2 作戦会議/縋る手を求め
「……………」
食事をとりながら、一鉄が自分にわかるだけの前回の情報を話し終えると、扇奈はそのまま暫し黙り込み、思案を続けているようだった。
その沈黙の中、一鉄もまた、話した内容を反芻する。
(知っている限りは、伝えられたはずだが……)
いざ話してみて、一鉄は自分がたいして情報を持っていないことに気付いた。
鈴音に話した時よりも、扇奈は的確に問いを投げて来ていたのだ。指揮官として、欲しい情報を尋ねられたが、それに一鉄はほとんど答えられなかった。
同じ状況をまた体験すると思っていなかった……なんて、言い訳に過ぎない。
軍人として、状況を認識し切れていなかったのだ。このオニの部隊の位置を把握しきれず、結局合流まで時間が掛かってしまったことのように。
(……もっと周りの情報を理解しようとしなければ、)
一鉄は、本当に今更、そんなことを思った。と、そこで、だ。扇奈がようやく口を開く。
「帝国がまだ残っている。知性体がいる。透明になって、かつ時間を遡っているのかもしれないが、今の所確証はなし。そして知性体は大分性格悪くて、結局どう行動するか予測はつかない。敵の行動の予測がつかない以上、帝国がまだ残ってる、って言う情報も、変わってるかもしれない。うちの事情は前回とやらと違ってるらしいしねぇ………」
そこまで言って、それから扇奈は、鋭く、一鉄を睨んだ。
「一鉄。……やっぱりね、あたしはあんたの話を信用しないよ」
その言葉に、一鉄は俯くことしか出来ない。信用できる、価値のある情報を話せているとは、自分でも思えないのだ。
と、そこで、どこか不満げに、鈴音が声を上げた。
「姐さん………でも、知性体は確かに、」
「わかってるよ。鈴音。あたしは、荒唐無稽な話を信用できないって言ってんだ。竜の行動が変わるのなら、それこそ、宛にするべきじゃないだろ?普段通りの警戒はしなくちゃなんないって話さ。入れ込んでんならあんたは信用してやりな」
「……別に、入れ込んでる訳でも……」
拗ねたように鈴音はそっぽを向いている。それを横目に扇奈は小さく笑みを零し、それから、扇奈の視線はまた一鉄を向いた。
「一鉄。……あたしに信用されたいか?」
「はッ!……あ、いえ、えっと……」
一鉄は答えに窮した。信用されたくない、訳もないだろう。
だが、信用されるに足るだけの情報を提供できていないことは事実。そんなことを思ったのだ。
と、そんな一鉄を前に、扇奈は呆れ切ったように眉根を寄せた。
「……あんたら、揃いも揃って……。即答しなね?こういうのは嘘でもはいって言っとけば良いんだよ、」
「……はい!」
今度こそ威勢よく答えた一鉄を前に、扇奈は満足げに頷き、言う。
「よし。じゃあ、働きな」
「はッ!……はい?」
「わけわかんない話するだけの男を飼ってやれる程今ここは甲斐性ある場所じゃなんだ。わかるだろ?けど、……優秀な兵士だってんなら大歓迎さ」
言葉ではなく行動で示せ。不確定な前回、なんかよりも、今この集団でどう役に立てるのか示せ。そういう事だろう。
「はッ!」
「……うちは今兵士も物資の厳しい。弾薬はまだしも、食料が足んないよ。まずは物資を確保したい。本陣に残ってる物資を確保してきな」
前回やったのと同じ、だ。あの時の目的はトレーラの方だったが、今回はそれよりも罪にの方を重視するらしい。前回と比べても、逃がそうとして逃がせるほど、負傷者は少なくないのだ。
頷いた一鉄を眺め、扇奈は続ける。
「もちろん、あんた一人でやれとは言わない。こっちからも兵は出す。鈴音。指揮はあんたが取りな。人選は任せるよ」
そこで、急に矛先を向けられたからだろう。鈴音は怪訝そうに声を上げる。
「え?でも、姐さんは………」
「あたしはここの責任者だ。……余裕がないのさ。軽く動く訳にも行かない。頭使いな、鈴音。毎度ただ突っ込むだけってのは褒められた話じゃないよ」
前に出過ぎる癖をとがめられ、同時に仕事も与えられ……鈴音は暫し考え、それから、頷いた。
「……はい、」
「なにも、竜を皆殺しにして来いって言ってるんじゃないよ。物資が手に入れば良い。策が出来たら良いな。二人で知恵絞ってどうにかするんだ」
その言葉に、一鉄と鈴音は目を見合わせた。
何となく……やはり扇奈らしくない気がする。具体的な方法もなく目的だけ投げてきているのだ。
だが、この状況下で、一鉄にやらないという選択肢はなかった。
「「……はい!」」
意図したことではなく、だが一鉄と鈴音は同時に声を上げていた。
*
「……作戦会議を始めます」
「はいッ!」
「……戦術目標は物資の確保です」
「はッ!」
「……具体的に、どうすれば良い?」
オニの陣地の中程辺り。医療テントと“夜汰鴉”を横に、一鉄と鈴音は話していた。
竜の本陣、その情報は、索敵に出ていたらしいオニからさっき聞いた。
前回と同じだ。竜が200、そこにたむろしている。つまり、物資を確保するにはその竜をどうにかしなければならない。
だが、……前回のように部隊を引き連れて物資を確保する、と言うのは無理だ。
出来る状況なら扇奈はきっとそうしていた。前回はこうも怪我人が多かったし……戦える兵士の数も多かった。この陣地の護衛と攻撃役にかろうじて分けられるくらいには、人手があったのだろう。だが、今回はない。
じゃあ代わりにどうすれば良いのか。
「…………竜を全部倒す、と言うのは、難しいでしょうね」
「私と一鉄で、50くらいならやれる?こないだやったの、多分その位。……50を4回やる?なんとか分断して」
「いえ。……結果的に50くらい殺せたとしても、アレは散発的に襲って来ただけです。2匹を25回やったようなモノですし、200固まってるのを殲滅するのは難しいと思います。それに……自分は、恥ずかしながら、弾薬が足りません」
弾倉一つ満足にないくらいだ。これでは、まともに戦闘しようとすること自体が自殺行為だろう。一鉄は“夜汰鴉”に視線を向けた。
補給を受ける事さえできれば、もう少しマシなのだが……。
と、一鉄と同じように鎧を見ていたのだろう。その一点、腰の太刀を指さして、鈴音は言う。
「……その、野太刀は?」
「飾りです。使ってみても、俺では竜を切れませんでした」
「そう………。じゃあ、そもそも一鉄は闘えない?」
「戦えないことはない、と思いたいんですが……」
現実は気合でどうにかなるほど甘くはない。扇奈から鈴音と一鉄、二人で任されたが……実質、戦力になりそうなのは鈴音だけ。ほかの手を借りようにも、怪我人が多すぎる。
おそらくだが、前回のように部隊を率いて竜を殲滅しに行ける、と言う状況なら、扇奈が自分でやるだろう。扇奈が動こうとしない時点で、真っ当に倒しに行く、と言うのは不可能なのだ。
やはり、戦って奪い取る、と言う線は無謀だ。どうしたら良いのか………。
(……このままでは、どちらにせよ、信用されるに値しないな………)
などと言っている場合でもないのだろう。どうにかしなければならない。けれど、どうするか………。
扇奈は物資を確保しろと言っていた。竜を倒せ、と言っていたわけではない。
戦力として数えられないとすれば、一鉄の価値は?前回の知識。だが、それも竜の行動が変わるのであれば、信用で来たモノではない。
と、そんなことを考えたところで……一鉄は不意に言った。
「あ、……鈴音さん」
「なにか思い付いた?」
「いえ……あの、お礼を言っておこうと思いまして。さっき、頭領に話を聞いてくれと。信用していただいて、また庇って頂いて、ありがとうございます」
鈴音は怪訝そうに眉を顰めていた。今それを言うのか、と思ったのだろう。
「……言えるうちに言っておいた方が良いと、学びましたので」
「……………そう」
何所かそっけなく、だが、言えるうちに言う、と言う一鉄の言葉の重さは理解しているのだろう。鈴音は頷き……と思えば、どこか冗談めかすように、言った。
「……別に信用した訳ではありません」
「え?」
「信用できる部分がないわけでもないかもしれないと客観的に上申しただけです」
妙にめんどくさい言い回しで鈴音は言っていた。堅苦しい一鉄をからかうような意味も入っているのかもしれない。
が、そんな事一鉄にわかるわけもなく、一鉄は間に受けて肩を落とした。
と、思えば、一鉄の肩はすぐに上がる。気づいたのだ。
「………信用できない部分だけでは、ない。…………」
一鉄は考え込んだ。そう、前回の情報を知っていても、竜が行動を変える可能性があるのでは、あまり意味がない。……竜に関しては、だ。
それ以外の部分、竜が関与しない部分なら、変わらない情報がある。
知性体が、透明になる能力を持っている……それも変わらない情報だ。
そして、他にも………行動は変わっても、舞台も、舞台装置も、変わらない。
「………思い付いた?」
「かもしれません………」
鈴音にそう頷いて、一鉄は話そうとして………。
そこで、二人の横の医療テントが開いた。そして、一人の……長身のオニが、姿を現す。
奏波、だ。怪我をして、起きるのにも顔を顰めていたはずのオニは、……今も痛そうにわずかに顔を顰めながら、一鉄と鈴音を見下ろして、言う。
「……話が聞こえてしまった。働かせてもらう」
「奏波。怪我してるのに?」
「……撃つだけなら問題はない」
「ですが………」
言い淀んだ一鉄を見下ろし、奏波は言った。
「怪我人でも、軍人だ。……足を引っ張る気はない」
頑固そうに言い放った奏波を前に、鈴音は少し心配そうな顔をしていた。
一鉄はそんな鈴音を見て、それから奏波を見て………そして、周囲を見回した。
怪我人が多い。本当にそれだけか。もう一度よく考えてみる。良く、周囲を観察してみる。
扇奈は言っていた。弾薬はまだしも、食料が足りない。……オニの火器は足りている、と言う意味だろう。前回はオニの弾薬も足りていなかったはずだ。生存者が多い分、その持ち物も多く回収しているのか。
怪我人は多い。だが、笑っている。強がりなだけかもしれないが、何をする気力も見えない、と言うような集団ではない。
…………可能性が、あるのかもしれない。
そんなことを考えて、思いついて、……少し躊躇はしたものの、結局それ以上は一鉄には思いつきそうもなく……。
「鈴音さん。質問があります」
「なに?」
小首を傾げた鈴音に、一鉄は真剣に、こう尋ねた。
「……車の運転、できますか?」
「………………はあ?」
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