違いのイヤリングを持って来させた。

イヤリングは丁度イーラの目の色と合うものがあった。


「あら、いいじゃない。こんな合わせ方はイーラじゃないと合わないわよ」


エミリーは関心したように言う。


「ああ、よく似合うな」


ピアーズは満足そうにそう言ってイーラの頬を愛おしそうに撫で頬にキスを落す。


「ピ、ピアーズ様?」


またもや不意打ちのキスにイーラはびっくりしてしまう。


「店主、これも貰う」


しかし、ピアーズは何も無かったように店主の方を見て言った。

店主もちょっと驚いた顔をしていたが、流石王都でも流行りの店の店主だ。すぐに何もなかったような表情になって答える。


「はい、かしこまりました。……あの、こちらのイヤリングもう片方はどうしましょう?」

「ああ、そっちは加工してネックレスにでもしよう。一緒に買うよ」


こんなやり取りをして、その後もこまごまと買った後、なんとか買い物は終わり、イーラ達は店を出た。


「あの……ピアーズ様……」

「うん?なんだ?」


さっきのキスに戸惑うイーラだったが、ピアーズは何も無かったように返事をした。


「いえ……何でもないです。次はホテルに戻るんですか?」


イーラはそう言って聞きたい事を飲み込んだ。この店でもう必要ないんじゃないかってくらいに買ったから、流石にもう帰るんだろうと思った。

しかし、ピアーズは首を横に振る。


「いや、もう二・三軒回るぞ」

「え?まだ行くんですか?」

「ああ、ほら行くぞ」


そう言ってピアーズはイーラを馬車に乗せ次の店に向かった。

結局、ピアーズは本当に数件店をまわり、店でも開けるんじゃないかと思うくらいドレスやアクセサリー、それから靴やバックまで買った。

しかも、その度にピアーズはイーラに甘い言葉を囁いたりキスをしたりするのだ。

イーラはただ、服を買うだけなのにホテルに帰って来た時はもうへとへとになっていた。

旅の疲れも重なって、イーラはホテルの部屋に戻るとすぐ眠ってしまった。

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