第2話 奴隷だった私は大きなお屋敷に到着する
大きな音と共に屋敷の門が開いた。
開ききると私を乗せた馬車は、敷地内にゆっくり入って行った。
遠くの方に、大きな建物が見える。どうやらここがピアーズの屋敷のようだ。
馬車の窓から見える屋敷はとても大きい、しかもいくら馬車で近づいても屋敷に到着しない。それくらい門と屋敷が離れているのだ。
見上げても屋敷の屋根が見えなくなったころ、馬車はやっと屋敷の玄関に到着した。
馬車が到着すると、大きな玄関の扉が開き、沢山の使用人が出て来てずらりと並んだ。
「お帰りなさいませ。ピアーズ様」
一番偉い感じの使用人がそう言った。
「ああ、馬を頼む」
ピアーズは馬から降りて使用人の手綱を渡す。数人の使用人が馬にあつまり馬を連れて行く。他の人達もそれぞれ馬を移動させたり、荷物を運んだりしている。
私も馬車を降り周りをキョロキョロ見渡す。屋敷は見たこともないくらい大きくて豪華だった。
黒を基調としたその建物は歴史を感じさせる荘厳さがありそれでいて、どこも隙が無いくらい綺麗に整備されている。
その豪華さに、やっぱり現実味を感じない。
私は何をしたらいいか分からなくて、ただぼんやり立ちつくす。
そうしていると、流石に目立ったのかピアーズに話しかけていた偉い感じの使用人が、私に気が付いて眉をひそめ言った。
「ピアーズ様、あれは?」
「拾ってきた」
ピアーズがあっさりそう言うと、使用人は呆れたようにため息を吐いた。
「またですか?これで何回目ですか……」
「いいじゃないか。屋敷は広いし、部屋はまだ余ってるだろ?」
「まあ、おっしゃる通り部屋はありますが。あまり変な物を屋敷に入れるのは控えて下さい。何かあってからでは遅いのですよ」
「はいはい、わかってるよ。じゃあ、後は頼むぞ」
ピアーズはそう言うと屋敷に入って行く。
取り残された使用人はまたため息を吐くと、私の方を見て手招きをする。私が近づくと上から下にジロリと見られた。
その使用人は当然のごとく魔族だった。白い髭が生えていてかなり年配のようだが、背筋はピンとしていて、いかつい表情は迫力があり少し怖い。服は皺一つなくピシリと整っていて、汚れた手で触ろうものなら怒られそうだ。
「ふむ。とりあえず、その酷い格好をどうにかしないと。屋敷には入れられませんね……」
その使用人は呆れたように言った後、出迎えに出ていたメイドの一人に声をかけた。
「エミリー!」
「はい!」
そう返事をして一人のメイドがこちらに来た。
「ピアーズ様が拾ってこられたそうです」
「あー、またですか」
そのメイドも私を見てちょっと呆れた顔をする。
「ええ、またです。とりあえず体を綺麗にして服を着替えさせ、何か食べさせておいて下さい」
「分かりました」
メイドはため息をつきしょうがないなと言った顔をして少し考えた「とりあえず、こっち来て」と言って歩きだした。
「はい……」
私はそう返事をしてエミリーの後について行く。
「あなた、どこから来たの?」
「人間の国からだよ、拾われたの」
そんな会話をしながら連れて行かれたのは、井戸だった。
「とりあえずその泥を落さないとね」
エミリーはそう言って井戸から水を汲み始める。私は元々そんなに綺麗じゃなかったが、馬車から落とされた時に盛大に地面に転げたので、泥だらけだったのだ。
「じゃあ、その服脱いで」
エミリーはテキパキと指示を出す。私は服を脱いだ。
「それにしてもボロボロね。これは捨てるわよ」
私は頷く。服はこれしか持っていなかったが、雑巾にもならないくらいボロボロだったし、流石にこれを着て、あの豪華な家に入れてもらえるとは思っていない。
次にエミリーはジャバジャバと私に水をかける。冷たかったが泥が落ちていく。
何度か水をかけると泥はなんとか綺麗に落ちた。
「ある程度綺麗になったわね。次は、これで拭いて。こっち来て」
そう言って、大きなタオルを渡されたのでそれで拭きつつ体に巻き、エミリーの後についていく。
エミリーは屋敷の裏手にある建物に入って行った。
入り組んだ廊下を歩き、ある部屋に入る。
どうやら使用人が使う浴室のようだ。
シャワーがずらりと並んでいて、大人一人が入れるくらいのバスタブもあった。
夜だからか交代で使用人がシャワーを浴びている。
エミリーはバスタブの一つに近づくと、ノズルのようなものに手をかざし呪文を唱えた。すると、そこからお湯が出てきて、あっという間にバスタブにお湯が溜まった。
「ほら、入って」
「うん」
エミリーに促されて、私は恐る恐る中に入る。
「それにしても、垢だらけね」
「こんな、お風呂入ったの始めてだから……」
水で体を洗う事はたまにあったが、せいぜいさっきのように井戸の水をかぶるくらいだ。
こんなにあったかいお湯に体をつけたことはない。
エミリーは驚いた顔をした。
そこまで酷いとは思っていなかったようだ。
「これは、綺麗にするのが大変そうね……」
何かを覚悟したような表情をするとそう言うと、腕まくりをして立ち上がった。
「とりあえず、そこでまってて」
エミリーはそう言ってどこかに行った。お湯に浸かって待っていると、しばらくしてもう一人メイドとブラシやタオルを持って戻ってきた。
「なんだい、この子?」
エミリーが連れてきたメイドが聞いた。
「ピアーズ様が連れて帰ってきたの」
「ああ、またなの。それにしても、ハーフの子供なんて珍しくもないのに、どういう風の吹きまわしだろうね」
一緒に来たメイドが不思議そうに言った。どうやら、これまでの会話から、ピアーズはよく何かを拾ってくるらしい。こんな大きな屋敷に住んでいるのだから、きっと偉い人なんだろうが、同じくらい変な人のようだ。
それに、なんでピアーズが私を連れてきたのかは、私自身もわからない。
メイドが言ったように奴隷でハーフの子供は珍しくない、人間の国にも魔族の国にもいる。
「それは私もわかんないよ。それより手伝って、垢だらけだし髪の毛も酷い状態だ」
そう言ってエミリーはブラシをそのメイドに手渡し言った。
それから私は二人掛かりで洗われる。
ゴシゴシブラシで何度もこすられ、何度もお湯をかけられた。
お湯はあっという間に汚れで茶色くなり。いかに汚いかったかわかった。
「髪の毛はちょっと切らないとどうにもならないわね」
頭を洗いながらメイドが言った。
私の髪は伸び放題でまともに洗ったこともないので、汚れでゴワゴワになっていた。
櫛なんて持ったことのない私は当然髪をとくこともなかった。
そのせいで私の髪はゴミの塊のようになっている。
地道に洗って櫛でとくより切った方が早いし清潔だ。
エミリーともう一人のメイドは、二人掛かりで私の髪を適当な長さに切っていく。
私はあっという間に髪は短くなりついでに視界も広がった。
「あれ?あんた、珍しい目をしているのね」
「え?」
顔が出てくると、エミリーがそう言った。
私は意味がわからなくて聞き返した。そんなことを言われたのは初めてだ。
「え?って、自分の目を見たことないの?」
「鏡、持ってない……」
私はそう言った。顔は見たことはある。
しかし、川や泥水になんとなく浮かんだ姿しか見たことがないから、目の色なんてしっかり見たことがないのだ。
「あなた、どんな生活してたの?」
エミリーは、また呆れたように言う。
「自分の部屋とかなかったし、いつも馬小屋で寝てたから……」
冬は寒すぎるからキッチンの隅っこに入れてもらえたが、基本的に外だった。
「なるほどね……ほら、見てごらん」
エミリーは眉をひそめつつ、そう言ってが手鏡を渡してくれた。
「へえ……本当だ珍しい」
もう一人のメイドもそう言った。
私は鏡にを覗き込む。
そこで私は、初めてはっきりと自分の顔を見た。そこにはハーフ特有のグレーの肌に少し青味がかった銀髪の少女が写っていた。グレーの肌に銀の髪色のせいで全体的にぼんやりした色味だ。しかも、ガリガリに痩せているせいで目が浮き出てギョロギョロしていてちょっと気持ち悪い。
そして、肝心の目は確かに珍しかった。両方の目の色が違ったのだ。
「なんで、連れて帰ってきたかわかった。ピアーズ様と同じオッドアイなんだ」
「オッドアイ……」
私の目はピアーズと違って、金と青だった。
「あんた、顔もなかなか整ってるし、もっと肉がついたらきっと可愛くなるよ」
エミリーはそう言って、私の頭を撫でると微笑んだ。
瞳が珍しいのはわかるが、可愛いくなるというのは信じられなかった。
それでも、ゴシゴシ洗われて髪を切ってもらったおかげで、見た目は大分ましになったとは思う。
「お古だけど、小さめの服があったよ。とりあえずこれ着せときな」
もう一人のメイドがそう言って服を持って来てくれた。
お古と言っていたが、十分清潔で今まで着てきたどの服より可愛い服だった。なにより破れたり汚れたところがない。
ただ、手渡されたもののボタンやリボンが色々付いていて、どうやって着るのかよくわからない。
「ほら、手伝うよ。これからは、一人でも着られるようにならないとね」
見かねたエミリーがそう言って手伝ってくれた。
「うわ……」
服はフワフワしたレースが付いていて、なんだか自分じゃないみたいだ。それでも手はいつも通りのグレー色のガリガリの手で、なんだか不思議な気持ちになった。
「次は食事ね。こっちおいで」
感動する暇もなく、エミリーがそう言ってまたどこかに連れて行かれる。
付いていくと今度は広い食堂に着いた。
そこにも、数人のメイドや使用人が食事をしている。私が入って来たことに気がつくと、エミリーに話しかけてきた。
「その子はどうしたんだ?」
「また、ピアーズ様が拾ってきたんだよ。世話を頼まれた」
「ああ、またか。相変わらず物好きなお方だね」
使用人たちは苦笑しつつも、大したことでもないような感じでそう言うと、それぞれの作業に戻っていく。
席に座って待っていると、エミリーがスープを持ってきてくれた。
「残り物で悪いけど」
そう言ってテーブルに置く。
私は急いでお皿を掴み、顔からかぶりついた。
「ちょ、ちょっと。ちゃんとスプーンを使いなさいよ」
エミリーが慌てたように私をお皿から引き離して、スプーンを差し出す。
「使ったことない……」
私はそう言いながらも、さらにお皿を引き寄せて手で具を掴んで口に運ぶ。食事は滅多に出来なかったし、もたもた食べていたら殴られた。だからいつも目の前に食べ物があったら、急いで口に入れなくてはいけないのだ。
「全く……本当にどういう生活してたのよ、あんた」
「早く食べないと、なくなるから」
実はこんな風に、調理した料理を食べるのも久しぶりだったりする。しかも調理してあっても腐りかけだったり冷えていたりするので、こんなに美味しいスープは初めて食べた。
「あーあ。せっかく綺麗にしたのにベタベタじゃない」
エミリーは困ったように言う。
渡されたスプーンを掴んだものの、使い方がよく分からなくて掴んだスプーンは使わずお皿に顔を突っ込む形で食べたので顔全体が汚れた。
そうこうしているうちに、スープは食べ終わった。
「まったく……スプーンの使い方も教えないとダメみたいだね」
エミリーは呆れつつもそう言って、汚れた顔を拭いてくれた。
「まあ、こんなもんかな。さあ、いくよ」
エミリーがそう言った。
「どこ行くの?」
「ピアーズ様の部屋だよ」
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