第44話 奴隷だった私は舞踏会に行く2

翌日、イーラが目を覚ますともうお昼に近かった。

いつもと違う風景にぼんやりしていると、ここはホテルで、今日は舞踏会に行く日だと思い出した。

起きるとすぐに、エミリーがやってきて早速夜の舞踏会に向けて準備が始まった。


「とりあえず、昨日ピアーズ様が選んだイヤリングを基本にするとして、ドレスをどうするか……」

「それに合わすなら、こっちじゃない?」

「それだと、今ある靴と合わせられないなくない?」

「ねえ、髪型はどうするの?髪飾りが決まらないわよ」

「イーラ、息止めてお腹ひっこめて」


イーラの周りでエミリーをはじめ、身支度を手伝うメイド達は真剣に議論している。

相変わらず口を挟む隙もなくて、イーラはただされるがまま頷き従う。

まあ、ここは詳しい人に任せた方が確実だ。それに、街に行ったら隠し武器を嬉々として買いにいくようなイーラが、何か言っても碌なことにならないだろう。

今もこのかんざしは武器になりそうだとか考えていたので、言うだけ無駄だ。

白熱した議論はなんとか終わり、イーラの衣装が決まった頃にはもう夕方になっていた。

そこから、身支度が始まる。

肌にいろんなものを塗りこまれ、髪にも飾りを付けられて若干重い。

なんとか身支度が終わったが、もうすでにイーラは少し疲れてしまった。


「あ、カイ」


出発するために部屋を出ると、護衛のために一緒に来ていたカイがいた。


「っイーラ?……」

「どうしたの?私だよ?」

「いや、一瞬誰かと思った……」

「エミリーたちが色々してくれたからね。どう?似合う?」

「え?あ……う」


カイは何故か顔を赤らめて目をそらした。


「?どうしたの?」

「いや、えっと……その……綺麗だよ」


迷いつつカイはそう言った。

そんな率直に言われると思ってなくて、イーラも顔が赤くなってしまう。


「そ、そうかな……ありがとう。っていうかエミリー達のお陰だけどね。一人だと出来る気がしないし」


ここまでの準備を思うと二度としたくないが。それでも、綺麗だと言われると悪い気はしない。


「イーラそろそろ行くぞ」


ピアーズも準備が終わったようだ、部屋から出てきてそう言った。


「ピアーズ様。じゃあね、カイ」


イーラはそう言って、ピアーズのもとに行く。


「準備は出来たか?」

「は、はい」


駆け寄ったイーラは思わずピアーズの姿に見惚れ少しつまった。

いつもピアーズは身綺麗にしているものの、着やすい物やシンプルな物ばかりでアクセサリーも付けていなくて、簡素にしている。

しかし、今は煌びやかな衣装に髪の毛も整えられ、撫で上げられている。大きな角も磨かれアクセサリーで飾られ、元々美しい容姿がさらに引き立てられていた。

衣装は黒で統一されていて、上質な素材に綺麗な刺繍が施されていている。それだけ豪奢なのにたくましい体格のお陰で、当然のように着こなしていて威厳まで感じる。

こうやって見ると、いつもは意識もしないが、ピアーズが王族の一人なんだということを実感する。


「なかなか、可愛いくなったな」


ピアーズはイーラのそんな驚きを知ってなのか知らないのか分からないが、着飾ったイーラを見て微笑むとそう言った。

イーラは本当にこんなに凄い人と、振りとはいえ婚約者として隣に立っていていいのだろうかと急に心配になってきた。


「あの……本当に私で大丈夫なんでしょうか?」

「うん?何言ってんだ。イーラはよくやってくれてるよ」


ピアーズはそう言って頭を撫でる。


「もう、子供じゃないんですから、やめて下さい」


イーラはそう言って頬っぺたを膨らませる。ピアーズはそれを見て笑う。


「そうだな……悪い。とりあえず、本番はこれからだ、頼むな」

「……はい」


真面目な顔をしてそう言ったピアーズに、イーラも気を引き締める。

そうして、二人は下に待たせてあった馬車に乗りこむ。

馬車は煌びやかで、しかも屋根がないタイプだった。今日のために作ったらしい。

当然、街中を走ると目立った。

みんなピアーズの姿を見つけ喜び、隣にいるハーフのイーラに気が付いて驚いた表情になる。

馬車はゆっくり街を抜けて城に入った。

他の招待客もぞくぞく集まっている。その人達も、イーラ達の姿を見て驚いた顔をしていた。


「みんな驚いてますね」

「そのために準備したんだから、驚いてもらわないと困る」


ピアーズは疲れた表情で言った。


「そうですね……」


これまでのことを思い出すと、イーラも苦笑いしか出ない。


「まあ、これだけすればミュリエルも諦めるだろう」

「ミュリエル?あ、そういえばその人が変な噂を流したのが元凶でしたね。忘れてました」


色々覚えたり、ドレスで着飾ったりですっかり忘れていた。

その時、丁度馬車が止まった。ピアーズは馬車から降りてイーラに手を差し出しながら言う。


「中で何かしてくる事はないと思うが、あまり俺から離れるなよ」


イーラは黙って頷く。

王城は昔見た時と同じく、見上げるほど大きく荘厳で威圧的だった。

しかも、沢山の人が集まっている。

今日の舞踏会は秋の感謝祭で年に二度しかない、華やかでかなり大規模なものだ。

問題のミュリエルも今日は来ている。ミュリエルの事は噂で色々聞いた。

少しの失敗をしただけのメイドをいじめて殺したとか、自分より目立った令嬢を襲わせたとか。嘘か本当なのか分からないが、そんな噂はたくさんあった。

あくまで噂でしかないが、用心するに越したことはないだろう。


「はい、頑張ります」


とりあえず、準備は終わったのだ。次は上手く婚約者の振りをするだけだ。頭を切り替えなければ。


「おいで。行こう」


ピアーズはイーラの不安を感じ取ったのか、そう言って優しく肩を抱き、微笑む。

振りだと分かっているが、その優しい笑顔が近くて思わず顔が赤くなった。イーラは四天王や王子という立場が無くてもきっとこの人はモテたんじゃないかとぼんやりと考える。


「はい」


あまり、ぼんやりしていられない。エミリーやカーラ先生に教えてもらった事を思い出しつつ、気持を切り替える。

ピアーズが肩から手をはなし、エスコートするために腕を差し出した。イーラはそこに腕を絡める。

そうして、イーラとピアーズは城にゆっくり入った。

中にはもうすでに人で賑わっていた。どの人達も着飾っていて、以前に来た時も豪華だと思ったが今日はさらに荘厳で華やかに見える。


「ピアーズ様。珍しい……来られてたんですね」


そう言って話しかけてきたのは、エクムント・ウィアーだった。四天王の一人でイーラとカイに絡んできた男達の上司だ。あの時はその後もピアーズに嫌味を言ってきたので覚えている。


「ああ、エクムントか。たまには顔を見せておかないとと思ったものでね」


ピアーズはにこやかに答え、チラリとイーラに視線をおくる。イーラはピアーズの邪魔にならないように黙って挨拶をした。

エクムントはイーラを見て、少し驚いた表情になった後、前と同じように眉をひそめた。


「あら!ピアーズ様が女性を連れてるなんて珍しいですわね」


そう言ったのはエクムントの隣にいた女性だ。エクムントとは対照的にふんわりした雰囲気の女性だった。

その女性はイーラと同じようにエクムントの腕に絡めていた。おそらく奥さんなのだろう。


「お久しぶりです。この子はイーラと言います」

「初めまして」


イーラはそう言ってもう一度、教えてもらった通りのマナーでお辞儀をする。きちんと出来ているのか自分でも分からなかったが、エクムントの奥さんはにっこり微笑むと同じように「初めまして」と言ってお辞儀をした。

どうやら、大丈夫だったようだと思ってイーラはホッとする。

それにしてもエクムントの印象は最悪だったが、奥さんはとても優しそうだ。


「そういえば、ピアーズ様について変な噂が流れていましたが……」


エクムントは、相変わらずのしかめっ面で言った。


「私も聞いたわ。でも、聞いていた人と違うみたいね」


奥さんは不思議そうに首を傾げた。


「ええ、そうなんです。間違った噂が流されてしまったようなので、今日はそれを訂正する意味で、連れてきたんです」


ピアーズはそう言って、イーラのおでこにキスを落す。


「あら!じゃあこの子が婚約者なのね。可愛らしいかたね」

「そうでしょう?本当は大事にしまっておきたかったんだが、今回のことで連れてこざるを得なくなってしまったんだ」


ピアーズはわざとらしくため息をはく。それにしてもよくこんな歯の浮くようなセリフが出てくるなとイーラは感心する。

周りにいた人達もこの噂を知っていたのか、チラチラこちらを伺っている。


「こんばんわ。エクムント様……何をお話なさってるんですか?」


我慢できなくなったのか、その中の一人がエクムントに挨拶をした。

周りにいた数人の女性もワラワラ集まってきた。


「紹介します。私の婚約者です」


ピアーズはにこやかにそう言った。話しかけてきた女性達は一様に驚いた顔をする。


「ミュリエル様が婚約者だと伺ってたんですけど違うんですね……」

「その噂には私も困ってましてね。彼女も誤解を信じられていたら迷惑でしょう。もしよければこの事を他の方にも広めて下さい」

「それにしてもハーフのかただなんて……」


一人の女性が眉をひそめて言った。


「彼女は可愛らしいでしょう?容姿だけでなく頭もよく、仕事もできて私には勿体ないくらいで……」

「まあ!素敵。お互い、愛し合っているのね」


それを聞いたエクムントの奥さんは頬を染め、嬉しそうに言った。


「ええ」


ピアーズはなんの迷いも無く言った。またもや振りだとは分かっているが、イーラはなんだか照れてしまう。


「まあ、まあ。素敵!身分違いの恋ね。ロマンティック……」


奥さんはうっとりしたように言った。貴族の人達は基本的にハーフにいい顔をしないので嫌がられると思ったが、まさかこんな反応がくるとは思っていなかったので少し驚く。

少し変な人かと思ったが、悪い人ではなさそうだ。


「ありがとうございます」

「どんないきさつで出会たの?きっかけは何だったの?」

「ララ、いい加減にしないか。そんな事を根掘り葉掘り聞くのははしたないぞ」

「あら。そうね、私ったらごめんなさい」


エクムントが怒ったように言うと奥さんが恥ずかしそうに言った。奥さんは随分天然のようだ。しかも、怒られたこともあまり気にしたように見えない。


「まったく……こんなくだらない事で時間を使うなんて……何を考えているのか……」


エクムントは呆れたようにため息をついて「行くぞ」と言ってそのまま中に入っていく。

ピアーズはそれを見て苦笑する。

それを合図に、ピアーズもイーラを連れて動き出した。

周りにいた人はもっと話を聞きたそうだったが、ピアーズが歩き出してしまったので声を掛けられることはなかった。

こうして、初めての舞踏会は幕を上げたのだった。

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