第56話 奴隷だった私は四天王の嫁になる

ピアーズは深い眠りから目を覚ました。


「ピアーズ!」


イーラが気が付いて、駆け寄る。


「イーラ?」


まだぼんやりした表情でピアーズは言う。何がどうなっているのか分からない。

目を覚ましたばかりだからか目も慣れていない。目を眇め周りを見回す。

どうやら建物の中にいるようだ。

しかし、見覚えはない。

建物の素材は木で出来ていて、粗末なものだった。

しかし温かくて程よい明るさが保たれている。


「良かった……」


イーラはホッとした表情でピアーズの手を握った。そうして、気が緩んだのかポロポロと涙を流しながらへたり込んだ。


「イーラは大丈夫か?怪我は?」

「っ!私の事はどうでもいいです。何言ってるんですか」


イーラはそう言って怒った。

腕を切られて吹き飛ばされたのに、人の心配をしている場合ではないと泣きながら怒鳴る。イーラの泣きながら怒る姿に、ピアーズは少し笑った。

しかし、すぐに痛みで顔をゆがめる。

体全体に痛みが走った。


「もう!変なこと言うからですよ。……まだ、怪我が治ってないんです。他に痛いところはないですか?」

「大丈夫だ。それよりここはどこだ?何があった?」


ピアーズは吹き飛ばされ川に落ち、流されて目を覚ましたところは覚えている。

ほとんど動くことができなかったピアーズは、誰かが近づいて来たのを見たあと意識が無くなり、それ以降は覚えていなかった。

今の状況を見ると、助かったようだが何でこんな状況なのかわからない。


「実は……」


イーラはそう言って、あれから何があったか話し始めた。


「ハーフの村?」


イーラの話では。あの時、近づいてきた男たちは人間の兵ではなかったそうだ。

そして、魔族でもなかった。

近づいてきたのは全員ハーフだったのだ。

イーラ達はかなりの距離飛ばされ、しかも川にも流されて辺鄙な森の奥深くにまで辿り着いていた。


「はい、私も初めて知りました……」


そして丁度そこには、ハーフだけが住む村があったのだ。

その村はいわゆる奴隷だったハーフが、色々な事情で逃げてきたり、捨てられて行き場のない者達が辿り着いて作られた村らしい。

イーラは後ろを振り返る。

部屋にはイーラ以外にも人がいた。火を焚いたり、なにか料理をしている。その人たちも全員ハーフだった。

どうやら、そのハーフ達はイーラ達を見つけ、同じハーフのイーラが困っているのを見て助けてくれたそうだ。

そうして、ピアーズと共に村に迎えいれ、怪我の治療をしてくれたのだ。


「目を覚ましたのか?」


一人のハーフが二人に近づいてそう言った。この家はこの人の家で、イーラとピアーズはここに運び込まれた。

ピアーズと同じくらいの年齢で、この村で村長をしているらしい。


「ああ、助かった。ありがとう、世話になったな」


ピアーズがそう言うと、村長はその言葉に少し驚いたようだが、すぐに表情を戻し言った。


「酷い怪我だった。しかしまだ、油断は出来ん。とりあえずしばらくはゆっくり体を治せ」


村長はそう言ってくれた。

なんとか危機は脱したようだ。

そうして、二人はこのハーフ達の村で傷を癒すことになった。


**********


——数日後。


「イーラ」


村で歩いていたイーラは、誰かに呼び止められ振り返った。


「ユキ」


そこにはユキが立っていた。

そう、昔イーラが勇者暁斗に攫われた時にいたハーフの女の子だ。暁斗は追い出したと言っていたが、偶然ハーフの村で再会した。

どうやらユキは暁斗に追い出された後、村の噂を聞きなんとかここに辿り着いたらしい。

再会した時は、また会えると思っていなかったから驚いた。


「パン焼いたんだけど、食べない?」

「いいの?」


パンを差し出すユキに、イーラは言った。


「うん。多目に焼いたから。もらって」

「ありがとう。……本当にユキにはお世話になりっぱなしだね」


苦笑しながらイーラは言った。

そう、実はイーラ達が助けてもらえたのはユキの力も大きい。

突然現れたハーフと魔族の怪しい人物、しかも一人は大けがを負っていたのだ。村人たちは当然、最初は警戒した。

しかし、ユキがイーラと知り合いで信用できると言ってくれたおかげで、イーラとピアーズは村に入れて貰い怪我の治療もしてもらえたのだ。

あの時、助けてもらえられなかったら寒空の下、ピアーズは元よりずぶぬれで魔力の切れていたイーラも危なかった。

お礼の言葉にユキは首を振る。


「いいんだよ。困った時はお互い様だよ」

「でも、どうしてこんなによくしてくれるの?」


イーラは疑問に思っていたことを聞いた。

お互い様と言っても限度がある。イーラとユキは知り合いといっても過去に数時間一緒にいただけだ。

その時もイーラはユキに何もしていない。むしろ騒がしくして迷惑をかけた記憶しかない。

ユキは首をかしげ少し考えた後、言った。


「ここまでこれたのは、イーラのお陰だからかな……」

「どういうこと?」


イーラも首を傾げる。さらによくわからなくなった。


「あ、そうだ。暁斗がユキに裏切られたとか言ってたけどどういうこと?何があったの?」


イーラは思い出して聞いた。

暁斗からユキの事を聞いてずっと疑問だった。暁斗はユキが裏切ったと言ったが、ユキがそんなことをするとは思えない。なにか事情があるのではないかと思ったのだ。


「私は裏切ったつもりはなかったんだけどね……」


ユキは少し寂しそうに言って。何があったのか話しはじめた。


「勇者様はとても優しい方なだったの。特に拾われた当初は本当によくしてもらったよ……でも、たまに突然火が付いたように怒鳴ることがあって……」


ユキによると、勇者は基本的に優しいのだが、時間が経つにつれだんだんと、いきなり激昂したり怒鳴ったりする回数が増えていったらしい。


「私は、なんとか勇者様の期待に応えようと頑張ったんだけど、怒られる回数は変わらなくて……むしろ増えていって……」


ユキは悲しそうに言った。


「そんなある日、私が夜のお相手をしなくちゃいけない日だったんだけど。その時は体調が悪くて、今日は休みたいって言ったの。……そしたら、また怒鳴られて……」

「そんなことで?」


イーラは眉を潜めて言った。


「いつもは、本当に優しい人なんだよ。その日は勇者様も疲れてたのかもしれないし」


ユキは慌ててかばうように言った。そして続けて話す。


「でもその時、思い切って大きな声で怒鳴るのをやめてほしいって言ってみたの。勇者様は、いつも差別は良くない。みんな立場は一緒だって言ってたから、私の言う事も聞いてくれると思ったんだけど……」


ユキはそう言って言葉を濁らせ目を伏せた。イーラは頷く、以前会った時も勇者はそんなことを言っていたのを覚えている。

だから正義感の強い人なんだろうなと思ったのだ。


「そこからどうしたの?」

「そうしたら、『俺の言うことに逆らうのか』『お前は、裏切り者だ!』って言われて追い出されちゃったの」

「それだけ?」


驚いてイーラは思わず言った。裏切ったと言っていたからもっと相当な事があったのかと思っていたら、ただ意見を言っただけだったようだ。

ユキが、裏切ったつもりはなかったと言ったのも理解できた。


「そうなの。まさか追い出されるとは思わなくてびっくりしちゃった。まあ、それで色々あってここに辿り着いたの」

「そっか……ん?でもそれで、どうして私に感謝するの?」


イーラは首を傾げる。話は分かったが、イーラとははあまり関係がなさそうだ。


「イーラが勇者様に連れられて来た時のこと覚えてる?」

「うん」

「あの時、勇者様はイーラに仲間になろうって言ってたから、当然イーラは私達の仲間になるんだと思ってたの。でもイーラは魔族の人がきたらあっさりそっちを選んで帰ったでしょ?」

「うん」

「その時、初めてハーフでもそんな風に自分で自分の事を決めてもいいんだって思えたの」


ユキは少し興奮したように言った。


「それで、私も自分のやりたい事を出来たらいいのにって思ってたの。だから勇者様に怒られちゃった時、思い切って自分の意見を言ったの」


ユキは、それがとても大切なことのように言った。


「まあ、そのあとはちょっと大変なこともあったけど、結果的に今の旦那さんにも会えたし……」


そう言ってユキは頬を染めた。

そうなのだ、ユキと再会した時ユキは、この村でハーフの男性と結婚していた。

なんでも、勇者に追い出された後行くところが無くて、町を彷徨っていた。そんな時に出会ったのが、そのハーフの男性だったらしい。

その男性は奴隷として働いていたが、酷い扱いをされ逃げていたところだった。

ユキとその男性は一緒に行動するようになり、そしてハーフの村があるらしいという噂を聞きつけて二人で協力してなんとかこの村に辿り着いたんだとか。

その旅で、絆を深めた二人はめでたくそのまま夫婦になったのだ。

ユキは少し恥ずかしそうに続けた。


「奴隷をしていた時も勇者様のところにいた時も、ずっと自分以外の誰かが決めたことに従ってきた。でも、ここでは自分で考えて決められる。それが、凄く幸せなんだ」


だからイーラには感謝してるの、とユキは微笑みながら言った。


「そうだったんだ……」

「まあ、勇者様のところに居たほうがいい生活できてたけどね。でも、ここでは自分の好きな人と自分のためだけに働く事ができる。している事はあんまり変わらないんだけど、初めて自由ってこういうことなんだなって思えたんだ」


そう言ったユキの表情は晴々としていて、イーラとしては特に意図してなかった結果だったが、ユキの幸せそうな姿に良かったと思えた。


「そういえばイーラの旦那様の調子はどう?」


ユキがふと気が付いて、そう言った。

イーラの旦那様とはピアーズのことだ。

ユキと再会した時。ピアーズとイーラは結婚している夫婦だということにしたほうがいいと、そうアドバイスしてくれたのだ。

この村はハーフの村だ、大半は逃げてきた奴隷で構成されている。だから、基本的に魔族の事を恐れている。

ただでさえ怖がられているのに、ピアーズは王子で四天王の一人だ。本当の事を言ったらさらに怖がられるし最悪ここから追い出されてもおかしくない。

だから、二人は魔族とハーフでありながら許されぬ関係になり、逃げて来た夫婦という設定にしておいたのだ。そうしておけば、こんなところにこんな組み合わせの二人が辿り着いた理由としてはおかしくない。

それにしても、婚約者の振りをした後に今度は夫婦の振りをするとは思わなかった。


「一応、起き上がれるようにはなったけど……」


とイーラは少し暗い顔で言った。


「そっか……せめてもうちょっと暖かくなってくれればいいんだけどね」


ユキも残念そうに答えた。

冬は厳しくまだ、しばらく続きそうだ。

そんな会話をした後、イーラはユキと別れ、ピアーズと暮らす家に戻った。

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