第4話

 不愉快な大音声が言い終えたと同時に、瑞貴達がいる白しかない空間の端に、青く輝く何処にでもありそうな両開きの扉が出現したことを彼は横目に認識し、扉へも注意を割いた。


 突然”何か”がその扉から侵入し襲ってくることを想定しているらしいのは数える程な事に、表情には出さずに内心毒づく瑞貴。

 ”異世界に行ける”という事で大半の連中は無邪気に浮かれていたが、”殺し合い”で今度は驚愕の余りパニックになっているらしく、動かない状態でも蔓延している恐慌の気配で容易に分かるのは、この事態を乗り越えるために冷静に思考ができる者が少なすぎるということ。

 そう、魁や藤原とまではいかずとも、せめて南野がいればと瑞貴は忸怩たる思いが湧いてくる。


 どう考えても此処にいる連中は外れくじだ。

 目ぼしい者程面白いくらいには此処にはいない。

 極々少数、わざと残したのだと言わんばかりに有能ではあるが瑞貴とは親しくない者がいるのも気にかかる。

 親しい有能者を狙って除外でもしたというのかと瑞貴が思考した瞬間、誰かがまた薄っすらと嗤う気配を感じ、””はどうやら””らしいと考えた時、何度目かの嬉しそうに嗤う気配にため息が漏れる。


「はいは~い! 慈悲深~いのでぇ、ちょっと待ってあげたわたしっ! でしたぁ~! それではぁ~ルールを~説明するからぁ、ちゃんと、聞くんだぞっ!」


 何処が慈悲深いと表情にはおくびにも出さずに唾棄し、瑞貴は白い空間の絶妙に見やすい場所に何かが映し出された事に、内心絶対零度に冷めた心地で真剣に視界に収める。


「もう! 皆々様ったらぁ、不満ばっかりぃ~。これはぁ、慈愛と慈悲に満ち満ちたぁ、”特例措置”、なんだぞぉ! 何の力も無しにぃ、異世界で生きて行けるなんてぇ、まさかとはおもうけどぉ、思っちゃってるのかなぁ~?」


 女の大音量の隠さない嘲りに流石に顔色を変えていた者もいたが、大半は少し頭が冷めたらしく、パニック状態からは抜け出せたようだと冷静に瑞貴は観察しつつ、映し出されたモノを見ながら、””はこちらの言語を確かに間違いなく習得しているらしいと息を吐く。

 またひっそりと誰かが嗤う気配に辟易しつつ、瑞貴は女の音声と画面に思考を切り替えた。


「キャッ! 流石は皆々様~ちゃんと理解してくれたんですねぇ~! 偉いぞぉ! そうで~すぅ~異世界は~危険が一杯! だからぁ、ここで力を付けちゃうのだぁ~パンパカパ~ン!」


 相変わらずの調子に食傷気味になりながら、それでも瑞貴は注意を怠らないようにする。

 ……映し出された画面の文字には倦怠感さえ湧いていたが……


「それではぁ~説明しますねぇ~。画面を見て頂いたら分かると思いますがぁ、皆々様には~それぞれの特性に合わせてぇ、7つの職業をわりあててありますぅ~。まずは~職業の説明で~す!」


 また周囲の狂乱の気配を感じ呆れかえっていたのは瑞貴くらいで、杏を初め、いわゆる「異世界もの」を見知っている者は困惑していた。


 単純に言えば、職業名が脱力ものだったから。


「7つの中でぇ、一番強いのは~、『刃物っぽいのを使えるかんじ』で~す! ドンドンパフパフ!」


 ……なんだそれは……

 此処に来て、おそらくは皆の心が一つになった瞬間だったろう。


 確かに、幼稚園児にも分かりやすいレベルで花丸が付いている上、一番と太文字且つでかでか画面に映し出されているのは、『刃物っぽいのを使えるかんじ』というモノだった。


「この職業の方は~刃物が武器になりますぅ。何の刃物かとかぁ、長いとか短いとかはぁ、その人しだいでぇ~す。楽しみにして下さいねぇ」


 緩い職業名に感じ、瑞貴は思わず遠い目になりそうになるのをどうにか堪え、話に集中する。

 周囲はやはり喧騒の雰囲気だが、無視を決め込む。

 この手合いの場合、聞き逃したら仕舞な気配が濃厚だと判断したからだ。


「次に良いカンジ~な職業は~『体でがんばるぞ』で~す! この職業の方は~基本的に~自分の体が武器になりますぅ。なかには~鈍器なかんじ~な武器を得られる方もいらっしゃいますよぉ。ワクワクしますねぇ」


 格闘技でもやっていたのならともかく、鈍器を得られるか得られないかは大きいだろうと瑞貴は吐き捨てる。

 どうやら、”それぞれの特性に合わせて”と言っていたのは、誇張でも何でもないらしい。


 ……かなり個人差が出るだろうと簡単に思い至り、何度目か分からない息を瑞貴は吐く。


「そのつぎ~『魔法かな』です~。この職業の方は~”魔法”が使えるかもですぅ。ファイト~」


 ザワザワと周囲のテンションが上がったのを感じながら、瑞貴は考える。

 何故、”魔法”と名のつくものが三番目なのか?

 なにかデメリットも大きいのではと思い至り、やはりこの”主催者”はロクなモノではないなと思いながら思考を戻す。


「そしてぇ、『妨害するぞ』で~す。この職業の方も~”魔法”が使えちゃったりするかもぉ。ガンバ!」


 また動けないながら騒がしい気配の周囲を冷めた目で観察しつつ思考する。

 これも”魔法”。

 だが職業名から察するに、デバフ系統の代物だろうと導き出し、頭が痛くなる。

 有用そうだが四番目なのだ。

『魔法かな』よりデメリットが重いのか、それともたいして役に立たないのか……


「はい、つぎ~『なんかチンピラ』で~す! 特に特徴な~し!」


 ……雑だ……

 全員が思う位にはサクッと終わる。 

 そして同時に、これにはなりたくないという思いも一致した。


「さいご~『物乞い』! 一番下で~す! 最下位で~す!」


 ……もっと酷いのがあったか……

 これまた全員が同時に思ってしまう。

 そしてまた全員が思い直す。

『物乞い』だけは嫌だ、と。


 だが瑞貴と少数は気が付いた。

 これで六。

 職業はまだ一つある。


「あ、忘れちゃってましたぁ~『暗殺者』。もしかしたらこれ、チョー強かったり~」


 あえて最後に言った意味は……

 瑞貴は、さっさと単に嫌がらせで一番強いだろう職業を最後にしたのだろうと理解してしまい、底が浅いのが面倒だと息を吐いた。


「それ以外にも特別なレア職業があるかもですがぁ、秘密ですよぉ~! だってその職業、チートですからぁ~! 皆々様、その職業の方は~見つけたら、即殺、だぞぉ~!! お姉さんとの、お・や・く・そ・く!!!」


 なにか声の主の気分が急降下したらしいのを感じてしまい、瑞貴は甚だ面倒くさいと珍しく眉根を寄せた。

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