3 帝国軍残党/望まぬモノを身に帯びて
日が落ち始めた深い森の最中。
“夜汰鴉”。大和帝国軍の一部隊――いや、残党、と言った方が正しいかもしれない。
元は数百人単位で居たはずの部隊は、もう今は20人程しか残っていない。その20人も全員戦闘要員で、FPAを纏っている者で……結果的に精鋭、ベテラン揃いだ。
ある意味、自然淘汰かもしれない。指揮官の無能がどこまでも足を引っ張り、集団として機能不全に陥った結果、個人として能力が優れている者だけが生き残ったのだ。
そして、そんな集団の中心辺りに、一鉄の姿もあった。
先ほどの戦闘、崖を飛び降りた後。救援かのように、この帝国軍の部隊が現れたのだ。
竜が罠として利用しているポイントで戦闘が起こったから駆けつけたらしい。
一鉄と鈴音はその部隊と合流し、応急処置だけ受けて、すぐにこの移動が始まった。
残っている帝国軍の兵士は、もう、この部隊だけ。帝国軍も、オニの救援、合流を求めていた。そして、一鉄がオニの部隊の位置を知っていると、そう言わずとも理解できる根拠が、一鉄の横で今も歩いている。
「…………、」
鈴音は気落ちしたように俯いて、どこかとぼとぼと歩いている。
先ほどの戦闘で働けなかったことを引きずっているのだろう。
何か声を掛けた方が良い、と、一鉄も思いはするが、何を言って良いものかわからない。
(気にするな、と言ったところで気休めだろうしな………)
それに、ゆっくり休むも話すも、今は望めない。
まずは、オニの部隊に帰るべきだ。そこで休んで話せば良い。扇奈の顔を見れば鈴音も元気を出すかもしれない。
この道中でまた竜に襲われたとしても、この帝国軍は明らかにベテランぞろいだ。仮にその彼らが倒れたとしても、どうあっても、自分が鈴音を送り届けよう。そのくらいの働きは、おそらく出来るはずだ。
ある意味、皮肉な話だが……鈴音が弱った分、一鉄は自信を持ち始めたのだ。
もう、完全に戦闘に慣れきった。訓練通りの能力が発揮できる、と、確信を持ったのだ。
と、そこで、一鉄は気づいた。一鉄と鈴音の少し前を歩いている“夜汰鴉”が、肩越しにこちらへと振り向いていることに。
あちらも、一鉄の視線に気付いたのだろう。その“夜汰鴉”――前回の事とは言え一鉄も知っている帝国軍大尉、この残党の指揮官になっているらしいオールバックの男、久世統真は、状況の割にどこか軽い調子で、声を投げてきた。
「ただ歩くだけってのもなんだしな。……オニの状況はどうなってるんだ?」
その問いに、一鉄は鈴音を横目で見る。鈴音が応えるか、とも思ったのだが……うつむいたままだ。
……可能な限り負担は変わってあげるべきだろう。そんなことを思って、一鉄は応えた。
「はッ!……備蓄や人員は、ある程度揃っております。ただ、負傷兵が異常に多い。自分の見たところ、まともに動けるのは今ここにいる人数と大差ないでしょう。陣地防衛なら相当数動員出来ますが、部隊丸ごと移動するのは難しいと思われます」
一鉄の所感、と言うよりただの事実だ。
誘導して200匹殲滅できるくらいには火力は残っている。
が、前回とは違って扇奈が重傷者すら戦域から逃がそうと判断しないくらいには、機動力が無い。それが、オニの部隊の現状のはずだ。
「……で、助けが欲しくて帝国を探しに来たが、この有様、か……」
何所かうんざりと言ったような調子で、統真は呟いていた。
その声にも、疲労が滲んでいるように思える。一鉄は統真の事を良く知っている訳ではないが、前回……捕まっていた一鉄があった時は、もう少し強かな印象だった。それが、今は大分ネガティブそうに聞こえる。
「……大尉。帝国軍には、一体何があったんですか?」
一鉄はそう問いを投げた。今ここにいるのが生き残りの全てなら、帝国軍の戦力はFPAだけ数えても前回の3分の1以下だろう。全体としては数えたくない程の被害のはずだ。
と、一鉄の問いに、統真はどこか投げやりに応えた。
「何があったもクソもねえよ。やっとこさ生き残りかき集めたと思ったら、ミスって特任大佐殿も拾っちまって、無茶苦茶言われてる間にまた奇襲だ。……もう、鼻から自力で生き残れる奴しか残ってねえ。軍としては完全に死んでる」
竜に奇襲を受けた、か。特任大佐殿……尾形准二。
前回、良い印象のない男だ。オニへと敵対、と言うか高圧的に対応しようとしていた。部隊を見捨てて一鉄を連れて逃げ出そうともしていた。
碌な指揮官ではない、とはわかっていたが……また何かやらかしていたのだろうか。
“羅漢”。尾形のFPAは、見た。救難信号を上げていた。中身が生きているのかどうかはわからないが、少なくとも今この場にはいない。
(言いたくないが、いなくて良かった気がする……)
いたらオニとの間でまたひと悶着起こすかもしれない。それがないだけ幸い、だ。
と、そんなことを考える一鉄に話しかけているのか、あるいは独り言か、統真はぶつぶつと呟いている。
「完全に負け戦だよな………。帝国はこれだけ。助けてもらおうにもオニも台所事情が厳しいってか……。やっぱ、増援呼ぶしかねえよな」
「増援?いるんですか?」
思わず問いかけた一鉄に、統真は肩越しに振り向き、言う。
「いるだろ?我らが大和帝国の本国に一杯」
本国からの増援を期待する、と言う話か。……確かに、今残っている戦力で、この戦域にいる竜に勝てる、とは思えない。
前回。今回よりオニにも帝国にも余裕があった前回も、負けたのだ。
気合でどうにかする、でなく、現実的に生き延びる目を探るなら、助けを呼ぶのが一番賢い。が………。
「本国と連絡を取る手段が、あるんですか?」
FPAの通信距離では到底、本国と連絡を取ることは出来ない。勿論、それが出来るだけの設備はこの部隊にもあるはずだ。こうなる前、一番初めの段階で、なら。指揮車にしろ通信設備にせよ、無ければおかしい。
「ある、かもしれない」
「かもしれない……?」
「ある事にはあるがまだ使える状況かは、わからない。ほら、特任大佐殿がご英断なさっただろ?全軍を上げて夜中威圧的に森を行軍せよ!で、その時に設備類を後ろに置いてきてる。長距離通信用の指揮車、簡易整備車両、食料その他。流石すぎるぜ特任大佐殿、頭の中どうなってんだアイツ………」
ほとんど愚痴のような調子で、統真は言っていた。
荷物をほとんどおいてきている……?この状況になる前、最初に竜に奇襲を受ける前。
その場に、一鉄もいたはずだが……覚えがない。と言うより、新兵には周りを見る余裕が一切なかったのだろう。
(振り返るとずいぶん前な気がする……。前世だから当たり前か。とにかく、)
「設備があるなら、利用しに戻れば、」
「この戦域の竜はおかしい。周到過ぎる。ただでたどり着けるとは思えねえし、設備が壊されてる可能性もあるし、そもそも方向が今向かってるのと逆だ。たどり着くまで1日係り。助けを呼んだとして、動員して編成して運搬してまあ、助けが来るのは数日後。人数残ってんなら、オニの部隊はそれまで持つかもしれない。けど、助けを呼びに行く奴の生存率はかなり低くなる。まあ、無茶やっても生き残る奴は生き残るけどな……」
軽口のように、どこか雑にも聞こえる言い方をしているが……統真はかなり現実的に考えているらしい。
誰かが助けを呼びに行かなければいずれこの戦域の人間は全員死ぬ。だが、助けを呼びに行った者は余程でなければ、その助けが来るまで生き延びられない。
献身的な、英雄的な行動を誰かが取る必要がある。
と、そこで、統真は周囲、“夜汰鴉”――部下たちを見回しながら、軽い調子で言った。
「つうわけで、何もかもガラじゃねえし。オニと合流したら俺は散歩に出る。お前らはそのままオニの指揮下に入れ。特任大佐殿よりマシな指揮官がいることは間違いないぜ。アレ以下はいねえよ」
どこまでも軽口のように、統真は言っていた。
部下には生存する可能性の高い行動をとらせ、一番のリスクは自分が取る。そう言っているのだ。
と、そんな統真へと、部下の内の数人が応えていた。
「自分だけ逃げようってのか、久世大尉」
「頼みの綱を託すには心もとないんで、その時は散歩についてきますよ」
そして、周囲でどこかからかうような笑い声も響く。
どことなく、ふざけているような会話だ。……わざと、だろうか。強がりと言ってしまえばそれまでだが……これも、どうにか士気を維持しようとしているのかもしれない。
慣れている兵士ばかりなのだ。この状況で冗談を言えるしたたかさのある兵士だけ残っている。
からかわれて笑われて、統真はうんざりしたように呟いていた。
「だ~から、ガラじゃねえんだよな、隊長……。なんで俺出世してんだ?」
その統真のリアクションも、わざとなのか。酔ったふりをしていた扇奈と、似た魂胆だったりするのだろうか。
そんなことを考えながら、軽口の続く歴戦の兵士の中で、一鉄たちはオニの陣地へと向かっていった。
一鉄はチラリと横を見る。まだ、俯いている。
(冗談でも言って上げられれば良いのか………?)
そんなことを思いはしたが……一鉄が冗談を思いつくことはなかった。
結局一鉄は何を言うべきか未だわからず、周囲で軽口が飛び交う中、その集団は歩き続ける。
どれほどそうやって進んだのか。完全に日が落ち、月明りが空に瞬き始めた頃――。
その集団は、一斉に軽口と歩みを止めた。
誰かが声を上げたわけでもない。ただ、全員ほぼ同時に気付いたのだ。
“夜汰鴉”のレーダーに、反応が現れたことに。
竜の反応、ではない。……友軍の反応だ。FPAが一機、この集団に歩み寄ってきている。
だが、帝国軍の残党の反応は、友軍が近づいてきているとは思えないほどに警戒を孕んでいた。
一瞬、気付くのが遅れたのだろう。鈴音は不思議そうに周囲に視線を巡らせ、その視線を先に目を止め、おびえたように、身をすくませていた。
「鈴音さん。大丈夫です。友軍です。……識別信号は、ですが」
一鉄はそう声を掛ける。鈴音は、頷きはしたが、それでも安心した、と言う様子ではなかった。
(気休めしか言えないな……)
そう考えながら、鈴音を背に庇うように一鉄は動いて、近づいてくる友軍反応へと、視線を向けた。
周囲では、銃口を上げている兵士の姿もある。すべての視線が、警戒が、その友軍へと向けられていた。
やがて、視線の先の林が騒めき、FPAが姿を現した。
重装甲。灰色の、FPA。“羅漢”。……尾形准二の、鎧。
相変わらず傷を負った様子がなく、血の沼の上を通ったのだろう、足が赤くなっているその鎧は、姿を現した直後、「ヒッ、」と言う甲高い声を上げ、両手を上げて、言った。
「私だ!尾形だ………味方だろう!?」
ほとんど命乞いのような尾形の声に、帝国の兵士たちは碌にリアクションを取らず、ただ警戒を続けていた。
いや、リアクションは一つあった。誰がしたのか。露骨な舌打ちが、響いていた。
*
兵士にとっての最大の悪夢は何か。
上官が無能な事だ。この数日で統真はそれを痛いほど知った。
一応、尾形に同情する目がないわけでもない。そもそも民間人だ。明らかに皇帝陛下にウザがられて、戦場送りにされた。何なら、護衛についてたのも皇帝の息のかかった人間で、最初の奇襲で散り散りになった後、そいつらから殺されかけたりもしたんだろう。
そういう痕跡も、尾形を回収した時統真は見て取った。何なら、『お前も私を殺す気か』とか口走っていた。
戦場で周り全てが敵にしか見えなくなった民間人だ。そう考えれば同情の目もある。
だが、かといってもう、こいつの無能のせいで何人死んだのか……。
そんな疫病神が目の前に現れた。だが、階級は階級だ。
「特任大佐殿……ご無事でしたか。何よりです」
一切心のこもっていない、何なら殺意まで籠っているような、そんな冷たい声で、統真は声を上げる。部下が尾形に銃口を向けているが……やめろと言うような気にもならない。
「久世、大尉か……あ、ああ、私は無事だ。それで……」
「まさか生きているとは思いませんでした。生きていたのに救難信号を上げ続けていたんですか?竜に利用されてる、ってくらいわかんなかったんすか?そもそもどうやってあそこから生き延びた?」
統真の声に、怯え切ったように、後ずさりしながら……尾形は応える。
「……竜が、いなくなったんだ……。なぜ私が生かされたのかは……私にもわからない……」
竜がいなくなった……?周辺にもう、罠に掛けるだけの帝国の兵士が残っていないと踏んだから、策を止めた。それは、理解できない話ではない。
だが、尾形が生きている理由は?明らかに見逃された理由は?
……無能過ぎて、生かした方が特になるとでも、竜に、知性体に判断されたのか?
この戦域の竜は狡猾だ。救難信号を理解して罠に利用しようとするぐらいには。あるいは、わざと止めを刺さず死に掛けの兵士を囲って、助けに来た兵士を返り討ちにしようと考えるくらいには、嫌がらせに長けている。
その一環で、竜にとって得な行動を選択し続ける指揮官を返した。……ないと言い切れないくらいには知性体は悪知恵が働くし、特任大佐殿は帝国からすれば正直邪魔だ。
苛立ち紛れに、統真は思考を続ける。と、そこで、尾形は声を上げる。
「久世、大尉……私は、……身の程を知った。本当だ。処罰は受ける。だから……そうだ。この部隊は君が指揮すると良い。この部隊だけじゃない。この戦域の帝国軍全員、君の指揮下だ。大隊規模だぞ?」
20人を大隊と呼ぶ気には、統真はならない。命乞いをしているつもりなのだろうか。
指揮権を譲るらしい。今更、だ。身の程を知るのがあまりに遅すぎる。
そんな苛立ちが統真の頭の中を駆け巡り、ただの一兵だったなら殴る位していたかもしれないが……今更尾形に言われるまでもなく、統真はもう、この集団の中で指揮を執る人間だ。
早くにクーデターを起こせばよかった。そう言う意味では、こうなった原因は統真にもある。尾形にまるで軍事的な素養が無いことは、鼻からわかっていたのだから。
統真は、大きく息を吐いた。それから、言う。
「……俺に指揮権を譲渡する、で、良いんですね?」
「ああ。そうだ……その方が良いだろう?だから、」
「では、承ります。……お前は今から保護対象の民間人だ。一切の権限を剥奪する。良いな?」
その統真の言葉に、尾形は安堵したらしい……同時に、部下たちの苛立ちが膨れ上がっただろう。
同じ苛立ちは統真にもある。ここまでくるともうあっぱれだ。もはや、ただいるだけで部隊の士気が下がる。かといって民間人なら保護しなければならない。
「生きて帰してやる。特例だったとはいえ一時的には軍人だったんだ。この戦果の責任を文化的に取らせてやるよ、文官殿。とりあえず先頭歩け。ここにお前に背中を見せたがる奴はいない」
多少の、脅しだ。この程度は許されるだろうし、言わなければ部隊が分裂する可能性もある。ガス抜きは必要だ。
「だが………ヒッ。わ、わかった……」
食い下がろうとしかけた尾形の目の前で、部下の一人が分かりやすく銃を尾形へと向けた。それで、怯え切ったように尾形は先頭へと走って行く。
「……クソ、」
小さく、統真は呟いた。
民間人は民間人。余裕があれば庇ってやるが、その庇うための余裕を悉くどぶに捨てたのが尾形本人だ。これがギリギリ可能な限りの配慮だろう。
先頭へと立った尾形を睨みながら、統真は言った。
「……進むぞ、」
*
尾形が現れた瞬間から、軽口の一切が吹き飛び、殺気立ったような雰囲気になっている。
尾形は相当な指揮官だったのだろう、と、一鉄は思った。
だが、指揮権を捨てたのならもう無害じゃないのかとも、思う。
あるいは、尾形にさして興味がなく、それ以上に怯え切っている様子の鈴音を気にしていただけか。
一鉄も鈴音も、あるいはその場の全員、誰もが、聞き逃した呟きがあった。
先頭に立たされた尾形の呟きだ。鈴音を見ながら……。
「羽織の、女の、オニ………」
何所か反芻するように。何よりも自分の命が大事な民間人は、呟いていた。
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