第34話

 そこに、気楽そうに聞こえる周防の声が響いた。


 周防としても声など出したくはない。

 絶対に無い。


 だが現在生き残っている中で最年長な上教師なのは自分しかいないのだ。

 どうにかなけなしの勇気を絞り出しつつ、早くゲームに参加しなければという焦りを隠しながら仁礼へと声をかけた。


「仁礼。個別にっていうと、丹羽からやってもらってもいいか? 丹羽もそれで構わないかね?」


 ビクッとした仁礼は瑞貴と周防を交互に見てどうにか肯いた。

 瑞貴が収まったらしいのは感じ取れてはいても、やはりどうにも落ち着かない。


「それは構いませんが……」


 瑞貴は先程までの冷気を周防が声をかけた段階で落としてはいたが、更に引っ込めると聖羅へと向き直った。


「俺もそれで構いません。仁礼、頼む」


 腰をかがめて、聖羅が頭に触れられるようにした瑞貴に、鼓動が尋常じゃない早さになるのを感じながら聖羅は両手で彼の頭を包む。


 どうして彼がやり方を知っているのかと彼女の脳裏に過ったのだが、瑠那にしてもらった事があるのだろうと思い直す。

 それがどうにも心を騒がせているのを封殺し、今までの比ではない程の光が瑞貴を包む。


 一瞬の様で永遠にも感じる閃光が消えた時、瑞貴の瞳の色が変化していた。

 ――――真紅と帝王紫の虹彩、黄金の瞳孔という色彩。

 幻想的に色合いが移り変わる。

 どうみても人の其れではないのだが……


「成程」


 一言で済ませた瑞貴は、停止している聖羅からさっさと離れて立ち上がり、呆然と見惚れている全員に首を傾げながら口を開く。


「次は誰だ?」


 一番最初に蘇ったのは、丹羽の家についてこの中で一番詳しいだろう紫子だった。

 真紅だけでもなく、紫だけでもない。

 更に言えば黄金まで含む瞳の色は、どう考えても歴代では類を見ないだろう。


「わたくしでお願い致しますわ。よろしくて?」


 しとやかな美少女の紫子は、おっとりとした声音で宣言してチラリと周防へと視線を向けてから聖羅へと向き直った。


 聖羅はどこか圧倒されながら肯いて、紫子の頭を両手で包み、瑞貴の時と同様に力を放出する。

 同じ様に閃光が収まった時の紫子は、名前の通りのアメジストの様な綺麗な瞳の色に変わっていて、どこか髪の色も紫がかったように見える。


 ふわりと一回転して見せた紫子は、嬉しそうに微笑んだ。


「あらあら、面白いですわね。自分の色がどう変化したかが客観的に分かるというのも面白いですわ。それで先程瑞貴さんが鏡も見ずに納得なさっていらしたのね。……もっとも、瑞貴さんの場合はそれ以外でも分かったでしょうけれど」


 おっとりしつつ瑞貴へと良い笑顔を向ける紫子に、瑞貴は心底面倒そうに答えた。

 紫子の一族の事は良く知っている。

 ああ見えて紫子は怒らせた時がこの中でも一番怖いだろう事も。


「ああ、だろうな。しかしやはり紫か。紫子は一族でも能力が際立っているとは思っていたが、紫になるのを見ると驚くな」


 淡々としつつどうでも良さそうに言葉を告げた瑞貴は、紫子同様周防へと圧力をかけてみる。

 瑞貴としては、この中で一番理解していて信用とも信頼とも違うかもしれないけれど確かに信をおいているのは紫子だ。


「仁礼、急ぎ全員頼む。話を聴きながらで良い。周防先生。大まかに説明して下さると助かります。紫子もまったく同じ意見の圧をかけたと思いますが」


 色々スルーしたかった周防はどんよりと落ち込みながらため息を吐いた。

 この二人は割と面倒だと思う。

 瑞貴から紫子へのベクトルと、紫子から瑞貴へのベクトルがまったく違うのが厄介なのだ。

 有り体に言えば、瑞貴が瑠那にしか心の底からの関心が無いのが大元の原因である。

 ――――瑞貴の人間関係の全ての根本的な問題はこれなのだ。


「お前らさ、仲いいんだが悪いだかはっきりしろ。本当見てると結構以心伝心だよな。それに紫ね……っていうとあれか、丹羽の本家の長老方はお前の嫁にって彼女を推してるのか。両家は能力が強いのが双方に出ると必ず娶せるって聞いていたからな」


 ジロリと凄まじく殺気込々の視線が瑞貴から向けられ、素直にガタガタと震えた周防にため息一つで瑞貴は視線を緩めた。

 別に怯えさせたかった訳ではない。

 単に感情を込めて視線を向けると皆がそうなるのだ。

 力は込めていないので大丈夫だと瑞貴としては思っているのも大問題だったりする。


「そういうのはいいので、説明お願いします。周防の家も代々色々あるでしょう。お互いさまです」


 何度も深呼吸した周防は、思い切り頭を掻き毟ってから口を開いた。


「……やっぱりこういうのは力が一番強いのが跡継ぎなのはどこも一緒ってね……しかし知らない奴多いんだな。丹羽の家は有名だとばかり。ってか知らないとマズイぞ。丹羽んとこは『五通の丹羽』って裏じゃ呼ばれてそりゃ有名なんだよ。『五通』ってのは、六神通の内、『漏尽通』除いたのな。『五通』ってのは『神足通』『天耳通』『他心通』『宿命通』『天眼通』の事でな、その内どれも持ってる奴じゃないと当主にはなれんとか、強弱次第じゃわからんとも聞くけどな。だから年齢不詳で百歳は超えてるだろってのも一族内にゴロゴロだとかなんとか聞く。で、その『五通』の中でも特に『天眼通』が得意な事で知られてたりはする一族だな」


 そこまで言ってから、紫子を見てどこまで大丈夫か確認しつつ周防は口を開いた。


「こっちも有名で、花山院は『破棄の花山院』だな。確か中等部に居る弟が跡継ぎだって聞いたか。……そうだそうだ、必ずあの子園芸部だったよな。如月にも懐いてて、生徒会室に行くときは必ず如月と一緒だったよな……」

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