第12話

 来た時同様の隊列を組みながら、どこかフワフワと現実感の無い者や険しい表情の者、顔色を真っ青にしている者等、戻る時は葬列染みていた。

 命を奪うという経験をしてしまったからかもしれない。

 創作物の中にしかいない様な異形の生き物を目撃したことも理由の一つだろう。



 それでも平然としている者を静かに瑞貴は把握し、常にそれ等に注意を向けておこうと決めていた。



 どうにかセーフティーゾーンの中に入った時には、思わず歓声が沸くほどなのは緊張感が来た時とまったく違うからだろう。

 それでも全員完全には気を抜けないのはこの事態に改めて不安が沸いているからだ。



 階段を降り、気を張りながら残った皆の居る空間へと到着する。



 扉を開けた瞬間は、目の前に臨戦態勢の神崎と鬼ケ原の二人を始め、彼等の一派が出迎えたものだから、流石に真宮も目を見開いて停止していた。



「何か変化は?」


 帰ってきたメンバー全員が大人数の殺気に近い気迫を浴び固まっているのを尻目に、瑞貴は淡々と状況を訊ねる。


「特には。ああ、ただ、片喰とその取り巻きが気になったな」


 瑞貴の耳に口を寄せ、同じくらいの高身長の神崎が小声で報告する。


「俺は難波だな。いつもは一匹狼を気取ってるあいつにしてはどうも他人に貼りついてる気がする。不穏といっちゃ不穏だ……後はな……」


 瑞貴はかなり背が高いというのに、それでも鬼ケ原は巨躯を屈めボソボソと周囲に聞こえない様に伝えてから、目配せし、一瞬複数の人物へと視線を流す。


「分かった」


 件の連中をチラリと確認し、疑いも無く肯いた瑞貴に神崎と鬼ケ原は思わず苦笑する。


「何だ?」


 怪訝そうな瑞貴に、神崎と鬼ケ原は顔を見合わせてから真剣な顔でボソリと告げる。


「信頼厚くて助かる」


「だな。俺等も大将を信用しとるよ……誰かさんたちよりな」


 瑞貴は眉根を寄せて息を吐く。


「意味が分からん。後、大将呼びは止せ」


 神崎と鬼ケ原は相変わらずだと笑みが漏れた表情を一変させ、真面目な顔になって忠告する。


「戻ってき者の様子を見るに実力を多少は見せたんだろうが、気を付けろ」


「ああ、大将気を付けろよ。面倒な連中は面倒だ」


 瑞貴は二人を眉根を寄せて見返す。


「それは分かったが、何故俺を信用するか分からん。後、大将呼びを止めろ」


 思わず吹き出す神崎と鬼ケ原。


「完敗だからな」


 神崎が楽しげに言うのを受けて、鬼ケ原も力強く肯く。


「大将にゃ敵わんと思い知ったからな」


 瑞貴はといえば呆れたように二人を見る。


「俺は性根で二人を信じるに足ると判断しているんだが。勝負に負けたからといって大人しく従うとは思わん」


 それを聴いて神崎も鬼ケ原も一瞬心底嬉しそうに笑みを浮かべた後、真面目な顔になり、会長へと身体と顔を向け今までとは違って良く通る美声を響かせた。


「それで、何かそちらに収穫は?」


 神崎があえて全員に聞こえる様に大きな声で言えば、鬼ケ原も野太いが良く響く低音の声を張る。


「携帯は使い物にならんな。電子機器類も同様ってところだ。後は――――」


「待ちなさい! とにかく助けを待ちましょう。人を殺すだなんてとんでもないことです」


 鬼ケ原の言葉を遮り一気にまくし立てたのは、妙齢よりは些か年齢を重ねたとはいえ確かに美しい容姿の女性。


「校長先生……」


 思わず呟いた真宮をしっかりと見ながら、校長の槇村を中心にして此処にいる教師全員が扉の前に集まっていた。


「ですが、校長先生。この扉の外には見た事も無い様な生き物、いえ、怪物が出現します。それに――――」


 生徒会長の真宮が身振り手振りも加え説明しようとするが、校長の槇村は大きな声で話を遮る。


「あり得ません。兎に角――――」


 現実逃避とも取れる校長の言葉に、実際見て殺してきたメンバーは顔を顰める。

 あれが夢幻なら幸せだろうが、現実には手に感触がしっかりと残っているのだから。


「そうは仰いますがね、校長先生は此処が何処だか分かっていらっしゃるんですか?」

 気の抜けた声と共に校長の話を中断させたのは、無精ひげによれよれ白衣、更に加えてやる気のない態度で有名な、教師の周防すおうだった。


「そ、それは……きっと、誘拐されたんです。ですから助けを待つのが最善だと――――」


 周防がゆっくりと大きく息を吐いて面倒くさそうに頭を掻いた動作で、校長は思わず口を閉ざす。


「此処が何処かも分からない状態で、助けを待つと仰いましてもね、食べ物、どうするんです? 何より水。これが無いとすぐ死にますよ。それにですね、便所、いえ、トイレ。これも考えなくては。他にも色々あるでしょう。これだけの人数なんですから。人数も数えていらっしゃらない様で。大体ですよ、携帯はじめ電子機器、ぶっ壊れてますし、助けも呼べません。電波を受信して見つけてくれる見込みもありません。他の先生方はどうなんです? なにか出来る事は?」


 そこまで一気に気の抜けた声で言い切った周防は、間髪入れずに心底呆れたように続ける。


「大体ですよ、混乱してスマホいじって騒いでたりで周囲の探索もなさらないというのは流石に。先ず整列させるなりなんなりさせて、状況の把握。持ち物を調べたりですよ。それからこの空間を調査するとか、考えれば出来る事はあったでしょうに。神崎や鬼ケ原がいなかったら統制も取れてはいなかった。先遣隊で調べに出た真宮達に感謝こそすれ、話を聴かず折角の情報を無駄にするというのは、生存に関わると思うんですが、どうでしょう校長先生?」


 校長の槇村をはじめ他の教師達も顔を真っ赤にさせたり俯いたりと忙しない。


「……でしたら、周防先生のお好きなようになさったらいいでしょう! 責任は取って頂きますから」


 金切声に近い怒気あふれる声音でそれだけ言うと、足取りも荒くどうやらこの白い空間の探索に向かう様子。



 周防 一すおう はじめという、この無精ひげとだらしのない白衣がトレードマークの容姿だけは良い男は、生徒会の顧問も務めている。


「おう、悪かったな、先遣隊で折角調べてくれたのに。真宮、説明頼むわ。先遣隊で出たメンバーで補足があったら真宮の後に頼むな。皆もしっかり聴けよー」


 相変わらずのやる気のない声で片目を瞑って見せる周防に、真宮を始め先遣隊で調べに出たメンバーの多くが胸が一杯になる。

 どうにか調べて必死になって戻ってきたというのに、それらを全否定された様に感じていたからだろう。


「……あの、周防先生、大丈夫ですか?」


 副会長の雪音が心配して言うのを聞き、周防はニヤッと笑って見せる。


「大丈夫大丈夫。心配しなさんな。緊急時は俺の方が校長より権限上だし。ま、馬鹿なふりして煽てても良かったんだが、うっかり喧嘩売っちゃったよ。俺もまだ若いわー」


 多くが首を傾げるが、周防は答えず真宮を促す。


「真宮、説明説明」

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