第47話

 ノータイムで瑞貴が口にした答えは――――


「喰えるなら食べ物だろう」


 ……案の定かと竜は言葉を失った。

 それでもどうにかもう一度勇気を出して訊ねてみる。

 恐る恐るになったのは仕様がないだろう。


「『……ちなみに……何を食べたのじゃ?』」


 竜が一体何を気にしているのかが分からないながら、瑞貴としても必要なのだろうと正直に答える。


「菓子や料理の類は全て食べたな。返さなくても良いからと言われた菓子や料理を包んでいた物も全て。後は彼女が刺繍してくれた物に編んでくれた物、作ってくれた物を残らず。勿論使えなくなってからだが。それから成長して着れなくなったもの使えなくなったものはすべからく。ああ、本は無くなると彼女がしょんぼりするので喰しなくなった。細かくは端折ったが種類としてはこれで全てだ」


 竜はどう反応して良いかが分からない。

 なまじ人の生態というモノを他の竜より詳しいからこそ余計に混乱していた。


 有り体に言って――――


「『お主本当に逝かれておるな、頭が』」


 ズバッと切り裂くかごとき鋭い口調だったが、瑞貴は何を今更という表情で肯いた。

 そんな事で瑞貴は一切合切揺るがない。

 自覚も覚悟も既に完了しているという終わり加減だ。


「当然分かっている。とはいえ変える気も変わる気も止まる気も微塵も無いが」


 竜としてはもう本当に自分は何をやっているのだろうという心理に陥った。

 なんだかもう破綻者なのは分かっていた、分かっていたが……

 それでも彼の執着対象が哀れで、兎に角話を進める事にした。


「『……どうやって食べたのか教えてもらえるじゃろうか?』」


 食べたというのなら、どういう方法で食べたのかが重要だった。

 排泄物として出していたら意味が無い。


 ――――そう思ってから、竜はこの男が排泄物だとしてもそのから贈られた物を体外に出す訳が無いなと確信してしまった。

 短い間でもそういう絶対の信頼が出来てしまうものだから……竜は遠くを見つめるしかない。


「詳しくは能力が知られる可能性を考えて言えんが……俺の中に永遠に残っている。体外に出すなどあり得んな。器が壊れても俺の中だ」


 竜は――――何だか色々もう本当に投げ出したくなった。

 瑞貴の間違いなく貴重だろうその能力の使い道が……大切で大切で仕方のない彼女のためなら惜しげもなく全力なのだろう。


 の出身でありながら……さえ備えた瑞貴はその産まれた世界にしてみてもイレギュラーであるのは確信してしまった。

 彼がおとなしくその世界で人間をやっているのも、確実に瑞貴の特別な女性がそれを望んでいるからだ。


 では……そんな怪物である瑞貴の特別な女性は果たして純粋に人間なのだろうか……?


 ――――疑問を投げ捨て、兎に角一度力になると決めたのだから完遂しなければと、竜は問をまた発する。


「『では……彼女はお主の贈った物をどれか一つでも良いのじゃ。常に持っているかの? 有体に言えば現在も持っていると確信できるものはあるか?」


 瑞貴が見事なまで瞬時に凍り付いた後……恐る恐る口を開いた。


「――――……彼女は忘れていると思うが……幼い頃に彼女に青薔薇を贈った。自分で育てて咲かせたんだ。特別な薔薇だった。人界には無いモノを取ってきたからな……彼女はとても喜んでくれたが、枯れたら悲しいというので青薔薇を結晶化させたんだ。だというのに……その結晶を彼女の親類が盗ろうとした。もう盗られない様に彼女の中に青薔薇の結晶を収納できるようにしたな……だからその青薔薇の結晶は彼女の中にある……憶えてはいないだろうが」


 竜は色々突っ込みどころがありすぎるほどあるが、取り敢えず無視する。

 瑞貴としてみれば彼女が憶えていない確信があるらしいが、これは彼の自信の無さというより何か事情がありそうな雰囲気だった。

 ――――だからこそ竜はそれを踏まてまた問いを発する。


「『その贈り物をした時に、何か彼女と約束をしたか? 何でも良い、ささやかなモノでも構わんのじゃ。兎に角何か約したか?」


 瑞貴にとってその問には簡単に答えられる。

 一番大切な思い出で約束だ。

 だから彼女が忘れてしまったのも分かっている。

 今でも彼女の中にあの青薔薇があるのは知覚できてしまうから、彼女は約束を忘れてはいても約束を廃棄はしていないのだ。


 ――――それに縋っている。


 記憶があったなら直ぐに約束は解除されてしまっただろう。

 だが記憶がないからこそ、約束を憶えていないからまだ有効なのだ。


 ――――矛盾している。


 彼女が記憶を無くしてしまった原因は瑞貴だ。

 全て瑞貴が悪いと彼は思っている。


 それでも……彼女がその約束を廃棄しない限りは――――瑠那は瑞貴のモノだ。

 言質を取った。

 雁字搦めにした。

 逃げられないようにした。

 彼女の無知さを利用して……逃げ道を消した。


 ――――瑠那は何も気が付いてさえいなかったけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る