第61話 奴隷だった私は四天王の嫁になる6
「イーラ」
イーラはユキに呼び止められて、立ち止まった。
「ユキ、どうしたの?」
「スープ多めに作っちゃったの。もらってくれない?」
ユキは大きなお鍋を持ってイーラに差し出した。
「え?またこんなに?いいの?」
お鍋には具が沢山入った、美味しそうなスープが入っていた。ユキはたまにイーラ達を心配して料理を分けてくれている。ユキは料理が上手いので、とても助かっていた。
きっとこれも美味しい。
「うん。良かったら食べて」
「ありがたいんだけど、こんなに沢山。本当にいいの?」
それはかなり量が多かった。余ったにしてはもらいすぎのような気がする。
「うん。っていうかイーラのお陰で、新鮮なお肉や食材が沢山手に入ったから、作れたんだよ。これはそのお礼」
ユキはそう言って、強引にお鍋を渡した。ユキ言う食材とはイーラが森で獲ってきた獲物のことだ。あれから何度か狩りに行っているが、今までにない量が獲れているそうで、村人たちは喜んでくれている。
「ありがとう……」
イーラは、ほぼ一撃で獲物を仕留められるので毛皮の状態もよく、商人に売るとかなりいい値段がついた。しかも、大量の肉もとれたので村の食料事情もかなり改善されたのだ。
イーラとしては、助けてもらったお礼として、当然の事をしたまでだったから、ここまで感謝して貰えると思っていなかった。
戸惑いつつもお鍋を受け取る。
「イーラの旦那さんも、食欲戻って来たんでしょ?だから、沢山いると思って」
そうなのだ。あれから、ピアーズの体調はかなり良くなった。一時期は水を飲むことすら出来なかったからイーラはホッとしている。今は三食食べられるし、なんならイーラより食べられるくらいにまでなった。
「でも、元気になってくれたのはいいんだけど。今度は無茶しそうなのが心配なのよね」
イーラは苦笑しつつ言った。
そうなのだ、回復したのはいいのだが、今度は体が鈍っているからといきなり畑仕事を始めたりしていた。
無理をして、また体を壊さないか心配になる。
それを聞いて、ユキはクスクス笑った。
「何はともあれ、良かった。イーラも沢山食べてね」
「ありがとう」
イーラはもう一度お礼を言ってユキと別れた。
少し歩いていると、また声をかけられた。
「イーラ、これ要らない?」
そう言ったのは村に住む女性だ。手にはどっさりと野菜が入ったかごを持っていた。
「え?いいんですか?」
今の季節、野菜は貴重なものだ。それなのにこんなに、いいのだろうか。
「いいのよ。うちの子に魔法を教えてくれたでしょ?」
そう言って背後を見る。見ると、その女性の後から小さい子供がひょっこりと顔を出した。
そうなのだ、イーラはあの狩りの後から村人達に定期的に魔法を教えている。
特に子供達は飲み込みが早く、もうすでに数人は魔法を使える子供も出てきている。
「イーラおねえちゃん、見て」
その子は嬉しそうにイーラの前にやってきて手を差し出すと呪文を唱えた。
すると、小さいがメラメラ燃える炎がふわりと浮かんだ。
「わ!凄い!この間教えた時より上達してない?」
イーラが驚いて言うとその子は、恥ずかしそうに母親の背後にまた隠れてしまった。
「狩りのこともそうだけど、こんな事が出来るようになるなんて思わなかったから、感謝してるのよ。だから、少ないけど食べて」
そう言ってその子の母親はイーラに野菜を渡す。イーラは断りきれずうけとる。
お鍋と野菜で腕が一杯になってしまった。
その後も村を歩いていると、イーラは何かと人から声をかけられ、お礼と言って色々貰うことになる。
そうして、自分の家に着くころには持ち切れないくらいになってしまった。
イーラは、よろよろと家に入り荷物を置いた。
「あれ?ピアーズは?」
家の中にピアーズはいなかった。
キョロキョロしていると、家の裏の方で薪を割るような音がした。行ってみると、ピアーズが薪割りをしていた。
ピアーズは切株に木を置くと、器用に魔法で木を固定し、片方の腕で斧を持って振り下ろす。割れた木は勢いよく二つに割れて、ピアーズはまた新しい木を切株の土台に置いて切る。
「ピアーズ。今日は体調は大丈夫なの?」
イーラがそう言うと、ピアーズはその声に気が付いて顔を上げる。しばらく薪割りをしていたのか汗をかいていた。
「大丈夫だよ。これ以上じっとしてたら、体が鈍る」
心配そうなイーラに、ピアーズは苦笑しつつ言った。
「でも……この間まで、あんなにふらふらしてたのに……っていうか凄い量だね」
よく見ると、ピアーズの周りには大量の薪が山のように積みあがっている。これを、全部切ったのだろうか。
「薪ならいくらあっても困らないだろ。体を動かすには丁度いいしな。ついでに家の裏にある畑も広げようと思って……」
そう言ってピアーズは畑の方を見た。
二人が住んでいる家の裏は小さな畑があった。そしてさらにその向こうは深い森が広がっている。
しかし、いつの間にか森が後退して、ちょっとした広場が出来上がっていた。
地面には切株が残されていて、その周りには大量に倒れた木も積みあがっている。
どうやら、ピアーズが木を切り倒して薪にしていたようだ。
「いつの間にこんなに……」
「今後の事を考えても、畑は広くしても困らないだろ。それよりイーラこそ、体は大丈夫か?」
ピアーズがそう言って、イーラの顎に手を添え上げた。
「大丈夫だよ。ピアーズは心配しすぎだよ」
ピアーズが言っているのは、あの夜の事だろう。あの日の翌日ピアーズは申し訳なさそうに謝ってきた。その後も、ことあるごとに大丈夫かと聞いてくるのだ。確かにあの日の翌日は少し体調を崩した。しかし、かなり日が経ったし流石に大丈夫だ。
それなのにピアーズはまだ心配している。
イーラが大丈夫というように微笑むと、ピアーズはふっと柔らかい表情になった。
その表情はとても優しくてイーラは少しドキッとする。最近、ピアーズはこんな表情でイーラを見ることが多い。
愛おしいものを見るような優しい眼差し。
イーラはその度に少しくすぐったいような、甘酸っぱい気持ちになる。
なんだか、恥ずかしくなって逃げたくなったが目が離せなかった。
じっと見つめているとピアーズも見つめ返す。何となく、二人の距離が近くなった。
「イーラ……」
その時、何か物音がした。
驚いて見ると、村の子供が数人しまったという顔をしてこちらを見ていた。
どうやら、またコッソリ覗いていたようだ。
「どうしたんだ?」
ピアーズが不思議そうに聞くと、子供たちはびっくりした表情になり。また散り散りに走って逃げてしまった。
ピアーズはそんな反応をされると思ってなかったのか、固まってしまう。
「なんだか、随分嫌われているみたいだな」
少し寂しそうな声に、イーラは慌てて弁解する。
「違うよ。ちょっとびっくりしただけで、嫌ったりしてないから。それに、みんなピアーズのこと知ったら優しいって分かるから」
それを聞いてピアーズは苦笑する。
「大丈夫、わかってるよ。みんなが俺を怖がる理由もわかるしな」
ピアーズはそう言って。でもこんな反応されたことがないから逆に新鮮だと面白そうに言った。
確かに、ピアーズは今まで沢山の人に頼られたり、常に周りに人がいるのが日常だった。それが顔を見ただけで逃げられるのだ。今までとは真逆だ。
「そう言えば……」
ふと思い出したようにピアーズが言った。
「なんですか?」
「怪我で寝込んだ時、何度か変な夢を見たんだ」
ピアーズはそう言って話し始めた。
「多分あれは異世界だったんだと思う。俺はその世界でも黒い肌だった。しかも奴隷で白い肌の人間に仕えていた」
「え?そんなことが?」
「不思議な感じだった。その世界では肌の白い人間が優位で、俺たちは物同然として扱われてた。もしかしたら、俺の前世の記憶なのかもしれない」
「それは、本当に透馬達と同じ世界なの?」
イーラは驚いて聞いた。透真から聞いた異世界の話とはイメージが違う。
「おそらくな。詳しく聞いてみないとわからないが、時代や国が違うのだと思う」
「なるほど……」
「肌の黒い人間はその状況を変えようと戦っていて、俺もその一人だった。その後はどうなったかはわからないが……皮肉だなと思った」
ピアーズはそう言って苦笑する。
「ピアーズ……」
「なんであんな夢をみたのか分からない……なんの意味があるのかも……でも、ずっと頭に残って離れないんだ」
遠くを見ながらピアーズは呟くように言った。その瞳には迷いもあったが、それ以上に真っすぐ遠くを見ていた。
イーラにはピアーズが何を感じているのか、何を思っているのか分からない。
でも、怪我で生気もなく苦しんでいた時期はもう脱したんだと、それを見て実感できた。
イーラは嬉しくて、思わずピアーズに抱きつく。
「うわっ、なんだ?」
ピアーズが驚いたように聞く。
「なんだか嬉しくなって……」
そう言うとピアーズはなんだか困ったような表情になる。
「なんだかよくわからんが、取り敢えず離れたほうがいい……」
「なんでですか?」
戸惑うピアーズにイーラは言う。
「なんでって、汗かいたし臭いぞ、それにまた誰かが見てるかもしれないし……」
「大丈夫だよ。とくに臭くないし、見られても夫婦ってことになってるんだから、誰も何も思わないよ。むしろ変によそよそしい方が怪しまれるよ」
イーラはそう言ってさらに抱きつく。ピアーズはあったかくて、お日様の匂いがした。
暖かくなってきたとは言え、まだまだ風は冷たい。
「と、取り敢えず。いいから離れなさい」
なんだか焦ったようにピアーズは強引にイーラを自分から離す。イーラが不満そうな顔になるとピアーズは困ったよう、怒ったような複雑な表情になる。
「変なの……」
イーラはそう呟いた。子供の頃はベッドの上で抱きついても何も言わず、好きにさせてくれたのに。
まあ、大きくなってからは滅多にしなくなったが、こんなに嫌がられるとは思わなかった。
「ん?そう言えばそれ、どうしたんだ?」
ピアーズが何かに気が付いてそう言った。
「何ですか?」
「その頭に着けている花だよ」
「ああ、これですか」
イーラは思い出したように言った。これは村を歩いている時にもらったものだ。魔法を教えたお礼にと、一人の男の子が恥ずかしそうに持ってきてくれた。
溶けた雪の合間に咲いていて、綺麗だったそうだ。
でもその時すでに両手が一杯で持てなくて、そうしたら頭に付けてくれた。
「もらったんです。今年、初めての花なんですって」
「そうなのか……」
「どうですか?可愛いですか?」
なんだか複雑そうな表情のピアーズにイーラは聞いてみた。しかし、ピアーズは何故かムスッとした表情になった。
「……まあ、いいんじゃないか?じゃあ、俺はまだ薪割りの続きがあるから」
ピアーズはそう言うと、プイっと振り返り作業に戻ってしまった。
「え……」
取り残されたイーラは呆気に取られた表情で見送る。
冗談めかしに言ったが、まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかった。
前なら、きっとニコニコ笑って可愛いと言ってくれていたのに。
以前、舞踏会に行った時は聞いてもいないのに、可愛い可愛いと何度も言ってくれていた。
「……まあ、今の格好はお世辞にも可愛いとは言えないけどね」
イーラが今着ている服は村人のお古で、破れたり擦り切れた物をつなぎ合わせた服だ。ここに来る前に着ていた物はボロボロで、血だらけになったからとてもじゃないが着られなくて捨ててしまった。
今は着れる物があるだけ有難いから文句もないが、実用性を重視しているため可愛らしいとは対極にある。
「まあいっか……」
考えてもよくわからない。仕方なくイーラは家に戻って、もらった物を整理し、食事の準備を始めた。
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