第59話 奴隷だった私は四天王の嫁になる4
一人にしてくれと言われたイーラは、心配そうな表情をしつつも、その場から離れた。
ピアーズはさっきと同じ体勢で座っているが、その背中は何故か痛ましく写った。
いっそのこと怒って、八つ当たりでもしてくれた方がマシだとさえ思った。
「どう……しようかな……」
小屋に入り、ぼんやりとイーラは呟いた。
初めて知った事実に頭が追いつかない。
ため息を付く。
しかし、改めて考えてみるとピアーズの行動は、色々思い当たる節がある。
王都に行きたがらなかったり、エリオットに対する態度もやたら硬かった。
イーラがミュリエルの魔の手から逃げて企みを知らせた時も、ピアーズだけがすぐにイーラの話しを信じてくれた。あれも、エリオットはそれくらいのことをやるだろうと予想できたからだろう。
もしかしたらピアーズが結婚をずっとしないのも、いつか殺されるかもしれないと言う思いがあったのかもしれない。
ピアーズの俯いた表情を思い出す。
「あんな顔、初めて見た……」
怒りや悲しみ、辛さをないまぜにしたその表情は鎮痛で、イーラにはその心中を推し量ることは出来ない。
それはそうだ、ピアーズは国のために戦ったのに、帰る場所も仲間も腕もなくしたのだ。今まで、長い時間をかけて積み上げてきたものは全て壊され奪われた。
「そうだ、薬草を取ってきたんだ……」
ユキと話す前、イーラは森で何か体に良いものが採れないかと思って村の周りを散策していた。
しかし、今は冬だ、結局木の実も採れなかった。
それでも、いくつか薬草を見つけることが出来た。
気を紛らわせるためにイーラは早速、その薬草でお茶を作ることにした。
作り方は昔、フィンに教えてもらった。飲むと気持が落ち着くお茶だ。
作るのは初めてだし上手くいくかわからないが、上手く作れれば、ピアーズの気持ちも少しは落ち着くかもしれない。
「うーん、フィンが作ったような味にならないな……」
なんとかお茶は出来上がったものの、フィンが作ってくれたような味にはならないし、効果も感じられない。
教えてもらった通りに作ったし、魔力もイーラの方が高いのに少し違う。
「仕方ないか……」
そう言ってイーラは一旦諦める。採ってきた薬草は全部使ってしまったし。まったく効果がないわけでは無いだろう。
無いよりはましだ。
イーラはコッソリ小屋を出て、ピアーズの様子を見る。ピアーズはさっきと同じように丸太に座っていた。
作ったお茶を持って行こうかと思ったが、迷った末に一人にしてくれと言われた時の表情を思い出してやめておく。
イーラは食事の後にでも出してみようと思って、今度は夕食の準備をし始めた。
ここで、暮らすようになってイーラは料理を作るようになった。必要に駆られてだし、お茶と同じく、あまり上手くは作れない。
かと言って食べられないくらい不味くもならないので、どうにかなっていると言った現状だ。
日が落ち、暗くなってきた頃、ピアーズが小屋に戻った。
もしかしたら、戻ってこないかもしれないと嫌な想像をしていたので、イーラはホッとした。
しかし、ずっと寒いところにいた所為か顔色が悪くなっていた。
二人は静かに食事をする。食事と言っても分けてもらった食料を食べやすく細かくして、スープにしたものだ。調味料もろくにないから味も薄い。
ここにコックのヘンリーがいてくれたら、もっとマシなんだろうか。
そんな、取り留めのないことを考える。
料理は何度も作ったのでこれでもマシになったのだ。しかし、体が弱っているピアーズにはせめて美味しいものを食べてもらいたかった。
それでもピアーズは文句を言わずに食べてくれた。体調が悪いせいか沢山は食べられなかったが。
しかし、イーラは何も食べないよりマシだと自分に言い聞かせて食事を片づける。
今度、ユキに美味しい作り方を教えてもらおうと心に誓い、さっき作ったお茶を出した。
日が完全に沈むと外は風が出てきて、寒さも増してきた。ちらちらと雪も降って来たようだ。
暖炉に薪を足して部屋を温めると、寝る準備をする。
この小屋にはベッドは一つしかない。二人は夫婦という設定なのでベッドが二つ欲しいとは言えなかった。そもそも小屋が狭すぎてベッド二つも置けない。
イーラはそれに関しては特に問題視しなかった。一緒に寝るのは昔に戻ったみたいで嬉しかったし、夜は特に寒いので寄り添って眠るのはむしろ効率がいいと思ったからだ。
しかし、意外なことにこれに渋ったのはピアーズだった。腕を切られて半死半生でやっと起き上がれるようになったところなのに、イーラが一緒のベッドで寝ると言うと『じゃあ床でいい』と言い出した。
イーラはなんとか説得をして、最終的には『そんなことをするなら、私は外で寝る』と脅して一緒に寝ることに成功した。
「ベッドの準備ができたよ」
そんな言い合いから、数日経っているのでピアーズはすんなりベッドに入った。イーラも隣にもぐりこんでシーツで二人の体をくるむ。
暖かくてホッとする。しかし、今日はピアーズの顔色がいつもより悪い。
イーラは心配になったが、しばらくするとピアーズは寝息をたてて眠りに付いた。
それを確認して、イーラも眠る。
少しずつだが回復しているはずだと、そう言い聞かせて眠りについた。
真夜中。イーラはピアーズのうなされた声で、目が覚めた。
「ピアーズ……大丈夫?」
イーラは心配そうに体を揺さぶり、声をかける。本当は眠った方がいいのだが、うなされているなら別だ。
最近はうなされる事は少なくなっていたのだが、やはり体調が悪化してしまったのか。
声をかけるとピアーズはかすかに目を開く。そうして、一瞬虚ろな目をしてイーラを見るとピアーズは、突然イーラを押し倒した。
イーラは驚いて固まった。
びっくりしている間にもピアーズの手がイーラの体をまさぐる。
「ピアーズ?どうしたの?」
そう聞くと、ピアーズがハッと我に返った表情になり、慌てて体を離した。
「悪い、どうかしてた」
そう言ったピアーズの声は少し震えていた。顔色はさっきより悪い。
「私は大丈夫です。それよりピアーズ、また具合が……」
「いや、大丈夫だ」
ピアーズはさえぎるようにそう言って、立ち上がるとベッドから出た。
「ピアーズ、どこに?」
「外に……少し頭を冷やしてくる」
「何を言って……ダメ!」
風は相変わらず強く吹いている。家は軋むような音を出していた。この感じだと雪が吹雪いているだろう。
それなのに、こんな状態のピアーズを出すわけにはいかない。
それに、ピアーズは思い詰めたような表情をしていて、このまま行かせたら二度と戻って来ないような気がした。
イーラは必死で止める。
「お願い。行かないで……」
「ダメだ……これ以上一緒にいたら。俺はイーラに酷いことをしてしまう……」
ピアーズは、苦しそうな表情でそう言ってさらに離れようとする。イーラは行かせまいと必死に腕をつかんだ。
「いいです。何をしてもいいから、お願い……行かないで……」
「しかし……」
ピアーズは迷うように言った。しかし、それ以上に確実に限界も来ているようだった。
寝不足で落ちくぼんだ目には隈がくっきり刻まれている。そして、じっとイーラを見るその目はお腹を空かせた野獣のようだった。
辛い時に温もりを求めるのは、仕方のないことだ。ましてやピアーズの今の状況で、それを責める者はいないだろう。
むしろ、イーラは自分に出来ることがあって良かったとさえ思った。
「お願い……」
イーラがそう言うと、ピアーズは少しためらった後ベッドにもどりイーラを押し倒した。
小屋には暖炉の明かりしかない。二人の影はユラユラ揺れた。
「っ……」
イーラの体に痛みが走る。
しかし、それ以上にピアーズが受けた痛みや辛さを思うとそれ以上に心が痛たかった。
ピアーズに何も出来ないことが辛い。いっそのことピアーズの痛みが全てこちらにも移ればいいのにとイーラは思った。
イーラは祈るようにピアーズを抱きしめる。少しでもこの気持ちが伝わるように。
上からポタポタと水滴のようなようなものが落ちてきたのを感じる。さらに、押し殺すような嗚咽も聞こえた。
外は先ほどより強い風が吹き始めたようだ。嵐のようなそれは今にも小屋が倒れるんじゃないかと思うくらいボロボロの小屋を軋ませた。
その音のおかげで、ベッドの軋む音も、微かな嗚咽もかき消され、誰にも聞こえなかった。
**********
その嵐は、その冬最後の嵐になった。
次の日から、凍るような寒さは次第に穏やかになり、凍った川は溶け、森には緑が増えて日差しが暖かく感じる日が増えた。
それが理由なのかわからないが、ピアーズの体調もその日を境に次第に良くなっていったのだった。
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