第44話

 ため息で周囲が暴風の渦だというのに、瑞貴の周囲は静そのもの。


「『我の様なモノの言葉は力を持つのは知っておろう。言霊という奴じゃな。我が何度も何度も言葉にした場合、それこそ一日一回や二回でもじゃ、それを数千年言葉にし続ければそれは莫大な力を持つ。当然格下のド畜生のかけた枷なぞ破壊出来よう。分からんほどの能無しであれば我も助かったがの。ド畜生は妙に厭らしさがあるんじゃ。それしかないともいえるがの。”出たい”という言葉は言えなんだ。そういう枷も嵌められておった。ド畜生に対する悪口は言いたい放題しとるのも気が付かれんようにやっとるんじゃが、”出たい”という系統は言霊を込められんかった。それが出来る。言える。……お主、一体全体何をした?』」


 竜は鋭く見詰めて問いを発したのだが、瑞貴は特に感慨も無い様子。


「言えるようにしただけだ」


 軽く言い切られて竜としても頭痛がする。

 普通は出来ないからこそ、当の竜にしてみても数千年従い続けているというのに。


 思わず口にしていたのは、本来は言えずに主催者に禁じられている事。

 おそらく言えるだろうとは竜も思っていたけれど、それでも言える事が仕舞にはおかしくなりながら。

 純粋に案じて竜はどうにか伝われと言葉にしていく。


「『お主……あの第一階層のなんじゃったか、ボスとして置かれておった出来の悪い蛇と蜥蜴の合成獣。あ奴の最悪な点は気色の悪い呪じゃ。呪が完全に全身に回ればアレになるじゃろ。そうなればあの合成獣のものよ。自らの力が強まるのじゃ。死体も呪を撒き散らかす。完全に死体を消去せねば汚染し続けるからの。この塔に配されている輩は皆そうじゃ。基本的に呪って相手を変質させ自分と同じにし、取り込んで自らの力とする。死体になっても迷惑をかける……余裕なのは守りたい存在が此処に居ないからか? それともあの合成獣を完全に消したからか?」


 瑞貴は眉根を寄せた。

 それを何故この竜が訊くのかが分からなくて。


「両方だ。何故それを?」


 瑞貴が端的に言うのを把握していた竜は、彼と彼が守ろうしている存在を純粋に心配したからこその問いだった。

 あの竜を隷属させているド畜生にとって、瑞貴がどういうモノかはまだ分からない。

 ただ長年従っていれば分かる事もある。

 ド畜生はド畜生。

 誰かが守ろうとしていたり大切にしているモノほど、滅茶苦茶にしてやりたくてたまらなくなるのだ。


 ――――常にそうだった。


 この塔から何が何でも帰りたい輩ほど、帰る理由がある輩ほど、過酷な配置にしていたものだ。

 そして微妙に生き残る様に仕組むのだ。

 藻掻いて藻掻いて血反吐を吐いて苦しみ抜いて、命を預けあった戦友とも呼べる存在さえ犠牲にして、やったと、これで帰れるとなったならば、そこから奈落に叩き落すのを至上の喜びにしているのだ。


 守ろうとしている存在がいるのなら、大切な存在が居るのなら、それこそ惨いことになる様に仕組んで悦に入っている。

 それがこのゲームを主催しているド畜生様だ。


 だからこそ心配になる。

 此処に、この塔に居ないからといって、あの糞ッタレのド畜生が見逃すだろうか?

 わざわざこの竜のいるところに送らせのは、瑞貴の仲間だ。

 一見すれば、彼が守ろうとしている様に見える者達。

 それ等に竜が命じられたのは……殺す事ではない。

 余計にエグイ、悲惨な呪。

 竜にしてみても口にするのも悍ましかった。


 気に入っている輩の絶望を糧としている様なあのド畜生が、瑞貴の守ろうとしている存在に何もしないかと言われれば、否だ。

 否しかないだろう。


 竜が瑞貴と共に居て話している事さえ、あのド畜生にしては珍しく異常に苛立っているのは感じ取れてしまうのだ。

 今まで入れ替わって自分が竜の前に現れる様な輩はいなかったものだから、こういう場合にド畜生がこういう風に怒り狂っているのかは分からない。


 けれど少なくとも、あのド畜生の強い関心を瑞貴は買っているのだろう。

 強い関心がなければ、この呪を竜には命じないのは経験則で分かっている。


 だから見逃すはずがない。

 何もしないはずがない。


 虎視眈々と、最悪な結果になるのを待っているはずだ。

 仕組んでいるはずだ。



 これは数千年隷属しているからこその確信。


「『お主が自ら外せない枷を敢えて嵌める事で守っておるのは分かる。本来外せないはずの枷を自らで一つ外しておる次点で狂っとるんじゃが、それは置いておく。じゃがな、それで本当に、それだけで大切なモノを守れると本気で思うのか?』」


 竜にしてみれば不安しかない。

 あの瑞貴がとり憑いていたというレベルで側に居たのだ。

 おそらく四六時中離れなかったはず。

 ならばこの塔に召喚される前も側に居たはずだ。

 それが彼女と引き離されて瑞貴だけ塔に連れてこられた。


 ――――では、現在彼女の側に居る輩は……

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