第49話

 気を取り直した竜は、瑞貴がどうやら彼の幸せな世界から返ってきたらしいのを確認し、彼の仲間たちの方へと意識を向けた。

 騒ぎになっている様でなっていない状態を見るに……少々どころではなく暗澹たる思いを抱いた竜である。


「『お主の仲間らはあまり良い状況ではない。記憶の操作が見られるからの』」


 ため息交じりに竜が真面目に報告すると、瑞貴は静かに肯き口を開く。


「皆があのボスの部屋に入った瞬間から相棒の存在を忘れていたからな。隣に居ても、見えない感じない分からないという状態だった。


 さも当たり前のように告げる瑞貴に竜は本当に……こう……なんといって良いか分からない葛藤を抱えながら、それでも確認しようと話し出した。

 瑞貴がいない事についても彼等は気が付いているのかどうかが不透明で、それについてよりもこちらが優先だと質問を選んだ。


「『お主の相棒はどうなっておるのじゃ? 我が連れてきたのはお主のみじゃが』」


 瑞貴は一つ肯くと、口を開いた。

 どこか誇らしげに見えるのは気のせいではないだろう。


「琥珀」


 言葉が終ると同時に、黄金の見事な毛並みと立派な爪と牙、額に二対の見惚れる角を持つ巨大な狼が現れ首を垂れる。


「問題ない」


 一人微かに嬉しげな様子で肯く瑞貴に竜は遠くを見たくなった。

 兎に角心の平穏を得られる遠くを。


「『……どうやって此処に……?』」


 竜が気力を振り絞る事何度目だろうと更に遠くを見詰めながら、それでも元々が律儀な性格故に訊ねてしまった。


「相棒になってすぐに俺の魂と繋いだからな。何とでもなる」


 瑞貴にしてみたら当たり前すぎて何故竜がため息を吐いたかが分からない。

 瑠那の魂の様な色彩が非常に気に入っている瑞貴である。

 何かに関心を向ける事も珍しい彼としては、手放す気は皆無だった。

 一番の理由は何と言っても瑠那の魂を彷彿とさせるその彩というのが……実に闇が深い。


「『お主の相棒がまだあの場に居るように見えるのじゃが?』」


 瑞貴は明日の天気でも答えるように返答する。

 引き離されそうなのは把握していたのだ。

 瑠那との諸々から偽装工作はお手の物の瑞貴である。


「琥珀を俺が自由に呼び出せると知られると面倒だからな。マガイモノを置いておいた」


 竜はもう何だか色々諦めたくなったが、一応訊いておこうという義務感から口を開く。


「『本物としか思えん出来じゃな……因みに、『琥珀』というのはお主の相棒の名か?』」


 瑞貴を連れて来る前までいた場所を見ながらしみじみと言う竜に、彼は力強く肯いた。

 彼にしてみればよくぞ聞いてくれました位なものである。


「そうだ。瑠那ならば宝石の和名で名付けるだろうからな」


 ……竜はここではないどこか遠くを見つめて大きく息を吐いた。

 瑞貴がまったくぶれないのが、いっそ清々しく思えてきた竜である。


「『……何と言おうか……人間風に言うのなら後だしじゃんけん? のようで心苦しいのじゃが……お主が先程行った方法の対価はあれだけではなくてじゃな……』』


 非常に申し訳ない思いで、自分に出来る償いであればなんとでもするつもりの竜ではあった。

 あったのだが……


「当然だろう。心臓は鎖を創る対価。であれば、と考えるのが普通だ」


 瑞貴はさも当たり前のように言ってから……不思議そうに首を傾げる。


「今の状態から察するに……鎖の維持の対価は俺の力だろう? 他にまだ何かあるのか?」


 竜としては何とも言えない気分で大きくため息を吐いた。

 その息で暴風が起こっても瑞貴には一切の影響が無いのを見て取りながら、眩暈を抑えつつきちんと申告する。

 瑞貴の言動から良く視てみた結果、言うべきだろうと判断したのだ。

 やはり竜は律儀だった。


「『”力”と簡単に言うがの……お主、鎖の維持に尋常ではなく対価を支払っているのではないか……? 鎖を……太く更に強固にするのため使っているのでは……? 通常鎖の維持の対価を支払えばお主の仲間であろうと常人以下。下手をすれば生命維持にさえ差し障りが出るような状態にしかならんのじゃがな……お主はピンピンしておるし……”力”も使えるとは……』」


 乾いた笑いがもれそうになるのを懸命にこらえる竜を嘲笑うように……瑞貴はダメ押しをしてきた。


「愛だな」


 竜はもうなんだか全てを捨てて逃げたくなっていた。


「とはいえ何が”愛”と呼ばれるものかは皆目見当もつかないが。俺のソレが通常のソレとは違うかもしれんとは思ってはみても、だからどうしたという感想しか。ああ、”力”だが今の俺は……だ。普通に毛が生えた程度しかないな。さてどうしたものか……」


 眉根を寄せ顎に手をやりながら真剣に悩んでいるらしい瑞貴の姿に、諸々の言動はさておいて罪悪感がわいている竜は、ある提案を口にしていた。

 瑞貴の可能かどうかは分からない。

 それでも彼に心臓を差し出させた上、あのド畜生や他の糞ったれ共から身を守るにも”力”が足りない身の上にしてしまったのだ。

 やはりこれは償わなければならないと強く竜は思う。

 幸いな事に長い時間をかけて自らに嵌められた枷を外す準備はほとんと終了していた。

 後は切っ掛けさえあれば……堰き止められていた全てが決壊する。

 そうすればこちらのものな竜は……折角枷を外す事が出来るというのにまた枷を嵌めようとしていた。


「『なあ、お主。我に嵌められた枷を外せるか? 亀裂を入れる程度……否、枷に何等かの衝撃を入れるだけで良いのじゃ。そうすれば……現在お主を悩ませている問題の回答を得られよう』」

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