第6話
呆然と立ち尽くす者が多数の不気味な沈黙。
それを裂く音声は、先程までとはまったく異なっていた。
「徐々にセーフティーゾーンは狭まれますのでご留意下さい。皆様が思い描かれた職業、スキルは、こちらが当初決めた職業になった際に選択できます。こちらが予め決めた職業になる方法は、一名で結構ですのでどなたかこの塔にいる人間を殺して下さい。塔を制覇するまでの期限、減らす人数は、こちらの決めた職業になりさえすればそれ以後自由に閲覧可能です。それでは皆様、この空間が消滅する前に無事塔を踏破できる様祈っております」
機械の音声さながら、感情を一切感じさせない無機質な女性の声で一気に且つ一方的に告げられたものを最後に、説明はどうやら終了したらしい。
今までのあの女性の嘲りと色気を含んだ声とも違う異質さと、先程までとは違い話を理解していようがいまいが関係なくただただ説明していく事の異様さに、更にこの空間に居る者達の大半は思考も回らない。
ただの案山子同然の様相を呈している者が多数を占める。
大勢が棒立ちで様々な反応をしてはいるが動けず固まっている中、色々試してから大きく息を吐いた瑞貴は、一人両開きの青く輝く扉へと静かに歩を進める。
何の躊躇もなく仁礼聖羅は瑞貴の後を追ったのを皮きりに、杏も小走りに彼女に続く。
「……仁礼、近藤も、何故ついてきた?」
扉の前でため息と共に瑞貴が訊ねると、聖羅はさも当然と答えたのだ。
「瑞貴君を信じているから」
眉根を寄せる瑞貴に、それでも聖羅はためらわない。
いつも被っている空気の読めない明るく元気な少女の仮面をスパッと脱ぎ捨てた。
「丹羽君。丹羽君が私を嫌っているのも知っているし、如月さん以外どうでも良いのも分かってる。だから、私は丹羽君を信じられるし付いて行くって決めた」
瑞貴としては素直に驚いた。
彼女がこうもあっさり内面を正直に語るとは思ってもみなかったから。
「普通なら、余計に信じられないと思うが。どうでも良いのなら見捨てるとは考えないのか?」
聖羅にしてみれば非常に彼らしい問いに心が嬉しさで跳ねる。
ずっと、見詰めてきたのだ。
だから何も隠す必要は無かった。
……こういう緊急事態であれば、如月瑠那が居ようが居まいが、誰より信用できるのは丹羽瑞貴だと知っていたから。
――――そう、誰もが信じるだろう氷川や真宮ではなく。
「丹羽君は、絶対に如月さんを裏切らないし裏切れない。だから如月さんが嫌がる事は絶対にしない。そこから導き出される答えは簡単。丹羽君は同じ学校の人達を決して殺したりは出来ないし見捨てられない。そして必ず生きて如月さんに逢うと決意するしそのことからブレたりもしない。それでも如月さんに誇れない事は絶対できない。だから、私は丹羽君に付いて行く。死にたくないからね」
瑞貴の耳元に口を寄せ、他の誰にも聞こえない様に小声で必死に囁いた。
聖羅は自分をさらけ出すのはとても苦手だったから。
それでも、ここで言わなければ死んでも死にきれないと自らを鼓舞し告げたのだ。
ウェーブがかった色素の薄い長い髪の先を握りながら、という必死な時の癖が出ている事さえ気が付かはい程真剣に。
ただ、全てを言えたわけでもなかった。
死にたくはないけれど、瑞貴ならば構わなかったのだ。
――――彼女は元々贄だったのだから。
それをおくびにも出さずに、言い終えてからいつもの容姿そのままの華やかな笑みではなく、本来のどこか陰りのある静かな湖水さながらの笑みを彼女は浮かべる。
「……仁礼の方は分かった。それで近藤は?」
瑞貴に突然近づいて耳元で何か言っていた仁礼に心が騒がしかった杏は、彼の視線が自らに向いた事にドギマギしつつ答えた。
「……瑞貴君と居れば瑠那ちゃんに会えるかなって……」
嘘ではない。
ただ全てでもない。
――――杏はまだ自らの奥底の願いを意識したことは無いから。
「……分かった。なら付いて来ればいい」
瑞貴は様々に去来した感情を排し、扉の外を探るためドアノブに手をかける。
「丹羽君、待ってくれないか。我々も行く」
複数が隊列を組みながら近づいてきていたのを知ってはいたから、杏の様な驚きも無く、瑞貴は視線を先頭の容姿は優れている長身の優男へと視線を向けた。
……面倒だと内心思っているのは綺麗に隠しつつなのが実に瑞貴らしいが。
「現在の生徒会のメンバーは全員いるようですね」
淡々と告げる瑞貴に苦笑しながら、優等生の鏡の様な男は口をまた開き、演説の様に滔々と語る。
「ああ。幸いな事にね……早く行動するべきだと思う。誰かを殺さない限りどうしようもないらしいのは試してみた。だが、同じ学校の仲間で殺し合いなんて出来る訳もない。相手は塔にいる人間を殺す事が条件だと言っていた。塔には他にも同じ世界から連れてこられた人間がいるということだろうが、もしかしたらそれ以外の人間もいるかもしれない。此処にただいても活路は見いだせないと思うんだ。この私たちがいる空間も限りがあるのは調べた。それ以上先には行けなかったからね。次に出来ることはこの扉の先を確かめること。何がどうなっているのかは分からない。けれど、皆で生きて帰ろう。帰るんだ。そのために丹羽君が共に行動してくれるならこれ以上の事は無いな」
生徒会のメンバーだけではなく、周囲に居た者も引き連れているのは相変わらずかと思いながら、瑞貴はカリスマあふれる現生徒会長であり聖人君子とも名高い
「では俺が先頭を行きます。神崎先輩と鬼ケ原先輩は此処に残って頂けると助かります。それ以外の方は付いてきて下さい」
それだけ言うと、真宮を慮り明らかに不満そうな周囲の雰囲気を丸っと無視し、扉の外の気配を窺う事に執心する。
瑞貴の意図を察した長身且つ剣呑な容貌ではあれど美形な風紀委員長の
腕っぷしに自信のある二人に加え、その二人に従う面子も同様に腕が立つ。
馬鹿な事をしだすだろう者がいない事を願いはすれど盲信はせず、二人の行動で察した彼等に付き従う者達も周囲を警戒しだす。
それらを把握しつつ、瑞貴は扉の奥を探るも特に何の気配も感じない。
それでも慎重に扉を少し開ける。
けれどもやはり何も聞こえもしなければ臭いもしない。
扉を開ける事に時間をかける瑞貴に苛立っている者を、真宮や雪音が宥めているのを横目に注意を扉の外へと向け続ける。
思い切り扉を開いてみた結果、そこに在ったのは確かに上へと続く青く輝いた石造りの広い階段だった。
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