第39話
特に飾りらしい飾りも無い無骨な扉。
両脇には、狛犬さながらにガーゴイルを思わせる扉の三分の二はあろうかという像が一対。
その扉の前には数十人が余裕で入れる上、動きも阻害しない程に広い空間。
全員がその空間に入った瞬間、この空間へと通じていた通路が消失する。
何が起こるのかと取り敢えず目につく一対の怪物の像にも注意を向けつつ、出来る者はこの空間全体へとアンテナを広げていた。
だから直ぐに察知できたのは僥倖だったと言えるだろう。
両開きの扉は開いてはいないのだが、その隙間とでも言えば良いのか。
扉から色も臭いもしないけれど何かが吹き出している音が聞こえた。
全員が瞬時に緊張する中、温度の無い声が響く。
「人体にのみ有害な代物だな。蛇毒に類似している。神経毒、出血毒、筋肉毒……傷には注意しろ。何故か傷ついたところからしかこの毒は効果を及ぼさない。眼球や口を開けていても問題は無いらしい。ああ、口内炎や口角炎は気を付けろ。影響が出る」
瑞貴が淡々と解説しているのだが、斧研と雪音は首を傾げる。
「改造したから効かないよね」
「ええ。確かに改造しましたし。大丈夫では?」
それに周防は露骨なまでに渋い顔。
「両方しておいて正解だったな。概念を無視して直接身体に影響を及ぼす効果が付与されている。……概念無視っておかしいだろ……どうなってんだこれ……普通概念攻撃や防御に勝るもの無しじゃねえの……」
風早は、パタパタと騎乗しながら立ったり座ったりしつつ心配そうにキョロキョロと視線を動かす。
「周防先生、丹羽、”相棒”は大丈夫なのか? 毒の効果が及んだりはしないのかな?」
周防はチラリと丹羽へと視線を送ったのを受け、ため息交じりに丹羽は告げる。
風早以外も”相棒”の心配をしているのが、周囲の自分への視線と表情からヒシヒシと伝わってくるからだ。
「人間に対してだけ効く様に調整された毒だ。心配はいらない」
斧研は難しい顔になりながらため息を吐いた。
「概念ってさ、例えばだけど、ニワトリというのはこういうモノだっていう共通の認識、みたいなものだと思ってるんだよね。つまり、有毒なモノは効かないよっていう風にした僕の能力は効かなくされているっていう事?」
丹羽は開こうとしているらしい扉へと視線を向けながら、顔を顰めつつ口を開いた。
「そうだ。本来概念系は強力な守りになる。だが、概念だけで防御した場合は効かないという厭らしさを込めて創られているな。……何か来るぞ」
全員の注意が僅かに開こうとしている扉へと向けられる。
扉の隙間から湧き出てきたのは――――
「ぎゃー! 蛇人間にトカゲ人間じゃんかーー!!」
一際大きな声を出して拒絶の意を示しているのは竜堂だ。
「え? 竜堂お前、名字に竜あるのに爬虫類苦手?」
風早がどうしてそうなるという謎意見を思わず口にしたのを受け、竜堂は目に涙を浮かべながら首を大袈裟に振りながら叫んでいた。
「名前にあるから嫌なんだよ! 今まで何度こういう系のバケモンと遭ったと思ってるんだ!! 純粋に蛇だけとか亀だけとかならいいんだ! あ、玄武は良いんだ。アレは良いんだけど、蛇の身体に人間の頭ってダメだろ!!! キモイ!!!!」
神崎は独り納得顔で肯いた後、猛烈に顔を顰め主張しだした。
「確かにな。玄武は良い。だが頭が人間のモノはな……ゲンナリだ。しかも今這ってきている様な蛇は人の顔だと言ってもだ、何故ウワっとなる部類の顔なんだ! どうして容貌の整っているのを採用しない! 断固抗議する!!!」
鬼ケ原はいつも通りの神崎の反応に脱力しかかっているのを強引に立て直し、天上や壁、床を這いまわってこちらの隙を窺っている、蛇や蜥蜴の身体に人間の、それもどうやら男性のモノと女性のモノの顔が……有り体に言えば気持ちが悪い部類の代物がくっついている存在を視線で追いながら、周防へと諦め気味に話しかけた。
「――――先生、何だか嫌な予感がするんですが……」
周防も嫌々な調子を隠しもせず丹羽へと言葉をかける。
「俺も同感。丹羽、とっとと終わらせたいんだが……」
逢坂は二人の話を聴いて自分の思った事は外していなかったかと、当たったらしい事にため息を吐いた。
「やはりそういう事なのか……?」
小さな体を思い切り反らして美々は不満そうに捲し立てた。
「どういう事よ! 訳分からないんだけど!! ちゃんと説明してくれなきゃ分かんないでしょ!!! 自分達だけで分かってるって言うのダメだと思う! チームなんでしょ!!」
それを横目に見ながら真宮が口を開いた。
「つまり、扉の隙間から入ってきている物質は毒で、それを浴びていると目の前の蛇っぽい人間や蜥蜴っぽい人間になる。こういう認識で合っているかな?」
丹羽は視線を周防へ一瞬向けてから、扉の前の一対の像へと注意を向けている。
それを確認しつつ周防は面倒そうに説明しだした。
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