第23話

 半狂乱になった生き残りの焼け爛れて顔も判別できない幾人かが、腰を抜かして立てないのだろう、そのまま現出させたらしい剣や槍、弱々しい光の弾を叫びながら無茶苦茶に振り回し放っている。


 丁度良い獲物と見定めたのか、扉から雪崩れ込んできた者達の大部分が殺到した。


 咄嗟に、瑞貴が動く。

 出現させた刀を、無茶苦茶に剣を振り回していた誰かに止めを刺そうとしていた、扉から侵略してきた男の槍を振り上げた手首へと思い切り投げる。


 だが……


 何の音もたてず、瑞貴の投げた刀は男の手首に当たったにも関わらず弾かれる。

 見えない防弾ガラスがあったかのように。


 止めを刺そうとしていた侵略者側の男は、一瞬驚いたのだろう動きを止める。

 それと同時に、焼け爛れて剣を滅茶苦茶に振り回していた誰かが、唐突に禍々しい光に包まれたと思うと、先程倒した犬らしきモノ、そう、モンスターと言って良いだろう存在へと変化したのだ。


「げ! しまった経験値ダウンかよ!! 邪魔しやがって!!!」


 止めを刺そうとしていた侵略者の男は、罵ってから槍を犬らしきモノへと変化した同じ学校の生徒へと思い切り突き刺す。

 思わず停止してしまった瑞貴は間に合わない。


 ――――するとどうだろう。

 瑞貴達が倒した犬に類似した存在同様、皮や牙、爪、肉、骨に結晶が跡に遺された。


「まあいいんじゃね。こいつ結構アイテム落としたし。牙と爪は矢の材料。魔石の類は使い道が多い。何より肉は大事だって。無いと飢える」


 もう一人の侵略者は、そう言いながら何か弱々しい光の弾を放っていた誰かが変化したのだろう、狸に似たモンスターと化した元同じ学校の生徒を何の躊躇もなく仕留め終わっていた。

 ……光の粒になった誰かの跡には、皮や肉、いくつかの結晶が遺される。


「ったく。レベルが低いからすぐエネルギー切れおこすな。こいつ等仲間内で殺し合わなかったのか? さっき殺った所もそうだったけど」


 叫び声をあげていただけの同じ学校の生徒だったろう誰かは、兎に類似したモンスターに変わってしまい、やはり侵略者の一人に殺された後。


「大将、どうやら俺らのレベルじゃ攻撃は通らんらしいな」


 もはや伏せていても無駄と判断したのだろう、鬼ケ原は起き上がって苦笑している。

 不思議と、その表情には悲壮感がまるで無い。

 だが、瞳は爛々と敵を見据えている。


「で、どうする?」


 神崎も何のてらいもなく瑞貴を見ながら立ち上がった。

 今までは偽装だったと言われても納得の殺気を放ちながら。


「丹羽、やっぱりさ、この”職業”、さっき言わなかったけど、自分に凄く合ってる気がするんだよね」


 気楽な調子の斧研は首の後ろに手を組んで笑っている。

 敵を見る目はどこか加虐的だ。


「なあなあ、丹羽! これ俺かなり役立たず濃厚! ガンバ!!」


 風早はピョンっと跳ね起きると楽しそうに笑っていた。

 そう言いながらも、相手の出方次第ではいつでも動けるように臨戦態勢で。


 そして瑞貴は、静かにため息を吐くと眉根を寄せる。


「少し待て。試す」


 一言告げて、こちらには感心が一切ないのだろう瀕死の者を狙って止めを刺そうとしている侵略者の一人に、やはり刀を投げる。

 ――――今度は、瑞貴の元々の力を纏わせてから。


 避ける気さえないのだろう、まるで投げた刀など眼中にありませんといった様子の侵略者たちの一人。

 その首に刀が触った瞬間、見事なまでに全身が弾け飛んだ。


「成程」


 予測はしていたが自分で確認した瑞貴は、侵略者側が理解できない出来事に停止している隙に杏、聖羅、雪音へと続けざまに声をかける。

 力を使いやすい様に誘導を込めて。


「近藤。あの時どうやって生き残ったか思い出せ。力を及ぼさない相手と敵の区別もつけていただろう。今使わずいつ使う」


「仁礼の力は瑠那と根本は同じだろう。同族だからな。なら、出来る。今まで使わなかっただけだ。適量以上の治癒は無意識にしなかった。それを意識的に適量以上に治癒を使え。それだけで良い」


「円城寺先輩がどうでも良い輩を殺したくないのは知っている。だが、あいつ等は敵で経験値になる。死ぬ訳にはいかないのなら、どうしても帰るのなら、必要不可欠な殺しだろう。これはどうでも良い相手ではないと言えると俺は思うが」


 杏は瑞貴の声で記憶を辿る。

 あの時、そう、あの時だ。

 丹羽君が助けてくれた。

 ……助けてもらう前、どうやって逃げたの……?


 ――――逃げた。

 殺されると思ったから逃げた。

 アイツ等は杏に飽きて、だから殺されるのだと思った。


 叫んだ。

 あんな声が出るのだと驚くほどの大声。

 身体の底からの、声。

 そう、声だ――――




 聖羅は、知っていた。

 一目見て分かったから。

 如月瑠那は、本家の血を引く存在だと。

 それもとても力の強い、そう、本来ならば生贄に選ばれるだろう少女。

 まさか逃げた先の、母の再婚相手に勧められて通うことになった学校で、長く行方知れずだった本家の血を引く存在に逢うなんて。


 ――――聖羅より、ずっとずっと力の強い少女。

 誰の目にも、聖羅の一族ならどんなに力が弱くても分かってしまう位、あまりにも力の強すぎる存在。


 彼女なら、彼女だったのなら、私や妹ではなく彼女がそうだったなら、生贄としてではなく、を払う事だって――――


 彼は、誰より彼女の側にいる彼は、聖羅が同じだと。

 根本が同じだというのだ、

 ならば出来るのだろう。

 彼が言うのなら、きっと。

 聖羅を追ってきた化け物を一瞬で消滅させた彼が言うのなら。

 連れて逃げた母でさえ諦めたあの時に。

 助けてくれた彼が言うのであれば。

 信じる。

 聖羅は、自分の力を信じられるから――――




 雪音にとって、自分の根っこの部分を肯定されたのは初めてだった。

 ――――アレを殺そうと思った。

 殺すのは簡単だから。

 だが、どうしても殺す事が出来ない。

 アレが、あの輩が、母と同じ様に私の手にかかって死ぬなど到底許容できなかった。

 雪音が殺すのは、殺すだけの価値があると彼女が認めた相手だ。

 そう決めていた。

 だから汚されようとしているにも関わらず、あの輩を殺せない。

 アレは殺す価値が微塵も無い。


 母は、雪音の母は。

 誰よりプライドの高い人で。

 他人にも厳しいけれど、誰よりも自分に厳しい人。

 人前では決して泣けない人。

 そんな母は、一人で夜いつも泣いていた。

 静かに、ただ泣いていた。

 そんな母が泣き叫んだのだ。

 干乾びる事が耐えられないと。

 醜くなることが耐えられないと。

 あの人に見せたくない。

 見られたくない。

 半狂乱で泣き叫んだから。

 余命幾ばくも無いことを知った母は、それだけを願ったから。

 ――――だから殺した。


 美しくある様に。

 誰にも汚されない様に。

 綺麗に死ねる様に。


 彼は。

 丹羽瑞貴は、雪音を助けてくれたから。

 その上でアレを殺さないでくれたから。

 雪音の大切なモノを守ってくれたから。


 その彼が望むのならば、理由になる。

 雪音が相手を殺す理由に――――

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