第62話 奴隷だった私は四天王の嫁になる7
イーラは貰った食べ物を調理したり、今後の備蓄にした後、夕食の下準備を始めた。
最近はこの作業も大分慣れてきた。
それが終わり、またお茶作りに挑戦していると日が沈んで、外が暗くなってくる。
ピアーズはどうしたのだろうと思っていると、丁度ピアーズが帰ってきた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
そういえばしばらく木を切る音がしなかったなと思った。
「これ……」
戻るなり、ピアーズが何か束になった物をイーラに手渡した。
それは、赤、青、黄色と色とりどりの綺麗な花だった
「これ、どうしたの?」
こんなに沢山の花、この時期になかなか見つからないだろう。
すると、ピアーズは手渡した一本を引き抜くと、イーラの頭に飾った。
「森で見つけた。うん、可愛い」
そうしてピアーズは、またやさしく微笑んだ。その微笑みは本当に優しくてドキドキした。
「あ、ありがとう……」
イーラはもごもご言って思わず目を逸らした。顔が赤くなっているのがわかる。
不意打ち過ぎてどんな顔をしていいか分からなくなってしまった。
ピアーズはよく見ると髪の毛に枯れ葉や草が付いている。見つけたと簡単に言ったが、きっと見つけるのは大変だったろう。
ピアーズは、また愛おしそうにイーラの頬を優しく撫でる。
あの夜から、ピアーズの体はどんどん回復して良くなった。
それと、同時に二人の関係も少し変化した。
前よりずっと近くなって、なんだか甘い空気も流れるようになった。
何故か恥ずかしくなって逃げたくなったりするが、同時にずっと続けばいいとも思う。
色々なことがあって、この先の事はどうなるか分からない。でも、最悪の事態は脱したんだと思える。
その後、外が完全に闇に沈む頃。
食事を済ませたイーラとピアーズは、早々に眠る準備に入る。
屋敷にいた時、灯りは使いたい放題だったが、ここではそうはいかない。
早く寝て、朝早く起きた方が経済的だし効率的なのだ。
暖炉の火がぱちぱちと瞬き、部屋が揺れる。
夜は真っ暗で、外に出ると何も見えなくなる。特にピアーズが怪我で苦しんでいた時、夜は寒くて恐ろしいだけだった。
でもピアーズが元気になって、お腹一杯食べられるようになった今。二人を包む闇は意外に居心地がいいものに変わった。
昔、イーラが雷が怖くて泣いた時、ピアーズがカーテンが掛かった天蓋のベッドの中で、絵本を読んでくれた。
あの空間は薄暗くて狭かったが、全ての物から守られているようでとてもホッとできた。
今のこの家も、ピアーズと二人きりで、同じように安心できる。
イーラはベッドに座り、ぼんやり赤く燃える薪を眺めながら髪を梳いていた。エミリーに何度も髪はちゃんと梳きなさいと言われ、習慣になってから、逆にしないのは落ち着かなくなっていた。
エミリーはどうしているだろうか。
イーラはふと思い出した。無事に逃げられたのか、逃げられたとしたらアーロンとはその後どうしたのだろうか。
二人の関係が続けることは難しいという事は分かっている。でもあの襲撃があった中でも二人はお互いの事を想い合っていた。やっぱりあの二人は一緒にいて欲しい、そう思った。
「イーラ、話しがある」
同じようにベッドで寝転がって暖炉を眺めていたピアーズがふと、起き上がってそう言った。
「なんですか?」
いやにかしこまった言い方だったので、イーラも背筋を伸ばして座りなおす。
「近いうちに、俺はここを出ようと思う」
「え?」
思ってもみなかった言葉にイーラは驚く。
「いつですか?」
「明日か、明後日か。まあ、持ち物もそんなにないし、準備もすぐできるだろ」
「そんなにすぐに?……どこに行くんですか?あ、魔族の国に帰るんですね」
いきなりで驚いたが、それなら分かる。ピアーズの怪我も治ったし今なら体力的にももう大丈夫だろう。
「いや、もう国に帰るつもりはない」
「え?でも……」
困惑するイーラにピアーズは苦笑した。
「今更戻るつもりはない、屋敷もなくなったし。それともエリオットに復讐しに行くと思ったか?」
「それは……」
その可能性は頭をよぎった。全てを無くして利用されるだけされ、殺されそうになったのだ。ピアーズが怒って復讐に燃えていても当然だった。
しかし、ピアーズは首を横に振る。
「そんな事をするつもりはないよ。まあ、腹は立つが復讐をするにしても、一人じゃ無理だ。そうなると絶対に関係のない人が死ぬことになる。そこまでしても、得られるものはほとんどない」
ピアーズはそう言って、少し辛そうな表情でさらに続ける。
「それに、もしその復讐に成功しても、興味もない地位を押し付けられるだけだ。そして、確実に兄側の派閥には遺恨が残る。そうすればまた争いが起こるし、今度は魔族同士で不毛な争いが起こるだろう」
イーラは何も言えなかった。ピアーズの言う通りになることは簡単に予想できたからだ。
魔族の国にはきっとピアーズの味方になってくれる人は沢山いる。その人達を集めれば王城に攻め入ることも出来るだろう。しかし、絶対に激しい戦いになるし、誰も死なないなんておそらく不可能だ。
それに、ピアーズが言うようにエリオットに勝てても、それだけで終わりにはならない。
さらなる復讐を呼ぶ可能性は高いし、また争いが起こる。
王子同士の戦いとなれば内戦と同じだ。
国には色々な立場の人がいて義理やしがらみがある。
エリオットがピアーズを陥れたとわかっても、簡単には全ての魔族がピアーズに味方になるわけでもない。
色んな思惑が絡んで、さらに無駄な争いが起こるだろう。
「死んだと思われているなら好都合だ。探されることもないだろう」
「じゃあ、どこに?」
困惑しながらイーラは聞く。
「特に決めてはないが……まあ、そこらへんはその時に考えるよ」
「決めてないって……じゃあ、準備もやりようが……あ、そうだ。村のみんなに出ていくって挨拶しなきゃ」
イーラはピアーズが復讐しないのならそれでもいいと思った。イーラはそのことに、反対する理由もなかった。しかし、どこに行くのかも決まっていないのなら、何をどれだけ準備していいかわからない。
それに、世話になった村人達にもなんて言うか考えないと。
しかし、ピアーズは思いもよらない事を言った。
「それはしなくていい。出て行くのは俺だけだ。イーラはここに残れ」
「え……?」
イーラは今度こそ何も言えなくなった。自分だけ残ってピアーズだけ出て行くなんて考えてもいなかったからだ。
「ハーフのイーラはここにいた方が安全だ。イーラなら一人でも充分やっていけるだろう。もうすでにみんなに頼りにされているし、むしろ魔族の俺はここにはいない方がいい」
ピアーズは自虐的に笑って言った。
「……」
「それで、この村の誰かと結婚でもすれば……」
「嫌です」
イーラはやっとのことそう言った。信じられない、そんなこと絶対に許容できない。なんで、ピアーズがなんでそんなことを言うのか理解できなかった。そもそも、イーラがみんなにとよられるのはピアーズがイーラに色々教えてくれたからだ。
ピアーズはイーラの言葉に困った顔をする。
「イーラ……」
「一人で出て行くって、どうするんですか?片腕しかないから着替えだって大変だし。それに暖かくなってきたっていってもまだまだ寒い日が続くし、そもそも食事はどうやって用意するつもりですか?」
イーラは必死に言う。
「まあ、そこらへんは適当にどうにかするよ」
ピアーズは簡単に言った。たしかにピアーズは器用だし何でも出来てしまうから、もしかしたらどうにかしてしてしまうかもしれない。
「そんなの無茶です。そ、それに、今はよくても今後また怪我をするかもしれないし、病気にかかるかもしれない」
「俺のことはどうでもいい」
「どうでもいいって……」
「それより、お前のことだ」
ピアーズは真面目な表情で、イーラを真っすぐ見る。
「私のことは……」
「さっきも言ったがこの村にいた方がイーラは安全だ。むしろ、必要とされている。逆に俺は、いるだけで迷惑かけてる。だから……」
「そんなことないです。話しをしたらきっと分かってくれます」
ピアーズは誰よりも優しい。屋敷のみんなも街の人達もみんなピアーズが好きだったし尊敬していた。変わった人だって呆れつつも、ニコニコ幸せそうに笑っていた。それはピアーズが王子だったり四天王だったからじゃない。あの場所が居心地が良かったからだ、そしてそれを作っていたのがピアーズだからだ。
ピアーズはピアーズだからみんなから慕われていた。
この村の人達もきっとピアーズの事を知ったらわかるはずだ。
しかし、ピアーズは首を振る。
「ダメだ、俺がいてもいい事はない。万が一エリオットに見つかったらこの村にも累が及ぶかもしれない。面倒なことを呼び込む可能性はゼロじゃない」
「でも……」
「イーラ、俺はお前には幸せになって欲しいんだ」
「私は……」
「片腕が無くなって、王子でも四天王でもなくなった俺にはもう意味はない……だから……」
「嫌だ。私も一緒に行く」
「イーラ」
ピアーズは聞き分けのない子供を諭すように言った。
それでも、イーラはピアーズの手を掴み、逃がさないようにと強く握った。
そうしてさらに続けた。
「昔、ピアーズは私に人間側に行っても魔族側にいてもいいって言ってくれたよね」
「ああ、そう言えばそんなことを言ったな。今はどっちも危険になったけどな……」
ピアーズは少し懐かしそうに言った。
「私は、よくその事を考えてた。今も時々考える。でも答えはいつも決まってる。私は魔族側も人間側にもいかない。勿論ハーフの側にも行かない。私はピアーズのそばがいい」
「……」
「ピアーズは私に幸せになって欲しいって言ったけど、勝手に私の幸せを決めないで」
イーラもピアーズを真っすぐ見つめて言った。
「私はあなたといたい。私の幸せはピアーズと一緒にいることだ」
イーラはそう言って、ピアーズの腕を引き寄せ抱きついた。
「イーラ……」
「黙って出て行っても無駄だから。一人でも追いけて地の果てでも付いていくから」
しがみつくように体に腕を回しイーラがそう言うと、ピアーズは困った顔をして抱きつくイーラを引き離した。
「あのなあ……分かってるのか?」
「何が?」
「俺は男なんだぞ」
「そんな事知ってる」
「知ってるなら、こんな風に一緒のベッドに寝るなよ」
ピアーズは呆れたように言う。
「今更ですか?」
「あのなあ、一回手を出しておいてこんな事をいうのも変だが。これ以上一緒にいたら手を出さない自信はないんだよ……また、お前に嫌な事するぞ」
ピアーズは困った顔のまま、イーラの頬を指で撫でる。
優しく触れるその触り方はとても愛おしそうで、少しくすぐったくて、同時に体が熱くなる。
「私は……嫌じゃない……」
カイに好きだと言われた時の事を思いだした。あの時、カイに対する気持ちははっきり分からなかった。でも、もしピアーズだったらって考えたら答えは一つしかなかった。
「イーラ……」
「私はピアーズになら何されても嫌じゃない……」
ピアーズはきっと知らない。屋敷にも帰れなくなって、カイやみんなとも離れ離れになって寂しかったし悲しかった。
でも、それ以上にピアーズと二人っきりになれて、ずっと一人占めできることが、すごくうれしかった。イーラは自分にこんなドロドロした気持ちがあるなんて思わなかった。知られたら嫌われるかもしれない。
「お願い……置いて行かないで」
イーラの声は少し震えていた。ピアーズは少し迷った後、ゆっくりイーラを引き寄せ抱きしめた。
「参ったな……こんなつもりじゃなかったのに。カイに謝らないと……」
ピアーズがぼそりと呟いた。
イーラも抱きしめ返す。
暖炉の光で出来た二人の影は一つになって、ベッドに沈んだ。
こうして、二人は本当の夫婦になった。
**********
月明かりがシンシンと空から降り注ぎ、風は冷たく吹きすさぶ。
しかし、しだいに冷たい空気にも暖かい風が混ざり始め、新緑の葉は芽吹き始める。
そうして春が来て、時間はゆっくりとだが確実に流れていく。
状況はは変化し、移り変わっていった。
勇者が死に戦争は一度止まった。しかし、争いが終わる事はない。
人間の国は、また異世界から勇者を召喚し、魔族はその度に応戦することで、また新な戦いが繰り返された。
当初は魔族側が有利だったが、四天王の一人で軍の主力でもあった王子を失った穴は大きく、人間側も前回よりも学習し巧にっていたので、双方の力は拮抗する。
不毛な、終わりのない戦いは終わらせるきっかけもなく、ただひたすら続いた。
犠牲は大きく、得る物は何もない。
そうなると当然、犠牲になるのは身分の低い市民達だ。
どちらの国も疲弊し、財政難に陥った。そして治安は荒れ、食料不足になって餓死者が出た。
食料を作るべき市民は戦いに駆り出され、人手不足になる。
それでも、国は戦え殺せと言う。
人々は次第に疲弊し、どちらの国も人々は暗い表情に変わっていた。
そんな時、突然人間の国でも魔族の国でもない、第三の国が出現した。
その国は脱走してきたハーフや、戦いに疲れ逃げてきた魔族と人間が寄り集まり出来上がった国だった。
その国は違う種族同士で助け合い、協力し合う事でどんどん力を付けていった。
最初は小さく、どちらの国も注目すらしなかったが、戦いに疲弊していた人々にとっては救いに見えた。
噂を聞きつけた人々はどんどんその国に集まり、その流れは誰も止めることが出来なかった。
そうして、その国はいつの間にか人間や魔族の国をもしのぐ大国になる。
国はあまりにも大きく急成長したので、魔族も人間も気が付いた時にはもう手だしも出来なくなっていた。
その国には、一から国を立ち上げ、種族の違う人々をまとめ王になった人物がいた。
王になったその人物は、隻腕で両目の色が違う魔族の男だった。
魔力も高く戦いに長け、知力も高い人物で、国民から慕われ尊敬された。
そして、王の傍らには同じく両目の色が違う美しいハーフの女性がいつも寄り添い、王を助けた。
その国はその後、魔族の国も人間の国も一つに纏め、世界を平和に導いた ——
おわり
『奴隷だった私が四天王の妻になるまで』
奴隷だった私が四天王の嫁になるまで ブッカー @Bukka
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