第3話 奴隷だった私は四天王のペットになる

「そう言えば、ご主人様ってどんな人なの?」


私はそう聞いた。今日、私を拾ったピアーズが新しいご主人様になるようだ。

しかし、一体どんな人物なのかよくわからない。分かるのは変わり者で、お金持ちで高い地位にいるということだ。

そう言うと、エミリーが驚いた顔をした。


「え?あなた。ピアーズ様のこと知らないの?」


私は頷く。


「まあ、人間の国にいて奴隷なんてしてたら知るチャンスもないか」


エミリーはそう言って説明する。


「ピアーズ様は王の息子の一人で、この土地を統括する領主様よ」

「王様のむすこってことは王子様なの?」


なんだか凄すぎて、いまいち理解しきれない。


「そうよ、しかもとても強くて。25歳と若いのに軍では四天王の一人として、軍の指揮を取ることもあるのよ」

「あ、四天王は聞いたことあるかも……」


私は思い出す。人間達が話しているのを漏れ聞いただけで、詳しいことは知らないが、その四天王の話は聞いたことがあった。一人で軍に立ち向かい勝ってしまったとか。大きなモンスターを一撃で倒したとか。大袈裟に語られている部分はあるだろうが人間の国にまで噂が流れて来るなんて相当だ。

そうなると、私のさっきの態度はかなり不敬だったのではないかと、今さらながら冷や汗が出て来た。

よく殺されなかったものだ。

そうこうしているうちにピアーズ様の部屋に着いた。

見上げるくらい大きな扉をエミリーは開く。


「うぁ……」


そこは、あまりに広くて豪華な部屋だった。一瞬、広場にでも出たのかと思った。

部屋の中には、天井まで届く本棚に住めそうなくらい大きな暖炉。何十人も大人が寝れそうなおおきなベッド。

奥の方にはもう一つ広い部屋があって、よく見ると天井がガラス張りになっていた。どうやら、大きな木や花が植えられていて温室のようになっているようだ。

あまりに凄くていつの間にかポカンと口が開いたままになる。


「じゃあ、私は戻るから」

「え?う、うん」


そう言って、エミリーは部屋を出て行ってしまった。

私は一人取り残される。

だだっ広い部屋にぽつりと立つ。キョロキョロと周りを見るが、どこを見てもキラキラしていて落ち着かない。

取り敢えず、恐々と歩いてみることに。しかし、変に物に触ると汚して怒られそうで気後れしてしまう。

温室がある方に向かうと、水の音が聞こえた。なんだろうと思ったら部屋の中に小さな滝が流れている。


「凄い……」


その時、私の近のソファーに置いてあった、毛皮のクッションがモソモソ動いた。

びっくりして見ていると、それが起き上がった。

それは私の体と同じくらい大きな狼だった。

狼はのそりとソファを降りると、私の方にゆっくり歩いて来た。

私は固まる。

狼はそれも構わず、悠然と近づき調べるように私の匂いを嗅いだ。

ふと見ると植物や木があるところには、他にも動物がいるのに気が付いた。

丸っこいフクロウに見たことのない姿をしたサル、それから羽の生えたトカゲ。


「にゃーん」

「猫もいる……なんでこんなに……」


狼はクンクンと私の手を嗅ぐ。どうやら急に噛まれることはなさそうだ。

私は恐る恐る狼の頭を撫でてみる。狼の毛皮は銀色でふさふさしていた。

狼は大人しく撫でられている。


「あれ?この狼も目の色が違う……」


撫でていて気が付いた。その狼もオッドアイなのだ。


「まさか、この狼……」

「よう」

「わあ!」


いきなり声がして驚く。狼が喋ったのかと思った。

しかし、声は背後からきこえた。いつの間にか後にピアーズが立っていたのだ。


「もう、仲良くなったのか?」

「え、えっと……」


ピアーズはさっきとは違い、ラフな格好に着替えていた。髪が少し濡れているからシャワーを浴びていたのかもしれない。さっきは鎧を着ていて少し怖かったが着替えたせいなのか怖さは和らいだ気がする。それでもやっぱり何か迫力はあった。


「見た目は随分ましになったな、それにしてもガリガリだなお前」


ピアーズは私の格好を見てそう言うと、両脇を掴んで軽々と持ち上げる。


「わ!」

「本当に軽いな。……っていうか、お前女か」


あんまりにもボロボロの服とガリガリの体のせいで、拾われた時は分からなかったようだ。

今はエミリーが女の子の服を着せてくれたから、何となく女の子にみえる。

私は気が付いてなかったのか、と思いながら頷く。

ピアーズは「まあ、いいか」と軽く言って私をベッドにぽふりと置いた。ベッドは信じられないくらいフカフカしている。


「そう言えばお前、いくつだ?」


ピアーズもベッドの上でで胡座をかきながらそう聞いた。


「……わからない」


私は自分の年も知らない。おしえてもらったことはないし、産まれた日がいつかも分からない。

気がついたら私は奴隷だった。


「そんなものか。まあ、見た目から十歳くらいか?痩せすぎてて判断しずらいな」

「多分それくらい……」


覚えている限り、冬を越えた数は十以下だ、覚えていない時のことも考えるとおそらくそれくらいだろう。

そう考えながら私は頷いた。


「まあ、いいか。じゃあ、今日から十歳ってことにするか」


ピアーズはそう言って勝手に決めてしまった。とは言え、それをでも特に問題はない。私はまた頷いた。


「後は……名前だな。名前がないと流石に面倒だ」


ピアーズはそう言って手を顎にあてて考えるような表情になった。


「よし、お前の名前はイーラだ」


少し考えた後、ピアーズがそう言った。


「イーラ……」

「そう、古い神の名前だ。この世に幸福を運ぶ神の名だ」


どうやら私はイーラという名前になったようだ。

ピアーズはそう言うと満足そうな表情になり、そのままクッションにもたれた。

私はなんだかまた不思議な気持になった。今日は本当に色々あったから、本当に今おきているのか実感がない。もしかしたら、夢でも見ているのかもと思った。


「あの……ご主人様、私はこれから何をしたらいいの?」


イーラは恐る恐る聞いた。連れて来られたはいいものの、何のために連れて帰られたのか分からない。ピアーズはイーラを拾った時連れて帰るとしか言ってなかった。

イーラは特に得意なこともないし、こんな場所で出来ることも思いつかない。


「ん?すること?」


ピアーズは不思議そうな顔をする。


「もしかして、ベッドのお相手とかするんですか?」

「はぁ?」


奴隷をしていた時、ご主人様は私が女であることに文句を言っていた。どうやら男の奴隷が欲しかったのに女だったことが不満だったようだ。だからある程度育ったら買春宿に売るぞと言われていた。

イーラは買春宿がどんなものなのか分からなかったが、どうやらベッドでなにかするらしいという事は知っていた。

しかし、ベッドで何をするのかは分からなかった。


「前のご主人様が、そういうお店にいつか売るって……」


そう言うとピアーズは嫌な顔をする。


「するわけないだろ、俺はお前みたいな子供とするような変な趣味はない」

「そう……」


イーラはとりあえずホッとした。相変わらず何をするのかわからないがピアーズの表情を見ると、相当嫌なことをするようだ。


「する事か……する事っていっても特にないな」

「え?なにも?」

「まあ、しいて言うなら。あいつらと同じようなことしとけ」


ピアーズがそう言ってさっきの狼を指さした。狼は自分の事を言われたのが分かったのか顔を上げてこちらを見た。


「えっと……ペットってこと?」

「まあ、そうだな」


ピアーズは頷く。


「なるほど……」


イーラは狼がオッドアイなのを思い出し、エミリーが"また"と言っていたことも思い出した。

と言うことは、イーラはこの部屋にいる珍しいペットの新入りとして、連れて来られたのだ。


「それから、俺のことはピアーズと呼べ。ご主人様とか呼ばれるのは気持ち悪い」


嫌そうな顔でピアーズが言ったのでイーラは頷く。


「わかった……」

「よし!名前も決まった事だし、寝るか」


ピアーズは満足そうな表情でそう言って、明かりに手をかざした。

ベッドサイドや部屋の中心にある大きなシャンデリアの明かりが小さくなる。

天蓋のベッドも半分くらい閉じて全体的に薄暗くなった。

ピアーズそのまま横になり、寝る体勢に入った。

イーラは薄暗い中、ぼんやり座る。

ピアーズに寝るかと言われたが、どこで寝ていいのか判断できなかったのだ。

部屋は薄暗くなってもほんのり明るい。それはガラス張りの温室から月の光が差し込んでいるからだ。


「寝ないのか?」


ぼんやり見ていると、ピアーズがそう言った。


「どこで寝たらいい?」


困ったイーラはそう言った。

するとピアーズは少し考えた後「どこでもいいぞ。好きな所で寝ろ」と言って、そのまま寝てしまった。

イーラはまた困ってしまう。今まで命令されることは沢山あったが、好きなところでいいと言われた事はなかった。

周りを見渡す。

流石にこんな豪華なベッドで寝るのは良くない気がした。

ペットなのだから他のペットと同じように寝ればいいのだろうか、しかしいきなり近くに寄ると怒られそうだ。

そうやって迷っているうちに、どんどん眠くなってきた。考えるのが面倒になってくる。

気が付いたらイーラは、座っていたベッドの端で丸くなっていた。

このベッドは本当にふかふかでいい匂いがして居心地がいい。

好きなところと言っていたし、ここでも問題はないはずだ。そう思うことにしてイーラはそのまま目を閉じた。

でもイーラは眠りたくないと頭の隅で思った。

眠ってしまったらこの夢が終わり、いつも寝ている馬小屋で目が覚めてしまう気がした。

それでも、暖かく柔らかな感触にイーラはいつの間にか眠りに引き込まれていった。

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