第32話 奴隷だった私と元勇者3

イーラ達はピアーズの言う、エルフに会いに行くことになった。

しかし、それですぐに旅に出るとはいかない。

ピアーズは忙しい身だ。

スケジュールの調整をして、さらには旅の準備をしなければならない。

旅に行くのはピアーズとイーラと透真。どれだけかかる旅になるのか分からないので、他にも数人の兵と使用人が一緒に行くことになった。

最初、ピアーズも旅に出ることはヴィゴ達は反対していた。まあ、それはそうだろう。ピアーズのほどの高い地位を考えれば当然だ。

長く屋敷を開けることにもなるし、何より危険な目に遭う可能性が高い。

それでも、ピアーズはなんとかヴィゴ達を説得し、前倒しで出来る仕事は出来るだけして準備を進めた。

イーラも秘書として、その準備を手伝う。


「こんにちは、透真」

「イーラ、どうしたんだ?」


今日、イーラは森の中にある透真の家に来ている。

透真の家は森の奥に隠されるように建っていて、そう簡単に見つからないようになっていた。ピアーズは透真を匿うことにしたが、表立って屋敷に住まわすわけにもいかなかったのだ。

その点この森はほとんど誰も入らないし、危険な魔物も動物も元勇者である透真に取っては簡単に勝てる相手だからぴったりだったのだ。

そして、イーラが森の奥に入るなと言われていたのもこのためだった。

透真はずっと、ここを拠点にしながら妹を探したり、首のチョーカーを外せる方法を探していたそうだ。

基本的に旅をしながら探し回っていて、ほとんど森にはいなかった。だから、いままでイーラとも出会わなかったのだ。

家は森の中にあるとはいえとてもしっかりした作りをしている。人一人なら余裕で暮らせそうな広さで、設備も整っていた。


「頼まれてた装備を届けに来たの。旅に必要でしょ?」

「ありがとう。助かるよ。入って」


イーラは家に入り、持って来た装備を透真に渡す。家の中は雑然と物が並んでいた。とはいえ決して散らかっているわけではなく整理はされているようだ。ただ、あまりここにはいなかったのは本当のようで、所々埃がたまっている。


「旅の準備はどう?」

「この装備を持ってきてくれたお陰で、ほとんど終わったよ」


そう言って透真は持ってきた装備を軽く叩いた。


「早いね」

「こないだも言ったけど、妹を探して旅をしてたから旅には馴れてるんだ。まあ、お陰で部屋にはあまり帰ってないから、雑然としちゃってるけど」

「なるほど」


透真はイーラを見て苦笑する。


「それにしても、あんなに色々旅をしてきたっていうのに、こんなに近くに手がかりがあるとはな……」


透真がちょっと疲れたような表情で言った。それを聞いたイーラも苦笑する。確かに皮肉な話だ。


「そう言えば、イーラは今の勇者の暁斗と会って喋ってるんだよな。一応ピアーズからも軽く聞いているけど。詳しく教えてくれないか?」

「うん、わかった」


そうしてイーラは暁斗と出会った時の事を出来るだけ詳しく話す。勘違いから攫われるような形でつれていかれ、仲間にならないかといわれたと話す。


「それで、何故かわからなけど私も仲間になるような流れになってたの」

「なるほど。一応ピアーズから一通り聞いていたけど。結構思い込みが激しい奴なんだな。それに”アニメキャラ”とか”中ボス”って言葉が出るあたり暁斗は典型的なオタクって感じの奴だな……」

「オタクって?暁斗はよくわからない言葉を言っていたけど、それと関係あるの?」


イーラが疑問に思って聞く。


「ああ、まあそうなるかな。オタクっていうのはいわゆる物語とかゲームとか創作物が好き人の事をいうんだ。とはいえ厳密に言うと違うが、話始めると長くなるからやめておく。まあ、だからこそこの世界に落ちてきて、人間側の言う事に疑問も持たなかったんだろうな」


透真は納得したように言った。


「ピアーズも言ってたけど、向こうの創作物とこの世界ってそんなに似てるの?」

「まあ、創作物も色々あるからそのまま同じものはないけど、要素は似ているものは多いよ」


透真はさらに言った。


「そういえば、それで思いついたんだ」

「なに?」

「ここに落ちて来る人間がいるって事は、逆にこの世界から向こうに行った人もいるんじゃないかって」

「向こうに?」

「そう、例えばここの人間が向こうに行ってこちらの話をして、それが物語として残っているとかがあり得るんじゃないかと思ったんだ。それに、こっちの魔族の姿は向こうでのいわゆる”悪魔”の姿とよく似ている。想像上のものだと言われているけど、もしかしたら本当にこっちから向こうに魔族が行っていて、それが伝承として残ってるのかもしれない」

「そんなことがあるんだ……」


なんだか壮大な話になってきて、イーラはちょっと着いていけなくなってきた。


「だから、思ったんだ。もしかしたら、方法を探せば向こうの世界に帰れる方法もあるんじゃないかって」

「なるほど……」


人間達がどうやって異世界から人間を召喚しているのか知らないが呼べる方法があるなら、向こうに行く方法もありそうだ。


イーラは初めて聞く話しばかりで関心する。それに透真はとても頭がいいし知識もある。だからこそ人間が付いた嘘にも気が付いたんだろう。


「それにしても、透真はよく人間の思惑に気が付いたね。沙知の事があるにしても、人間側のやり方も巧みなのに……」

「いや、結構意識すれば気が付くよ。何より、ここの世界は向こうの世界にかなり影響を受けてるから、すぐこれまで召喚されたのが俺だけじゃないって分かった」

「そうなの?」

「ピアーズが異世界の人間がたまに落ちてくるって言ってたから。それが原因なんだろうけど。まあ、そのお陰もあって俺は人間達の嘘にも気が付いたところもあるんだ」


透真はそう言った。


「そんなにあるの?」


イーラが驚いた顔をすると、透真は教えてくれた。


「例えば、時間は十二進法なのに、お金の数え方は十進法だったり。をそれからトランプとかチェスとか、向こうにもあるゲームがそのままあったからな」

「え?それも同じなの?」

「それから、暦もだな一年も月もあって一週間が七日なのも同じ。日曜日が安息日に変わっているけど向こうでは昔そうだったし。これは向こうの世界でメジャーな宗教が起源になった習慣だ。流石に向こうの宗教が起源である習慣がそのまま同じなのは偶然では説明できない」

「確かに……」

「まあ、姿形は向こうの人間とほとんど同じだし、太陽と月の動きも同じだから。暦に関しては近いのは分かるんだが、ここまで共通のものがあるって事は何かあると思ったんだ。他にも、俺が気が付かないものもありそうだしな」

「そうなのか……」


ということは、過去に落ちてきた人の影響がそれだけ大きかったということなのだろうか。


「あ、ごめん、話が途中だったね」


そう言ってイーラは勇者に連れていかれたその後、ユキという元奴隷の女の子と話たことも伝えた。

ユキが夜の相手をしているという話をすると、透真は露骨に嫌な顔になった。


「暁斗って奴隷はダメだって倫理観はあるのにハーレムは簡単に受け入れてるんだな……」

「ハーレムって一夫多妻のこと?向こうでは駄目なの?」


こちらの世界では一夫多妻はよくある。特に権力者は複数の妻を持つのは当然だった。ピアーズのようにいまだに独身のほうが珍しい。


「うーん、国や地域によってはいいところもあるよ。ただ俺がいた国は重婚になるから駄目なはず。でも、結婚って形式を取らなくて、双方の合意があれば無理にやめさせたりは出来ないから、出来なくはないな。まあ、基本的には嫌がられるよ」


それを聞いてイーラは苦笑する。透真は「まあ、どちらにしても、イーラがそこから逃げられてよかったよ」と付け加えた。


「ピアーズ様も力や欲を満たしてくれるから、流されるのも無理ないって言ってた。透真も気が付かなかったらハーレム作ってた?」

「え?い、いや、そんなの作らないよ。複数の女性となんてそんな不埒なこと……」

「本当?」


イーラはちょっと、意地悪く聞き返す。


「ま、まあ。気持はわからなくはない……けど……し、しないよ。っていうかそんな目で見ないでくれ」


透真は気まずそうに目を逸らす。なんだか悪いことをしてしまった。透真とは出会ってまだ数日だがとても喋りやすい。それに、なんだか一緒にいると安心できる。

これは、暁斗といた時には感じなかったことだ。

その時イーラはある事を思い出した。


「そうだ、少し気になる事があって。透真に見てもらいたいものがあるの」

「うん?なんだ?」

「ちょっと、ここにはないから。来て欲しいんだけど……」

「わかった」


そうして二人は移動する。


「ここだよ」

「ここは、宝物庫かなにか?」


イーラが連れてきたその場所は、子供の時に迷って辿り着いた、不思議な物が沢山置いてあった部屋だ。

なんでここに透真を連れてきたのかというと、あの見た珍しい服を見せようと思ったのだ。

後から気が付いたのだが、暁斗と会った時に感じたなんだかもやもやした気持と、この服を見た時の気持がそっくりだったのだ。

そして、透真と出会った時も同じような気持になった。それもとても強かった。

だから、何か関係があるんじゃないかと思い、透真に見てもらおうと思ったのだ。


「そう、それで見てもらいたいのはこの服なの」


それを見せると、透真は目を見開いた。


「これ……セーラー服じゃないか」

「あ、やっぱり何か関係があるんだ……」

「どうしたんだ、二人でこんなところで……」


そう言ってあらわれたのはピアーズだった。


「ピアーズ様、どうしたんですか?」

「ちょうど通りかかって、喋り声が聞こえてな。なにかあったのか?」

「透真にこれを見てもらおうと思って……」


そう言ってイーラは服を指さす。


「ああ、これか」

「ピアーズ様、これはどうやって手に入れたんですか?」

「これは数年前に、異世界の事を調べていた時に骨董品屋で見つけたんだ。異世界から来た人間が着ていたらしい。本当かどうかの保証は無かったがな。透真は見覚えがあるのか?」

「ああ、これは俺の国でよく着られている、女性物の制服だよ。……こんなものまであるんだな」


透真は関心したように、少し懐かしそうに言った。

すると、ピアーズは興味深そうに聞いた。


「制服?ということは軍服ってことか?」

「え?いや、違うよ。これは学生の制服だよ。学校に行く人が着る。ちなみに学校ごとに違う制服がある」

「学生?学校ってなんだ?」


ピアーズが聞くと、透真は考えながら言った。


「ああ、この世界にはないよな。改めて言葉にするのは難しいな……学校っていうのは学問を教える施設のことで、学生はそこに通う人のことだな」

「そんなものがあるのか……」

「うん。俺の国では六歳から十二年間通うことが国民の義務で。その中で学問の基本を教えるんだ」


その言葉にピアーズは驚く。


「国民ということは誰でも行けるのか?」

「そうだよ。俺は勉強はそんなに好きじゃなかったけど」


透真はそう言って苦笑した。


「面白いな。しかし、それだと貴重な労働力が減るんじゃないか?国としては損失にならないのか?」


ピアーズがそう聞くと透真は少し困ったように言う。


「えーっと、学校に通わせるのは国民の全体的な知識や知能を上げることで、技術や文化を発展させるのが目的だと思う。学生の中には今までにない発見をする頭のいい人が出てきたりして、さらに暮らしが便利になったり、その技術でお金が稼げたりする。時間はかかるけど結果的には国自体の発展につながるって事だと思う。……悪い、俺もここに来た当時は学生だったから中途半端な知識しかないけどそんな感じだ」

「いや、十分だよ。なるほどなそれは確かに国にとっても有益だ」

「特に医療の発展は大きいんじゃないかな。病気や怪我も治して生存率も上げれば、人も増える。そうすれば単純に国の税収が増えるんだ。それに、人が増えればそれだけ優秀な人間も増えるからな。ちなみに俺の国ではほとんどの人間が文字を読める」

「凄い……」


イーラは驚く。イーラは運のいいことに、ピアーズに家庭教師をつけて貰って不自由なく文字も読めるようになったが、そうでなかったら文字なんて読めなかったし、この世界には一生文字も読めずに終わる人の方が多い。


「なるほど……」


ピアーズはそう言って、何かを考え込んでしまった。

透真は懐かしそうにその制服を眺めて言った。


「この制服は知らない学校のものだ。……この服はどんな人が着てたんだろう」

「本当だね」

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