第12話 奴隷だった私と絵本2
ピアーズがいつものように部屋に戻ると、いつもと部屋の様子が違う事に気がついた。
一見同じなのだが、なにかが足らない。
見回して気が付いた。イーラが見当たらないのだ。
「イーラ?どこにいった?」
イーラはいつもベッドだったり、ソファにいたりサーシャと遊んでいるのだが今日はいない。しかもサーシャの姿も見えない。
「うん?これは絵本か……」
ソファの近くにバラバラと絵本が落ちていた。イーラが読んでいたのだろうか。
そう思いながらピアーズは本を拾った。子供の頃読んだ記憶がある。この屋敷の図書室に置いていた記憶があるから、誰かがイーラに渡したのだろうか。
しかし、その本人がいない。
「イーラ?どこだ?」
ピアーズは部屋の家具の下や陰になっているところを見て回る。もしかしたら、変なとこで昼寝でもして、そのまま寝入っているのかもしれない。
今の季節は暖かいが、床で寝るには寒いから心配になる。
「あ、いた」
ベッドの下を覗いたら奥の隅でイーラが丸くなっているのを見つけた。
サーシャもいる。
何故かイーラはサーシャを壁に押し付けるように抱きしめて、じっと固まっていた。
「どうしたんだ?イーラ」
サーシャがピアーズが覗き込んでいることに気が付いて、顔を上げると少し尻尾を振った。とりあえずサーシャには何もないようだ。
しかし、イーラがなんでこんな状態で固まっているのか分からない。新しい遊びでも始めたのだろうか。
その時、雷の光と大きな音が辺りに響いた。その途端、イーラはビクッと体を震わせ、さらに体を丸めサーシャにしがみついた。
「なるほど、雷が怖いのか?」
よく見るとイーラは少し震えている。そう言えば今日は朝から雨が降りだし、しばらくすると激しい雷が鳴り出していた。お陰で今日は軍の訓練を中止にすることになった。
「大丈夫だ、ただの雷だ。ここには落ちないぞ」
ピアーズはイーラにそう話しかける。しかし、イーラは固まったままだ。
「仕方ない……」
そう言ってピアーズは、ほとんど丸い塊りになっているイーラをベッドの下から引っ張り出す。よっぽど怖かったようだ顔が真っ青になっている。
サーシャも一緒に出てきて心配そうにピアーズの周りをグルグル回った。
その時また、ひと際大きな光と音が響く。イーラはまたビクッと震えギュッとピアーズの体にしがみついた。
「そんなに怖いのか?」
ピアーズは不思議そうに聞いて、イーラの背中をさする。
イーラがここに来た時は、骨と皮だけのガリガリの体型だった。しかし、あれから数日経って、大分体に肉が付いて全体的に丸みが出てきた。
かなり、過酷な環境で奴隷をしていたようで、拾っても屋敷には馴染めないかもしれないと思った。
しかし、その心配もよそにイーラはすぐに慣れた。
イーラは表情が変わらずあまり物怖じしない性格のようで、ちょろちょろと屋敷内を散策して使用人とも仲良くしているようだ。
特に大きな問題も起こさないし、素直な性格なので使用人達も何かと世話を焼いて可愛がっている。
ピアーズが結婚もしていないし、この屋敷には子供がいることがほとんど無いので、物珍しさも手伝っているのかもしれない。
とにかくイーラはここに来て、すぐに問題もなく馴染んだように見えた。
だから、こんな風に怯えている姿を見たのは初めてだ。
ピアーズは、軽く呪文を唱え手をサッと横に振る。
すると、窓のカーテンがしまり、温室のガラスが白くなり雷の光も見えなくなった。
そうしてさらにベッドに乗り、天蓋のカーテンも閉める。重厚なカーテンのお陰で雷の音は遠くなった。
「ほら、もう大丈夫だろ」
そう言ってピアーズはもう一度イーラの背中をさする。まだ、怖いようで体は震えているが少し体の力は抜けた。
「もう、大丈夫か?」
そう聞くとイーラは恐々とだが少し顔を上げコクリと頷く。それでもまだ顔は真っ青だ。
「どうして、そんなに怖がる?」
雷は大きな音もなるし落ちたら危険ではある。怖がるのも分かるが、それにしては過剰な反応に見えた。
するどイーラは震える声で話し始めた。
「奴隷をしてた時……冬以外は外の馬小屋で寝てたんだけど、ある日凄い雨が振って……か、雷も鳴って……凄い音だから……家に入れてもらおうとしたんだけど……」
思い出すだけで怖くなったのか、言葉も途切れ途切れだ。
「それで?」
「雨が凄くて聞こえなかったのか、入れてもらえなくて……そ、それで一晩中ずっと馬小屋で……ひ、一人で……」
イーラの声は段々震えてきている。それでも、さらに言葉を続けた。
「し、しかも馬小屋に……雷が……落ちて……う、馬が一頭死んじゃったの」
とうとう、イーラの目から涙がこぼれる。
「そうか……」
「前の……ご主人様がお前のせいだって言って……それで……ムチでいっぱい叩かれて……」
「分かった……もう、いい。そうか、怖かったな……」
ピアーズはそう言ってイーラの頭を撫でてやる。もしかしたら、サーシャをベッドの下連れて入れていたのは、雷から守ろうとしていたのかもしれない。
どちらにせよ、そんな事が目の前で起こったのだとしたら雷を怖がるのもわかる。
「うう……う……わああああああ」
頭を撫でた途端、イーラは堰を切ったように大きな声で泣き出した。
ピアーズはそのまましばらくイーラの気の済むまで背中をさすってやる。
イーラはしばらく大きな声で泣いていたが、徐々に声も小さくなって、最後にはすすり泣きに変わった。
それでも、イーラはピアーズの服にぎゅっとしがみつき顔を埋めたままだ。
「そういえば、絵本を読んでいたようだな。って字は読めなかったよな」
ピアーズはイーラの気をそらすように、さっき拾った絵本を手に取る。
その言葉にイーラは興味を惹かれたのか顔を上げた。
「懐かしいな、俺も昔読んだ」
ピアーズはそう言って絵本を開き、物語を読み聞かせ始めた。イーラはまだ鼻をグズグズいわせているが、視線は絵本に向かっている。
絵本の内容は、魔法使いと騎士が出てくる物語だった。その魔法使いは人々を危険に晒すドラゴンを倒すために、騎士と冒険に出かける。魔法使いと騎士は旅の中で色んな場所に行ったり色んな人に出会い成長していき最後にはドラゴンを倒すといったお話しだ。
「この二人はドラゴンと戦うの?」
次第に内容に引き込まれたのか、イーラが聞いた。
「ああ、そうだ。どんなにドラゴンが強くても、二人の力を合わせれば戦える」
ピアーズはそう言うと、ベッドサイドテーブルに置いてある水差しを手に取る。すると、中に入っている水が意思を持っているように動き出した。
水はみるみる形を変えて絵本にあるドラゴンの形に変わった。
「わぁ……」
イーラの目はまだ涙で濡れているが、表情には明るさが戻っていた。
水でできたドラゴンはぐるりと空中を舞う。灯に反射してとても綺麗だった。ピアーズはさらに水を操り、魔法使いと騎士を作る。
魔法使いと騎士は勇敢にドラゴンと戦い始めた。騎士と魔法使いは怪我を負いながらも力を合わせ、最後にはドラゴンを倒す。
「こうして、世界は平和になった。二人が国に戻ると英雄と称えられその後も幸せに暮らしました。おわり……ん、寝たのか」
疲れていたのだろう、気が付いたらイーラは眠っていた。ピアーズはイーラをそっとベッドに寝かせ、自分も横になる。
イーラは無意識なのかいつものようにピアーズにくっついた。ピアーズは少し微笑むと頭を撫で、そのまま眠った。
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