第43話
バチッと激しい火花が散る。
「『あのド畜生めが! 相も変わらず目障りな!!』」
格下に良い様にされる耐え難い屈辱から竜が吠えた途端、今度は惑星さえ消し飛ばすシロモノもかくやと言わんばかりの、濃縮された攻撃の為のエネルギーがかの存在に降りかかるはずだった。
けれど、何も起こらない。
「『お主……やはり阿呆で馬鹿じゃ』」
心底呆れたように瑞貴を見ながら竜は呟く。
「『その上物好きか。お主、其処に居る為に正気の沙汰ではない枷を嵌めておるな。嵌めていてソレか。器が壊れん程度に抑制をしておると。その上で器も壊れぬように調整か。……狂っておるのか?』」
瑞貴は苦笑しながらも沈黙を守る。
「『……記憶まで消して態々とは……無知蒙昧になってまで、何故人であろうとする?』」
竜は痛ましそうに瑞貴を見る。
「『己で外せぬ枷まで嵌めてとはな。どうやら一つは無理矢理外そうとしたのは見て取れるがのう。自由に外せる枷であれば、今頃外して此処から脱出も出来るだろうに。何故せめてそうしなかった?』」
どこか責める響きさえ漂わせる竜に、瑞貴はようやく口を開く。
「単純な理由だ。ソレを選択すると守りたいものが守れなくなるから」
さも当然という声音と表情を目の当たりにして、竜は心底呆れる。
「『ああ、成程のう。確かに自らで外せる枷と外せない枷では誤魔化しの効き方が天地よな。……やはり馬鹿で阿呆ではないか。身を削って守る価値があるのか? ソレには』」
瑞貴の表情は変わらない。
苦笑を貼りつけたままだ。
無表情ではないところから、彼の内面が非常に珍しく表に出ているという事なのだが、これを知るのは一人のみで、瑞貴本人さえ分かってはいない。
「価値があると俺は思っている。それは譲らん」
竜は意地悪な笑みを浮かべながら話し続ける。
「『守られている方がどう思うかじゃのう。疎ましく思っておるかもしれんぞ。逃げたかったのかもしれん。今回の出来事を僥倖とばかりに隠れてしまうかもしれんのう』」
竜にしてみれば、そこまでするのだから多数ではないと踏んだ。
だがそれにしてはこの人間は自分以外を守りすぎる。
会ったばかりの竜さえ守って見せたのだ。
どう考えても狂気の沙汰。
異常者だ。
枷を嵌めて力を振るう事がどういうモノか知る竜だからこそ思う。
その身を寸刻みにされる激痛。
内臓から否、魂から焼かれる痛みに常時耐えている時点でどう見繕っても頭がオカシイ。
しかも、しかもだ。
この人間は自ら外せぬ枷を嵌めているのだ。
であるにも関わらず、力を使う事に躊躇が無い。
無理矢理外そうとも試みているし、その内一つの枷はほぼ外れている。
正気を保てる痛みではないはずだ。
今話せている事も痛みを露とも見せぬ様も異常の一言。
更に頭がオカシイのは枷を他者に外させたように偽装で見せて、その実自らで引き千切ったのだということ。
あの枷は人の子には外せない。
人間の器に入ったナニカの枷を人の子が外すなど不可能なのだ。
自分で外せない枷だからこそ意味がある。
だというのに、枷を引き千切る必要があったら魂が壊れるかもしれないにも関わらず躊躇なく実行してのけた。
長く生きる竜にしてみても、見た事が皆無なバケモノである。
「疎ましく思っているだろうし、逃げたかったと思う。四六時中とり憑いている様に側に居たからな。間違いなく離れられて喜んだろう。……――――だから?」
竜の顔面が思わず引きつった。
「『だからとはどういう事じゃ? 分かっておっても変える気も無いと?』」
瑞貴は表情を歪めた。
歪に。
「俺は俺のしたい様にしか結局しない。出来ない。する以外の選択肢は無い。だから他者をたまたま守っているように見えるだけで、俺は俺のしたい事しかしていない。相手がどう思おうが知った事ではないな。立ち塞がるなら消すだけだ。彼女以外は」
清々しいまでにきっぱりと言い切った瑞貴に、流石の竜も言葉は無かった。
「一つ聞いても良いか?」
瑞貴の顔から表情が無くなる。
無機質さがより際立った容貌は、竜と言えども見惚れる程に整っていた。
「『何じゃ?』」
竜はどうでも良さそうに返答する。
異常者の相手をする気はサラサラなかったのだが、結果的に相手の純粋なエゴとはいえ守られてしまった以上は無下にできなかったのだ。
この竜はその実とても人が良く律儀だったので。
……其処をこのゲームの主催者に利用されて隷属させられたのだ。
「此処で何をしているんだ? 出たいとは思わないのか?」
思いっきり地雷を踏み抜くのだから、竜としても脱力するしかなかった。
「『訊く事が一つではなく二つじゃな。……何をしているかと言えば、ド畜生の気に入った輩以外の排除じゃ。有能であればあるほど、仲間を大切にしていればいる程、ケッタイナ呪をかけろと宣うわ。お主の場合は大切にしていると思われたんじゃろうな、ともにいる輩を。実際はどうか知らんがの。……出たいかと言われたら当然出たいに決まっておろう! ……ふむ。言えるという事は……』」
竜はそこで瑞貴を見て、心底呆れたと言わんばかりに大きくため息を吐いた。
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