第9話 奴隷だった私と庭で冒険

その日、イーラは朝食を食べ終えた後、いつものように散歩をしていた。

今日は何しようかなと考えていると、カイは急ぎ足で何かを運んでいるのを見かける。


「カイは今日、忙しそうだな……」


あれからカイとは、何度も一緒に遊んだ。

ピアーズが言っていた隠し扉の事を話したら、絶対見つけようと張り切っていて、今二人で探している。

なかなか見つからないし、また迷ったりしているが楽しい。

しかし、カイはここに遊びにきているだけではないので。いつも遊べる訳でもないのだ。

今日は忙しそうに雑用をしているようなので、遊べそうにない。


「イーラ、何をしてるんですか?」

「あ。コンラート」


呼び止められて、イーラは立ち止まる。呼び止めたのはこの屋敷に来て初日にピアーズを最初に出迎えた人だ。使用人の中で一番偉い人で、執事なんだと後から知った。

名前はコンラート。

コンラートはギロリとイーラを見下ろす。コンラートはいかめしい顔をしていてとても厳しい。だから、みんなからは尊敬されているけど怖がられてもいた。

初日に見た時と同じく、今日もまっすに伸びた背筋ときちっと整えられた服がそれを物語っている。

イーラは思わず固まる。


「またウロウロして迷ったり、他の人の邪魔をしないでくださいよ」

「はーい」


イーラはそう言って、長くなってはたまらないと早々にその場を離れる。


「あぶないから走らない」


速足でその場を離れようとしたら、さらに注意されてしまった。


「はい!」


イーラは慌ててゆっくり歩きに変えて、その場をはなれた。


「ふう、怒られちゃうかと思った」


コンラートはとても厳しい、だけどイーラはコンラートの事は嫌いじゃなかった。

顔は怖いし細かい小言を言われるが、それは細かいことまでイーラのことを気にかけてくれていることでもある。

それに前のご主人様は怒るときイーラを殴っていたので。それに比べたらイコンラートは怒鳴らないし殴ることもない。

イーラにとっては優しい人の部類に入る。


「今日は屋敷の外で散歩しよ……」


イーラはそう呟く。

今日はとても天気がいい、きっと気持がいいと思った。

このお屋敷の周りには屋敷よりさらに広い庭がある。

そして、その奥には大きな森もあった。とは言え、ただの庭だ。

奥の森は本当に迷うので絶対に入るなと言われているがそれを気を付けて歩けば迷う事もないはずだ。


「今日はヘンリーがお弁当作ってくれたんだよね。楽しみ」


イーラは肩にかけているカバンを覗く。

大抵の物は食べれるようになったし、遊びに夢中になっているとヘンリーのところに戻るのを忘れたりするので、いっそのこと先に渡しておこうということになった。

それで最近はお弁当を持たせてくれるようになったのだ。

散歩をしながらいい場所を見つけて、そこでお昼にしようなどと考える。


「花が綺麗……」


庭はよく手入れされてとても綺麗だった。季節も暖かいせいかとても綺麗な花が沢山咲いている。

奴隷をしていた時は花を見ている余裕なんてなかった。だからこの屋敷に来て花がこんなに綺麗だと初めて気が付いた。


「これ、なんていう花だろう……」


イーラは花を眺めながらのんびり歩く。

庭は本当に広かった。植物で出来たアーチや豪華な噴水もあった。

どこを見ても花が咲いていて、綺麗で目移りしてしまう。

そんな感じで歩いていたら、いつの間にかイーラは自分がどこにいるのか、分からなくなってしまった。


「また、迷った……」


イーラは唖然と呟いた。

それに気が付いたのは入り組んだ植木が並んだ場所に入ってからだ。植木はどれもイーラより背が高くて方向がわからなくなった。

どうやらここは人工的に作った迷路のようだ。


「まあ、今日はお弁当もあるしゆっくり出口を探そう」


幸い、屋敷がどっちにあるかはわかる。だから最悪植木関係なく突っ切ってしまえば帰れるのだ。

ただ、その場合植木を荒らすことになるので、絶対コンラート怒られてしまう。


「攻略して、カイに自慢しよう」


今度、遊ぶ時ここで遊ぼうと誘ってみようと考えながら、イーラはまた歩き出す。

しばらくウロウロしていると、なんとか迷路から出られた。


「わぁ、綺麗……」


迷路から出ると知らない場所だった。しかし、その場所は少し開けていてさらに綺麗な花が一面に咲き乱れていた。

もちろん、今までも花は咲いていたがここはそれ以上にたくさんの花が敷き詰められたように咲いていたのだ。

中心あたりには、小さなあずまやのようなものもあって、休憩もできそうだ。


「お腹も空いてきたし、ここでお弁当食べ……」

「おい!」


座るところもあるしここでお昼にしようと足を進めた時、急に怒鳴られた。


「え?」

「何してんだ!ハーフの奴隷か?どこから入った!」


イーラが振り返ると、そこには人間がいた。イーラは固まる。

ここは魔族の国だ。なんで人間がいるのか。

その人間は厳しい形相でイーラを睨むと、持っている大きなフォークのような物で追い立てるように振り上げる。


「きゃあ!」


イーラは恐怖で足が固まり、その場でこけてしまった。


「ジャック!ストップ!ちょっと待って」

「え?」


怖くて目をぎゅっと閉じた時、誰かがそう言って割り込んできた。


「ジャック落ち着いて。その子はピアーズ様が拾ってきた子供だよ」

「ピアーズ様の?……」


ジャックと呼ばれた男は、割り込んできた男の言葉で手を止めた。


「ほら、いい服着てるし、オッドアイだって言ってたろ」

「あ、本当だ……」


ジャックはやっと気が付いたのか、そう言って持っていたフォークを降ろした。


「えーっと、イーラだっけ?大丈夫?」


止めに入った男がそう言って心配そうに覗き込む。


「う、うん」


イーラはなんとか、そう返事して立ち上がる。驚いたのもあるが恐怖で少し体が震えている。


「ごめん……悪かった」


イーラが震えていることに気が付いたのだろう、ジャックは気まずそうにそう言った。

どうやら悪い人ではなさそうだ。


「大丈夫……ちょっとびっくりしただけだから」

「ここにはハーフの奴隷がいないはずだから、奴隷が迷い込んできたのかと思ったんだ」

「ううん、私も勝手に入ってごめんなさい。お弁当食べようと思って入ったの」


イーラがそう言うともう一人の男性が答えた。


「大丈夫だ。ここの屋敷の者ならここに入るのは自由だよ。こっちおいで、お詫びにお茶入れるよ」


男はそう言ってイーラをあずまやに連れて行き、お茶を入れてくれた。


「えっと、あなたは?」

「ああ、俺の名前はフィルだよ。あっちはジャック。君はイーラでよかったよね?」

「うん」


イーラはうなずき、いれてくれたお茶を飲む。

お茶は、見た目は普通だったが飲んだことのない味だった。それと同時に怒鳴られて緊張していた感情がふっと和らぐ。


「ああ、それはここで生えてる植物から作ったんだ」


不思議そうにイーラが見ているとフィルがそう言った。


「作ったの?」

「そう、植物の中には薬草になるものもあるから、それをお茶として煎じたんだ。気持が落ち着く効果があるよ。それに、魔力も加えて効果を上げてるからよく効くと思う」

「魔法!フィルは魔法も使えるの?」


イーラは驚いて聞いた。人間で魔法が使える人は珍しい。少なくとも奴隷時代、人間の国で魔法を使っている人にはほとんど見たことがなかった。


「ああ、まあ。ちょっとだけだけどね」


フィルは少し困った顔で言う。


「ちょっとでも凄いと思うけど……そう言えばなんで二人は魔族の国にいるの?」


人間と魔族はずっと争っている。だから、魔族の国に行くと人間は殺されるといわれていた。

少なくともイーラはそう聞いている。だから、前の主人は必死に逃げていたし、もし捕まっていたら無事にはすまなかっただろう。


「ああ、俺達は……まあ、色々あって死ぬつもりで魔族の国にきた。そしたら、ピアーズ様に出会って拾われたんだ」

「フィルも私と一緒なの?」

「まあ、そうだね。ペットじゃなくて庭師として雇われる事になったけどね」

「ふーん」


イーラは不思議な気持になる。

ハーフのイーラにとっては人間も怖くて残酷なものだった。

大体、殴られるか怒られることしかしたことがなかった。

ましてや、優しい言葉なんてかけられたことがない。

でもフィルもジャックも話してみると、とても優しかった。

とは言え、魔族も怖くて恐ろしいものだと思っていたけど、ここに来てその印象は変わった。


「そう言えば、イーラはお弁当食べようと思ったんだっけ?時間もいいし、俺達も食事にしようか」


フィルがそう言って。イーラはフィルとジャックとお昼を食べることになった。


「そう言えば、なんでピアーズ様は二人のことを拾ったんだろう?見る限り普通に見えるよ?」


なんでピアーズは二人をわざわざ拾ったのだろうか。二人はイーラのように目の色が違ったり、変わったところもなさそうだ。

ヘンリーが作ってくれたのはサンドイッチで、とても美味しかった。出来るだけゆっくり食べたがそれでもあっという間になくなった。

お茶のお陰で落ち着たし、お腹も満たされたところで、イーラは疑問に思った事を口にした。

しかし、その言葉を聞いたフィルとジャックは顔を見合わせて気まずそうな顔をした。


「ごめんなさい、言いにくい事ならいいよ」

「いや、言えないような事ではないんだ。ここの屋敷の人はみんな知ってるしね」

「そうなの?じゃあなんで?」


そう、イーラが聞くとフィルは言いにくそうながら話しはじめた。


「えーとね。俺達はいわゆる恋人同士なんだ」

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