第3話
『ピンポンパンポン!! 皆々様のご無事なご到着、まことにまことにおめでとうございますぅ~!!!』
馬鹿みたいに大きな大きな声。
丁寧っぽく言ってはいるけれど、声音は妙齢の女性の物ではあろうが、ただただ色気だけを詰め込んで甘ったるさと嘲りを詰め込み、尚且つ慇懃無礼を露骨に表していた。
何より、”ピンポンパンポン”と自分の声で、しかも大声且つ嘲りを込めつつ色気を振りまきながら言う神経が分からない。
思わず眉をしかめる瑞貴と杏。
瑞貴は特に辟易し唾棄したくはなったが、それでも何等かの情報を得られる可能性があるだろうと思考回路を音声を聴く事に特化させつつ、周囲への警戒も怠らないよう脳の一部を配置する。
周囲にも声は届いている様で、全員が混乱の中で静に停止して聞き耳を立てている様に見えるが……
ふと、瑞貴は違和感に気が付く。
自らに貼りついている仁礼が静かすぎる上身じろぎ一つしないというのはおかしい。
仁礼を観察すると、瞳だけが動き何かを必死に訴えている事が分かる。
周囲を更に観察してみれば、変な体勢で固まっている者も複数おり、瞳だけは忙しなく動いている事を発見した。
どうやら是が非でも”何処かの誰か”、おそらく此処に連れてきただろう”何か”は、この話を聴かせたいらしいと結論付け、瑞貴は静かに聴く事に集中しつつそれでも周囲を伺うことは止めない。
杏は周囲の様子から瑞貴にもこの音声が聞こえているらしい事を確認してから、何が知らされるのかと戦々恐々。
それでも静かに聞き耳を立てる。
彼女がどうにか平静を保てているのは側に瑞貴が居てくれることが大きいだろう。
「ちゃんとお話を聴いて下さいね~。大事なお話なんですぅ~。テンプレだから要らないなんて悲しい事は言わないで~。私、哭いちゃいますから~」
瑞貴は”ナク”という単語のニュアンスに不吉なモノを感じ顔を顰める。
どうにもこの音声の主は質が悪いように感じ、不快感ばかりが跳ねあがるが、それを除外しつつ音声の言葉を咀嚼する。
伸ばしてばかりの語尾は思考には入れつつ無視。
”大事な話”というくらいだ。
その話とやらを正確に理解しなければ命に関わるのは必至だろう。
大袈裟に考えすぎかもしれないが、最悪の事態を想定しておいた方が良いと結論付けて瑞貴は思考を回す。
気にかかるのは”テンプレ”という単語。
瑞貴は思わず眉根を寄せてしまう。
おそらくこれは何等かの”テンプレ”と言われる出来事なのだろう。
だが、瑞貴はそれが何かはあまり詳しくはなかった。
思い至るモノはあれど確証はない。
思い込みも時に危険なのだから、なるべく臨機応変に対処できるようフラットな思考の状態を維持しておこうと息を吐く。
兎にも角にも話の続きを聴かなければと思考を戻す。
「皆様には答えからお教えいたしますね~。分かっていらっしゃる方々も多いのは、皆々様が選ばれた存在である証ですぅ~」
これで煽てているつもりなのかと瑞貴は顔を顰めそうになるが、周囲を伺えば瞳だけでも歓喜に打ち震えている者を多数発見できてしまい、呆れて毒づきたくなるが堪える。
この時瑞貴の視界に杏が映らなかったのは彼女にとって幸運だったろう。
そう、喜びに笑み崩れる表情を見られずに済んだのだから。
杏にとっては正に”テンプレ”だった。
大好きで読みふける事も多いジャンルだったのだから。
彼女は心から思っていた。
別の世界でやり直したいと。
そう、瑞貴がいて瑠那が居ない世界で。
自覚さえしていなかったけれど、心の底でずっとずっと思っていた願い。
自らさえ知らない心の闇。
その闇が切望していた願いが、叶ってしまったのだ。
故に彼女は知らず知らずに口元が歪み暗い笑みの形を取っていた。
杏の笑みに瑞貴が気が付かなかった要因は、選ばれた存在という女のニュアンスがどうにも気になっていた事が大きいだろう。
”選ばれた”は”選ばれた”のだろうが、何を基準にしたかは甚だ不穏だ。
「はいはい、注目注目~! 皆々様をこれより異世界へとご招待いたしますぅ~! ドンドンパフパフ」
瑞貴は口調と言葉に非常にイラっとしたがおくびにも出さずに思考する。
ふざけた調子だが、これは事実なのだろう。
少なくとも、教室に居たはずのこれだけの人数を一瞬でこの空間におそらくは転移させたのだ。
その様な力は魔法というモノに分類されるだろう。
意識を失わせて運んだだけ、という可能性も捨てずに留め、その上で瑞貴は考える。
何故高等部の全員ではなく一部だけを此処に連れてきたのか。
見渡してみても校長はいるが教頭は居ない。
教師の中にも不在な者もいる。
ホームルームの時は居た瑞貴のクラスの担任の菊池は、此処には確実に居ないのも確認した。
理由を聞いたところで素直に答えるとも思えないが、それでも確認しなければと思いて手を上げようとしつつ口を開こうとするが、身体も動かなければ声も出ない。
身体は微動だにしないのに加えまるで発声できない事で、相手は一切の質問は許さない訳かと理解し瑞貴は口を閉ざす。
瞬間、誰かが薄っすらと嗤った気配を感じ、どうやら正解らしいと瑞貴は静かに息を吐いた。
周囲にも、質問しようとしているらしく身体が震えて必死になっている者は複数いるようだったが、瑞貴ほどにはさっさと相手の意図を酌んだものが皆無だったのは、単に瑞貴と違い、思い切りが良すぎるというより諦めが速すぎる決断を出来る者が居なかった所為だろう。
瑞貴は相手の力量を見極めるのが極端に早く正確であるから、下手に逆らうのは得策ではないと瞬時に判断し、何が得策かと考えた結果、静かに相手の話を聴くという選択をしただけだったのだが、そんな彼の態度を観察していて点数をつける者もいた。
瑞貴は幾人かの視線と注意が自らに注いでいる事を把握しつつ誰がそうしているかもひっそりと確認し、面倒だと内心思いながらこれからの対処を考えつつ、色々な意味で不愉快な声の続きを待った。
「うふふ~わかってるわ~単純に異世界に行くなんて刺激が無くてつまらないわよね~。だ・か・らぁ、異世界に行く前にぃ、皆々様でぇ、殺し合い、しちゃいましょうねぇ。キャッ、わたしったら、優しい~」
その色気がムンムンと臭い立つけれど隠しきれない嘲りに満ちた大音量の声に、そんな事だろうと思ったと、空間に充満している驚愕を尻目に、瑞貴は何度目か数えるのも馬鹿らしくなりながら静かに息を吐いた。
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