第5話

 瑞貴は、ふと考え直す。

『暗殺者』だけ、ふざけた職業名ではないのだ。

 それには何か意味があるのだろうか?


 それとも一周回って特に意味は無い?

 更に考えるのなら、この順番に何か落とし穴がある可能性は?


 相手は素直に全てを教える必要は一切ないのだ。

 嘘をついている可能性もあるだろう。


 どこまで嘘をついているのか、真実を言っていないのかも問題だ。


 だとするのなら、順番通りではないという事もあるのでは。

 そう、『物乞い』という名前だが、実は何か必殺の隠し玉の様な能力が備わっているという可能性も捨てきれない。


 そして『魔法かな』『妨害するぞ』の二つ。

 これにも何か――――


 思考していた瑞貴を音声が自らの話を聴けとでも言うように、今までで一番の大音声が響き渡る。


「まだお話は終わってないんだぞぉ~!」


 自らの言葉で身動きできないながら注意がすべて自分に向いた事に気をよくしたらしい声の主は、気前よく声を発する。


「うん、うん! 偉い偉い! ではご褒美を上げましょう~! 皆々様、せっかくの職業がお気に召さない様子ぅ~。ですのでぇ、こちらが決めた職業以外の職業もぉ~認めちゃうぞぉ~! 更にさらにぃ~好きなスキルもプレゼントぉ~! それではぁ~好きな職業とぉ~スキルを~思い浮かべてねぇ~! でもぉ~ポイントは~人それぞれなのぉ~忘れちゃダメだぞ! ポイントはぁ~有限~決まってる職業とぉ~スキルを~変えるんだからぁ~ねぇ~」


 最後の歌っている様な調子の所が非常に気にかかったのは少数だった。

 だから何かを思い浮かべなかったのも少数だ。

 大半は自らの妄想を実現できる機会だと、好き勝手に思い描いてしまう。


 瑞貴はといえばどんな職業であれ下手に変更するのは悪手に思え、無心になり何も考えないようにする。

 有り体に言えば、態々それぞれに合わせて決めた職業を、自らの意志で変えさせる意図に不吉さしか感じなかったからだ。

 もちろん、瑞貴は自分だけが気が付いているのだとは思ってはいない。

 自分より優れていると思う相手が身近にいたのもあるが、周りが思うように瑞貴は傲慢ではない。

 ないのだが、人間嫌いであるが故に取ってしまう態度と優れ過ぎている容姿も手伝い、驕っていると誤解されてしまう。

 人嫌いなため辛辣に相手を分析してしまうのも理由だった。


 だからこそ、分析結果から外れくじと言える人物の集まりだとしても、自分と同じ様に回避する者もいるだろうと瑞貴は思っていた。

 確かに居たのだが、それが彼が思うより少なかったのは、瑞貴の判断通り此処に居る者の大半がであり、それ等を積極的に”主催者”が蒐集したからだ。


 この時、ある意味今後の運命が決まったと言えるだろう。


 その事に誰も気が付かぬまま、嘲りと色気あふれる大音量の説明は続く。


「あ、そうでしたぁ~。もう試した方は試されましたけどぉ~皆々様の通信手段は~移動のぉ~衝撃でぇ~壊れちゃいました~残念! ズルはダメだぞぉ~! 才能と努力で成り上がるのだぁ~!!」


 絶え間なく襲ってくる頭痛と戦いながら、先ず此処に着た直後に試して使い物にならないと判断したスマホを思い出し、瑞貴は思う。

 機械式腕時計は何の問題も無く動いている。

 通信手段だけ壊れるのか?

 それとも意図的に壊した?

 電子機器だけが異世界への移動の衝撃で壊れるという事か?


 更に気になるのは”ズル”はダメで”才能”と”努力”だと許可されるらしいという点。

 ”才能”の方を先に挙げたのも意味がありそうだった。


 ならば、場合、自らの好きな職業とスキルはどれ程努力したとしても得られないのではないか?

 だというのに、思い浮かべろと言った真意は?


 どうにもこの”主催者”はきな臭いと思考した瞬間、また大音量での説明が始まった。


「いいですかぁ~お気づきの方もいらっしゃいますけどぉ~皆々様のいらっしゃる空間にぃ~扉がしゅつげんしていまぁ~す!」


 その声が轟いたと同時に、瑞貴以外の者の体が自由を取り戻した。


 今度こそ本当に騒めきだしたのを尻目に、瑞貴は静かに考えを巡らそうとしたのだが、またも邪魔をするように声が響き渡る。


「この扉の先は~階段になっていてぇ~上に行く事しか出来ませ~ん! あ、帰ってくるときはぁ~降りられますよぉ~。他の部屋にもぉ~行けま~す! 有効にぃ~お使いくださいねぇ!」


 他の部屋というのがどうにも厄ネタの気配で、瑞貴としては感情を凍らせて話に集中する。

 苛立ちがすべてになってしまえば、ろくに頭が回らなくなる。

 ここからが話の肝だろうと余計に話に集中した。

 生き残る最善手を導き出すと決めていたからだ。


「皆々様にはぁ~扉の先に繋がっているぅ~塔を~一番上までぇ~せいはしてぇ~欲しいんですぅ!!!」


 とりわけ大きな声。

 それにより喧騒も加速する。


「要はダンジョンを攻略するってことだろ」


「なんだテンプレじゃん」


「最初はどうなるかと思ったけど、やったー!」


 呑気な自らに都合の良い解釈ばかりな事に、嫌気がさしながら瑞貴は感情を抜きに観察する。

 少数の静かに思考している様子の者がいる事に助かったと思いながら、浮かれている様子の大半の者達はさぞかし”主催者”に好都合だろうと息を吐く。


 不安にさせてから安堵させることで”何処かの誰か”、つまり”主催者”の良いように動かそうとしているのではないだろうか?

 肝心な事はきっと言っていないだろう。

 情報を隠蔽し、そう、にされてしまうのでは……


 何より、殺し合いだと言ったのだ。

 で、あれば、質の悪いルールが設定されている可能性が非常に高い。


 瑞貴がそう思い至った時、説明している声の今までで一番愉しそうな調子が大音量で鳴り響く。


「でもぉ~一番上にぃ~行ける人数は~到達する日数とぉ~死んだ人の数でぇ~変動しちゃうので~す!」


 周囲の動揺は著しかったが、瑞貴には関係無い。

 とはいえ警戒はしていた。

 周りにいる者がパニックになって襲ってくる可能性もあるからだ。


 出来れば冷静そうな相手も無事であるように動ければ万々歳だが、この中では杏が死ぬと瑠那は一番傷つくだろうと判断し、瑞貴は杏の周囲に気を配ることにした。

 当の杏はといえば、安易なスローライフにならないらしいと意気消沈していて、瑞貴の配慮も何も分かってはいなかった。

 突然の殺し合い発言に余裕も無かったからというのもあるのだが……


「それからぁ~この塔を制覇していただくためにぃ~同じ世界の同じ国からぁ~1万人ほどぉ~集めちゃったので~す! それぞれぇ~同じ所属っぽい集団でぇ~まとめちゃいました~! パンパカパーン!」


 どうやら愉しさのあまり今まで開いていた話と話の間が殆ど無く、続けざまに声は告げていく。


「年齢はだいたいそろえましたぁ~! 学校単位で適当にぃ~ですけど~。全員いるところもありますが~ランダムですからぁ~選ばれなかった人はここにはいないのです~。それぞれの皆々様が今いる場所も~見つけちゃえば行けちゃいますよ~! キャッ!!」


 抑えきれな愉悦を声は内包していた。

 そして矢継ぎ早の様に続けて説明する。


「此処にいる数万人。その人数を期限内にたくさんたくさん減らすので~す! 期限も減らす人数もぉ~ひ・み・つ!!」


 悦に濡れた声は狂騒する人間たちを更に打ちのめす。


「期限も~人数も~守れないと~変動しちゃうので~す! でもでもぉ~最終期限を過ぎてもぉ~こちらが決めた人数を減らせない~塔も制覇できないとなるとぉ~此処、無くなっちゃいますから~! 要するに、皆々様、ジ・エンドォ~!!!」

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