第28話


『氷川の能力はソレではない。本人も勘違いしている様だが』


 斧研の脳内に冷めきった瑞貴の声が響く。

 どうやら彼は段々元の調子に戻ってきているらしい。

 本当に瑞貴は如月が居ないと半狂乱になる節がある。

 それに加えて見事なまでに通常ではあり得ない程著しく思考力が低下するのだ。

 斧研としてはどうしてそうなるのかがまるで分からないのだが。


 どうやらその斧研の思考を読み取ったらしい瑞貴の冷めきった面倒そうな声が響く。


『思考力が鈍るのは確かだな。こればかりは仕方がない。雑音が遮断できん。結果考えがまとまらない』


 斧研としては珍しく瑞貴が自分の事を話しているので驚いた。

 ……氷川の能力から話がそらされている気もしないではないが。


『そこらへん突っ込んだ質問良いの?』


 瑞貴の不機嫌そうな声が響いてきた。

 斧研としては馴染みの声だ。


『却下』


 そうきっぱりはっきり言い切った後、瑞貴の忌々しそうな声が続く。


『氷川の能力は面倒だ。あいつは瑠那と俺以外の異能者を知らんからこその誤解だな。無意識なのだろうが』


 そこで瑞貴は大きく息を吐いて、冷めきった視線を何処かへと向ける。


『氷川に瑠那の力の本質が知られるのは阻止したいだけなんだがな。周防先生と斧研の能力が氷川に渡るのは断固阻止』


 瑞貴の言葉で斧研は朧げに氷川の能力を察してしまった。

 そして瑞貴が何をしたのかも。


『なあ、丹羽。もしかして氷川の能力って……』


 そこでチラリと瑞貴が斧研を見る。

 どうやら正解らしい。


『丹羽ってやっぱり馬鹿だよな。自分の能力を生贄にしたのか。如月の為に』


 瑞貴が何でもない事にように言う声が脳内に響く。


『一部だ。それで氷川が自分の能力を誤認するなら万々歳だな。幸いそれで氷川が他に本来の能力を及ぼせない様に制限も出来た。瑠那が身を護るにはあの力が是が非でも必要だ。無意識に盗られてはかなわない』


 斧研は思わず沈黙する。

 ちょっと怖い事が分かってしまったのだ。


『――――……え? 氷川って無意識に盗るのか……?』


 脳内だというのに響く斧研の声が掠れている。


『ああ』


 短い瑞貴の返答に斧研は戦慄する。


『……条件とかは?』


 斧研の恐々とした声に、瑞貴がため息を吐いた。


『だから知られるなと言っている』


 斧研は自分が思った以上に動揺していた事に気が付いた。

 そういう能力の奴には会った事もある。

 だが、斧研の能力を奪えるレベルの奴など存在しなかったのだ。


 能力を盗った、もしくはコピーしたと油断する輩を散々甚振って殺すのが趣味の斧研だ。

 人のモノを盗るだの無断でコピーするだのな輩は、どう扱っても良いと思っているのも斧研だ。

 悪びれもせず、他人のモノを盗るしコピーするのだから、自分も何か奪われてしかるべき。

 それが斧研だ。


 そんな彼が能力を把握できない存在など瑞貴以外いなかった。

 つまり、瑞貴は自分より能力が上なのだと斧研は判断していたのだ。

 実際、瑞貴以外が斧研の能力を防いだことなどありはしなかった。


 知らず知らずにどうやら驕っていたらしいと斧研が反省していると、瑞貴が眉根を寄せ吐き捨てた。


『氷川は盗っているという意識も無しに盗る。アレは能力だろうが何だろうが何でも盗る。身体能力、知能、芸術の何らかの才。音楽にしても同様だ。文字を美しく書くという才さえな。努力して手に入れた才能だとしても盗る。努力するという才さえアレは盗った。より上位互換が現れればそれに書き換える為に盗る。アレが元々どんな能力だったのかさえ分からん。下手をすると産まれた家、一族、名前に容姿さえ元とは違うのかもしれん。全て無意識化で行われる。俺がかなり早くアレと出遭った結果、制限できたがな。さもなければどうなっていたか。俺はアレを側で監視できるならそれで良いと思っていた。信用信頼もしている。アレが盗っただろう人格は真面な部類だからな。ただアレの本質は微塵も信用も信頼もしていない』


 斧研としてはそこまで氷川がヤバいとは思ってもいなかった。

 まったくもって瑞貴に感謝しかない。


 だが、同時に腹も立つ。

 瑞貴は何故こうも簡単に自分の一部だろう能力を手放す決断をさっくりとするのか。


 瑞貴の能力も氷川の能力も把握した。

 だが、如月の能力が正解なのかは相変わらず謎である。

 彼女の能力の本質。

 それを知られることを瑞貴が恐れるのならば、言わないだろう。

 どこから氷川にばれるか分からない。

 そして氷川に本質を知られると問答無用で奪われるという可能性が高いのだろう。


 それに突っ込み所も発見。

 氷川本人の勘違いは確かにそうだろう。

 だがそれを増長させた上に枷まで嵌めたのは瑞貴だ。


 もう色々脱力したくなるが、まだ本調子ではないらしい瑞貴を驚かす事は出来そうだとほくそ笑み、脳内に声を響かせた。


『実はこの会話、一部に一方的に聞こえる様になっているんだな』


 踏ん反り帰った斧研に、それはそれは冷たい眼差しが瑞貴から向けられたのは致し方ない事だろう。

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