第42話 奴隷だった私は四天王の婚約者になる4

カイと出かけて一息付いた後も、イーラの婚約者になる準備は続く。


「今日はダンスの練習をします」


カーラ先生がそう言った。

考えてみれば当然なのだが、ダンスまで覚えないといけないなんて頭に無くてイーラは驚く。


「私、ダンスなんてした事ないんですけど……大丈夫でしょうか?」


魔物を狩ったり、魔法で訓練したりしているからそれなりに体は動かせるが、ダンスとなればまた別だ。

しかも、それを短期間でどうにかしなければいけない。


「大丈夫ですよ。ピアーズ様の婚約者として紹介されますから、他の方と踊ることは無いでしょう。だから、基本的な動きを覚えてしまえば、後はピアーズ様に任せておいて大丈夫ですよ」


カーラ先生がそう言った。

それを聞いてホッとしつつ、とりあえず基本的な事を重点的に練習していくことになった。

見本を見せてくれるのはエミリーだ。


「エミリーが教えてくれるの?」

「任せて、こう見えてダンスは得意なの」


エミリーは得意げに言った。

聞くと、どうやらエミリーはダンスが好きで、かなりの踊り手らしい。


「でも、社交場は苦手って言ってなかったっけ?」


イーラがそう聞くと。

エミリーは顔をしかめながらも説明してくれた。

なんでも、そういった社交場でダンスをしていても男達はダンスが下手かダンスそっちのけでべらべら喋ってきたり、変な所を触ろうとする輩ばかりでまともに踊れなくなったので、嫌になったらしい。


「私はもっと踊りたいのに、くだらない駆け引きとか勘違いした男の目くばせとか、面倒なことばっかりで全然楽しくなかったのよ」


エミリーはうんざりしたように言った。なるほど、そんな事があるなら嫌になるのも仕方がないかもしれない。

納得しつつ、ダンスの練習を始める。

言葉通りエミリーは、ダンスが上手かった。エミリーは男役をしてくれたのだが、なんの戸惑いもなく踊れている。

しかし、イーラの方はなかなかそうはいかなかった。


「イーラ、下を見ない」

「は、はい。あ、間違えた……」

「ほら、もっと背筋を伸ばして」

「はい。あ、あれ?次はどうするんだっけ……」


こんな感じでなかなか上手く出来ないのだ。


「うーん、なかなか一人で教えるのは難しいわね」


ひとしきり、教わったあとエミリーが困った顔で言った。エミリーは本当に踊りが上手くて男性パートも踊れるのだが、言葉で指示されるだけではなかなかイメージ出来なくて踊れない。

因みにカーラ先生も見ていてくれているが、カーラ先生は歳だからなのと、見ながら指導と音楽を流す役目があるので一緒には出来ない。


「やはりもう一人、男性パートを踊れる人がいてくれた方がいいですね」


カーラ先生が困った表情で言った。時間をかければなんとかなるだろうが効率が悪い。

その時、練習していた広いホールの外を、警備長のアーロンが通りかかった。


「あ、アーロン。丁度良かった。手伝ってくれない?」


エミリーがそう言って呼び止めて説明する。


「なに?ダンス?」

「そう、舞踏会でイーラが踊るから練習してるの。アーロンはダンスは出来る?」

「したことはねーけど、見たことはあるから出来るぜ?」


アーロンは自信ありげに言った。


「え?したことないって……そんなの話にならないわよ」


よくわからない理屈に、エミリーは呆れた顔をする。


「はぁ?ダンスなんて一回見れば誰でも出来るだろ?」


アーロンは心底不思議そうに言って首を傾げる。その言葉にカチンときたのかエミリーはムッとした表情になる。


「そんな簡単に出来るならこんなに苦労してないわよ。そんなに言うなら、やってみなさいよ」


エミリーはそう言って手を差し出す。


「いいぜ」


アーロンはニヤリと笑うと、エミリーの手を取る。

そうして、イーラが口を挟む隙もなくダンスが始まった。

何だか話が変な方向に行ってしまった。しかし、勢いに負けてイーラは何も言えなかった。

音楽がかかり、二人は踊りだす。

流れている曲はアップテンポで、踊り事体は基本的なものだ。エミリーによるとみんな、まずこのダンスを覚えることから始めるそうだ。

踊っているの見ると、イーラは初めてなのもあって、その曲でもやっとだった。とても簡単そうなのだが実際に踊ってみるとなかなか上手く動けないのだ。

しかし、アーロンは曲が始まるとなんの戸惑いもなく体を動かしリズムに乗っている。


「す、凄い……」


イーラは驚く。踊ったことは無いと言っていたのに、アーロンは何年も練習したかのように優雅な動きで踊っている。

エミリーも驚いた顔をしている。

二人は軽やかにホールを踊り、曲が終わるとふわりと止まった。


「どうだ?簡単だろ?」


そう言ったアーロンの表情は得意げだ。


「アーロン凄いね。本当に初めてなの?どうやってるの?」


イーラが聞いた。


「別に難しいことなんてないだろ。剣で戦うのと似てる。剣で戦うのは相手のリズムを読んでそれを崩せばいい。ダンスは相手のリズムを読んでそれに合わせればいい」

「リズムを読む……?」


アーロンは簡単に言うが、説明が大雑把過ぎてイーラにはどんな感覚なのかもよくわからない。

イーラとしてはもっと具体的なアドバイスが欲しいのだが。

そういえばと思い出す、アーロンはもともと身分の低い平民だったらしい。しかし、その卓越した戦いのセンスで有名になり。それがピアーズに知られて雇われたのだとか。そうして、異例の出世をして若くして警備長まで勤めているのだと聞いた。

話には聞いていたが、これを見ると剣の技術が凄いというのは伊達ではないのだろう。

ただ、天才過ぎるとその感覚が常人とかけ離れていて、説明を聞いても理解できないのが難点なのだ。


「納得いかない……」


踊り終わったエミリーが不満そうに言う。こんなに簡単にできるなんておかしいとブツブツ呟いている。


「なんだ?もう一回確かめるか?」

「これは簡単な曲だっだからよ。次はもっと難しいのでいくわよ」

「いいぜ」


挑むようにエミリーが言うと、アーロンは余裕の顔で答える。

またもや最初の目的と離れて行く。

しかし、止める間もなくエミリーは曲をかけて、踊り始めてしまう。

次の曲はさっきより早くて複雑だった。流石にアーロンも最初は戸惑っていたようだが、すぐにエミリーの動きについていく。


「……やるじゃない」

「まあ、これくらいは軽い軽い」

「ふーん。じゃあ、これはどう?」


エミリーはそう言って、またさらにスピードを上げる。ダンスは得意と聞いていたが、エミリーは本当に上手かった。

スピードは速いのに優雅で、それでいてとても簡単そうに踊っている。

でも、基本でさえ付いて行くのがやっとだったイーラにはそれがいかに難しいかもわかった。

そんな凄いことをしているのに、アーロンも負けていない。少し遅れてもすぐに追いつく。

イーラにはもう人間業とは思えなかった。


「護衛の仕事でダンスをしているのを色々見てきたが、言うだけあってなかなか上手いな」


アーロンは関心したように言った。それでも、やはりエミリーの踊りは早いようで少し汗をかいている。


「 可愛くない……」


エミリーは悔しそうにに言うとアーロンは苦笑して言った。


「俺が可愛くてもおかしいだろ」

「……それもそうね」


そんな風に喋りながらも、二人は淀みなく踊り続けている。


「それにしても、エミリーがこんなにダンスが上手いなんて知らなかったな」

「昔はもっと上手く踊れたんだけどね……その時、なら絶対に勝てたのに」


エミリーは悔しそうに言う。しかし、その口調とは裏腹になんだか楽しそうだ。


「今でも、十分上手いと思うけどな。でも、俺もその頃に一緒に踊ってみたかったな」


そんな会話を傍から見ていた、イーラとカーラ先生は完全に置いてけぼりになっていた。

ダンスの練習をしていたはずだったのになんでこうなってしまったのか。

でも踊っている二人は完全に世界を作っていて、口を挟む事も出来ない。

憎まれ口を叩きつつもなんだか楽しそうだし、ダンスはさらに盛り上がっている。

しかも、なんだかさっきから二人はじっと見つめ合っていて熱がこもっている気がする。


「……カーラ先生」

「なんですか?」


呆れつつも何も言わなかったカーラ先生に、イーラが話しかける。


「私、恋とか人を好きなるってよくわからなかったんですけど。もしかして私は今、人が恋に落ちる瞬間を見てます?」


そう言うとカーラ先生は少し驚いた顔をして、改めて二人を見て苦笑した。

踊っている二人は完全に周りなんて見えていないようで、二人の世界を作っている。

そもそも、声をかける隙もない。恋人同士だと言われたら、そうとしか見えない。

カーラ先生は少し、困った顔で言う。


「そのようですね……それにしても困りましたね。ダンスの練習が出来ない……」


カーラ先生は呆れつつも冷静に言った。


「初めて見ちゃいまいした。二人は上手くいくでしょうか?」


イーラはちょっとワクワクしながら聞く。

エミリーもアーロンも好きだから、出来れば幸せになって欲しい。


「さあ……でも、こう言った事は他人が口を出しても上手くいかなかったりしますから。下手な事はしない方がいいですね」

「そうか……」


イーラは少しがっかりしながら言った。

カーラ先生はこんな質問でも答えられてすごいなと思いつつ。イーラはやっぱり先生も過去に誰かと恋をしたのだろうかと思った。


「でも、今度ダンスの練習をする時も二人にお願いするぐらいならいいと思いますよ。まあ、その時は基本のダンスだけにして欲しいですけどね……」


相変わらずの二人に、カーラ先生は苦笑しながら言う。

二人はその後も踊り続け、痺れを切らしたカーラ先生がなんとか二人を止めて、授業を再開させた。

そんな事をしているうちに、その日は終わったのだった。

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