第24話

 音としては聞き取れない声が空間に充満する。

 それはさながら超音波の様で。

 白い空間の隅から隅まで響き渡った。

 ――――それだけで、敵側の大半は頭を抱えて動けなくなる。


「ちょ! 何これ……! 頭の中がグワングワンって!!!」


 紫の髪の少女が忌々しそうに叫んだと同時に、インテリ風情の男は指を鳴らし終えると独り言ちる。


「妨害、か? 何だこれは。レア職業がいるのか?」


 髪を後ろで一つに結んだ男は、顔を振って憤った大声で号令をかける。


「鏡のおかげで頭のアレは収まったろ! 原因はあの人形みてえな女だ! 殺っちまえ!!」


 だがそれは些か遅い。

 その声と共に瞬時に動いたはずの片手以上の人数が、何故かドロドロとあっという間に崩壊していったのだ。


「……どういう事だ……? レベル差は歴然。なのに一方的に? 人間の場合自分のレベル以下の攻撃って通らないはずだ。モンスターになったのなら別だが、あれは人間だろう?」


 髪で覆われ表情の見えない男は、ボソボソと小声て言いながら首を傾げていた。


「取り敢えず遠距離から殺っちゃえばいいよ。ほら殺れ。殺っちゃえ!」


 中性的な少年の指示で遠くから何かしようとしたのだろう十人近くが、今度はたちどころに崩れ落ちる。

 その肌はどす黒く染まり、どう見ても尋常ではない。


 それを横目に、敵側の指揮官の一人でありながら今まで姿を隠していたボーイッシュな美少女は、音も気配もなく力を使った三人を特定し、遠隔式の爆弾を設定通りに爆発させる、はずだったのだが……


「危ないなぁ。っていうか丹羽、僕に丸投げって酷くない!? お前が誑し込んだんだから責任取るのが男だろ」


 斧研がプリプリと怒っているのだが、瑞貴はどこ吹く風。


「誑し込んだ覚えはない。それで、調子は?」


 斧研は大きくため息を吐きながら腰に手を当てる。


「釈然としないんだけど。後で問いただすとして、調子は悪くないよ。面白いくらい……あいつ等の話だと、レベルが下だと攻撃通らない訳か。でも……」


 彼の言葉を継ぎ、神崎が酷薄に笑う。


「こういう攻撃は通ると。レベル関係無しに」


 こちらへと向かってきていた、両手の数以上の敵の首が綺麗に切断されたのを見て苦笑したのは鬼ケ原。


「キレッキレだわな。神崎は相変わらず首しか狙わんし……なあ、大将。ちょっくら窘めてくれると助かるんだが」


 どこから出現したのかわからない木の枝が、敵側で混乱中の十数人をあっという間に握り潰した。


「うわー。鬼ケ原先輩エグッ! ホント今の俺無力ですよー。なあ丹羽ー」


 風早がキャピっキャピと瑞貴を見詰めて楽しそうに笑っている。

 勿論、力が使える場面があれば見逃さない様に気を配りながら。


「大将は止めろと言っている。好きにさせた方が全員動きが良いだろう。残りは――――」


 既に敵側の指揮官クラスは姿を消し、それに続こうとしている残党二十人強は瑞貴が視線を向けた瞬間上半身が消し飛んだ。


「あれ? 丹羽、死体遺したの? 何で?」


 斧研は不思議で堪らないらしく瑞貴に詰め寄る。


「利用できる可能性があるだろう。それより重症者の治療だ。花山院先輩、片桐先輩、斧研先輩、我孫子先輩、庄司先輩、蓮花先輩、玉木先輩、柳楽先輩、真宮先輩、円城寺先輩、竜堂、伊武、琴吹、仁礼、姫野、鷺ノ宮、天方、それから周防先生は先天的、後天的含め治せる能力がある。生き残りへの治療を。円城寺先輩、仁礼、近藤、助かった。斧研先輩には、円城寺先輩、仁礼にはまた力を使ってもらうことになるが、頼めるか?」


 瑞貴が斧研に答え終わると矢継ぎ早に続けた言葉に面喰いながら、動ける者は迅速に。

 恐怖で固まっていた者は恐る恐る動き出す。


「そういうとこだぞ、丹羽! まあいいけど。サクサクッとやってしまいましょうかね。やり方分からないのは補助するから」


 斧研はブツブツと声高に言いながらも言葉通りに早速治療を開始しつつ、おっかなびっくりな者への介助を行う。


「結構さー、治癒系? 回復系? 治療系? な能力持ち多い気がするなー。あ、勇者と聖女は皆それ持ってるのか! って、あれ? 丹羽は治療出来ないの? てっきり治せるとばっかり」


 風早の言葉に瑞貴は眉根を寄せて面倒そうに答える。


「俺のは荒っぽい。耐えられん可能性もある危険なモノだからな」


 それに神崎と鬼ケ原は食いついた。


「どういう感じなんだ? あ、どうやら伏せた時にかすり傷が。使ってみてくれ」


 神崎の棒読みの言葉と、今さっき付けた指先の切り傷に頬が引き攣る瑞貴である。


「おう、俺も傷めてしまってな。大将頼むわ」


 鬼ケ原も楽し気にどう見ても今付けたと思われる腕の切り傷を瑞貴に見せてきた。


「馬鹿なのか?」


 氷点下の声で言いながら瑞貴がため息を吐いた瞬間、二人の傷が跡形もなく消え失せる。


「……特に何も感じないな。だが痛みも瞬時に消失する訳か……丹羽、コレは凄まじい気がするんだが」


 神崎が傷があった箇所を見ながら恍惚の表情で言うのを引き気味に見ながら、風早も肯く。


「うん。絶対凄いと思うんだけど!」


 鬼ケ原は興味深そうに瑞貴を見る。


「ああ、成程。此奴は純粋に治しているってえ訳じゃないって事かい、大将」


 瑞貴はどうでも良さそうに肯いた。


「まあそうだ」


 神崎は遠い世界から帰還し、周囲を観察して肯いた。


「……間に合いそうにないのを密に治しているのか」


 瑞貴は顔を顰めるが否定はしない。

 肯定もしないが。


「え? どういう事?」


 風早は不思議そうに首を傾げる。

 それに答えたのはやはり周囲を伺い納得したらしい鬼ケ原。


「そういう事かい。大将はモンスター化しない様にしとるってこったろ。どうやってるかは分からんが」


 風早はぷんすかと言った表情で瑞貴を見る。


「あのさー、丹羽は色々言わない事も多いし、言ったら言ったで角が立つ言い方ばっかだけど。そういうのはちゃんと言った方が良いと思うなー。俺としてはそう思う訳。丹羽って助ける時相手がどう思おうが気にしないじゃん? ま、丹羽の場合、如月のついでに他の奴は助けてるだけなんだろうけど。如月守る時も気付かれないようにしてばっかなのは頂けない。だから絶対如月気付いていないこと多いと思う。助けた相手の事気にしなさすぎなんだよ。如月も含めてさ。氷川先輩はそういうの露骨にするから如月も把握しやすいだろうし、無頓着に助ける藤原とかも分かりやすい。藤原は天然だから仕方ないけど、氷川先輩は確信犯だからなー。今さー如月と氷川先輩一緒に居たら不味いと思うんだよねー。だってここに如月も氷川先輩もいないじゃん。って事はさー、今一緒の可能性高いって事。盗られかねないよ、丹羽。マジでさ」


 早口で一気に言いながら本当に案じているのだろう、風早の表情はいつもの明るいものではなく心底心配げなものだった。

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