第23話 奴隷だった私は要塞に帰る
森に入ってしまうと、暗闇が二人を隠し、さっきの戦いがなかったように静かになる。
ピアーズはもう大丈夫だろうと、馬の速度を緩めた。
「イーラ、怪我はないか?」
「っていうか、ピアーズ様!なんで来たんですか?しかも一人で!」
イーラはピアーズの言葉を無視してそう言った。
ピアーズほどの高い地位にあって重要な人物が、こんな場所にハーフ一人のために来るなんてあり得ない。
「何かあったら、どうするつもりだったんですか!」
イーラは頬を膨らませて言った。すると、ピアーズはニヤリと笑う。
「飼い主としてはペットの責任があるからな。文句があるなら、迷子になるな」
そう言って、イーラの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「もう、ふざけないで下さい!」
イーラは顔を赤くさせ下を向いた。慌てて、涙がこぼれそうになるのを堪える。
「それより、怪我はないのか?」
「……大丈夫です」
そう言ってイーラはピアーズにギュッと抱きついた。ピアーズは着ていたローブを脱いで、イーラにかけてやり背中を撫でる。
「それにして、あいつは何だったんだ?」
ピアーズが今来た道を振り返りながら言った。
「私もよく分からなかったんですけど、勇者って名乗ってました」
「勇者?……なるほど、また出たのか」
ピアーズは眉を顰め考えこむように言った。イーラは驚く。
「え?ピアーズ様、知ってるんですか?」
ピアーズは背後をじっと見つめ、何か考え込んでいるようだった。
「……詳しいことは後だ。とりあえず要塞に帰るぞ」
「はい……」
イーラは一抹の不安を感じたが、二人はそのまま砦に戻った。馬に乗っているのもあるが要塞まではあっという間に着いた。
森の中は当然、危険なモンスターも出たが、ピアーズがなにもないかのように始末していくので、危険だと感じる暇も無かった。
「門を開けろ!」
門まで辿り着くと、ピアーズが大きな声で言った。
門上で見張っていた兵士が、それを聞いて急いで門を開けた。
知らせを聞いたのか、すぐにルカスが走ってきた。
「ピアーズ様!」
「ああ、ルカス。イーラを見つけたぞ」
それを聞いて、ルカスは呆れた顔になる。
「見つけた。ではないですよ、一人で行かないで下さいって言ったのに……」
どうやら、ルカスにも言わずにイーラを探しに出ていたようだ。。
「見つけたんだからいいだろ。……それより、勇者が現れた」
「え?またですか?」
ピアーズがそう言うと、ルカスも勇者という言葉を聞いて表情が変わった。
「詳しいことは後だ。兵を再編成して奴を追う。ルカスはここに残って要塞の強化を」
「分かりました」
「イーラ!」
その時、カイがイーラに駆け寄ってきた。
「カイ!」
イーラがそう言うと、ピアーズはイーラを馬から降ろしてくれた。
「イーラは部屋で休んでおけ。詳しい話は明日聞く」
「はい」
そう言ってピアーズは兵を連れて、ルカスと何か相談をし始めた。
「イーラ、良かった」
カイがそう言って、イーラを抱きしめた。
「カイ……っわ!」
「っ!イーラ大丈夫か?」
イーラは抱きしめられた途端、少しよろけてしまう。
「ごめん、ホッとして力が抜けちゃったみたい……」
落ち着いていると自分では思っていたが、ずっと気を張っていたようだ。見知った顔を見て気が抜けた。
カイはホッとした表情になると、イーラを横抱きにして抱き上げる。
「わあ!」
イーラはびっくりしてカイの首にしがみつく。
「部屋まで送るよ」
「え?大丈夫?」
数年前まで同じくらいの背丈だったのに、いつの間にかイーラを軽々持ち上げられるようになっていたようだ。
「大丈夫」
そう言ってカイはイーラを部屋まで運んだ。
「ありがとう」
「もう、一人で大丈夫そうか?」
「うん」
「じゃあ、何かあったら呼んで」
カイは、そう言って自分の部屋に戻っていった。
イーラはひとまずお風呂に入り、着替える。
体も温まってホッとしたところでノックの音がした、カイが様子を見に来てくれたみたいだ。
「本当に大丈夫か?様子が気になって……」
「うん。大丈夫だよ、ありがとう」
確かに、今日は色々あった。疲れたが気持ちは大分落ち着いた。
「イーラ、今日はごめんな……」
カイが急に暗い顔をして言った。
「え?どうしたの?」
「だって、目の前にいたのに助けられなかった……本当にごめん」
どうやら、カイはイーラが連れ去られてしまったことで、自分を責めているようだ。
「カイの所為じゃないよ……それより、カイが無事で良かった……」
まともに戦っていたら、きっと無事ではすまなかった。
「でも……」
「二人とも無事だったんだから良かったよ。次はお願いするから」
イーラはそう言って、励ますように手を握る。
「イーラ……」
「前も言ったじゃん、今のうち失敗しとけば、本当に騎士になった時に失敗しなくなるって……次は私も一緒に戦うよ」
そう言うと、カイは噴き出す。
「イーラを守りたいのに、イーラが戦ってどうすんだよ」
「だって一緒の方が効率がいいじゃん。……あ、そうだ。ピアーズ様は兵を出すって言ってたけど。どうなっているの?」
「あ、確か兵を半分に分けて。ピアーズ様はイーラを攫った奴を追ったみたいだよ」
「そうなんだ……」
「そう言えば、イーラを攫った奴って何だったんだ?」
そう言ってカイが思い出したのか怒ったように眉をひそめる。
「私もよく分からないの。勇者って名乗ってたけど……カイは勇者って知ってる?」
「勇者?いや……知らないな。あ、でも父上が何かで言ってたかも……今度詳しく聞いてみる」
「そっか……」
カイも知らないようだ。一体何なんだろう、暁斗の言っていた言葉もよくわからないものもあった。
「イーラ、もしかしてそいつに何かされた?」
カイが心配そうに聞く。
「ううん、変なことはされなかったけど……」
「”は”ってなんだ?」
カイはちょっと怒った顔で聞く。
「本当に何もされてないんだけど……」
イーラはそう言って、ユキから聞いた事をカイに話す。ついでに、よく分からなかった行くとか行かないとかの言葉の意味を聞いてみた。
「カイは意味知ってる?」
そう聞くと、カイは途端に顔を真っ赤にさせ、目を泳がせた。
「え?い、いや……」
「知ってるの?教えて」
「い!いや……し知らない!他で聞いてくれ。あ!でも男に聞いちゃダメだぞ!ほ、ほら、カーラとか女の人に聞いてくれ」
カイは何だかあわあわしながら、答える。結局、知っているのか知らないのかよく変わらなかった。
「そっか、じゃあエミリーかカーラ先生に聞いてみるよ」
「って言うかそんなことさせられそうになってたのかよ……なんとか一発ぐらい殴ってやりたい……」
カイは改めて腹が立ったのかブツブツとそう言った。しかし、しばらく立ち話していたことに気が付いたのか慌てて言った。
「あ、悪い。もう休んだ方がいいな。眠るまで俺がドアの外で見張ってるから」
「え?そんなのいいのに」
「いいから、その方が安心するだろ」
カイがそう言ったので、イーラはその言葉に甘えることにした。
「ありがとう」
そう言ってイーラは、すぐにベッドに入る。疲れていたのか横になったらすぐに眠ってしまった。
翌日、目が覚めると昨日の雨が嘘のように晴れていた。
よく眠れたおかげか、体調も変わらなかった。
着替えて朝食を食べ終わるころ、イーラはピアーズに呼び出された。
「ピアーズ様、お呼びですか?」
イーラはそう言って、この要塞にあるピアーズの執務室に入った。そこは大きな机に沢山の書類や地図が置かれていて、昨日の夜からずっと働いていた跡が残っている。
「イーラか」
ピアーズが何か書類を読みながら答えた。
「寝てないんですか?」
「大丈夫だ。それより、昨日の詳しい事を聞きたい」
疲れていないのか気になったが平気そうにピアーズは答える。そう言われてしまったら、イーラもそれ以上何も聞けなかった。
仕方なく、イーラは出来るだけ詳しく昨日、何があったか話した。
「なるほど……」
ピアーズはそう言って考え込んだ。
「あの……”勇者”ってなんなんですか?」
イーラは聞いた。ピアーズやルカスは知っていたみたいだったが、イーラは今まで聞いたことが無かった。
「ああ、イーラは知らないか。何から説明したらいいかな……」
ピアーズはそう言って少し考えてから説明を始めた。
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