3 残存物資奪還作戦/後編

 派手な羽織の女は……いつの間にやらどうも、名が知れていたらしい。


 それを知ったのは何週間か前、この部隊に合流したその時だ。


 少女にぶっきらぼうな挑発を投げられたのだ。とりあえず乗ってあげた扇奈は、その流れで挑まれ、遊んであげて………地に膝を付いたのは少女の方。


 その後、少女はぶっきらぼうに丁寧な口調になった。負けてありがとうと言える子は珍しい。負かしたのになついてくるような子も、珍しいかもしれない。


 ……その位しか、扇奈はあの子を知らない。そもそも、扇奈の直属の部下でもない。

 その程度しか、扇奈は、あの子の事を知れなかった訳だが………。


 ――嗚呼。蝉の声が煩い………。


「今、気付いたよ………」


 竜の元へと歩みながら、扇奈は嗤い、配下のオニたちへ、その顔のまま振り返る。


「……あたしは、機嫌悪いらしい、」


 直属でない拾った部下たちは、怪訝そうな顔をして、直属の部下はまたかと笑みを浮かべる。

 それを眺めて、扇奈は言う。


「こいつは仇討で、生きのびる為に必要な闘争だ。慣れた地獄って奴さ。どいつもこいつも、生き延びたからここにいるんだろ?てめえの尻はてめえで拭きな、」


 そんな風にうそぶきながら、扇奈はすらりと、太刀を引き抜く。そして、一瞬、その刀身に写った自分の貌を睨み、その刀身を振り払う――。


 そして、抜き身の太刀を手に、部下を背後に、他人の陣地を我が物顔で食い荒らすくそったれなトカゲ共を睨みながら、どこか静かに、それでいて威圧的に、扇奈は呟いた。


「………行くよ、」


 背後で怒声のような気合の声が上がる――それと同時に、扇奈は、鬼は、戦場へと駆け出した――。


 *


 円形に置かれたトレーラの中心。破れて崩れたテント、その下にも上にも赤い液状の何か。


 そんな諸々を踏みしめて、ただそこに座っていた一匹の竜は、不意に、音でも聞こえたのか、頭上を見上げた。


 太陽がある。太陽が、その竜の単眼に写っている。その単眼の中の太陽に、何か、黒い、いや、紅い点が――。


 それが何かを認識する前に、その竜の視界がずれた。ぽとりと、切り落とされた首が地面に落ちる前に、その竜はもう、死んでいた。


 一瞬遅れて、周囲の竜が視線を向ける。

 竜の群れ、竜の巣の中心に、さっきまではなかったはずの竜の死骸がある。


 そして、その真横に、

 ――太刀を手にした鬼がいた。


 つい今しがた――着地と同時に切り殺した竜の血が、その太刀にこびり付き、そんな凶刃を握ったままに、オニの女は軽く首を鳴らす。


「馬鹿の真似もたまには良いねェ………」


 呟くオニの女、扇奈。

 彼女へと、周囲の竜が一斉に、牙を剥き尾を振り爪で惨劇を掘り返しながら――。


 *


 それを、一鉄は遠くから眺めていた。すぐ真横から、狙撃の銃声――奏波の放つ弾丸の音色を聞きながら、ただ、目の前の光景に圧倒されるように。


 扇奈は、頭領と言っていた。言っていた割に、無茶しかしていないように一鉄には見える。


 ただ一人で、いきなり、竜の中心へと突っ込んでいったのだ。凡人がそんな事をやれば次の瞬間にはもう死んでいるだろう。だが、――あのオニは普通じゃないらしい。


 八艘跳び、とでも言うべきか。竜の中心にいきなり現れ、竜の注意を全て自分に引き付けた上で、そんな、自身へと殺到してくる竜を時に切り、あるいは時に踏み台に、扇奈はその包囲を突破したのだ。


 そして、包囲を突破した先に、刃を持ったオニの軍勢がいる。頭領自らおとりとして突っ込んで、陣形が整っている場所へと竜を誘導したのだろう。


 いや、それだけではない。ろくな思考なくただ本能的に獲物を追うだけの竜たちは、逃げた扇奈を追いかけることによって、本陣――遮蔽物になっていたトレーラの影から姿を現し、狙撃の有効射程に入った。


 明らかに戦術的な行動だった。傍目からは無茶に見えても、本人としては無茶でもなんでもなかったのだろう。


 淀みなく、奏波が狙撃を続けている――。

 だが、狙撃と呼ぶ必要が果たしてあるのか。どこを撃っても竜に当りそうな、そんな化け物の絨毯がその丘を覆っていた。


 地面を抉る竜を大口径の弾丸が抉る。倒れた竜の死骸を踏み越えて別の竜が先に進む。進んだ先で刃に切り殺され、あるいは傷をつけられ足止めされ、足止めしている間に狙撃で殺される。


 正気だとは思えない。突進している竜も、それを迎え撃っているオニも。

 だが、ここが戦場なら、とても正気ではいられないのだろう――。


 どれほど経ったのか。警戒も忘れてただその情景を眺めていた一鉄の耳に、この場で冷静そうな、すぐ傍からの声が聞こえた。


「………弾切れだ。交代を」

「…………はッ、……はいッ!了解しました!」


 奏波の声――狙撃銃を手放し、傍の散弾銃を手に取った奏波の横で、一鉄もまた、狙撃姿勢を取った。


 あらかじめ聞いていたのだ。オニの側も、弾薬が怪しい。奏波が弾切れまで撃った後は、狙撃役と見張り役がスイッチする。


 地面に寝ころび、ストックの代わりに左腕を――鎧に覆われたそれを投げだし、狙撃銃の代わりに20ミリ機関砲を構え、一鉄は戦場に視線を向ける。


 圧倒されるような光景が、スコープの先に広がっている。

 だが、同時に、これは訓練であったシチュエーションに、近い、かもしれない。


 どうあっても訓練の延長線上だ。鈴音に拾ってもらった命、本人に出来ずとも、オニに恩返しできるなら――。


 そういう思考も、どこかに消えて行く………。

 蝉の声だけが、一鉄の耳に、静かに届いた――。


 *


 竜を切る。竜を切る。牙をよけ尾を切り裂き爪を躱し横でやばそうな絡まれ方してる味方の方へ支援に行って短刀を投げて道中2、3匹殺しながらその短刀を回収してまた次へ――。


 目まぐるしい戦場の中に、扇奈はいた。

 目まぐるしく、一歩間違えれば命を落とす地獄の中で、常に最適な行動をとりつつ――扇奈はその場所に慣れきっていて、だから周囲を見る余裕もある。


 派手に立ち回っているのは扇奈達前衛だ。だが、効率よく竜を殺せているのは、狙撃班の方。狙撃銃で竜が倒れ、あるいは倒れずとも尾が吹き飛んで、脅威度が減り――。


 そんな中、飛び切り派手に飛び散る竜がいた。

 オニのモノではない、狙撃だ。光景が違って、威力が違って、だからオニのそれより派手に真っ赤な花が咲く。


 一鉄の狙撃、だろう。脱走兵、とか言ってたから、どの程度働けるのかわからなかったが、どうやら最低限の仕事は熟せるらしい。


 そんな風に、思っていた。気づくまでは、だ。

 派手に、竜の脳漿が飛び散る。一定の間隔を追って、リズム良く――吹き飛ぶのはいつも竜の頭。それも、単眼の周囲。弱点とされる場所ばかり。


(へぇ………)


 無駄弾が無いのだ。全て命中している。それも、正確に、竜の単眼弱点へ。

 当然の話だが竜も動き回っている。オニも混じってほとんど乱戦だ。その中で、絶対に味方には当てず、動いている竜の弱点へ、正確に――。


 感心していた扇奈の視界の端で、また、派手な彼岸の華が咲く。

 それも、一射で二つ同時に、だ。


 狙ってやったのか、あるいは偶然かはわからないが、一匹目の竜を貫通した後、その奥にいた2匹目――それも目の辺りを、一鉄は、放った弾丸は、撃ち抜いたらしい。


(……結局また、良い拾いモンかい、)


 自嘲し、苦笑する。そんな余裕さえ、扇奈にはあった。

 派手に始まり、派手に続く戦闘。それが、静かに、終わり始めていた………。


 *


 ただただ単調に。

 ただただ生真面目に。


 何を考えるでもなく、ただすべきことに集中し。

 狙いをつけて、トリガーを引く。ただ、それだけを一鉄は続けていた。


「命中……」


 着弾確認を奏波がしているらしい。ならばそこは任せて……あるいはそう、聞くまでもなく結果を知って、トリガーを引いた直後、着弾を待たずに、一鉄は次の敵に狙いをつける。


「命中……」


 次の敵へと狙いを定めた時には、奏波の着弾確認が聞こえ、その声とほぼ同時に、一鉄はまた、次のトリガーを引き、その着弾を待たず、また次の竜を狙う……。


「命中………ほう、」


 どれほどその単調な作業を繰り返したのか。どこか感心したように奏波はそう声を漏らしている。

 弾倉の中に残っているのは後一発。次の一発を撃ったらスイッチだ。


 まばらになり始めた標的の内の一匹を、スコープの先に捕らえ、息をつめ、トリガーを引く――それで、弾倉は空になった。


 大きく息を吐き、一鉄はようやく、スコープから視線を剥がし、戦場全体を俯瞰する。


 地面を覆い隠すほどに、雪崩のように這いまわっていた竜たちはもう、そのほとんどが死骸に変わっている。刃に切り殺されたモノ、あるいは一鉄含め、狙撃班に打ち殺されたモノ――真っ赤にどろどろと、折り重なったトカゲの死骸が地面を塗り替えているようだ。


 その中に、血塗れの刃を手にしたオニが何人も。手傷を負った者は後方に下がっていて、その戦場の中心、最前線には、最初から最後まで派手な羽織のオニがいる。


 相当数、一鉄も倒したはずだ。だが、達成感のようなモノは沸いてこなかった。

 勇猛に前線に出て、竜を倒したわけではないからか。いや、そういう問題ではない。


 一鉄以外の狙撃手、何人かが同時に狙いをつけたのだろう。動いていた竜、その最後の一匹が弾丸を受け、吹き飛ぶように四散し、崩れ落ちる。


 それで、その戦場は終わりだ。

 視線の先、静かになった地獄の中心で、派手な羽織の女――扇奈は刃の血を払い、太刀を納めている。


 地獄の果てに堂々と立ち続ける女。どこか背徳的に、美しい光景にも見える。それを眺めても、一鉄の胸中に感嘆は起こらない。


 想うのは一つだ。

 もし、あの子が――鈴音が今も生きていたら、扇奈の隣にあの子の姿があったのかもしれない。一鉄の方に手を振って――


 不意に、奏波の呟きが一鉄を射抜いた。

「……それだけ出来て、鈴音を死なせたのか?」


「…………」

 何も応えず――何を言う事も出来ず、一鉄は身を起こす。

 沈黙の中、侘しい蝉の声だけが地獄に響いている。どこか、逃げ場を探すように、身を起こした一鉄は、再び戦場――終わった地獄に視線を向ける。


 扇奈がこちらに視線を向けていた。どこか満足そうな表情だ。前と、被る。手でも振られてしまっていたら、一鉄は毒づいていたかもしれない。


 だが、そんな未来は訪れなかった。




 ――そう、前と同じだ。嫌な予感がする――。

 照り付ける太陽。それが照らし出す地獄。その中心に立つオニの女。


 その真横に、何か――生物の輪郭でもあるかのように、その場所を通る光が、

 思い出す――あの子の最後を。こうして、戦闘が終わったと、そう気を抜いた瞬間に――。


 一鉄は銃を上げかけ、だがその弾倉が空であることを思い出し、リロードを始めようとして――直後、声が届く。


「一鉄!」

 奏波の声。警戒を促すような鋭い声。その声に、一鉄は視線を奏波に向け――。


 銃口が、一鉄を向いていた。奏波の手にある散弾――スラッグ弾が入っているのだろうその銃口が、一鉄の方を向いている。


「………、」

 一鉄は息を呑んだ。奏波に銃口を向けられているから、ではない。

 奏波の背後に、――単眼があったからだ。


 姿が消えている訳ではない。さっきまで鴨打にしていた、ただの竜だ。それが奏波の背後にいる。どこか笑うような顔で、その大口を空けている。けれど、奏波はそのことに気付いている様子もなく、険しい表情で、一鉄――いや、一鉄の背後を睨んでいる。


 銃声が轟いた。奏波が、散弾銃のトリガーを引いたのだ。轟音と共に奏波の手の銃口が跳ね上がり、打ち出されたスラッグ弾――散弾ではなく、ショットガンの大口径から打ち出される、鉄であろうと貫通するその弾丸が、一鉄――その真横を通り抜ける。


 一鉄は背後で音を聞いた。肉が抉れるような音と共に、背後から、まき散らされた血の雫が一鉄の視界の端で踊る――。


 一鉄の背後にも、竜がいたのか。そう――考えるだけの余裕はなかった。

 奏波がショットガンの薬莢を排出しようとしている――その後ろに、大口を開けた竜の姿がある。


 気付いているのは、一鉄だけ。対応できるのも、一鉄だけ。けれど、一鉄の手にある銃に、今、弾丸は入っていない――。


 一気に、トラウマが脳裏をよぎった。

 目の前に落ちて来た、腕。その赤黒い断面。

 開かれる竜の大口。そこにこびり付く血と涎。

 ――手を振っていた、少女。


「…………ッ、アア!」


 獣じみた声が一鉄の肚から出た。臆病者が、恐怖を払いのけようとするかのような、そんな声だ。


 そして、同時に、一鉄は動いた。何を考えるでもなく、ただとびかかるように、奏波へ、――その背後の竜へと向けて、鎧のままとびかかっていく。


 咄嗟の事だろうが、奏波は、反応していた。半ば倒れ込むように真横へと飛びのき、飛びのきながら薬莢を排出する。


 一鉄は竜へと突っ込んでいく。手にある銃に、弾はない。腰に太刀がある――そんな事を思い出す余裕もない。


 ただ、臆病さに駆られて、それに抗おうとする新兵が、ただただ、手にあるモノを振り回すばかり。


 機関砲を、子供がするように乱雑に、―――FPAの怪力、ただそれだけを頼りに、振り回す。


 ゴン、と重い音と共に、一鉄の腕に振動が伝わった。

 振り回した機関砲、その銃底が、竜の頭を殴りつけたのだ。


 殴りつけられた竜は、開けていた大口を閉じ、僅かにふらつき――だが、それだけだった。


 ただ殴るだけで殺せるなら、竜はこうも脅威にはなっていなかっただろう。

 殴られ、だがそれを気に留める様子もなく――どこか嗤っているように見えるその顔で、竜は、その単眼は、一鉄を眺める。


「…………、」

 一鉄は息を呑んだ。心底怯えて、それこそ蛇に睨まれた鼠のように、もう、身動きが取れず―――。


 単眼に写る自分を、“夜汰鴉”を、家名だけで他人と別の意匠を背負っているその、自分を眺め………。


 直後には、そこに写った一鉄が、その単眼が――弾けて血しぶきに変わった。

 ガチャン、と真横から、空薬莢を排出する音が響く。


 奏波だ。一鉄が子供のような暴力で作った隙に、奏波が冷静に、スラッグ弾を叩き込んだらしい。


 目の前で、竜が倒れていく………。一鉄はただ、その光景を見送って、次の瞬間に、崩れ落ちるように膝を付いた。


「ハア、ハア………」


 荒い息を吐く。心拍数が上がり切っている。遅れて来た恐怖が、一鉄の身体を縛り上げ、感情の波に気が遠くなりそうになり、どうにか、それを押しとどめようと、荒い息を吐き続ける。


 それから、一鉄は、ふと、嫌な予感に駆られたように、おびえるような視線を、戦場に中心に立っている女、扇奈の方へと向けた。


 見間違いでなければ、一鉄が、奏波が奇襲を受ける直前に……いや、それとほぼ同時に、扇奈も奇襲を受けていたはずだ。


 姿を消せるトカゲ。あの、昆虫のような色合いをした、知性体に。

 向けた視線の先――そこに、扇奈は、立っていた。


 無傷、らしい。忌々しそうに顔を顰め、その手には、さっき納めていたはずの太刀があった。直属の部下だろうか、オニが扇奈に駆け寄って、扇奈はそれに、苛立ったように何か呟いている。


 ………自力で対処したのだろうか。奇襲に。経験則か何かなのか、少なくともあの派手な女、扇奈は、奇襲を受けて、それでも生き残っているらしい。


「………ハア、ハア……」


 ようやく、心拍が収まり、息が整い始めて……そんな一鉄へと、奏波の声が届いた。


「……頭領がどうかしたのか?」

「……竜に、姿を消せる奴が、それに襲われて………」


 要領を得ない。そう自覚しても正しきれず、ただそう言った一鉄を前に、奏波は僅かに顔を顰め、それから言った。


「知性体か?」

「はい………おそらく、」

「……その情報は、先に言うべきだ」

「あ………はい。申し訳、ありません………」


 そう、どこか絶え絶えに、呟くしかない。膝を付いたままに言って、うずくまったままの一鉄に、奏波はまた言った。


「結果論だが……次があるなら、修正すれば良い。月宮一鉄。助かった。礼を言う」


 そんな事を言った奏波へと、一鉄は視線を向けた。と、そんな一鉄の視線の先に、手があった。奏波が、一鉄へと手を差し伸べているらしい。


 一鉄はその手を見て、それから奏波の顔を見る。表情はさっきまでと何も変わらず、冷淡そうで……だがその眉が、どこか迷惑そうに顰められている。


「どうかしたか?」

「あ、いえ………」


 そう、答えになっていない答えを返して、一鉄は奏波の手を借りて、身を起こす。

 それから………ようやく、冷静になったのだろう。あるいは、アドレナリンはまだ出ていたのかもしれない。一鉄は、呟いていた。


「……自分は、その、嫌われているのだろうと、思っていましたので……」

「俺にか?何故?」

「何故と、言われましても………」


 そうとしか思えないことを言われた記憶しか、一鉄にはなかった。

 応えきれず沈黙した一鉄、鎧を横目に、奏波もまた暫し沈黙し、……あるいは自分の言動を思い出してでもいたのか。やがて、奏波は言う。


「鈴音は……あの子は、止めても聞かなかった。突っ込みすぎる癖があった。強かったからな。若いのに、戦場で周りを見る余裕があった」


 随分話が飛んだような気がすると、そんな事を思った一鉄を置いて、奏波は続ける。


「あの子が群れを引き連れて行ったから、俺は生きている。俺も、あの子に助けられた。お前も、そうなのか?」


 鈴音に助けられた。それは、その通りだ。頷いた一鉄を横目に、奏波は言う。


「……あの子が、どう、死んだのか。聞きたかっただけだ。お前に、敵意があった訳ではない」


 敵意はなかった………?

 確かに、考えてみれば、問いかけられていただけだ。足を引っ張ったのか、とか。聞きようによっては悪く聞こえる言い方だったが、もし一鉄がそれに答えていれば、奏波はたった今言ったようなことを言ったのかもしれない。


 自分も、似たようなモノだと。

 漸く、今更、そんな事を思った一鉄へと、笑うような雰囲気もなく依然冷淡なままに、奏波は言った。


「……俺は、どうやら口下手らしい。良く、言われる」

「はッ!自分も、似たようなことを言われます!」


 空元気なのか、安堵したのか。やっと、威勢よく敬礼した一鉄を横に、奏波は呟く。


「………そのようだな」


 それから、奏波は戦場の中心、扇奈の方へと視線を向け、言った。


「月宮一鉄。……本隊と合流しよう」

「はッ!」


 威勢よく答え、一鉄は、お目付け役の後を付いて、扇奈達の元へと歩み出した。




 少し、語らうだけで印象が変わる。ほんの少しだけでも。

 ……もう少し時間があったら、鈴音がどんな子だったのか、知れたのかもしれない。


 どこかに、そんな寂しさを抱えながら……。

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