奴隷だった私が四天王の嫁になるまで

ブッカー

一章

第1話 奴隷だった私は四天王に拾われる

「おい、お前!」

「え?」

「邪魔だ!降りろ」


そう言ってご主人様は、私を猛スピードで走る馬車から投げ落とした——


********


私は、ある商家の奴隷だ。

仕事は荷物運びやあらゆる細かい雑用が主だ。

今日は馬車でどこかに連れて行かれる途中だった。どこに行くのかどういった用事で連れて行かれているのかは知らない。聞いても教えてもらえないし、余計なことを聞くと怒られるのだ。

だから、どこに向かっているのかはわからなかった。

その時、私は馬車に揺られてながら荷物の隙間に座っていた。

ゆらゆら揺られて眠くなって来たなと思っていた時、突然馬車の外が騒がしくなった。


「なんだろう……?」


何があったのか分からないうちに、馬車がいきなり凄いスピードで走り出した。

どうやら、何かに追われているようだ。馬車が大きく揺れて私は荷物にしがみつく。

しばらく走っていると、追いつかれそうだったのか焦った顔のご主人様が荷台に来て「降りろ」と言って私を掴むと馬車から投げ落としたのだ。


「うぶ!……っぐ!」


馬車から落されて、最初に感じたのは強い衝撃と痛みだった。

衝撃で目に星が飛び、何度か地面を転がった。どっちが上なのか下なのか、自分がどちらを向いているのかも分からなくなり、口に砂が入ってきて全身に痛みが走る。


「うえ……痛たたた」


なんとか顔を上げると、馬車が砂煙を上げてどんどん離れていくのが見えた。ご主人様は他にも積んであった荷物を落したのか、道には荷物が点々と落ちていた。

私はそれを唖然と見送る。

しかし、ぼんやりしている場合ではなかった。追いかけられていたという事は、追いかけている何者かがいるということだ。

案の定、背後から怒涛のような音が聞こえてきた。

私は振り向く。大きな馬が何頭も凄いスピードで走ってきていた。


「あ……」


これは死んだなと、私はやけに冷静に思った。

ギュッと目を閉じる。しかし、覚悟していた衝撃は来なかった。目を開くと、馬が後ろ足で立ち嘶いたて、間一髪で同時に止まったのが目に入る。


「っなんだ?!」

「ピアーズ様!大丈夫ですか!」

「大丈夫だ!俺に構うな、追え!」


ピアーズと呼ばれた人が、そう指示出す。

その部下らしき人は、私を避けて馬車を追いかけていった。


「それにしても、なんだ?人を落としていったのか?」


ピアーズが馬の上から私を見てそう言った。


「おそらく馬車を軽くするために落したのでしょう。他にも荷物が落ちてます」


そう言った人もピアーズの部下のようだ。他の兵より少しいい鎧を着けている。

その部下は、乗っていた馬から降りて近づき、私や周りに落ちた荷物を見てそう言った。


「なるほどね。それにしても人を落すとは……」

「どうやら落していったのは奴隷のようです」


そう言って馬から降りると、私の首根っこを掴んで持ち上げた。


「ぐぇ……」


体の小さな私は軽々と持ち上げられる。首が苦しい。

そうして、そのままピアーズの前に持っていかれた。

私は思わず目を見開く。

その人物はとても迫力のある容姿だった。何より目を引いたのはその瞳だった。ピアーズの瞳は左右で色が違ったのだ。赤と金色のその瞳はとても美しく私は思わず魅入った。

それに、目だけではなく容姿全体もはっとするほど整っていた。鋭い目に真っすぐに伸びた鼻筋それが完璧な場所に配置されている。

豪奢な鎧に鬣のような金色の髪。

——そして、艶のある真っ黒な肌に大きくて鋭い角。


「魔族……」


私は思わず呟いた。馬車が何か恐ろしいものに追われているのだろうと思っていたが、魔族なら当然だ。

人間と魔族は敵対している。

いつからかは知らないがずっと戦っているようだ。

ただ、何でそうなのかは知らない。

私にはあまり関係がないからだ。


「ハーフの子供のようです。使い捨てられたんでしょう」


私を持ち上げた部下がそう言った。

そう、私は魔族と人間のハーフだ。

ハーフは人間でもなく魔族でもない穢れた存在だと言われている。だからハーフは最下層で奴隷として生きるしかない。

私は人間の国で奴隷として働いていた。

そして、そこでは魔族は残虐で恐ろしいものだといい聞かされていた。


「なるほど……」


ピアーズがそう言って納得したように頷く。


「それにしても。こんな状況なのにやけに堂々としてるな。お前、名前は?」


ピアーズは改めて私を見ると首を傾げ言った。

私は怖くないわけじゃないのだが、あまり現実味がなくて、怖いという感情が付いてこない。


「おい、お前」


私がそう言うとピアーズは唖然とした表情になる。


「お前とはなんだ!失礼だぞ!」


私を掴んでいた人は、慌てたように言って私を振る。


「うぐ……違う、『おい、お前』って呼ばれてた」


私には名前らしい名前がない。”おい”とか”お前”とか奴隷とかそう呼ばれていたのだ。

そう言うとピアーズは少し目を見開き、可笑しそうに笑った。


「なるほどね」


そして、こっちに来いというように手招きした。

私を持っていた人物は私をピアーズに近づける。その人は私の顎を持ち上げた。

私は滅多に髪を切ることがないので、ぼさぼさで顔はほとんど隠れている。

だから、顔を上げ近くなるとピアーズの顔がはっきりと見えた。

ピアーズは近くで見ても驚くほど整った顔をしていて、とても迫力があった。

その人は私と目が合うと少し眉をひそめ、ちょっと驚いた表情になった。

そして、それが子供みたいに無邪気な表情に変わる


「面白いなこいつ。つれて帰えろう」

「ピアーズ様またですか?そうやって変な物ばっかり拾って……また怒られますよ」


私を持ち上げていた人物が呆れたような表情になる。


「もう決めた」


その人はまた楽しそうにそう言って笑った。私はやけにその笑顔が記憶に焼き付いた。


「まあ、ピアーズ様がそう言うなら連れて帰りますけど……」


こうして、なんでこうなったのか分からないが、私はピアーズという人に連れて帰られる事になった。


「ピアーズ様!」


しばらくすると、馬車を追っていた部下達が戻って来た。


「どうした?捕らえたか?」

「いえ、それが……」


そう言って部下の一人が口ごもりつつ説明し始めた。


「崖から落ちた?」

「ええ、スピードを出し過ぎたのでしょう、カーブを曲がり切れずに落ちて馬車は大破しました」


その言葉を受けて、ピアーズ達はその現場に向かった。

そこは大きくカーブした道と崖があり、車輪の跡が崖の下に消えていた。


「見事に大破しているな。乗ってた奴は、ひとたまりもないだろうな」


ピアーズがそう言って、崖の下をのぞく。

馬車は馬もろともぐしゃぐしゃになっていた。よく見えないがかつてのご主人様らしき物も見える。当然ピクリとも動いていない。


「お前、運が良かったな。まだ、乗ってたら確実に死んでたぞ」


ピアーズが軽い感じでそう言った。私はそれを不思議な気持ちで聞いていた。

私はその後、ピアーズの馬車に乗せられ移動する。

馬車はとても大きく豪華だった。座ってもいいのかと迷うぐらいフカフカのクッションに細かい装飾まで付いている。

馬車は動いているのにお尻も痛くならなくて、逆に落ち着かなくない気持ちになった。

しかも、窓は透明のガラスがはめ込まれていて、そこから外を眺められる。

馬車の外には兵士達とピアーズが何かを話している。どうやら、部下達になにか指示をしているようだ。

昨日まで人間しかいない場所で働いていたのに、今は周りには魔族しかいない。

あまりの変化に実感がわかない。

私は、自分の手を見た。

土で汚れているが、私の肌の色は灰色だ。これはハーフの特徴の一つだ。

ハーフは人間と魔族の間に生まれる。そのせいか白い肌と真っ黒な肌の間のような色になる。

ちなみに魔族には大きな角が二本生えているが人間には生えてない。

ハーフには角は生えているがとても小さい。魔族と比べると違いは一目瞭然だ。


「よし、みんな戻るぞ」


ピアーズがそう命令すると、周りは一斉に動き出す。私が乗っている馬車も動きだした。

よく分からないがピアーズはとても偉い人のようだ。

兵士たちは一糸乱れぬ動きでテキパキ動いている。何でピアーズが、ご主人様を追っていたのかはわからない。

私自信、今どこにいるのか分かってもないので当然かもしれない。

しかし、おそらくここは魔族の国だ。

前の主人は商人をしていた。もしかしたら、勝手に魔族の国に入り込み、何かをしていたのかもしれない。主人の慌てた様子を見ると、犯罪まがいの事をしていたのは間違いないだろう。

ふと外を見ると、空が暗くなってきていた。

だいぶ日が陰ってきたようだ。

すると兵の一人が馬車に付いているランプに手をかざした。するとランプに火が灯り明るくなった。

魔法を使ったのだ。

人間と魔族の違いは肌の色や角の有無があるが、もう一つ違いがある。それは、魔力の違いだ。

魔族は魔法が使える。人間も使えるが魔族はその魔力の量が桁違いに多いのだ。

そのおかげで魔族は、この世界を実質支配していると言っていい。

他の兵士達も次々に火を灯す。中には空中にランプを浮かせて周りを照らすことまでしている。

その不思議な力に魅入る。

人間はほとんど魔法は使えないし、使えても一部の人間だけだ。

私は奴隷だったこともあって働いていた屋敷からほとんど出たことがない。当然商人だった主人は魔法は使えないし、周りの誰も使えない。だから、こんなに近くで魔法を見たのは初めてだった。

しばらくすると、馬車は大きな塀に辿り着いた。

そして、その奥には大きなお屋敷があった。


「うわ……」


とても大きくて、馬車の窓から見ても全部は確認できなかった。

私が働いていた屋敷の何倍もある。


人生は何があるか分からない。そんなことをぼんやり思っていたら、馬車は門をくぐった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る