第10話
聖羅は手に残る感触と命を奪った事実に吐き気が止まらなかった。
感覚を思い出すと震えが止まらず、手からナイフが滑り落ちる。
落ちたナイフは床に届く前に光になり消えてしまう。
聖羅がそれらにも気が付かないのは、目の前に唐突に現れた毛皮に大きな肉の塊と幾つかの牙と爪、質の低い水晶の様な小石に加え、脳内に響いた感情を感じさせない機械の様な声が要因だろう。
『おめでとうございます。職業を得られました。レベルアップしました。以後レベルアップしたかどうかはご自分でお調べ下さい』
呆然とする聖羅の肩に誰かが手を置く。
ビクっとして誰か確認すれば、それは瑞貴で。
「仁礼、落ち着け。それで何があった?」
瑞貴が静かに声をかけたことでホッと息を吐き、どうにか心を平静に出来た聖羅は、恐る恐る肯くとゆっくり口を開く。
「……頭の中で声がした。たぶん、最後に説明していた声と同じだと思う。機械的な感じとか女性の声の所からそう思ったんだけど……」
そこで口を閉ざし、聖羅はチラリと固まっている集団を見てから瑞貴を静かに窺う。
「そうか。刺してから何か考えたか?」
全部を言わない聖羅に感謝し、目を見て肯いてから検証を続ける。
瑞貴が殺した相手は全てそのまま死体で残っているにもかかわらず、聖羅が止めを刺した生き物は瞬時に姿が光の粒になって消えたのだ。
違いは何だというのだろう。
「……何も考えられなかった……ただ怖くて、申し訳なくて……」
聖羅は身体が震えるのを気力で封じようとしたが、それでも声が震えてしまう。
「そうか。よくやった」
もっと労わりの言葉をかけるのが普通だろうし正しいだろう。
だが瑞貴は瑠那以外にそうしようとは思えない。
……必要だとは理解していても。
「近藤、そのままこちらに」
瑞貴はナイフを持ったまま停止していた杏を、今にも死にそうな犬の様な生き物の前まで誘導し片膝をつかせる。
ただ何も考えられず従った杏のナイフを握った手の上から瑞貴は手を重ね、何の迷いもなく上を向いていた片目に刃物を突き入れた。
瞬時に先程の聖羅の時と些か異なる変化が訪れる。
犬の様な生き物は光の粒となり消えて、跡に残されたのは鈍く光る透明度の低い水晶らしき小石と牙と爪だけ。
毛皮と肉の塊は影も形も無い。
「……え? ……え、え? な、何が……」
杏は考えようにも何が何やら分からない。
瑞貴が自分の手を握った事で全てが夢のようでフワフワとしてしまっている。
肉を突き刺す感覚すら瑞貴の感触の前では太刀打ちできず、命を奪った認識さえ遠くなる。
そんな杏の脳内に、冷水を浴びせる様に無機質な機械さながらの声が響く。
『おめでとうございます。職業を得られました。レベルアップしました。以後レベルアップしたかどうかはご自分でお調べ下さい』
「…………この声、何……?」
杏が小さく呟いた時だ。
「丹羽君、どうなっているんだい? 教えてくれないか?」
真宮と逢坂、雪音と芽依咲が血塗れの複数の死体に顔を顰めながら、それでも集団より前に出て真剣に瑞貴を見詰めていた。
……土岐は集団の端で、いつでもセーフティーゾーンに逃げ込めるようにしつつ様子を探っている。
「この塔に出現した生き物を殺すと、例の声が言っていた職業が得られるらしい」
瑞貴は全員を思考誘導しつつ、杏から離れ自分が殺した死体を見る。
やはり死体のままだ。
アイテムになれとでも思えば良いのか?
そう彼が思考した瞬間、瑞貴が殺した緑の生き物と犬に似た生き物は光の粒になり、跡には先程の水晶に似た小石より大きく透明度も高い小石と、幾らか色のある石、犬に似た生き物の毛皮が一つ、牙と爪がいくつか、数キロの塊肉が複数出現する。
真宮達は、瑞貴が緑の異形の生き物と犬に似た生き物を殺したのかどうか、それとも別の何かが殺したのかどういかも分からない状態であり、殺した方法も分かってはいなかった。
聖羅は瑞貴ならアレ等をあっという間に殺せるのも知っていたが、何故自分の時と違い時間をおいて光の粒になったのかも分からないし、あの水晶擬きの小石と爪に牙、毛皮と肉の塊は訳が分からないのに加え、杏が殺した犬の様な生き物の死体の跡に残されたものも、自分の時とは違うのには首を傾げていたのだ。
一番正確に分かっていたのは瑞貴だろう。
自分が殺したのだし、どうやら個体によって死んだ後に遺すアイテムが違うらしいとも把握した。
ただ、ほぼ瑞貴が殺したようなものの杏のケースはまだ分からないとも独り言ちる。
これはまた試す必要があるだろう。
何故自分が殺した場合だけ自動的にアイテムを遺さないのかは要検証。
それにどうやら、緑の異形の生き物は種類はあるが小石らしき物しか落とさないらしいという事と、犬に似た生き物は毛皮と爪、牙、それから種類の違う肉を落とすらしい事も確認したが、まだ何か落とすかも要検証。
全員が目を見開いて困惑しているのも確認し、瑞貴は提案してみることにした。
おそらく、また何か塔の生き物が現れるスイッチらしきものがあるのだ。
一度反応するとしばらくして違和感はなくなるところを見ると、スイッチの効果は一度きりと思われる。
……セーフティーゾーンに一度戻った場合も要検証。
スイッチ兼罠らしき物の場所は全て把握できているかどうかも要検証。
違和感の場所がスイッチだろうが、その各々でどうも違いがあるらしい。
スイッチの危険度かもしれないと瑞貴は思う。
最初のスイッチと比べ、次のスイッチのあった場所の違和感が薄かったのだ。
確かに最初現れた緑の生き物の方が厄介そうだったことから、これも要検証だろう。
そう内心決意してから瑞貴は有無を言わせぬ様子で告げていく。
「この塔の生き物が現れるだろうスイッチがまだある。一度使えばそれで仕舞かは分からんが。一番最初のスイッチが一番この場で強力な相手が現れる物だろう。他はまだマシだ。ここで職業等確認するのは危険が過ぎるな。罠を作動させる。待っていろ」
そしてさっさと手持ちの小石を違和感のある個所へと投擲する。
この塔の通路は劣化一つしておらず、小石は微塵も見当たらない為だったが、他の者にとってはそれさえ訳が分からない。
「丹羽君、待――――」
真宮がどうにか声を発せられたが、それも途中でかき消える。
三つある通路の真ん中から、元の世界で最大級の兎と同様の大きさの、角が頭にある兎に似た異形が二体現れたからだ。
それを何の躊躇もなく、目にも止まらぬ速さで利き手に出現した最初のナイフで瀕死の状態にしてから、瑞貴は続けざまに同じ様な感触の罠を作動させていく。
最初と次の二つ以外の同じ違和感しか感じなかったものだけを選んだのだ。
一番多く弱いのが、この兎に似た生き物が現れるらしいスイッチの違和感だったのもあり、最適だろうと瑞貴が選択しての行動だった。
最初の物が一番、次の物が二番目に強い違和感。
これ以外はと言えば、今作動させている物よりは強力な印象であり、神崎や鬼ケ原とその一党に任せた方が良いと瑞貴は考える。
親しくは無いが神崎や鬼ケ原もよく観察していたのもあり、瑞貴はその性根は良く知っていた。
彼等は基本的に真面目で情が厚く、仲間を裏切るなど考えもしない。
あの二人の周囲に居る者も同様な者しか居ないのだ。
彼等は非常に鼻が利き、信用できない者は側に置かないし従わない。
サクサクと出現させては動けなくし、一人一体行き渡るようにしてから、綺麗すぎる妖艶な美貌に危険な魔性の笑みを浮かべつつ瑞貴は告げる。
「ナイフは”武器を”と思えば出現する。早く全員一体殺せ。話はそれからだ」
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