第22話
瞬間、瑞貴が非常に珍しい事に叫んだ。
「伏せろ!!!」
周囲の人間を出来る限り引っ掴んで地面に一緒に勢い込んで倒れる。
僥倖な事に白い膜の空間の中でも特殊な空間に居た事と、空間の端の端だったからだろう。
阿鼻叫喚を巻き起こしながら白い空間を真っ赤に染め舐める様に充満した炎もあまり届かないからこそ、反応が遅れた者もある程度無事だった。
「……全員動くなよ……」
炎が渦巻く下、周防が地面に伏せながら小声での言葉を全員静かに実行する。
杏はガタガタと震え過呼吸になるのを止められなかった。
訳が分からないからこその恐怖。
あれ程の炎を見た事が無い。
……そして、臭い。
肉が焼け焦げる臭いが充満する。
……いつまでも耳にこびりつく声。
上がる絶叫と断末魔。
――――思い出す。
囚われた時の事を思い出す。
ガソリンの臭い。
人が、焼かれる臭い。
叫び声。
――――身体の部品が、無くなる音。
痛み。
貫かれた痛み。
――――注射された。
……何を……?
「あれ? 結構生き残った感じ?」
楽し気な少年の声に、杏の意識は戻ってきた。
あいつ等の声ではない。
では、彼は何処だろう?
思わず瑞貴の姿を見る。
そう、丹羽君がいるから大丈夫。
言い聞かせる。
何度も何度も言い聞かせる。
彼の姿を実際に見た事で呼吸も震えも徐々に落ち着いたから、先程の声がした方へと注意を向ける。
先程声を上げたのは、中性的な見た目の美少年。
絹糸の様な黒髪に輝く焦げ茶色の瞳。
人目を間違いなく引くだろう存在だった。
「あははは! ダメじゃん」
少年に話しかけたのは、地毛とは思えないがとても自然な紫の長い髪の優し気な美少女で、彼女はカラーコンタクトとも思えない銀色の瞳でこちらを見て嗤っている。
「まだ連携不足だな。要練習といったところか」
あけ放たれた扉の前、中心でため息を吐いたのは、いかにもインテリといった風情の美形の男性。
「とっとと殺っちまおうゼ。他の連中に横取りされたくねえ」
肩までの髪を同じ長さらしき前髪と一緒に後ろで結った凶暴そうな男は、巨大な叩き潰す事に特化しているだろう槌を肩に乗せながら中心の男を急かす。
「……同感だ。同じことを考える者が出る前の今がチャンスだろう。出来る限り経験値を稼ぎたい」
ボソボソと聞き取りづらい小声で早口に言っているのは、どこが顔か分からない程の前後に長い髪の少年らしき人物。
声と身長から察すれば少なくとも小学生ではない様子。
「ねえ、イケメンの首って持っていってはいけないかしら。気に入った首はやっぱり欲しいわ」
気だるげな美女は生き残りを愉しそうに眺めながら舌なめずりをして物色しいるらしい。
「黒焦げで判別付かないの多いじゃん。ま、良いけどさ。鏡、早く殺っちゃおうよ」
先程ダメだししていた美少女が風を纏う。
「そうだな。さあ、皆殺しだ」
インテリだろう容姿の美形の静かな宣言で、扉から更に数十人が雪崩れ込んでくる。
聖羅の脳裏に走馬灯の様に過ったのは、幼い頃の自分。
生贄になるのだと言い聞かされて育った。
鎮めることが出来るのは聖羅だけだと。
それをしないと世界が滅んでしまうのだと。
だから皆の為に、世界の為に、数えで七つになったら死ぬのだと。
それはとてもとても名誉な事なのだと。
本家が逃げたからこそ分家の我々が使命を果たしている。
恥知らずな本家とは我々は違うのだと。
そればかりを繰り返し繰り返し。
信じて疑わなかったのに。
そのまま死ぬつもりだったのに。
――――お母さん、どうして私を連れて逃げたの?
妹ではなく、どうして私を……?
だから、残った妹は――――
終わりだと思ったからだろう。
雪音が思い返していたのは家族の事。
彼女には、母の違う戸籍上は妹と弟がいる。
異母兄弟と言われるもので、戸籍上の妹と弟は双子だった。
雪音の母は、いわゆる名家の出でとてもプライドの高い人。
幼い頃から父と婚約していたという。
テンプレと言われればそうだろう。
雪音の父は、優しい現在の後妻に入った女性にのめり込んだ。
その女を妻にするために出された条件も全て飲んだ。
だから、その女性と子供達二人には父の愛が注がれる。
同い年の、産まれた月だけが一ヶ月違う異母兄弟達に。
別に、構わなかった。
母が死んで直ぐに家に入り込んできた人達の事はどうでも良かったから。
跡継ぎは自分で、だから、例え戸籍上の異母兄弟が同じ年で、誕生日さえ一ヶ月違うだけな事も。
虐めたりなどという低次元な真似はした事が無い。
雪音にとっては彼等は心底、父も含めてどうでも良かったから。
元々家にほぼほぼいなかった父。
家族だなどと思えなかった。
だから彼女の家族は死んだ母、跡継ぎにと望んでくれた曾祖父母と祖父母。
それだけ。
なのに――――
中等部から高等部に上がる隙間。
それを狙ったように襲ってきた異母弟が、弟というのさえどうでも良い輩が、心底気持ちが悪い。
あの輩にとって居場所のない家ではなく、学校でというのが、ああ、吐き気がするほど――――
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