2 残存物資奪還作戦/前編

『あんたがどういう兵士なのかは知らない。けど、あたしらとして今必要としてる役割って奴は決まってる』


『あんたはお客さんだ。無茶やらせる気はないよ』


『銃は扱えるんだろ?火力支援役だ。こっちからお目付け役も付けたげるよ。言われたとおりに働きなね、一鉄』


 その後、派手な羽織のオニ、扇奈から受けた戦術の講義は単純で、かつ一鉄にもある程度理解できる、近代的な戦術だった。


 オニの戦術――と聞いて、あるいは鈴音がそうだったから、誰しも刃を持って勇ましく突撃していくもの、とばかり一鉄は思っていた。


 確かにそれも組み込まれているらしいが、どうも、突撃するのは攪乱役で、その背後に狙撃役――銃を使って仕留める役がいるらしい。


 やることとしては、つい先日、鈴音の手助けをしようとやったことと同じだ。

 後方から狙撃。それを言い渡されて、前に出たいと苛立つ――なんて、そこまで一鉄は強くはなかった。


 つい先日初陣を抜けたばかりだ。未だ、戦闘は怖い。だが、怖いと言ってもいられない。


 目的がある。鈴音の弟さんに、形見を届ける。

 鈴音に言えなかった感謝と謝罪を、たとえ恨まれようとも、弟さんに告げる。


 その上で、帝国に帰り……仕出かしたことの責任を取り、脱走兵として、罰を受ける。


 賢い選択肢ではないのかもしれない。だが、一鉄はそれが正しいと思っていた。そうしなければ到底、自分を許せそうにない。そんな気分だった。


 とにかく、今自分にできる事をするのだ。臆病者だからこそ……。


 *


 一鉄は、“夜汰鴉”の具合を確かめていた。数日稼働し続けたはずだが、少なくとも一鉄に気付ける範囲では、その鎧にガタは来ていないらしい。


 問題は………。

(弾薬………)


 半分ほど使った弾倉が一つ。予備弾倉が一つ、二つ。次の戦闘で何も出来なくなる、と言う訳ではないが、それでも心もとない数字だ。補給を受けようにも、FPA用の弾倉をオニが持っているはずもない。


 FPAのチェックの手を止めて、一鉄は周囲に視線を向ける。


 未だ、先ほどのテント群、オニの最中である。蝉の声の中、時折苦痛に呻くような声が聞こえてくる医療テントが前方に、背後には周辺を警戒しているオニの兵士たち。彼らは、この陣地の防衛用にここに残るようだ。


 そして、一鉄の周囲にいるのは、銃器の手入れをするオニたち、だ。一鉄を入れて丁度10人、男女問わず和装のオニたちが、黒光りする巨大な銃器を解体し、確認している。


 大口径の狙撃銃である。あるいは口径が10ミリを超えているかも知れない、対物狙撃銃だ。その位でなければ竜の皮膚を貫けないのだろう。同時に、それだけ強力な火器を生身で扱えるのが、ヒトではない種族、オニ。


 その只中に、今、ヒトは一鉄一人だ。どこか薄ら寒いモノを感じながらも、一鉄はその思考を締め出した。そして、目の前の問題に集中する。


(……オニの火器は、FPAでは手のサイズが合わない……かと言って20ミリの補給は期待できない………)


 残された手段は……と、一鉄は自身の“夜汰鴉”に視線を向ける。

 誰かが掃除をしてくれたようだ。もう、血も泥もついていない。ただ、それでも家名によって、その鎧には未だに赤い文様が走っている。そして同時に、それもまた家名によって、FPAの腰にそれ用の太刀がついていた。


(……最悪の場合……)


 その刃で竜を倒す、と考え掛けて、一鉄は首を横に振った。

 無理だ。あり得ない。訓練として、あるいは家訓として剣の道はそこそこ学んでいる。だとしても、実戦でそれを使う気になれない。そもそも竜に自分から近づこうと考える時点で、正気の沙汰とは思えない。少なくとも自分には無理だ。あるいは、何も知らなければ、やろうとしてしまったのかもしれないが………。


 新兵、戦場を知ったばかりの月宮一鉄は、そんな事を考えながら、臆病な自分に、俯いた。

 と、そこでだ。


「月宮一鉄か」

「え?……はッ!はいッ!」


 不意に声を掛けられて、空元気の威勢を上げ、一鉄は振り返る。

 背後にいたのは、オニの男だ。細身の、あるいは長身だからそう見えるのだろう、眼光の鋭いオニ。生真面目、と言うより、娯楽に興味を示さなそうな、そんな冷たい雰囲気を漂わせている。


 そのオニは、どこか睨むように一鉄を眺めながら、言った。


「奏波だ。お前と隊を組むことになった」


 それで、一鉄は思い出す。扇奈は狙撃班は二人一組と言っていた。お目付け役を付ける、とも。このオニ――奏波が、そのお目付け役なのだろう。


「はッ!よろしくお願いいたします!」


 そう声を上げ、威勢よく敬礼した一鉄。

 それを、やはり疎むように睨みながら、奏波はいきなり言った。


「鈴音を死なせたそうだな」

「…………、」


 突然、逃げようにも逃げきれない負い目を、突き付けられた。

 一鉄は何も言えない。何も言えない一鉄を尚、睨むように眺めながら、奏波は続ける。


「鈴音には恩があった。その、兄にも。………足を引っ張ったのか?」


 激高する、と言う様子はない。ただ淡々と、奏波は問いかけてくる。その問いに……。


「……………」


 一鉄は、何も答えられなかった。

 足を引っ張ったのは、確かだろう。あの時、鈴音が一鉄の方を見ていなければ。あるいは、そもそも一鉄を拾っていなければ、ああはならなかったかもしれない。


 何も言えず、ただ硬直する一鉄を、奏波は眺め続け、やがて、ただ一言だけを呟く。


「………そうか」


 それだけだ。それだけ言って、奏波は一鉄に背を向け、自身の火器を整備し始める。

 周囲のオニたちは、やり取りの間は一鉄と奏波を眺めていたが、けれどやり取りが終われば、興味を失ったかのように、各々の作業に戻っていた。


 一鉄は、空元気の威勢すら、口には出来なかった……。

 出来ないまま、テント群の方向から、声が上がる。


「行くよ、あんたら!………お仕事の時間だ」


 *


 扇奈たちの軍は、本陣から離れていたところを竜に襲撃され、その後散り散りになった味方を回収していたらしい。


 逆に言えば、あのテント群とは別に、本陣、があるということだ。

 作戦目標はそこにあるトレーラ――オニたちがこの場所に来るまでに使ったらしい輸送車群の奪還。および、その周辺の敵の掃討。


 一鉄は、木陰から見上げていた。

 その、オニの本陣、を。


 本陣は、見晴らしの良い小高い丘の上だったらしい。トレーラが10台近く、あるいは壁の代わりにでもしていたのか、円形に並んでいて、その中心にいくつかのテント。


 夏に日が経って変色した惨劇がそこにはあった。


 倒れている。トレーラが何台か。

 倒れている。………もう、中には、元がどんな形かわからない程に変わり果ててしまった、ヒトガタの何かが、幾つも、幾つも幾つも………。


 そしてその上に、異形が何匹ものさばっている。

 単眼の、化け物。竜。何もしていないモノが大半だ。ただそこに座っているか、特に目的もなさそうに歩いているか。そんな化け物たちが、死骸の――地獄の上に立っている。


 怒りと恐怖がまじりあったような、そんな感情に苛まれ……あるいは最終的に恐怖が勝ったのだろう。感情を捨て去るように、ただ、一鉄は仕事の事を考える。


(……遮蔽物になりそうなのは、トレーラくらい。後は、丘の向こうは見えないが、そっちにも狙撃兵は配置されてるはず………)


 本国で受けた訓練で、シチュエーションを反芻するように、……だが目の前に迫っているのは、実戦だ。

 木陰の隅に立ったまま、一鉄は傍らに視線を向ける。


 一鉄のお目付け役、奏波が、そこにはいた。鎧を纏い、銃を手に立ち尽くしている一鉄とは違い、その場に横たわっている。だが、だらけているというわけでもない。


 伏射姿勢だ。巨大な狙撃銃――ストックで立てられたそれを半ば抱くように、奏波は狙撃姿勢を取って、竜を、地獄を睨みつけている。


 奏波の横には別の銃――ショットガンも置かれている。スラッグ弾でも入っているのだろう、護身用の火器。だが、狙撃の最中いきなり竜に襲われては、その銃を手に取る前に死ぬかもしれない。


 だから、その狙撃手の護衛が、一鉄の仕事だった。

 狙撃、ではない。狙撃手の護衛。重要な役割だ。新兵であり、脱走兵であり、そしてでもある一鉄は、それを不服と思わない。


 失敗するわけには行かない、とだけ思う。

 奏波は、鈴音の知り合いらしい。ならば、この人が死んだら、鈴音は悲しむだろう。


 その位に想う権利しか、一鉄にはない。

 歯噛みし、燃えるでなく、だが責任感と恐怖に震え――。


 そこで、奏波が、呟いた。


「……頭領が動くぞ。時間だ、」


 その声に、一鉄は視線をオニの本陣――今や竜の巣窟となっている場所へ向けた。

 と、その視界の端に、派手な衣装がちらついた。


 扇奈だ。

 この軍勢の責任者だろうに、先頭に立って、扇奈は鬼の軍勢へと歩んでいた。

 そして、その背後には、何人もの――白刃を手にしたオニが立っていた。


 その場の緊張の度合いが増したような気がする。あるいは、一鉄が緊張して、感覚が鋭敏になったのか。



 張り付くような静けさの中――やたら煩く、蝉の声が聞こえてきた………。

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