4 ひと時の休息/これもまた夢に過ぎずとも
『まあ、何?なんて言うかねぇ………あ~、』
呆れつつにやにやしつつ、そんな風に呟いて、扇奈はやがて、溜め息を吐く。
『……あたしからの折檻は免除だ。とりあえず、話してみな。何があってそうなったんだい?』
鈴音にぶん殴られた後の事だ。
殴られた衝撃なのか、あるいはその前の衝撃なのか、どこかくらくらしたような気分のまま、一鉄と鈴音は扇奈に呼び出され………そして、その問いである。
何所か、観念したような気分だったのかもしれない。横に腰かけている鈴音に、未だ、どこか警戒するように眺められつつ……一鉄は、話した。
一鉄の知っている全て。……もう、これが何週目だか自分でもわからないという事を。
*
「……………」
話を聞き終えてから、扇奈は沈黙していた。なにがしか考え込む、いや疑うような様子か。
気がふれた、とでも思われたのかもしれない。まあ、それも当然の事だろうと、一鉄はさっきまでの自分を思い返す。
流石にもう、自殺しようとは思わない。だが、しようとしたことは事実だ。
どことなく裁きを待つような気分で、一鉄もまた座して声を待ち……、その横で、少し心配そうに、鈴音は視線をさ迷わせている。
やがて、扇奈は口を開いた。
「いくつか質問しても良いかい?」
「……はい」
素直に、冷静に、そう頷いた一鉄を眺めて、……扇奈は口を開く。
「まずは……帝国軍だ。今も、残ってる。ただし、大部隊じゃない。20人ちょっと。その分、精鋭。本隊としては奇襲を受けて壊滅状態。その奇襲が発生したのは、今夜。そうだね?」
「はい」
「で、その帝国の生き残りの部隊は、放っておいてもここと合流する」
その扇奈の問いに、一鉄は頷いた。
「……俺が帝国を呼びに行った方が、合流自体は早いです。ただ、俺が帝国を見つけられなかった時も、あの部隊はここに辿り着いていました」
「なるほどね。……で、それと合流したら、尾形ってのだけ抑えれば良い?」
「はい。殺せ、とまでは流石に言いませんが、厳重に拘束して完全に隔離してください。あの野郎碌な事しないので」
全てなかったことになったとは言え、
「へぇ………。特任大佐……指揮官があれだから合流がここまで遅れてる、か。まあ良い。で、竜の動向は?すぐにここを襲ってくるってことはない?」
「あちらも行動を変えるので、断言は出来ませんが。少なくともこの夜明けまでの間、竜の大群がここを襲ってくることはありませんでした」
「一度も、かい?一度も今夜は襲われてない?」
「俺が知っている限りでは、ですが。……散発的に襲ってきたりはあったと思いますが、ここなら楽に撃退出来る量です」
何なら、同じだけの数、最速で単独行動をとった一鉄を追いかけまわしてきたりもあった。それもかなりの高頻度で。
「……何回もやってて、一度も試してないなら、やらないより出来ない、だろうね。案外トカゲもあたしらと同じこと悩んでんのかもしんないよ?」
「同じこと、ですか?」
「戦力の結集だよ。……やり直しになった最初の時間は、あんたもトカゲも一緒なんだろ?つまり、今この時は、トカゲにとって帝国軍への奇襲を成功させた直後。残党狩りにトカゲを広範囲にまき散らした後、だ。それを最低限ここをすりつぶせるだけの数集める為には、どうしても時間が掛かるって事じゃないかい?」
あっさりと、扇奈は言っていた。……かなり筋の通る話だと、一鉄は思う。
一鉄には思いつきようのない考え方だ。と言うか、そもそも、そういうふうに考えたこと自体がなかった。
……自力でどうにかしようとし過ぎていたのか。
と、そんなことを思った一鉄の肩を、鈴音が軽く叩いた。それから、こう問いかけてくる。
「ねえ。その、最初。さっきだったの?私と初めてあった時じゃなくて?」
「え?……はい。言われてみれば……スタート地点が変わってる?」
それもまた一鉄が考えていなかった事だ。抜け出すこと、終わらせることだけを考えていたし、そもそもこのループ自体、竜の能力だから、そういうモノだ、と深く考えてこなかった。深く考えられるほどの情報が集まった頃には、もう一鉄には余裕がなくなっていたのだろう。今みたいに、相談する余裕もなかった。
「その初めて会った時ってのは?いつだい?」
扇奈の問いに答えるのは鈴音だ。
「私が部隊からはぐれたすぐ後です。だから………私たちが奇襲を受けて、しばらく経ってから」
そう言って、確認するように、鈴音は一鉄に視線を向けてくる。
その通りだと、一鉄は頷いた。
と、そんな二人を前に、頬杖を付いて扇奈は暫し考え込む。
「………で、今回は、さっき。全部竜の能力。主導権はあっち。……やり直すこと自体だけじゃなく、どこからやり直すかもあっちは選べるのかもね。で、毎回あんたが同じ時からやり直してんなら、そこには案外自由度はない」
「はあ………」
わかるような、わからないような……そう呟いた一鉄を前に、扇奈は言う。
「……今、この瞬間までは全て上々の出来だ。もうやり直す必要がない。あんたがそう判断するとしたら、それはどんな時だい?」
「鈴音さんが生き延びた時です」
「満足な戦果を挙げた時、だよ」
即答した一鉄を呆れたように眺め、扇奈は続けた。
「あんたらが最初に会った時ってのは、あたしらにも、それから帝国にも、大損害を与えた後だろう?竜からしたらね。奇襲が成功した後だ。で、ついさっき、あんたがおかしくなった頃は、あくまであんたの話を何もかも信じるならって条件は付くけど……再結集した帝国の部隊に、竜が奇襲を成功させた直後、だ。指揮官やるならなかったことにはしときたくない大戦果って事だろ?満足したから保存したのさ。そしたら、そこにあんたが紛れ込んでた」
「……確かに」
ループをする、と決めるのは竜だ。同時に、ループをしないと決めるのも、竜。
それはわかっていたはずだが、改めて考えれば………完全に万能で、いつからでもやり直せる、と言うわけではないのか?
どこからでもやり直せるのなら、それこそ、一鉄がオニと合流する前からでも、あるいはその前からでもやり直せるはずだ。極論になるが一鉄が任官する前、装備を得ていない状況まで戻ってまだ子供な一鉄を殺せば、あるいは親を殺せば……そういう話にもなってくる。
「………まあ、だからどうしようってのは、ちょっとわかんないけどね。あたしもなんだか舞台装置みたいだしねぇ。目の前の事一生懸命やるだけだよ。知性体が2匹いて、透明になる方を殺すと、やり直しになる。勝っても良い。なるほど、……あちらさんも、鈴音さんに死なれたくないのかもね」
何所かからかうように、おざなりな風にも聞こえる、そんな言葉を扇奈は吐いて……それから、言う。
「まあ、なんだ。一鉄。あたしももうちょい考えてやるよ。だから、あ~、今回?……あんたは休め。可能な限り、何もしなくて良い。何なら、竜が来ても戦わなくても良い」
「……は?しかし……」
「兵法の基礎は自軍の戦力把握だ。やり直せるってんなら、あたしなら一回捨てるね。それで、自分が干渉しない場合の自軍の働き具合がわかる。そして次に、それを前提に、動かし方を決める」
「ですが………」
「もう一つ。そもそもあんたはお客さんだ。あたしの部下じゃない。面倒は見てやっても良い。けど、戦えって命令するのは、あたしの気分がよろしくない。あたしの部下だけでやれるならそれに越したことはない。そして、あたしは、つい数時間前に自殺しようとした奴を信頼に足る戦力とみなす気になれない。またなんかやらかすかもしれないだろ?」
「……………」
反論しようと、一鉄は口を開きかけたが……扇奈の言い分は間違っていない。
精神的に明らかに安定していない奴を戦線に組み込めば、それが原因で総崩れになるかもしれない。それをやった特任大佐殿を一鉄は何度か見てもいる。
黙り込んだ一鉄を前に、扇奈は更に肩を竦めた。
「まあ、そういうのは建前かもね。あたしはさ、ついさっき言ったろ?……おっと、あんたからしたらもう随分前かい?」
どこか面白がるように、扇奈は笑った。
「……人間はそう丈夫じゃないんだ。限界だろ?」
「…………」
反論、出来るはずもなかった。
俯いたのか、頷いたのか、自身でも良くわからない一鉄を前に、扇奈は続ける。
「今回はあたしに預けな。透明になる奴を殺るか、勝つかだろ?どっちにしろ、あたしは鼻からそのつもりだしね。これで終わり、ってんなら万々歳さ。でも、違ったら、そん時はあんたが終わらせな。その次の事はもう考えるんじゃないよ。今、目の前が全てだ。そうだろう?」
「………はい、」
ようやく、一鉄が確かに頷き、それを前に扇奈は満足そうに頷いた。
「良し。……じゃあ、鈴音。後は任せたよ。男にしてやんな」
「ッ!?」
突然、矛先を向けられてか、鈴音は硬直していた。それを扇奈はからかうように笑い、
「……なんなら、テントでもなんでも使っても良いよ?」
更にからかった扇奈を前に、鈴音は首が取れんばかりに大きく首を横に振っていた。
そのやり取りを真横で眺めて、一鉄は……ずいぶん久しぶりに、気が抜けたような、そんな気がした。
*
当然、と言えば当然だが……その後、特に色っぽいことはなかった。それは期待しすぎと言うモノだろう。
ただ、鈴音とオニの陣地の隅で、話しただけだ。
これまで鈴音と何を話したか、を、話すというのはおかしな気分だったが……鈴音は特に抵抗を覚えた様子もなく、普通にその話を聞いていた。たまに、『そんなことまで……』とかどこか戦々恐々呟いた末一鉄を睨んできたが、それはそれで可愛い。……我ながら、色ボケが戻って来たような気分だ。
とにかく、話した内容を話して、それを聞いて貰えれば……たとえもう、無かったことだったとしても、救われたような気がした。
………今回は、捨てる。
これも、今話していることも、無かったことになってしまう。それでも、……また話せば良いとも、今は、思える。
話している内に、瞼が重くなっている。気が緩んだからだろう。よくよく考えれば、肉体はリセットされるとはいえ……一体どれだけ一睡もせずに行動していたのか。
からかう調子で、キスをされたことはなかったと言うと、拗ねた調子で睨まれて、『………卑怯』と言われた。その通りな気がしなくもない。その後、『次は……』と鈴音の言葉は続いていたが、結局どう続いたのかはわからない。続きを聞こうと問いかけると、拗ねた調子で睨まれた。
眠気が強くなってくる。それこそ、夢のような気分なのだろう。
鈴音に膝枕をされた。子守歌込みで。大盤振る舞いだそうだ。
『弟さんにも良くしたんですか?』。そう聞くと、いやそうな顔をされた。その気持ちがわかるような気がして、笑えて来た。鈴音も、笑っていた。
そのまま、ゆっくりと、眠りに落ちて行く。
………これも全部。無かったことになってしまうのだろう。
それでも。
…………それでも。俺は、
*
………一鉄は覚えている。
前回の事を。それこそ、夢になってしまったような一時を。
一鉄は、何もしなかった。呆けて、腹を決めて、味方の戦闘を見守っただけだ。
帝国軍は、統真たちは無事合流し。尾形は完全に拘束され。竜との戦闘が始まり、オニも、帝国軍も……勿論鈴音も、奮闘していた。
わかった事がある。一鉄が何もせず、一切戦略上の働きをしなかった場合。かつ、盤上から尾形を排除した場合。………この部隊は生き残る。夜明けを見ることが出来る。
わかっていて、忘れていたことばかりだ。
一鉄は、新兵で。今、生き残っているのは、それこそ化け物染みた猛者ばかりだ。
助けようと思うことがおこがましい。
助ける為に、必要な行動をとれば、それで、言い方は悪いが……この人達は勝手に生き延びる。そこまで、淘汰された末のこの盤上だ。
夜明けの空が、やけに赤く染まっていた。見慣れた赤さだ。それは、何度も見た。無かったことになる、前兆。
それに、あるいは鈴音も気付いたのだろうか。
戦場から、一旦退いて。
けれど、ここまで駆け寄れるほど近くはなく。
だから、鈴音は、……大きく、手を振っていた。
いつか見たような光景だ。そこに、一鉄は、大きく手を振り返して。
そして、その思い出を、光景を、最後に。これを、最後の夢にする為に。
頭の中をかきむしられるような頭痛に、回数を重ねる毎に強くなってくるその痛みに、一鉄は歯を食いしばり、耐え、呻かず耐え抜き………気が付くと、時刻はまた夜。場所は、オニの陣地。酒宴の後。
目の前に、鈴音がいる。不思議そうに首を傾げ、また、問いかけてくる。
「一鉄?……どうしたの?」
何度も、聞いた問いかけだ。……毎回、鈴音は心配してくれていたのだろう。
そんな鈴音を、一鉄はまっすぐと見据え、口を開く。
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