4 願掛け/黄昏色の分岐点

「……ああ、そうだ。こっちで増援は呼べた。来ることは間違いない。問題はいつ来るかわからないことだが……まあ、そればっかりはこっちじゃどうしようもねえな、」


 統真が、通信機越しだろう。誰かに話し掛けている。

 話し掛けながら、何やら鈴音の方へと歩み寄ってきている。

 日が落ち始め、もう夕暮れとも言えないくらいの薄暗がりになり始めた頃だ。


 それを、そこらに座り込んで、鈴音は眺めていた。


 統真が話している相手は一鉄だろう。少なくとも、話せているということは、一鉄は今も無事。


 増援を呼んだ、とか。一鉄は無事単独行動の目的を達成したらしい。と言うことは、戻ってくるのか。


「まあ、そういう訳だ。合流するのか?……そうか。おっと、じゃあその前に、」


 と、そうやって眺める鈴音の前で、統真――“夜汰鴉”は立ち止まり、その鎧が開いた。


 中から乱れたオールバックのヒトが顔を覗かせ、どこかからかうような視線を鈴音に向けると、言う。


「鈴音ちゃ~ん?……積もる話もあるだろ?お前の男と話してやれよ、」


 そんな風に言いながら、統真は“夜汰鴉”から出て、開いた鎧へと手を差し出した。


 このオニの陣地にあるまともな通信設備は、それこそFPAだけだ。要は、ちょっと物騒で武骨で巨大な電話、として統真は自分の鎧を鈴音に貸してくれるらしい。


 それを目の前に、少し迷って……それから、鈴音は首を横に振った。


「……話さない」


 統真にからかわれて拗ねた、と言う気分もあるのかもしれないが……別にそれだけではない。


 話し始めたら長話になるかもしれないし、何から話そう、何を話せば良いか整理もついていない。それより、早く戻ってきて欲しい。


 そんな事を思った鈴音を前に、統真は眉を顰め、尚からかうような調子で、開いた鎧、通信機へと声を投げた。


「あ?……あ、そう。残念だったな、一鉄。お前フラれてんぞ?」

「違っ、」


 と、反射的に鈴音は声を上げていた。それを前に、にやにや笑いながら、統真は通信機へと言う。


「……違うってよ?フラれてねえって。良かったな一鉄」

「…………」


 この男。完全に鈴音を、あと同時に一鉄をからかって遊んでいるらしい。


 無言で睨みつけた鈴音を前に、統真はまた笑って、「あとは若い二人に~」とか言いながら、開いた鎧をそこに置いて歩み去って行った。


 統真が歩んでいく先は、扇奈の元だ。……増援を呼べた、とか言っていたし、その件を話に行くのだろう。


 それを眺めて、それから鈴音は、目の前に放置された、巨大で武骨な電話機を眺めた。


 一鉄は、単独行動を終えたはず。目的は達成したはず。だから、戻ってくるはず。だから、戻って来た時に、ゆっくり話せば良い。


 そんな事を思いながら……けれど鈴音は、少し俯いて、それから開かれた“夜汰鴉”へと歩み寄り、その中へと身を乗り出した。


 そして、声を投げる。


「……一鉄?聞こえてる?その、返事しなくて良いから。……もう突然余計な事を言わないように」

『はいッ、』


 ぴしゃりと付け加えた鈴音の耳に、もしかしたら向こうで背筋でも伸ばしているのかもしれない、そんな生真面目そうな声が答えた。


 返事をするなと言った割に、その返事に軽く息を漏らし、笑みを零して、それから、鈴音は呟く。


「……一つだけ」


 *


『後で、……ゆっくり、話そう?待ってるから』


 願掛けだ。この後があることを願って、無事再会できることを願って。

 返事はなくて良いと言われはしたが、それでも一鉄は、言う。


「はい。あとで、ゆっくり」


 ……どうでも良い話をしよう。命がけでもない、戦争の関係ない話を。

 通信機の向こうで。『うん』、と。それから『またね、』と。


 そんな返事が来て、それで鈴音との話は終わった。

 ただそれだけのやり取りだが……それで十分、一鉄は決意を新たにすることが出来た。


 着慣れない鎧、“羅漢”の中で、一鉄はふと、笑みを零し――。

 ――視線を目の前に移した。


 日が落ちた、指揮車の近く。周囲の木々は長い消えかけの影を周囲に落とし……その森が、異様な程ざわざわと、あるいはバキバキと、がりがりと、騒めいている。


 そして、そんな林の一角から――怪物が姿を現した。

 この永遠の数日で見慣れた、竜。単眼の怪物。それが一匹、爪で尾で木をなぎ倒しながら、大口を開けて森の中から飛び出してくる――。


 その瞬間に、一鉄は引き金を引いた。

 そして、退いた直後、着弾前にわずかに舌打ちする。


 放たれた20ミリは、よだれをまき散らしながら迫る竜、その頭の上を潜り抜けて、背後の木を薙ぎながら彼方へと消えて行った。


(……使いづらいな)


 自身の予想よりも跳ね上がった銃口に、一鉄はそう顔を顰めた。


 今纏っているのは慣れきった“夜汰鴉”ではない。“羅漢”だ。高性能だがピーキーな、熟練者に嫌われる熟練者用の鎧。


 動きの追従性が高すぎる。反動軽減が弱すぎる。要は、今までの感覚で撃っては当たらないのだ。細かく設定を変えられればまだましなのかもしれないが、そこまでの事をする時間はなかった。


 迫る竜を前に、不慣れな鎧を纏ったまま、一鉄はこれまでのように、2射目の時間を稼ぐために、軽く背後に跳ねた。


 そう。軽く、のつもりだった。が、


「……チッ、」


 予想より大きく跳ねてしまう。イメージと実際の動きにずれが出る。性能が良いのだろう。性能の良さが完全に仇になっているのだ。


 つくづく、尾形は良い仕事をしてくれたモノだ。“夜汰鴉”ならもっと楽だったはずなのに。


 そんな事を思いながら、一鉄は安全に、単発を点射に切り替え、着地と同時に銃口を迫る竜へと向け、――先ほどからの勘でいつもより銃口を下にしながら、トリガーを引く。


 3点バーストで放たれた弾丸の内、一発は迫る竜の翼に、2発目は顔面――単眼の横を吹き飛ばし、3発目は宙へと消えて行く。


 弾丸で身体を数か所吹き飛ばされた竜は、突進の勢いもあって転がり、倒れ伏し、やがて地面へと崩れ落ちる――。


 何とか、倒せたらしい。だが、イメージとの乖離がやはり大きい。


(点射でこれか……フルオートは使えない。いや、慣れれば反動を潰せるか……)


 ほかにFPAがあるのであれば、迷いなく一鉄はそちらを使っただろうが、残念ながらこの場所には“羅漢”しかない。生身よりはマシ、である事だけは確かだ。


 一鉄は視線を自身の“夜汰鴉”――胸に風穴が開き、さっきパーツを取ったせいで頭の部分も内部が露出しているそれを見た。


 それから、大きく息を吐く。

 ないモノをねだっても仕方がない。


 この周回は、これまでにないほど好条件で進んでいる。既に帝国はオニと合流している。鈴音もまだ生きている。尾形も拘束してある。増援を呼ぶことも出来たそうだ。


 問題が一つ、一鉄の腕でどうにかできる範囲の話だけなら、……どうにかする以外の選択肢はない。


 一鉄はレーダーを見る。“羅漢”自体の索敵範囲も広いらしいが、それ以上に、指揮車の機能が回復したことが大きい。指揮車とのデータリンクだ。


 荷重とサイズ、情報処理能力の問題で、指揮車についているレーダーはFPAについているものとはけた違いの索敵範囲を持っている。


 戦域内に存在する竜の位置がほぼすべて把握できるのだ。オニの部隊――その周囲にどの程度竜がいるかまで、把握できる。……流石に処理量が多すぎてラグはあるが、大雑把に把握する分には問題ない。


 そして、それを見た限り。

 いつものように、オニの部隊の近くに、竜が迫りつつある。と言うより、結集しているのだろうか。戦域全体を二分するように、真っ赤で濃い敵の雲がそこに現れている。


 それから、もう一つ――竜が集まりつつある場所がある。100匹くらいだろうか。そちらに関しては、指揮車ではなくこの“羅漢”のレーダーでも確認できる。


 ……この指揮車周辺の林の中に、竜が集まってきているのだ。


 一鉄がオニの部隊へと合流するためには、今、この場の包囲を突破したうえで、更に戦域に掛かる真っ赤な雲を潜り抜けなければならない。


 あと、レーダーに映らない奴もいたか。赤い知性体もいる。流石にレーダー上で他の竜とそれを区別することは出来ない。


 とにかく、警戒するべき相手はまだまだ多い。

 それに、合流する必要はない。どうにか、赤い知性体を見つけ出して殺す。それが、後一つ残った、一鉄がこなすべき仕事だ。


 一鉄は周囲を見回す――騒めく森、怪物トカゲが中に多く潜んだ深い深い森を見回して、それから、自身の手――“羅漢”の腕、慣れない体を見て、


「……試し撃ちの相手には困らないな、」


 そう呟き、銃口を、森の中に潜んでいる竜へと向けた――。


 *


 木の陰に潜んでいたはずなのに……そんな思考もなくただ眺めるだけの竜が、弾丸に貫かれる。息絶える。


 すると別の単眼が視野に変わる。


 車がたくさんある。どれが何だかよくわからない。あれらは残しておくとあとあと使えない兵士を勝手に集めて離れて無防備にしてくれるから壊さなくて別に良い。


 とか、考えてたらその竜の視点が消えた。また別。


 見慣れたクソ野郎が死んでいる。赤い飾りがついた鎧だ。それが動かず、立ち尽くして、頭がぶっ壊れて胸もぶっ壊れている。


 じゃあ今回はもうアレにビビらなくて良いのだろうか?いや、知っている。アレには中身がある。中身の人間がないと動かない。中身だけ取り換えたのかもしれない。

 そんな予想を裏付けるようにまたその視野が死んだ。


 だから次になる。

 次の視野で、眺める。


 その場所で唯一動いている鎧。なんだか貧相な細身に銃と弾薬を付けられるだけ付けている、みたいな不格好な鎧。その銃口がこの単眼を正確に向く。そして次の瞬間その視野が消える。


 ……木の陰に隠れてるはずなのに。平気で当ててくる。やはり、クソ野郎の中身はあっちに移ったのかもしれない。


 そこまで確認して――。

「ジャ、ジャジャ、ジャマ、マ……」

 ――赤い知性体は、声のような鳴き声で、呻いた。


 場所はこの戦域の中心辺り。あのクソ野郎からも、人間の集団からも距離を置いた、の群れの真ん中あたりの、深い森の中だ。


 赤い知性体は考える。

 あのクソ野郎は死んでない。あいつを残すとトモダチが殺される。赤い知性体自身も殺されかける。あいつヤバイ。怖い。だから消したい。


 けれど、かといって残っている人間の方もたいがいヤバイ。前回、あのクソ野郎が何もしてなかったのに、突破できなかった。じれて切り札を使ったら返り討ちにされた。


 赤い知性体は任意でやり直している。前回の経験を今回に反映し続けている。


 普通は、それを続ければ、だんだん楽な攻略法が見えるはずだ。だと言うのに、やり直すごとに敵の強さが上がっている。赤いクソ野郎がクソ野郎過ぎる。


 まず、あいつを殺したい。赤い知性体はそう思っていた。戦略上邪魔過ぎるのだ。けれど、あいつを殺してもやり直したらアイツ復活する。


 赤い知性体は考える。

 自身の能力は一方的に有利な状況を作れるはずのモノだ。実際、それによって、無傷の奇襲を数度成功させた。が、もう、その優位性は確定ではないのかもしれない。


「……ジャマ、ジャマ、ジャマ……」


 何所か駄々でもこねるように身体を揺らしながら、赤い知性体は呻いた。


 と、呻く赤い知性体の目の前で、僅かに景色が揺らめく。直後、てらてらした竜、駒ではなく知能を持った、赤い知性体のトモダチが姿を現した。


「ジャジャ、マ……マ……」


 赤い知性体程賢くはないが、頼れるトモダチだ。頼れるトモダチをあいつは毎回殺す!だからアイツを殺す!……為にどうするか。


 赤い知性体に創造性はない。ただ情報を分析する能力が高いだけだ。未来の事を知っているだけで未来を予想して行動することはなかった。やり直せるから、その必要がなかった。


 だが、相手も同じ条件になった以上、……考えなくてはいけない。


 どうにかして、あのクソ野郎を殺そう。殺すために裏を掻こう。どうやったら良いんだろう?


 考える赤い知性体の前で、頼れるトモダチ、月明りにてらてらし出したそいつは、嗤ったような顔で、覚えた言葉を呟いた。


「ジャ、ママ……コロコロ、コロ、……」


 クソ野郎は、赤い知性体かそのトモダチ、どちらかを殺すために動いている。隠れてても赤い知性体を見つけ出して殺しに来る。迎撃に出たトモダチが殺される。


 目的は自分とトモダチ。

 ……探さなくても来てくれるかもしれない。来たところを殺せば良い。


 トモダチは、本気で隠れる気で居続ければ絶対に発見されない。なら……狙いを自分へと搾れるかもしれない。殺しに来たところを殺せば良い。


 それは何度もやった。が、単純にやったらダメだった。だから、――


 赤い知性体は、未来について考える能力を持たない。持つ必要がなかったから。

 けれど、未来を想像する必要が生まれた。作戦を考える必要が生まれた。


 だから………今、この瞬間に、囮と言う概念を発見した。


 そして、思う。駒全体の動きは今まで通りにしよう。部分的にだけ、変えよう。トモダチを遊撃じゃなく、他とは完全に別の役割の、特定対象に対する暗殺者にしよう。


 切り離せば良い。通常の駒と。そちらに関与しない役割にすれば良い。

 それが、一番効率の良い、トモダチの扱い方だ。


 思いついて――と思って……知性体は、嗤った。

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