第8話
扉を開け進むために組んだ隊列の中央付近に土岐と共に居ながら、これなら先陣と殿にも気を配れるだろうと瑞貴は息を吐く。
真宮に先に話を通したのはやはり正解だったと独り言ちながら。
基本的に土岐は真宮には逆らわないのだ。
……表向きは。
この立ち位置ならばある程度土岐も監視できるだろう。
おそらく土岐の反感は買っただろうが今更だ。
元々瑞貴は土岐に徹底的に嫌われているのだから。
本人は上手く隠しているつもりだろうし、周囲も気がついてはいないが、悪意に対して異常なまでの感度と精度を持つ瑞貴には手に取るように分かっていた。
殿近くに逢坂と共に聖羅と杏が配されたのも実に土岐らしいが、瑞貴としては都合もいい。
実利と私怨の割合は8:2くらいかとあたりを付ける。
一応この事態が異常であり命に関わるという判断は出来ている様なのが土岐らしい。
早く行動した方が良いとも思うからこそ、珍しく先発隊ともいえるものに参加したのだろう。
自分に、真宮を初め生徒会のメンバー以上の信頼も人望も無いのは百も承知の瑞貴だ。
こういう異常な状況で他人を纏められるかと言われれば素直に白旗を上げる。
全員をどうにか生きて返すには、生徒会の連中が有用なのも知ってはいた。
人間は元から嫌いで端から瑠那以外を信用したことも皆無の瑞貴だ。
睨まれるのも憎まれ役でも一向に構わない。
陥れられようが嵌められようが、それが同じ学校の生徒の為であるのなら甘んじて受け入れる。
――――
「よし、それじゃ行くとしようか……小川君、宮代君、頼むよ」
ショートボブで可愛らしい少女の
二人は顔を見合わせてから一気に扉を開けた。
視界に飛び込んでくるのはどうみても全て石造りの通路。
こちらが明るいから見えるというより、通路は通路で天上も床も壁もぼんやりと光っていて視界の確保には申し分ない。
通路の高さはセーフティーゾーンと変わらないだろう。
広さは6メートル道路くらいと判断。
ただ、今までが無臭だったと分かるくらいには仄かに土と錆びた臭いがする。
黴臭くは無いのが不思議と言えば不思議だった。
少し行くと通路よりも広い場所になっていそうなのも見て取れる。
塔だと言っていたが、中は迷宮になっているのだろう。
塔が何階まであるのかも分からない。
塔の一階の広さも分からない。
塔には危険があるのかないのか、塔を制覇するまでの期限も、減らさなければならない人数さえ分からない。
兎に角、この塔の中にいるらしい人間を殺さない事には全てが分からない。
――――殺したところで全部が分かるとも思えないが。
扉の先と周囲の人間を観察しながら独り言ち、瑞貴はどうとでも動けるように体の力を適度に抜いておいた。
「さあ、行こう」
真宮が扉を開けた小川と宮代の肩に手を置き優しく微笑む。
覿面に二人は頬を紅潮させながら何の迷いもなく進もうとするので、たまらず瑞貴は声をかける。
「周囲に気を配れ。少しの異変も見逃さない様に注意して歩け。何があるか分からない」
静かに、だが相手の心に染み込むように圧をかけながらの瑞貴の言葉は、不思議な程人の心に刻み込まれ従ってしまうのを知っていた。
加えて元から低めで妖艶且つ蠱惑的な声の持ち主である瑞貴だ。
その気になれば他人を同調させ自由に動かすのは難しくは無い。
――――普段は気持ちが悪くて実行する気がさらさら起きないだけの瑞貴である。
やろうと思えば他人を操るのは容易なのだ。
いざという時に効果的に使うつもりだったのだが……
死なれるよりはいいかと瑞貴は思いなおす。
彼女達二人にしても、真宮についてきたのだからいわゆる彼の沢山いる取り巻きの一部だろうし、ならばあれ程の至近距離で微笑まれたら思考停止は必須。
あれだけモテるにも関わらず彼女が居ない理由を瑞貴は知っているが、学校内での噂では、高嶺の花過ぎて誰も近寄れないからというものだった。
当たりではあれど正解ではないのだが、その噂を信じている者も多いのも知っていた瑞貴は、だからこの非常事態に側に寄れるだけで彼女達にとってはチャンスなのかもしれないとも思う。
女心はやはりよく分からないと瑞貴はため息を吐く。
先頭の二人が瑞貴の指示通りそろりそろりと進むのを、土岐が冷めた眼差しで見ているのも見て取りながら、周囲の生徒の様子に彼は頭痛を憶えそうになった。
どうにも緊張感が足りないように思えて仕方がない。
”殺し合いをしろ”と言われたにもかかわらず、だ。
現実逃避している可能性も高いのだろう。
特に危険らしい危険が今まで無いのも大いに貢献しているかと瑞貴は息を吐く。
真宮というカリスマに縋っている状態なのかもしれない。
誰か頼りになる人物に盲信的に付き従ってもいるのだろう。
瑞貴は扉の外に出た時点で、誰にも気が付かれないように気を配りながら皆の死角に右手を移動させ、そっと思い描いてみる。
敵を殺す得物をこの右手に。
瞬間感じた何かが出現する間隔にチラリと視線を寄こせば、研ぎ澄まされてはいたが大きくはないナイフが右手に握られていた。
何度か出したり消したりを繰り返した結果、自分の意志次第で出現させるのも消滅させるのも自由なのは確認した。
何らかの力を秘めているかどうかは判断できない。
瑞貴の予想としては、誰かを殺すまでは単なるナイフであり、それ以上でもそれ以下でもないというもの。
だからこそ盲信するのは危険だろう。
……けれど、ナイフではあるのだから、人を殺すには十分だろうとも瑞貴は思う。
そうこうしている内に、扉を開けた時点から広くなっていそうだと思っていた地点に全員が到着した。
これまで特に罠らしい罠も無かったのも手伝い、二十人弱いる者の大半が気を緩め隊列を崩してしまっている。
広くなっている所は先発隊といえる全員が入ってもまだ余裕があり、来た道と反対の広くなっている場所の先は三つに分かれていた。
三つに分かれた通路の大きさは均等で、特に特徴らしいものは無い。
さてどうしたものかと瑞貴が三つの入り口に注意を向けたと同時に、カチっという小さな音が彼の耳に響いた。
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